くまくまくまちー
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-モロッコ王国南部・第三の門前
レンガ造りの塀にドッシリと構えられた門。その下には兵士が二人。青空の下、机を挟んで優雅に紅茶を飲んでいた。
「ふぁ……ぁあ!……門番の仕事って、暇だこと。くまちー、お、私帰ってもよろしくて?」
カチャリと渋い湯呑を白い受け皿に置き、ため息をつく金髪の男性……クノミーはふざけるような口調で隣の兵士へ話しかける。
「……ばかいっちゃなら、なりませんわ。まったく、最近の若者は忍耐がなっとら、りませんこと。おじさん悲しいですわ、ふぁ、ぁあ……。」
支給された鎧など太った体にはきついくせに、真面目にベルトまで締めている小太りのおじいさん……オルソー。ついあくびをしてしまう。
「ぁ……。」
若輩に忍耐だの言ってしまった手前、あくびをしてしまった自分に恥じるおじいさん。ニヤニヤと笑うクノミーを、何とも言えない顔で睨みつける。
「き、君が……あくびをするからじゃ……っっ!!」
コホンと一息ついたオルソーは何かを思い出したかのように目を見開く。
「くぉれ!おじさんはくまちーではない!」
「ぁ、ばれまして?いいと思うんですけど、私は。可愛いじゃない?くまちー?」
「ぬぐぐぅぅぅ!!」
すぐに立とうとするも、短い足では座ると地面に届かない。一拍遅れたオルソーは、顔を赤くして不本意そうに震えることしか出来なかった。
「そして、先にお嬢様言葉を忘れたくまちーの負け。ですわ。」
「しまっっ!!……くっ。」
余裕そうな笑みを浮かべるクノミーを前に、自身の失言を悔やむオルソー。少ししてがっくり肩を落とす。
「優雅なお嬢様ごっこ、間違ったら負けよゲーム。……わしの負けじゃ。」
「はい、どうも。んじゃ、今日の締め作業頼んます!くまち!」
「むむぅ……。」
納得が行かない様子のオルソー。眉を寄せては唸り声をもらすその姿に、クノミーは首を傾げる。
「どしたの?」
「……ぃや、の。君。本当にこのゲーム、若者の間で流行っておるのかの?」
「そりゃぁ……。……もちろん。」
わざとらしく目をそらすクノミー。明らかに嘘。誰が見ても嘘。
「なら、良いのじゃ!」
しかし納得するのがオルソー。おマヌケ。おバカ。愚かなる純粋。のほほんとした彼の前で嘘はご法度なのだ。
「ちょちょちょ……。」
思わずガクッと崩れてしまうクノミーは、のほほんとしたオルソーへ向かって指をさす。
「くまちーね、そんなだから見つかり次第仕事ふっかけられるんすよ。いいっす?目そらす奴は大体が嘘なの!!」
「ほぅ!そうなのか!……む、待てよ?つまり君は今嘘をついたという事か!」
「大体って言ったじゃん。……本当のことだって中にはあるっすよ。」
「そうなのか。ふむ、疑って悪かったな!わっはっは!」
「……はぁ。門番がこれでだいじょぶなのかね……。」
クノミーのような門番になりたてから見ても、オルソーの変人っぷりは凄まじいものだった。
(お嬢様ごっこでは仕事のためって言った後すぐに机とコップを持ってきたし。しかも、こんな渋い湯呑に紅茶を入れてきやがって……。)
「まじ、しっかりしてくださいよ……。」
ふんすと鼻息を吐くオルソーを前に、呆れて頭を抱えてしまうクノミーであった。
-そんな門前から少し離れた地点にて。
「おい、あれがモロッコ王国の入り口であってるのか……?」
ガサッと草むらから顔を出すは黒髪黒眼の男性……時宗黒。どんよりとした顔色からは疲れている事が知れ、表情筋はほぼ死んでいた。
「そうッス!」
人差し指を立てた手が草むらから出ると、次いで出てくるは金髪に青い瞳の男性……ミー。同じく顔だけである。
「ここからは見えないッスけど!東部には海があるんスよ!俺とムーさんの長年の夢の一つ!!叶う日は近いッス!!」
(聞いてねぇし。)
満面の笑みを浮かべたミーを無視する黒。その温度差たるや、光の陰影が出来るほど。
「海!!行きたい!!絵本にあった海!!行きたい!!」
ミーと同じく目を輝かせながら顔を出すは銀髪赤眼の少女……ルナ。四つん這いになってる黒の下に入り込んでいる彼女は、輝かせた目を黒へ向ける。
「……。あぁ。行きたいな。海。」
頬を緩めて和んだ様子の黒はルナの意見に同調する。
「あれ!?黒っち!俺のときと反応違っっ」
「うるさ。」
「ひどぃ!!」
「ルナが特別なだけ。気にするな。」
「それなんか寂しいッス!!」
「あたしだけ特別、か……。て、照れるなぁ!」
草むらから顔だけ出している三人の姿を後ろから見ている茶髪に赤茶の瞳の女性……ムー。ふりふりと揺れる三つのお尻を見て何を思ったか、スッと平手打ちの構えを取る。
直後、パン!!と三回、乾いた音が鳴る。
「ぃいいっっ!!……スぅぅ!!」
「……。」
「ぁうっっ!!」
草むらから顔を出していた三人は目を見開いて顔を強張らせてしまう。
「はっっ!?私、なんてことを!?」
正気に戻ったムーは、だらだらと戻ってくる三人を目にし、こほんと咳払いをする。
「三人とも、距離あるとはいえ門の前よ?少しは緊張しなさい……!」
ムーの言葉をお尻にしみながら、三人はだらだらと戻り地面に座る。
「む、ムーさん……。も、も一回」
「やかまし!」
「ありがとござます!!」
ミーだけ頭を叩かれる。
「……まぁ、簡単に言えば門まで行って無事通ることができたら良いんだろ?」
黒は膝上に座るルナを抱きしめながらムーを睨む。今彼は、必死に自分の精神を抑えようと頑張っている。
「……黒、怒ってる。」
「怒ってない。」
「……。」
「……。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」
怒っていない黒は、膝上に座るルナの視線を受けながらもムーを睨む。
「な、なによ……。悪かったわよ……。ついノリで叩いてしまったこと、謝るわ。」
「……。別に。」
そっぽを向いた黒は草むらの隙間から見える門を見る。
「もし仮に、何も考えず門に行ったらどうなる?」
黒の質問に二人は顔を見合わせ、眉を寄せては腕を組む。
「うぅん……、特に何もされないはずッスよ?」
「えぇ。身分証を持ってれば荷物検査と入国の理由だけで済むはずだわ。」
どこか断言しきらない二人に黒は当然の問題を口にする。
「身分証を持ってない場合はどうなる。」
「それは……。」
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-モロッコ王国南部・第三の門前
「確認するぞ。言い訳の設定として、盗賊に遭遇・逃げ・遭難。流れはこうだ。大体事実だから嘘を見抜くような魔法があっても見抜かれない……と願う。」
門へと続く長い馬車道を歩く黒達は最終確認をしていた。
「分かったッス!……でも、黒っちがそれを言えばちょっと違和感があるッスね!」
「……違和感?」
横に立ち、ふらつく黒の体を支えているミーは人差し指を立てながら言った。それに対し黒は眉を寄せる。その違和感に覚えがないからだ。
「そんな死に体の奴に何があったか語らせるなんて、ちょっと変じゃない?って事よ。怪我人は怪我人らしく、ぐったりしとけばいいのよ。」
ゆっくり歩く黒とミーに並行して進むムー。腕を組みながら意地悪い笑みを浮かべる。
「なるほど。じゃ、頼んだ。」
「俺ッスか!?」
「無理か。……なら、ルナにやってもらう。」
「あたし!?」
黒の無茶振りに驚くミーと、思わぬブーメランに驚くルナ。
(な、大人が三人も居るのに、子供にやらせる……だと!?そんな違和感しかない行動……!させれる訳ないッス……!!)
「ダメッスね。逃げち」
「悪い、ふざけた。」
「ぬぅえ!?」
「十分に元気ね。安心したわ。」
黒の怪我した脇腹を、騙された怒りに任せてつつくミー。「いっ、いて、」と痛がる黒に呆れ、ため息をつくムーは近づいてくる門を見据える。
「あとは身分証。変に警戒されないといいけど。」
不安そうに下唇を触るムー。それも当然であった。ミーとムーの知る入国時の手続きは八年前で止まっている。その間にどのような変化があろうとも不思議ではないのだ。
つついてくるミーを頭でど突き返す事で黙らせた黒。頬を痛そうにさするミーを他所に、ムーへ尋ねる。
「昔は軽かったんだよな?そこらへん。」
「え、えぇ。と言っても、私とミーくんはこの門で止まる事なんてなかったわ。」
「……は?それ聞いてねぇんだ」
「きっと!ぁー、ほら!大丈夫ッスよ……!……だって!ほら!あの門番さん優しそッス!!」
聞いていない情報に黒が苛立ちを露わにすると、ミーが割って入る。
「チッ……。どうだか。(会ってきた人間がほぼ敵だからな。なんもないといいが……。)」
黒の目が代わる。それはもしもを考えた時の事。投獄。そんな言葉が黒の脳に浮かんでいた。
(最悪……何をしてでも逃げる。)
各々不安を胸に抱きつつ到着するは門の前。兵士の顔がはっきりと見える辺りまで来て足を止めた。
「に、入国希望ッス……。」
気まずそうにミーが口を開く。それに答えるは熊さんのような見た目のおじさん、くまちーじゃなくてオルソー。しばらく呆然としていたオルソーだが、ミーの声かけにはっとしては顎を引き口を開く。
「身分証を……。」
手荷物のない若者が四人。その内の一人は見るも痛々しい大怪我を負っており、他三人は汚れやかすり傷が目立つ程度。
(これは……。)
その瞬間、オルソーの瞳が涙に揺れる。
「身分証を……提示していただけるかな……!?」
「「「「「……!?」」」」」
震えた声。泣きそうな目。小刻みに揺れる頬の駄肉。泣き出しそうなおじさんここに在り。
オルソーの奇行。それは、緊張していた黒達一行と、もう一人の門番クノミーの口をぽかんと開けさせ、思考を止めさせる。
(ぁ、ありえねぇ。くまち、まじありえねぇ。)
全く知らない生物を見るような目で存在を否定するクノミー。停止した思考は再起まで時間を要するみたいだ。
「そ、それがッスねぇ、ないんスよね、身分証。」
「そうだろうそうだろう!!わしはわかっておるぞ!!まったく!まだ若いのに大したもんだ!!お主が皆をここへ連れて来たんだ!どんと胸を張るんじゃ!!」
「はぇ……。」
涙を流しながらミーの手を強く握るオルソー、こくこくと何度も頷き、強い理解を示す。ボタボタと手に落ちてくるオルソーの涙を受けながらミーは思考が停止してしまう。再起まで時間を要するみたいだ。
(ミーくんが死んだ!?……なら、私が!!)
ミーの死を目にしたムーは使命感にかられると、うっすらと微笑みながらオルソーへ話しかける。
「わ、わかっていただけるのね。実は、盗賊に襲われちゃ」
「言わんでもいい!!辛かったろう!よく頑張ってここまで来てくれた!!命あってこそだ!失ったものはまた手に入る!!人生を諦めるんじゃないぞ!!」
「ぁ、はぃ……。」
ミーと同じく手を強く握られ歓迎されるとムーも思考が停止してしまう。これは再起まで時間を要するみたいだ。
(ミーさんに続いてムーさんまで?!……黒は今けが人で喋るのは変、ここはあたしが!!あたしがやるんだ!今まで何も出来ないでいるあたしが!!このピンチを切り抜けるんだ!!)
「ぁ」
「怖かったね!でももう大丈夫だよ!!ここまで怖い人はこないから!安全なのだ!!安心しなさい!!なんと言ったってわしがおる!飴ちゃんなめるか?バニニー味ならあるぞ!!」
「……ぅ。ぁりがと……。」
一言すら喋らせてもらえなかったルナ。バニニー味が口の中に広がる。ルナはかすかな敗北の味を感じた。再起までかなりの時間を要するようだ。
(全員……死んだ。)
黒は目を見開くと目の間で何が起きているのかを理解しようとした。そして、油断しているとこをつかれ、戦闘不能に陥った三人を思っては察する。
(こっちの油断をつき、怪我人を揺さぶって真意を探るつもりか!……このたぬき爺!!)
しかし、黒の揺れる瞳で何を勘違いしたか、勝負を仕掛けてきたのはオルソーであった。オルソーは怪我が一番深刻な黒を見ると、そっと近づきその肩に触れる。
「あんた、頑張ったな。」
たった一言。
「っっ!!……は?何、言って……。」
たった一言だった。何も知らないで、ただの想像を膨らませ、勘違いしているだけのオルソーの発言。なんの価値もない。分かった気になって居るだけの発言のはず。それが、黒の心臓をわずかに打つ。
(……俺は別に、自分の居場所を守った、だけ。なのに……なんで。)
ふらりと黒の体が揺れる。異変に気づいたのはルナである。手を繋いでいた黒が前傾になり倒れていくのを、ルナは見ているだけであった。
「……く、黒!!」
ルナの悲痛な叫びは呆然としていたミームーを目覚めさせる。
「ぇ、黒っち!?何があったんス!?」
「ルナちゃん!大丈夫だわ!黒さんは生きてるわ!!」
目が覚めるなり現状の確認をするミーと、黒にしがみつくルナを安心させようとするムー。
「色々限界が来ていたんじゃろう。こんな大怪我、ここまで来れただけでも不思議じゃ。クノミー。医務室へ連れて行っておくれ。」
「……ぅい。」
クノミーはオルソーの情緒を疑い、ビクビクしながらも黒に歩み寄る。
(……。黒髪の男性に銀髪の少女。)
一瞬、クノミーの目が細くなるも、すぐににっこり笑うクノミーはミーに言う。
「君らは待機室で休憩してるといい。シャワー室もある。十分にゆっくり出来るだろう。」
「ありがたいッス!」
「いえいえ。困った人を助けるのも門番の仕事ですからね!」
そう言ってクノミーは黒の体を抱えると、おもむろにオルソーへ向いてにっと笑う。
「オルソーさん。」
「ん?」
「今、俺すごく良い門番っぽくないっすか!?」
「そうだな。」
「へへっ!やりぃ。」
嬉しそうに黒を運び始めるクノミーは、後ろから引っ張られては足を止める。クノミーが振り返ったそこには、黒の服を掴んだルナの姿があった。
「どうしたのかな?お嬢さん?」
「……あたしも、ついてく。」
クノミーは「構わない」と頷くオルソーを見てにっと笑う。
「あいよ。こっちだよ。」
クノミーに運ばれる黒とついてくルナを見送るミームー。最初に口を開いたのはオルソーであった。
「では、待機所に案内しよう。わしについてくるといい!!」
がっはっはと快活に笑うオルソー。その後ろ姿を見てミームーは互いに見合ってコクリと頷く。
「あの、オルソーさん。」
「む?」
「実は俺達……」
ミーの告白にオルソーは目を見開いていく。
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-モロッコ王国南部・第三の門、医務室
石レンガの廊下を歩くは気絶した黒を担いだクノミーと、黒を心配してついて来たルナであった。
(……。)
クノミーはそわそわしているルナを横目で観察していた。その雰囲気はとても、穏やかといえるようなものではなかった。
(先程からそわそわしている。さっきの二人もこの男を心配していたが、心配と同時に別の何かを気にしているようだった。この子供はまた違った関係か。どういう関係だ?)
クノミーの視線はルナの全身見据える。
(ぶかぶかの革靴に、下手な毛皮のコート。盗賊と言ってたな、そこからはいだか?しかしこの二人……。)
クノミーの目が捉えるは黒の全身の怪我と、汚れはあれどかすり傷すらないルナの体。当然、疑問は抱く。
(重症と無傷……正反対だな。手荷物がないと言う事は、盗賊の急襲にあったのだろう。それなのに傷がないって、おかしくないか?それとも、コートに隠れているだけか?)
頭の中で着々と疑問をあげ続けるクノミー。ある一定まで行くと、目をつむる。
(試すか……。)
「ぉっと……」
わざとクノミーはふらつき、ルナの居る方向へ倒れそうになる。
「……ぇ。」
倒れてくる黒を見て目を見開いたルナは行動を選択する。
(黒が倒れる!あたしが避けて頭でも打てば黒は更に!!)
ルナは避けずに支える事を選択した。大人二人が倒れてくるのだ。その小さな体では到底叶わぬ選択。しかし、ルナは迷う事なくそれを選択した。
(最悪……!あたしが下敷きに!!)
ルナの手が黒に触れる直前。
「('突風')」
「ぅわっ!ごめ、重ぃ!!」
ルナはわずかに発生した突風に押され、バランスを崩してしまう。
「っとと……。」
クノミーは容易に黒の体を支え、倒れるのを防ぐと倒れたルナを見る。
「ご、ごめんね!……大丈夫かい!?」
「……ぁ。よ、よかった……。」
黒が倒れなかった事実にほっと胸を撫で下ろすルナ。クノミーの心配なんて二の次であった。
「ありがと。あたしはだいじょぶだから!」
「そ、そうか、よかったぁ……!ごめんね!怪我してない?手ぇ見せてごらん?」
「あー、うん!だいじょぶ!ほら!」
にへらと笑うルナは確かに怪我をしていなかった。当然、黒のスキル'身代わり'である。今ルナが負ったすり傷は黒につく。
(……。威力を殺したとはいえ、石畳の上で尻もちをついたんだ。なのにすり傷がない……?)
「うん!怪我してないね!良かったよ!ぃや、ごめんね!危うく君の恋人を死なせてしまうとこだった!」
「こ!?こここ!!恋、び、と……!?」
ぽんっと真っ赤に染まるルナの顔。あまりに分かりやすいそれをクノミーは、呆れたように鼻で笑う。
(反応あり。……大体の関係は掴めた。ただ……ひっかかる。俺の気のせいか?)
「ぁ!ぁあたし!くくく黒の恋人なんかじゃなぃよ!!?」
「ぁ、はは……そんなに否定しなくても。彼が可愛そうだ……。」
「……ぁ、ぅう……。」
赤い顔してルナはしょんぼり下を向く。からかわれたとわかったのだろう。そんなルナを見ながらクノミーは目を細める。
(この二人……それだけじゃない気がする。)
「ぁ、あたしはね、やじゃないんだ……。」
「……ん?」
突然話し始めるルナに、クノミーは笑顔のまま固まる。
「でも、黒はあたしを子供扱いするんだ。」
(まぁ、子供だもんな。)
ルナのそれにクノミーは真顔のまま思う。
「確かにあたしはムーさんみたいに背も高くないし、綺麗じゃない……。む、胸だって……。」
(子供だもんな……。)
恨めしそうに黒を見つめるルナは、その赤い瞳を沈める。
「あたしはムーさんより全然幼いよ。なにもかも……。でも、子供扱いは少し……悔しい。」
最後に黒をキッと睨むと、ルナはズカズカと前を歩き出す。
「お兄さん!医務室どこ!?」
「ぁ、はは……。丁度、その扉だよ。」
ルナが立つ横にある鉄の扉。それを見てルナは、ぱぁっと笑顔になる。
「ここ!!?は、はやく!お兄さんはやく!!」
「はいはい。じゃ、そこの扉開けてもらえるかな?……お嬢さん。」
「……ぁ。む、お兄さんもあたしを子供扱い。大人はみんなそうだ!ふん!……ん、おも!」
(線引き……自分でしちゃってるじゃん……。)
クノミーの発言が気に入らなかったのか、そっぽを向いたルナはそのまま扉を開けようとするも、ビクともしない扉に驚く。苦笑いを浮かべながらクノミーは鉄扉の横の壁に埋め込まれた、水晶に手を伸ばすと魔力を流し込む。
「ぁ、っと。これは見えなかったか。残念。」
「なっっ……ぅぅぅうう!!」
クノミーの意地悪い笑みを見て、ルナは顔を赤くし、頬が膨らんでいく。鉄扉を開けては扉を押さえ、クノミーを睨みつける。
「どうぞ!!おじさん!!」
「なっ……。(子供、だもんなぁ……!)」
ルナの反撃に笑顔が引きつるクノミー。何も言い返せずに黒を中へ運んでいく。
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「よいしょっと。」
クノミーは黒の体を横にすると肩をぐるっと回し、筋肉をほぐす。
「……お医者さんは!?どこにいるの!?」
白いベッドに、薬瓶の棚、作業机と少しの資料。簡素な部屋には医者らしき人は見当たらなかった。
「今呼ぶからなー。子供はそこに座って大人しくしてなさ〜い。」
「……む、子供じゃないし。……てか、くどいし、おじさん。」
「ぐっ……このが、……。こほん。お兄さん、の仕事を邪魔しなぁい。わかった?」
なおも笑顔で子供扱いしてくるクノミーに、ルナはジト目をプレゼントし続ける。
「……ちぇ、はぁい。」
諦めたか、ルナはベッドの脇に設置された椅子に座る。
「うん、いい子だ。'睡魔'」
クノミーはわずかに目を見開く。その瞳が一瞬だけ黒く染まると、ルナは目を見開く。
「ぅ、ぁれ……?」
急な睡魔に襲われるルナ。ふらふらと揺れると、閉じてしまいそうな瞳が、わずかな抵抗虚しく閉じて行こうとする。
(……眠、た……い……。)
こてんと、椅子に座ったまま眠るルナ。
「ごめんね。少しだけ眠っててね。」
それを見届けたクノミーは右手を耳元へ持っていく。
「もっしぃ、どもっす、俺っす、クノミんっす。重症者一名、医務室に運んだから来てほしいっす〜。え?今西門の方に居るって??なになに?大怪我した冒険者の治療中?あぁと、そうだなぁ、なんて言おうかなぁ。……優先はこっちだ。早くしてくれ。」
それだけ言うとクノミーは黒の体を見てニヤリと笑う。
「さて。それまでの間、見させてもらうよぉ?」
意地悪い笑みを浮かべたクノミー。はっきりと断言した。
「……転移者さん。」
クノミーの目にキラリと光る物が映る。
「……ぉ?」
黒の首元の鎖。それを引っ張ると出てくるものは、真っ二つにされた下半分のロケットペンダントであった。
「おぉ……!なんか出たぁ。」




