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真っ二つのペンダント

 --

 -グロウの森・?


 これは、ルナが目覚める前の話。

 ザァザァと雨が降る中、眠る銀髪の少女ルナを抱き上げたまま座る男がいた。濡れた黒髪に疲れているような黒い目、身長百七十程の男性……時宗黒。


(……。)


 ルナの目にかかった濡れた銀髪を避けると、黒はルナの手に握られている物を目に映した。それは自身がルナに渡した物。真っ二つにされた下半分のロケットペンダント。鎖でぐるぐる巻にされたそれは、不格好でも首から下げられるように作られていた。


(……。)


 黒は何も言わずにペンダントを手に取ると、留め具をカチリと外し、ぐるぐる巻の鎖を解いていく。


 --


「……なんで、父さんと母さんは消えた。」


 雨に打たれる黒髪の子供は、怒り混じりの瞳を祖父に向けてたずねる。


「黒や、奴らは帰ってくる。消えたのでない。ちと野暮用ができたんじゃろう。」


 離れにある作業場にて何かを作っている者……祖父。ハゲた頭に曲がった腰の小柄な老人。普段はおちゃらけており、自身の孫を目にすれば踊り狂う彼だが、この日は子供へ目もくれずに言った。


「もう一ヶ月だ。……さすがにあいつらも何か連絡入れてんだろ。」


「……。」


 子供が祖父へ向けて静かに歩き出しながらたずねるも、祖父は物を作る手を止めない。


「何でも良い。あいつらに電話してコールが鳴ったとか、何でも。」


 祖父の後ろまで来た子供は呟くように言った。

 屋根を打つ雨の音がやけに大きく聞こえる。少しして、黙々と作業を続けていた祖父は作っていた物を自慢気に子供へ見せた。


「……。ひょっひょ、それよりほれ、これを見よ!着弾と同時に十発の極小の毒針が射出され」


「っっ!!」


 祖父のふざけた態度に、ギリッと歯ぎしりをした子供はがむしゃらに飛びかかった。


「……。……なんじゃ?」


 ころころと祖父の作った爆弾が床を転がる。祖父は床に倒され子供にマウントを取られるも、静かな瞳で子供を見続ける。

 屋根を打つ雨の音が作業場に響く。しばらくして子供は口を開く。ようやく言いたい事が整理できたかのような喋り出しであった。


「帰れねぇ時、母さんが俺に連絡しねぇわけねぇ。父さんが手紙残さねぇわけねぇ……。あいつらが……何も言わずに消えるかよ。……ありえねぇだろ!!」


 子供の瞳が抱くは悲しみではない。何かを隠している様子の祖父母に対する怒りだった。絶対に消えない存在が二人も、ある日を堺にパッタリ姿を見せなくなったのだ。そして、入れ替わるように祖父母が現れた。中学にも満たない子供でも何かあったと感づけるもの。


 怒鳴った子供は少しして吐き捨てるように言う。


「……それともあいつら、俺を捨てたのか?」


「んなわけなかろうて!!」


 子供がそれを口にした直後であった。子供の首を掴み壁に押さえつける祖父は鼻息荒く怒鳴りつける。


「小僧!主が奴らを疑るか!!そんな世迷言、冗談でも口にするでない!!」


 頭に血が登っている祖父。フーフーと荒い鼻息はしかし、首を掴む手に涙が落ちると落ち着いていく。


「……じゃぁ、なんなんだよ……!!」


「っっ!!」


 震える子供の手が弱々しくも祖父の腕を掴み返す。その一言にどれだけの訴えが込められているのだろうか。大粒の涙を歯ぎしりして目に溜める子供を見て、祖父は目をわずかに見開き、涙がこみ上げるのを感じる。

 絞り出された子供の訴えは祖父に理解させる。いかに気の強い子供であろうと、親が帰らないというのは精神的負荷がでかいのであると。


「……爺さん。」


 祖父の肩にそっと触れる者……祖母。空から糸を引かれていると思えるほど伸びた背筋に、あごを引き真っ直ぐ子供を見つめるりんとした瞳。腰まで伸びた白髪を先で束ねた彼女は、祖父に手を離すように促す。


「……。……すまんの。黒や。主の口から出た言葉が冗談でも聞き捨てならなかった。……許せ。」


 祖父は振り返ると目頭をぐりぐりとしながら、危険な爆弾を手に取り安全な場所に置いた。


「黒。端的に言います。貴方の親はあの日、完全に姿を消しました。」


「っっ……。」


 祖母の断言に子供は押し黙る。親の居場所は祖父母が知っていると思っていたためだ。しかし、それで納得など出来るはずもなく、子供は祖母を睨み続ける。


「消息を絶ったのは我が家。彼らに貸している部屋です。修練後、用があり伺った時にはもう」


「その用って、なに。」


 子供は祖母の発言に食らいついた。その辺りで祖母の声色に戸惑いがあったのを見逃さなかった。

 想定内か、祖母は目を閉じ間を開け、落ち着いてから話し始める。


「謝罪です。事故とはいえ、私は彼の大事な物を切ってしまった。」


 祖母から差し出されたそれを受け取った黒は目を見開く。


「父さんの……。」


 綺麗に真っ二つにされた下半分のペンダントを見て黒は確信していた。


(見間違えるはずがない……。あいつが何度自慢した……?何度俺に見せてきた?何度、見せてもらった?)


「……父、さんの……。」


 ボタボタと大粒の涙が落ちる。そのペンダントは何度も見ていたし、何度も自慢されたものだった。それを自慢する父の嬉しそうな声に、優しく微笑む母の笑い声は耳に残っていた。


「完全に消えた。これは憶測です。憶測で物を語るのは愚の骨頂。しかし、それを断言できるほど、彼にとって妻とあなたは何者にも変えられない存在。それを切ってしまったときの彼の顔は……。……彼がそれを床に捨て置くなんて考えられません。連絡が一切途絶えた今、彼という人間性が消えたと十分に証明しているのです。」


 祖母が喋っている中、子供はずっと下半分のペンダントを見ていた。


 --


 ザァザァと雨が強く地面を打ち付ける中、鎖を解いていた黒はペンダントを呆然と見ていた。ゆっくりとロケットペンダントのふたを開けると、そこには真っ二つにされた家族写真の下半分が映っていた。両脇に大人の足と中央にピースをする首から上のない子供の写真。誰一人として顔が写っていなかった。


(もう十年か……。)


「……父さん。……母さん。」


 黒はそれだけ呟いてはため息をつく。



(これじゃ……顔、思い出せねぇよ。)



 静かにペンダントの蓋を閉じると、慣れた動作で鎖を巻いていく。カチリと留め具を閉め、不格好なペンダントを首にかけると右手でそれを握る。こうすると黒は少しだけ落ち着けるような気がしたのだ。


 --

 -グロウの森・?



 これはルナが目覚めた後の話。

 雨が上がり、鬱蒼とした森にわずかだが木漏れ日が差し込む。暗い森が今では薄暗い森だ。黒、ミー、ムー、三人の足取りは幾分か軽そうであった。


 歩いてすらいないルナを除いて。


「ぁ、はは。く、黒……。あたし、歩けるよ?」


 苦笑いをする銀髪赤眼の少女……ルナは現在、黒に抱き上げられていた。お姫様抱っこである。緊急時という訳ではないのに、姫抱かれてルナは少しだけ恥ずかしそうであった。


「任せろ。」


(ずっとその一点張り……。)


「ぁ、はは……。」


 苦笑いをするルナは黒の説得を諦め、頬を赤らめ身を委ねる。


(あたしが起きてから黒はずっとあたしと居る。離れるのが危ないからって、分かってはいるんだけど……これは。)


 ルナはちらりと見上げると、疲れて今にも閉じてしまいそうなほど細くなった瞳で周囲を睨んでいる黒と目が合う。


「……?どうした?」


「なな!なんでも!!」


 バッと顔を伏せるルナは、赤くなる自身の顔を両手で冷まそうとする。


(過保護すぎだよ……。)


 バクバクと鳴る心臓がルナのもやもやを更に大きくする。


(ずっと気を張ってるってことだよね……?そんなのぜったい疲れるに決まってる。……何か、あたしにも出来る事ないかな。)


 そこまで考えたルナはムーを見てハッとする。


(あたし、重くないかな……?)


「っっ!!……ルナちゃん。今、なんか変なこと考えたでしょ?」


 ムーは何かを感じ取った。


「ぃぃい!いや!ぜんぜん!!ムーさんきれいだなって!!だからその、ごめんね!!」


「なんで謝るのよ……。」


 両手を振りながら謝罪するルナに苦笑いで返すと、ムーは何もなかったかのように再び前を歩き出した。


(あたし、なんて失礼なこと考えて……。……でも、下手な荷物より重いのは事実だし。)


 キッとムーに睨まれるとルナはハッとして心のなかで補足をする。


(ぁ、あたしが!あたしが!!)


 自分を睨んでいたムーの瞳が前方へ向くと、ほっと胸を撫で下ろすルナ。一息つく。


(黒だって手が疲れるに決まってる。やっぱり歩くって黒に……)


「任せろ。」


「……ぇ?」


 突然の任せろ発言に目を丸め見上げたルナは、黒の真顔とにらめっこをする。当然、思考は止まってしまう。


「任せろ。」


 守るオーラ全開の黒を目の前に、ルナは口を結び固まってしまう。黒の瞳の奥に静かに燃ゆる何かを感じ取ったのだ。


(……。歩くのは無理そう。)


 黒の意思に無理と悟ったか、ふぅとため息をついたルナ。体は完全に黒へ委ねられる。


(……せめて、体が軽くなればいいのにな……。)


「っっ!!」


 ルナはそこで思い出し、自然と行動にうつした。それは、目に穴が空くほど読んだ絵本に書いてあったものだった。


(たしか、お姫様は王子様の首に手を回して……。)


「っっ……。……ルナ、どうした?」


 黒はわずかに目を見開いた。ルナが動いたかと思えば自身の首に手を回して来るのだから。


「ど、どうかな、軽くなっ……た?」


 近づくルナの顔。黒へ真っ直ぐに向けられる紅い瞳の妖しさたるや、黒の記憶を掘り返す。黒の頭を過るは先のミームーの接吻のとき。唇と唇。マウストゥーマウス。すなわち煩悩。


「ミー、ムー。」


「「……?」」



 ぼそりと小さく呟かれた黒の声に反応したミームーは、足を止め首を傾げる。


「なんスか……ぁ。」

「なによ……ぅえ。」


 振り向いた二人はあっと息をのんだ。今、黒の身に何が起きているか分からないでいる二人の顔は、やがて驚きが追いついたか、徐々にありえないものを見たと言わんばかりに崩れ行く。


「走るぞ。」


「……ちょ、ぇ、黒!?まっ」


 急に走り出した黒にルナは驚き、赤い瞳を見開いてしまう。静止を訴えようとするも間に合わず。ルナが「て」を言う頃には、黒は既に木々を蹴り猛進していた。


「ぇえぇぇぇぇぇっっっ!!」とルナの叫び声が響く中、ミームーは黒を追うことなく未だ呆然としていた。

 タンタン!と木を蹴り素早く森を走る黒の後ろ姿と、森に響くルナの叫び声。それらを見送ったミームーは顔を見合わせ、目で訴え合う。「見た?」と。互いにこくりこくりと激しく頷き合い、再び黒の走り去った方向を見据える。


「……く、黒!?なにさ!なんなのさ!急にはし……んぐ!」


 ルナが顔を上げようとした時、黒はルナの頭を抱え、自身の顔を見せんとする。


「黒っち、あんな顔するんスね。」


「ぇ、えぇ。照れて……いたのよね?あれ?」


 薄暗い森を全速力で駆ける黒。耳まで赤くした彼の口元からは血が垂れている。


(違う。……ルナはそんなんじゃない。俺がルナの居場所でルナが俺の居場所……ただ、ただそれだけだ!!)


 下唇を噛みしめる黒は否定するも、ミームーの姿が頭にこびりついて離れない。


(そんなんじゃない……!!)


「くろぉ!とまっってぇぇぇ!!」


 チラチラとドス黒い粒子が黒の足にまとわり吸収されていく。ギチギチと足から嫌な音が鳴り始める。痛みを感じるはずのそれは痛覚の消えている現在の黒には関係なかった。制御されずに増幅して行く力故に、限界は近かった。


 パンッ。


 タイヤが破裂するような音が森に響き渡ると同時に、がむしゃらに森を駆けていた黒はバランスを崩し、墜落する飛行機のごとく地面へ。


「……そんなんじゃ、ない……。」


 勢いよく頭から落下した黒は、その言葉を最後に意識を失う事となる。

おまけ


「黒っちぃ〜!!」

「ルナちゃぁ〜ん!!」

「……。」

「……。」

「ぁっはは……。返事がないッスねぇ……。これ、はぐれたッス。」

「ったく。何よ急に走り出して……!照れ隠しにしてもやりすぎよ!面倒くさい!!」

「……。面倒くさいは、少し言い過ぎだ……。」

「「っっ!!」」


「ぁっはは……黒っち。そこに倒れてたんスねぇ……。」

「……。」

「何よ。居るなら返事しなさいよ。蹴るわよ。」

「……。」

「ぁ、はは……。」

「無視すんなっての。早く立ちなさいよ。」

「蹴るな。……痛い。……それより、いま俺のことはいい。それより、ルナのことをどうにかしてくれ。」

「「……?」」


「そういえば、ルナちゃんは?どこに居るんスか?」

「いない……わね?」

「そこにいる。そこの黒い物体だ。」

「ぁ、これ……。黒っちの魔法で閉じ込めてるんで?なんでまた……?」

「児童監禁ね。最低ね。」

「……。……解除するぞ。」


「やっと解除した!!黒ぉぉ!!止まってって言ったじゃん!!言ったよね!?結局ケガしてさ!痛いのは黒なんだよ!!?いっつも無茶苦茶なことして!誰が喜ぶのさ!あたし流す涙も枯れちゃったよ!!心配って行き過ぎると怒れるんだね!今知ったよ!聞いてるの!?」


「ぁ、はは……。黒っち。これは……。」

「自業自得よ。ルナちゃんの気が済むまで怒られなさい。」

「……ぇ、」

「さ!ミーくん!あっちで休憩しましょ!」

「えっと、黒っち……また、あとで、はは……。」

「……ちょ、……ま」

「黒おおおお!!」


十分後


「あたしは心配してるのに……黒は、黒はしらんぷりでぇっ……!!」

「……すまん。泣くな……まじ、すまん。」

「……反省、した?」

「した。まじした。すごくした。」

「……。」

「……ぁあ、あ、すね、て……。」

「もう知らない!!黒なんて……黒なんてケガしない程度に無茶すればいいんだ!」

「……。……。……。……ぉ、おう。頑張る。」


「終わったのかしら?」

「む、ムーさん……。あたし、あたし!!」

「わわ、ルナちゃん?!黒さん!ルナちゃんが泣いてるわ!!」

「すまん。」

「ムーさん!あたし!……黒にどなっちゃった……。」

「分かるわ!ルナちゃん!私もミーくんに言いたい事があるから!」

「ぇえ!?……俺ッスか!?一体俺の何が……!!」

「……。ミーくん。貴方にはわからないわ。さ、ルナちゃん。あっちで話しましょ。」

「ぅ、黒……。」

「いいのよ。黒さんはどうせ何も言えないから。ささ。ほら早く。」

「……ぅ、うん。」


「……。黒っち。俺、なんでこんな気持ちにならなきゃいけないんスか……?」

「……。……。……。……すまん。」

「俺なりにムーさんを気遣ってるつもりなんスけど……。」

「……。」

「ぅう、黒っちから見て俺って何が悪いんスか……?」

「……。」

「黒っち、俺に対してちょっと冷たいじゃないッスか。それってきっと何か理由があるんすよね?……あ、やっぱり背中を刺した事!?俺、やっぱり嫌われてる……。でも、ムーさんは俺とキスしてくれたわけ」

「っっ!!ぁぁぁぁああああああ!!!」

「どぅぇ!?なんスか急に叫んで!!びび、びっくりしたぁ!!」


「み、ミー。」

「は、はいッス!」

「ムーのあれはたぶんあれだ、照れ隠しだ。だからお前は嫌われてない。分かったな?」

「……照れ、かくし!!?……まさか、いや、もしそうなら全てに説明が行く!!」

「よし、問題解決。ところでミー頼みが」

「で!でも!さっきルナちゃんと話してる時の目!あれガチッスよ!?」

「あれだ、気付けよバカってことだ。」

「っっ!!なる、ほど……。俺はムーさんの気持ちに気づいてあげれな」

「み、ミー!」

「はいッス!今すぐ行って抱きしめてこいってことッスね!!」

「っぃや、ちが」

「ありがとッス!俺!行って来るッス……!!」


「……ぁ、あぁ。」

(まずい。ルナもミーも行ってしまった。……俺、動けないんだが。足に力が入らんのだが……。起き上がれないんだが。全部俺が悪いとしても酷い気が……。てか、この状況なんなんだよ……。)


- な、な、なな、何すんのよバカ!!

- ぃったぁ!!な、なんでッスかムーさん!「み、ミーくんの気づいてよばか!」の思いはいずこに!?

- 何言ってんのよ!!このバカ!!よりによってルナちゃんが見てる前でぇ……ぅう。ばか!ばか!!

- ぃでっ、いで、ぃぃいったぁ!!


黒「……。」

下位魔物「……キョロ?(お前、食える?)」

「……あー。まじカオス。」

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