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決意の線引き

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 一寸先も見通せないほど暗い鬱蒼うっそうとした森にザァザァと雨が降り注ぐ。雨の降る森は普段より暗い。そんな中でやけに目立つ明かりがあった。パチパチと弾ける焚き火の明かりである。

 '遮防幕ムーディル'の黒く薄い板状の天井に守られた焚き火の光は、そばで暖を取る二人の人影を照らす。


「もうすぐ、なのよね。モロッコ王国。」


 ひざを抱きかかえるようにして座る女性……ムー。

 肩まで伸びた綺麗な茶髪に、出るところは出るようなスタイルの良い彼女は、赤みがかった茶色い瞳を呆然とさせて焚き火へと向けていた。


「……だいじょぶッスよ、ムーさん。あれからもう八年ッス!流石に誰も俺達のことなんか探してないッスよ!」


 ムーの隣ではげますように笑った男性……ミー。

 後ろで短くくくられた金髪に、さわやかな顔からは想像も出来ないほど均等に鍛えられた体。青い瞳を優しそうにゆがめると、ムーの肩にそっと手を置いた。


「それに、大分雰囲気変わったすからね!ムーさん!」


「ちょ、ちょっとぉ。何よそれぇ。私が盗賊に染まったって言いたい訳?」


「そうじゃないっすよぉ〜。」


「ほんとかしらね!ふん!」


 そっぽを向いたムーはしかし、ミーの手に頬をつけるとくすりと笑う。


「ミーくんも変わったわよ。あの堅物がこうなるなんて思わなかったわ。」


「そうしたのムーさんすけどね。」


「文句ありありね。」


「でも、俺はよくなったと思うッスよ。今のムーさん。」


「なっ。」


 ムーは急に真面目に褒めてくるミーに驚き、その顔を少し赤くする。


「ちょっと、やめてよ。私は別に」


「俺達が駆け落ちしたあの日も、今もムーさんの芯は何も変わってない。ずっと強いまま。それどころか色んな経験をしてより一層、ムーさんは強く美しくなった。俺は今でも貴方の隣に居ることが出来て、本当に幸せなんス。」


「ば、ばっかじゃないの?!みみみ、ミーくんが優柔不断だからわ、私がしっかりしなきゃいけない訳だし、べ、別に!別に……。」


 真っ向から褒められて早口になってしまうムーは、ミーから目線を外し、そっぽを向いては小さな声で「ありがと」と呟く。


「俺が辛い時はムーさんが、ムーさんが辛い時は俺が。そうやって二人で支え合って頑張ってきた……。この事実だけで俺はもう嬉しいんス!」


 ミーの言葉の節々からは苦労の数と重さが感じられ、今生きているのが奇跡であると言わんばかりであった。

 ムーは頬に当てられたミーの手に手を重ねると、一息ついてから話し始める。


「……そうね。たしかに私達は耐え抜いた。でも今こうしているのも全部、汚い手で……耳を塞いできたから。ここまで幸せで、更に幸せを求めようとして。私達にそんな権利ってあるのかしら。」


 ミーの手を握るムーの手は震えていた。過去の経験を思い出しているのか、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。しかし、ムーはキッとミーを見つめると泣き出しそうになるのをこらえながら口を開く。


「私は私が嫌いよ。……今まで生きるためって嘘ついてなんでもやってきた。でも今になって全部命令されましたって?それで安全に幸せに暮らしますって?……良いのかしら。私は本当にそれで良いのかしら。」


(盗賊団に居た頃も、何度もこうやって自分を貶して貶して、自分が悪いことをしていると思い続けて、今ものなおその感性で居られる。ムーさん。貴方のそう言うところが強いと思うよ。)


「これだけは言えるッス。他の誰が何と言おうと、ムーさんがどれだけ自分を嫌いになろうと、俺だけはムーさんのこと大好きッスから!!」


 ミーはムーの手を両手で包むようにして握ると、目を真っ直ぐ見つめて断言する。


「俺が居るッス。あの時も今も、そしてこれからも……それだけは何があっても変わらない。変えさせない。」


 真っ直ぐなミーの青い瞳。いつものおちゃらけた様子など全くない真剣な瞳。だからこそムーは泣きたくなってしまう、目に涙をためてしまう。


「ミーくん……。」


 互いに見つめ合ったミーとムー。その唇が重なるまで時間はかからなかった。ミーはムーと唇くちびるを重ねる。迷いのないそれは、何度も何度も行ってきた事のようにごく自然な動きで、静かにムーとその一時を過す。


「あそうそう!俺、よく夢を見るんス。朝起きたらムーさんが居ない夢!ある時は崖の下で、またある時は巨木の頂点。またある時は岩壁に張り付いてこう鳴くんス。ミー、ミー、て。」


「ちょっと待ってミーくん、今頭が追いついてない。え?今、キスしたわよね??」


「?したッスよ?あぁ、それでそれで、挙げ句には象の背中に乗って俺から離れてくんス!「私。戻らないから!」キリッとした顔で言うんすよ!意味わかんなくて!」


 ぷはっ!と笑い出したミーの胸ぐらをつかむムーの手は震えていた。無論、怒りで。


「ミーくんは私をどんな目で見てるのかしら……?猿?虫?それとも野生児?とりあえず答えは殴ってからでいいかしら?!」


「うそうそ!待って!ムーさん!!」


 ムキィ!と怒るムーをなだめながらミーは「それでも!」と必死につなげる。


「俺は絶対にムーさんを見つけるんス!どこでどんな状況で居ようと俺はムーさんを絶対に見つけ出して。こう言うんス!お待たせ、僕の姫様……!(歯をキラッ!)」


「きもいっ!!」


「ぬはっ!」


 ビターン!とビンタされるミー。キレイに放物線を描いて飛ばされるミーと、額に怒りマークをくっきり浮かべるムーの間にてジト目をしたまま座る者がいた。黒髪黒眼の男性……時宗黒と銀髪赤眼の少女……ルナである。


「「へっ……。」」


 いつからそこに居たか知れぬ二人は乾いた笑いをこぼす。


「黒さん……!?……それにルナちゃん。も、もういいのかしら……?」


 焦ったムーは口を拭いながらその様に聞くも、顔を赤くするルナの反応と気まずそうに首に手を当て目を逸らした黒の反応から察する。


「〜〜っっ!!」


 少し頬を赤くしたムーは、やけ気味に胸を張り声高々に断言する。


「そうよ!したわよ!でもそれはミーくんがおふざけで」


「俺はおふざけでムーさんとキスしない!!」


「ちょっと黙りなさい!?」


「……スぅ。」


 がばっ!と身を起こし断言するミーは、ムーに睨みつけられるとゆっくり地面に横たわる。


「はぁ……。それで、話はついたのかしら?」


 胸の前で手を組み眠るミーを見て、ムーは肩を落としながら言った。当然、それは顔を真っ赤にしているルナと、気まずそうに目をそらす黒へ向けられたもの。この時ばかりは、ミーも両目を開き姿勢そのままで話を聞く事にした。


「あぁ。問題ない。」


「……そう。」


 問題ないと断言した黒の態度に少し安心したムーは、「少ししたら……」と口を開く黒の発言をさえぎる。


「ちょっと待って。その前にいいかしら?」


「……?なんだ?」


 時間に追われている訳でもないのに、黒の言葉を遮ってまでする事が黒には思いつかなかった。ムーは黒から怪訝そうな顔を向けられるも、その赤みがかった茶眼をルナへ向ける。


「っ!……。」


 ムーに目を向けられ少し肩を震わせてしまうルナ。当然、ミームーに対して抱く感情は複雑である。その複雑な感情の怖いの部分が少し強かったのだ。


「命令とは言え許されない事をしたわ。謝って済む問題じゃないけど……ごめんなさい。」


 ムーはルナに向かって深々と頭を下げる。その謝罪はただの謝罪ではなかった。今まで謝る事すら出来ずに犯してきた罪の分もふくまれていた。その真剣さから生み出される雰囲気は異様の一言で済ませることは出来なかった。


「ぁ、……いや。」


 少し目を見開いたルナはチラリと黒を見る。道中で当然聞いていたのだ。黒が二人をどのように見ているのかを。「どうでもいい」と言った黒を冷たいとも思ったし、当然だとも思ったのだ。


(あたしは……。)


 ぎゅっと目をつむるルナ。その脳裏に浮かぶはひたすらに黒の背を突き刺すミーの姿。そして、黒の死体から己が身を引きがそうとするムーの姿。


「俺は……。」


 ルナが口を開けずに居るその時、ミーが地面に倒れながらも口を開く。はっとするルナは地面に手を広げ天を仰ぐミーへ目を向けた。


「俺には、ムーさんしか居ないんス。黒っちやルナちゃんと同じように。ムーさんが居ない生活なんて考えられない。考えたくもない。だからたとえ夢でも必ず見つける。必ず守る。」


 ゆっくりと身を起こすとミーはルナと黒を見据えてハッキリと言う。


「誰を裏切り、殺したとしても。……必ず。」


「「……。」」


 その迫力に思わず固唾を飲んでしまうルナと、目をつむり目をそらす黒。ミーのそれには何度でも同じことを行えると言う強い意志があった。それは黒とルナ、誰よりもムーに伝わっている。

 一気に張り詰めた空気の中、ミーは肩の力を抜いてにへっと笑う。


「……ッスから。別に無理して受け入れなくてもいいんス。ルナちゃん。俺が黒っちを刺したのは事実。命令とはいえ、今まで手を汚してきた盗賊というのも事実。許してもらおうなんて思ってないッスよ。」


(ミーくん……。そぅ、よね。)


 ミーの笑顔を見て、その笑顔の奥の意志を見て少し目をそらしたムーは、何も無かったようにミーの方へ歩き出す。


「とりあえず、しっかり謝ったわ、ルナちゃん。……でも忘れない事ね。」


 屈んでミーの肩の手を置いたムーは振り向くことなく断言する。


「私は、品のない女。手なんてもう荒れ荒れなんだから。」


 冷たい現実を突き付けられたかのようなムーの声色。黒とルナには見えないがミーにははっきりと見えていた。下唇を強く噛み締めているムーの顔が。


「……じゃ、黒っち!俺達あっちで休んでるッスから、出発になったら教えて欲しいッス!……ぁ!乾いた木ちょっと貰うッスね!」


 立ち上がりひらひらと手をふるミーはムーと手をつなぐと、乾いた木を少し持って巨木の奥へと行ってしまった。少しして暗い巨木の向こうで明かりがつく。その様子をルナはずっと見ており、そんなルナを黒は見ていた。


「なんて……言えば良かったのかな。」


 パチパチと焚き火が弾ける音が大きく聞こえる中、ルナは巨木の向こうの明かりを見ながら呟いた。


「……。……俺にもわからん。」


 黒はルナの頭を軽くでると、焚き火のそばまで歩き'遮防幕ムーディル'でつくった腰掛けに座る。


「あれは、あいつらが決めた線引きだ。……邪魔しないなら俺にとっちゃどうでもいいけどな。」


「線引き……。」


 ルナは静かにそう呟いては、しばらくの間、暗がりの向こうの明かりを見ていた。


 --

 ー


「出発ッス!黒っち!!準備は良いッスか?」


「そうよ!早く行きましょ!!」


 ガサッ!と巨木の奥より現れるはミーとムー。彼らは準備が出来たようだ。


(……。)


 黒は自身の胸に伸ばしかけた手でルナの頭を撫でる。


「ぅっ……?なにさ、急に……?」


 突然撫でられ思わず笑ってしまうルナを見て黒はわずかに笑う。


「……別に。」


 撫でるのをやめると黒は立ち上がり、ルナに手を伸ばす。


「もう行けるか?」


「もっちろん!」


 ルナは黒の手を取ると'遮防幕ムーディル'から腰を降ろし、地面に足をつける。元気の良いルナの返事に黒は優しく微笑む。


「よし。ミームー。案内頼む。」


「ッス!」

「任せなさい!」


 ザァザァと豪雨が森を叩く中歩き出した一行。黒と手を繋ぎ歩き出したところでルナはふと気になってしまう。自分は今どこに向かっているのかを。


「ところでさ……。今ってどこに向かってるの?」


「あぁ。そう言えば言ってなかったな。モロッコ王国だ。」


「モロッコ……王国……。」


 少し目を見開いたルナ。その時だけ異様に雨音が強くなった気がした。


「そこに行けばこんな森より安全だろ。」


「さぁ?どうかしらね?意外と国の方が危なかったり、そうでなかったり?」


「はっ。確かにな。現に俺は人間に何度も殺されかけてる。」


「はぐぅっ!?黒っち!?ぃいま!と、トゲなかったッスかぁ!?ぐざっと来たんスけどぉ!?ぐざっとぉぉお!!」


「……。さぁな?」


「間ぁ!?」


 強まる雨音はその時だけ、黒達の会話を遠くした。


(国……か。あたしは……。)


 頭を過ぎるは数多くの人の死。ルナが振りいた厄災の犠牲になった人達の死。


(また誰かに迷惑を……。)


 下唇を噛んだルナ。その様子を横目で見ていた黒は、何も言わずにルナの頭を撫でる。


「っっ!!」


 目を見開いたルナだが、黒の手の大きさに安心したか、そのままゆっくり目を閉じる。


(黒に頼ってばかりじゃだめなんだけどな……。)


 目を開いたルナはニッ!と笑うと黒に抱きつきミーを見る。


「黒はあたしが守る!!」


「っっ!?」


「ぅぇ!?」


 予想外のルナの言動に目を見開く黒と奇声を発して驚いてしまうミー。その様子を見ていたムーは吹き出してしまう。


「次 黒さんを刺す時はルナちゃんがいない時じゃないとね!」


「ムーさん!?なんて事を!?」


「おうほらかかってこいや。」


「黒っちまで!?」


「絶対にさせないよ!!」


「しないッスけど!?てか、掘り返さないで欲しいんスけどぉ!?」


 けらけらと笑うムー。そっぽを向いてニヤリと笑ってしまう黒。笑いつつも黒から離れないルナ。頭を抱えてなげくミー。

 鬱蒼うっそうとした森は豪雨も相まって暗く不気味であるが、その雰囲気に四人はのまれる事なく進む。目的地であるモロッコ王国を目指して。

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