居場所
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身長百六十程の銀髪の少女……ルナが意識を失ってから二日半が経った。
ザァザァと降り注ぐ豪雨が襲うは森を移動する一行。その先頭を歩くは後ろで短く括られた金髪に青い瞳、身長百九十程の男性……ミーと、肩まで伸びた茶髪の綺麗な身長百八十程の女性……ムー。はぁと吐息をつく二人の顔からは明らかに疲れが伺えた。
「ミーくん……。この雨いつまで続くの……?あちこちで滑って泥だらけよ……。髪もへばりついて気持ち悪いわ……。」
頬についた泥を拭うムーは、恨めしそうに木々の葉で遮られた上空をにらみ付けた。
「ぅっっ!!〜〜っっ!!」
しかし、ぴちょんと雫が目に入れば片目を抑えてその場で地団駄を踏む。
「もぅ!びしょ濡れだし!泥だらけだし!雨が目に入るし!私がなにしたって言うのよ!」
「叫ぶとなおのこと疲れるッスよ?ムーさん。」
「だってぇ〜!!」
苦笑いを浮かべながらミーは、地団駄をやめた涙目のムーをなだめる。
「きっとすぐに止むッスよ。それまでの心房ッス!」
「……むぅ。」
自分と同じくらい追い込まれているはずのミーがそういうのだから、地団駄踏む自分がまるで子供みたいだと思えてしまったのだ。納得の行かないムーはついうなり声をもらしてしまうが、すぐにため息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「……分かってるわ。ありがと、少し取り乱したわ。私はムー。品のない女性ではなくってよ!」
胸を張るムー。顔を上げるとその目に見事雨が直撃する。
「ぅうっっ!!……っきぃぃぃ!!」
「ムーさん!!?」
ミームーが先頭で叫ぶ中、その後方をボソボソと呟き歩く者がいた。黒髪黒眼。身長百七十程の傷だらけの男性……時宗黒である。
「大丈夫。大丈夫だ……。大丈夫。」
意識のないルナを背負い、豪雨の中歩く黒は憔悴しており活力などなかった。濡れた苔を注意もせずに踏み締める所から、まともな思考が出来ていないと知れる。
(ルナは生きてる。まだ生きてる。体は温かい。心臓だって動いてる。息だってしてる。なのに、なのになんで目覚めない!!)
ギリッ!と歯ぎしりをした黒が、八つ当たり気味に近くの巨木を殴ろうとする。
---貴方……自分の心配はいつするの?
しかし、黒の頭を過るは先日ムーに言われた言葉。巨木の幹に拳がぶつかる直前で止める黒は、震える拳を歯ぎしりでこらえた。握られた拳はゆっくり解かれ、ルナを支えるため後ろへ回される。
「……ちっ。……あぁ、くそ。」
前方にて騒いでいたミームーは、イライラしている様子の黒を見て元より伸びていた背筋が少し立つ。
「黒さん、相当参ってるわ……。ほんの少し怖いもの……。」
黒に背を向け、ボソッとミーに話しかけるムーはもう一度イラついている黒を見た。
「ルナちゃんが目覚めずにもう二日ッス。余裕ないのに足は止めようとしないんスから、体力的にも精神的にも追い込まれて当然スよ……。」
悲しそうに首を振るうミー。必要以上の協力を拒む黒に、自分が出来る事はないと分かっているが故。イラつき、当たりどころのない怒りを抱え込む姿が、ムーを失ってしまった場合の時の自分と重ねてしまうが故。守る立場について改めて考えさせられたが故。
「少し行ったら休憩しやしょう。ルナちゃんもそろそろ目覚めるッスよ。……きっと。」
「きっと……ね。私がもう少し魔入りに詳しければ……。」
「ムーさん。タラレバは悲観的になるだけッス。笑顔ッス笑顔!」
ニッ!と笑って見せたミーを見てはっとするムーは、ぎこちないながらもにっと笑って見せた。
「そうね……!ありがと!」
「はいッス!とっころで黒っち!そろそろ休憩は」
「いらん。」
「……ッスかぁ。」
「ミーくん……!……笑顔笑顔!」
一瞬で笑顔が消え、意気消沈するミーを慰めるムー。そんな二人を一目見て視線を逸らす黒は、誰にも聞こえないくらい小さく舌打ちをする。
変な空気感になったとしても歩き続ける一行に、目覚める様子のないルナ。ザァザァと降り続ける豪雨は止む気配を見せる事なく、ただひたすらに一行の体力を削り続ける。
「'遮防幕'」
そんな中で小さく短く発される黒の声。重い口を開き発したものは魔法のトリガーであった。
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「ルナっっ!!」
かすんだ色の情景が視界に広がっていた。赤黒い光柱が天へ登る中、巨大な紫色の魔法陣の上で手を伸ばし叫ぶは時宗黒。一度瞬きをすると黒は地面に力なく横たわっており、泣き叫ぶ少女の手がひたすらに見えない壁を叩く。
(……黒は死なない。)
巨大な魔法陣の上でムクリと起き上がる時宗黒。ザザッと視界が揺れ、ムクリと起き上がったはずの黒は木に力なく寄りかかり気絶していた。そばに居た少女はその手に着いた血を見て目を見開く。揺れる視界は何故か、血に濡れた手の上に大粒の雫が落ち始める。
(……いつも助けてくれる。)
八メートルを超える竜の火炎放射。呆然と立ち尽くす少女の視界がそれに満たされた時、視界が乱れ、力強い抱擁と共に川に落ちた。ボロボロの体でも時宗黒は少女を抱き締めた。もう離さないと言わんばかりに強く。
ザザッと視界が揺れると、少女は正気を保てていない様子の黒に抱き寄せられていた。
(……自分が苦しくても、他の何を殺してでも。)
恐怖故怒り故の叫び声が辺りに響く中、統率の乱れた盗賊らの首が切り飛ばされては鮮血が舞い散る。嫌な血の臭いが充満し頬に付着する。赤い液体が滴ったナタを握る黒は、刃を大男の首に当てながらも掠れた声で呟く。
「誰にも奪わせない。俺の……。」
ザザッと視界が揺らぎ、目を開くと数え切れないくらい多量の下位魔物に追われていた。黒が走る度にグラグラと揺れる少女の視界は、一度瞬きをはさんだ次の時には水中であった。驚き故に目を見開いた少女であるが、自分を掴む黒の手を離さないように掴まっていた。
(自分がどれだけ危なくても……あたしに手を伸ばしてくれる。)
ドンッ!と大きな衝撃とともに黒と離れてしまう少女の体。急な水流に運ばれてしまう少女の視界には、諦めんと言わんばかりの目で自身を見つめ、届かないと分かっていながら手を伸ばす黒の姿が映っていた。
(……彼の側は安心できて、あたしの抱く不安を消してくれる。ダメなのに甘えてしまう。離れなきゃ行けないのに離れたくない。)
頭を過ぎるは自身を守ってくれる黒の背中。頭を撫でてくれる手の温もり。彼は自身の親が何をしているのか聞いても抱き締めてくれた。'ルナ'という呼び名を付けてくれた。だからこそ、何気ない瞬間に少女はうっすらと笑ってしまう。居場所が出来た気がして、よく分からない感情のせいで胸が温かく嬉しかったのだ。狭い世界しか知らない少女にその思いが芽生えてしまうのも仕方がない事だった。
(……誰にも邪魔されずに過ごせたら。二人だけで居られたら。そうやってあたしは欲張った。)
ザザッと視界が揺れる。
(だから……。)
涙に揺れる少女の視界には、黒の無惨な死体があった。
(黒は死んだ。)
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「……。」
黒い板の上で少女は目覚めた。ゆっくりと開かれる赤い瞳は朧気で、周囲の状況を即座に理解できる程頭も回っていなかった。
(ここは……。)
体を起こし周囲を見回すルナの目には、パチパチと弾ける焚き火の向こう側で、木に寄りかかって眠る盗賊ミームーの姿が映る。
(ミーさんに、ムーさん……。)
ズキッと頭が痛む。ルナは頭痛の原因が分からず、何となく感じている違和感を探した。
周辺ではザァザァと大雨が降っていると言うのに、自分の居る周囲は雨が降っておらず、焚き火も起こされおまけにミームーはすやすやと寝息を立てている。
(雨は……。)
上空を見上げるルナ。焚き火から上がる煙が、黒い何かにぶつかり周囲へ流れていた。
(天井……?小屋?……どこだろう。ここ。)
もう一度周囲を見ようと立ち上がろうとしたルナは、まだ頭がぼんやりとしており、立った拍子にふらついてしまう。たまらず自分が眠っていた場所に腰を下ろした。
「っっ!!」
(……なにこれ?黒い、板?)
硬いような柔らかいような何とも言えない触感の異常さに立ち上がるルナは、頭を押さえながらも下に敷かれている物を見た。それは黒い板……'遮防幕'。その存在が何か知らないルナであるが、そこから放たれる雰囲気に何か懐かしさを感じた。
「ぃっ……!」
ズキズキと頭が痛む。それ脳が何か思い出す事を拒んでいるよう。立ちながらもルナは頭痛に苦しむ。今、自分は何を思い出そうとしているのか。それが分からないから怖いのだ。
「……ル、ナ?」
周囲の警戒に当たっていた黒は、焚き火の前にて頭を押さえる少女の後ろ姿を見て一瞬思考が止まってしまう。
「……ルナ!!」
しかし次の瞬間、黒は走り出してルナを後ろから抱き締めていた。
「目が覚めたんだな。……良かった。」
震え、今にも泣き出してしまいそうな黒の声に寝ていたミームーは目覚めた。
「ル、ナ……ちゃん?」
「……スぅ、ね。」
「「……。」」
「起きたのね……!!」「起きたんスね!!」
眠そうなその目には、ルナを後ろから抱き締める黒の姿が映り、ついにルナが目覚めたのだと知ると途端に喜びに染まる。
「は、はなして……。」
しかし、予想と反した弱々しいルナの声が、やけにこの場に響いた。
「……ルナ?そう、呼んでくれるのは……黒?」
黒からそっと離れるルナは頭を押さえながら一歩また一歩と離れて行く。
「どうした……?どこか痛いのか?」
黒は分からなかった。自身の体に追加された痛みなどなかった。ルナが今何に痛がっているのか分からなかった。
「ぃた、い?痛いの?……わからないよ。」
震えながらもルナは頭を押さえ続けた。
「その声、聞くと頭が痛いんだ……。君は、黒……?」
そして頭痛の原因を理解したルナがゆっくり振り返り、黒の心配そうな顔を見た時だった。
「っっ!!ぅぐぁぃっっ……!!」
その途端ルナは目を見開き、ズキズキと痛む頭を強く押さえその場に座り込んだ。
(ぃたい……。いたいいたい!……なに。なんなのさ!)
泣きそうな程痛むルナの頭を過るは黒が無惨に殺された後の事。
(いやだ……。)
必死の抵抗虚しくミームーに連れて行かれた事。
(やめて……。)
アゲルトに痛めつけられ、自身に失望した事。
(あれは夢なんかじゃなかったの!?じゃぁあたしはあの時ほんとに……)
黒い影のような手が自身を覆い始めた事。
(魔入ったんだ……。)
自身が魔入った事。
「ルナ!?大丈夫か!?」
「「ルナちゃん!!」」
ルナの異常な苦しみ様に黒とミームーが心配し、駆け寄ろうとした時。
「来ないで!!」
ルナは叫んだ。
「「「っっ!!」」」
「……ぁ。」
あまりの気迫にミームーのみならず、黒まで足を止めてしまった。我に返ったルナは呆然として言葉が出ない様子の黒を見て自己嫌悪に陥る。
「……ぅっ。ごめん……。」
ない混ぜになった感情が涙となり流れそうになったところを、ルナはぐっと奥歯を噛みしめ耐える。絞るように声を出して謝罪し、振り返り走り出そうとした。
「っっ!!」
しかし、二日以上も歩かず、飲まず食わずの弱った足で突然走り出すのは無理だったか、ふらつく足は絡まってしまう。倒れ行く体。反射的に目をつむってしまうルナは、いつまで経っても衝撃が来ないこと、強い力が腹部を支えていること、背後に人の気配があることから、何が起きているのかすぐに察してしまえた。
閉じた瞳を更に強く閉じるルナは、思い通りに動かない自分の体を何よりも憎んだ。
(だめなんだ……。一緒にいたらまた……。)
同時に、我慢していた涙が一気にこみ上げ、ぼろぼろと地面へ落ちる。
「は、なして……。はなして……。」
嗚咽が声を切るルナは、黒の手から逃れようとするも、抗おうとする手に込められた力は弱い。それが今のルナの全力である。あまりに弱い必死の抵抗に黒は目をつむる。
「ミームー。少し離れる。」
「……ぅあ!?」
そう言うと黒は拒むルナを抱き上げ、雨に打たれながらも森の中へと歩き出した。
「ルナちゃん……。」
歩き去って行く黒の背中を心配そうに見送ったムーを、ミーはただ抱き寄せるだけだった。
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森を歩く黒は、ぐすぐすと鼻をすするルナを穏やかな目で見守っていた。待ち望んでいた者の目覚めだった。それが嬉しくないはずがなかった。
「黒。あたし分からない事ばかりなんだ……。」
「だろうな。」
抱き上げられているルナはどこか諦めているような目で、ゆっくり流れていく景色を見ていた。そんなルナへ黒は「同じだ。」と口を開き続けた。
「俺にも分からない事があるんだ。ルナ。」
「……ぅん。分かってる。」
二人の疑問は互いに理解していた。少しの沈黙がこのあとに続くことも、互いに聞くのを躊躇ってしまうことも。だからこそルナは先に口火を切った。
「あたしはね、黒。」
黒の手から降りたルナは、黒に背を向けるとふらつく足でゆっくりと歩き始める。その小さな背中から表情は読み取れない。しかし、震えて上ずった声に、ぎこちない動作、どこか緊張しているような空気感からその表情を大体察してしまえた。
「親と思ってた人の実験体で、邪魔で迷惑な子供で、恩を仇で返すような呪い子で、忌み嫌われる魔の象徴の魔族で。その力が使えるなら黒のためにって思うんだけど、それすら出来そうにない存在で。」
「ほら」と、自嘲するようにくすりと涙ながらに笑った少女は振り返り口を開く。
「どう足掻いたって迷惑しかかけないんだ。」
黒は自嘲するように笑う少女から目を離さなかった。ただ静かにその赤い瞳を見続けていた。
「前、黒に言ったね。魔族って額に角が生えてて、凄く残虐で恐ろしい存在だって。」
辛い中でも幸せを見るかのように、でもどこか諦めているような笑みを浮かべたルナは口を開く。「少し嬉しいんだ。」……と。
「納得が行ったんだ。あたしに関わった人はみんな不幸になる。傷ついて失って悲しんで、命まで……。それもみんなあたしが魔族になるような子供だったから起きたんだ。……簡単な話だったんだ。」
自暴自棄。それが今のルナに当てはまった。関わった人達に不幸が訪れ、傷つき命を落とす度に自分を罵った。呪い子だと。しかし、胸のどこかで自身を擁護する声もあった。自分は悪くない。仕方がないことだ。生きるためなんだ、と。だが魔族になってしまった今、彼女の思考に逃げ場はなかった。そんな自分を擁護できるはずがなかった。
「……と、たぶん黒が分かんない事ってこんなとこだよね、ごめんね、ちょっと話しすぎちゃった。あたしは……黒がなんで生きてるか分かんないけど聞かない。ただ嬉しかった。ありがとう。それだけ。」
悲しそうににへらと笑うルナは最後に言った。
「じゃ。ばいばい。」
その赤い瞳に映る黒は一度目を閉じると、何も言わずに振り返り歩き始めた。去り行く黒の背中を見送るルナの目は涙で揺らぐ。
(これでいいんだ。あたしは独りの方がいい。誰も傷つかないし誰も死なない。何があたしの居場所。……そんなところあるはずがないんだ。)
ルナは目をこすり、光照らす暗闇の中で手を伸ばした自分の思いを鎮めた。
(そこはあたしの居場所じゃない。……あたしが居ていい場所じゃない。)
涙を拭うと振り返り歩き出すルナ。しかし、その肩に手を置かれては足を止めてしまう。頬を雫が伝う中、黒はルナの肩に手を置きその歩みを止めたのだ。
「……そう言われ、て。……帰るわけないだろ。」
「っっ!!」
ルナは奥歯を噛みしめ涙をこらえた。黒のそれは予想外ではなかった。黒だったら、そう考えれば予想出来る行動だった。だからこそ嬉しく、だからこそ申し訳なくなるのだ。
「だめだよ!あたしと居たらぅっ。」
少しでも嬉しく思った自分を叱るようにルナは振り返り声を荒げようとする……が、ぴちっとデコピンされては変な声がもれる。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……へ?」
突然のデコピンは、ルナの思考を空っぽにするのに十分なものだった。遅れた思考が痛みもしない額にとりあえず手を当てさせる。更に遅れた思考が「なぜ?」と理由を探すも答えが出るはずがなかった。
「魔法陣に襲われる前、言ったろ?さっき転びかけたので三度目。今回がデコピンだ。四度目は何にしようか?」
「……???」
ニヤリといじわるく笑う黒を見る少女の瞳は疑問をはらんでいた。しかし、直に黒の口から笑みが消え、真面目な話をするかのようにルナの目を真っ直ぐ見つめる。
「俺は一度死んでる。信じられないと思うが生き返ったんだ。魔法でも欲力とかでもなく、もっと上の存在の力で生き返る事ができた。」
淡々と事実だけを口にするような黒。当然話についていけないルナは、デコピンに困惑しながらも疑問を口にする。
「なにさ、上の存在って……。」
「知らない。……ただ、そいつの口調からして俺が死ねばまた生き返らせようとするだろうな。」
「ま、待って!それじゃ、黒は死なないってことなの!?」
「今はそんな事どうでもいい。」
「……?!?!」
ルナは頭がどうにかなってしまいそうだった。突然デコピンをされたと思えば、信じられない告白の連発。どう言った意味かと思えば、どうでもいいと言う始末。黒の言動が更に分からなくなるルナは、目を白黒させてしまう。しかし黒は構わずにルナの体を抱きしめようとする。
「ち、ちょっとま」
「俺はルナの隣に居たい。ここが俺の居場所なんだ。……誰にも奪わせない。」
黒の体を押し返そうとするルナは、ようやっと黒の言いたいことを理解したがために声を震わせてしまう。
「ぁ!あたし、呪い子なんだよ?魔族なんだよ!?」
「関係ない。それ含めてルナだ。」
「関係ない……?あたしと出会ってから何があったか思い出してよ……。ずっと戦ってずっとギリギリを生きてるじゃんか!あたしを守るために黒が何度も傷ついた挙げ句死ぬなんて、絶対おかしいよ……!」
「死なんかより……居場所を失う方が怖いんだ。自分の心配なんかしない。伸ばした手が届かなければ腕ちぎって投げてやる。守るためならこの命、何回だって捨ててやる。」
そう断言する黒の頭には虚ろな目をして包丁を握る子供の姿と、ひたすらに下位魔物を探し八つ当たりをする自分の姿が映っていた。
「あたしは弱いよ……。守られてばかりで何も出来ないから黒の邪魔になる!!」
「俺は強い。ルナの言う邪魔なんか些細な問題だ。」
「些細じゃないから!黒は死んじゃったんじゃないか!!」
「それでも俺は生き返る。」
「そんな……。」
黒に抱きしめられるルナは涙をぼろぼろ流しており、押し返そうとする手に込められた力はわずかであった。
「だって……。だってそれじゃ、黒は不自由だ……。」
「ルナだけを守る。他はどうでもいい。……それが出来るなら俺は自由だ。」
抗うルナの手に残された力が徐々に抜け、その度に涙は大粒になっていく。
「あたしは黒が傷つくのを見たくない……。死ぬ姿なんて見たくない……。」
「無理だ。怪我は負うし無茶だってする。」
「なんでそこまで……。あたしと会ってまだそんなに経ってないのに……。」
「それが疑問に上がるほど薄い時間だったか?」
ルナの反抗する力がなくなると完全に黒に抱き締められる。温かい抱擁。苦しいような嬉しいような感情がルナの胸を満たすというのに、わずかに存在する不安で声が震えてしまう。
「後悔、するよ……?」
「それ気にしてたら引き止めねぇし。」
「……気にした方がいいよ。……絶対。」
少ししてルナは黒の体に顔をうずめると、震える手で黒を抱きしめる。
「ぁたしは……。ここに居ていいの……?」
「……。」
黒の答え。それを聞いたルナは安堵の笑みを浮かべる。
「……そっか。」
ずっと血のにおいがする。嫌な情景とともに脳に刻まれたはずのそれはしかし、いつまで経ってもルナの頭に嫌な情景を見せない。それは何故か。
「……ありがとう。」
ザァザァと降り注ぐ豪雨にかき消されてしまいそうなか細い声でルナは呟く。その頬を伝うのは雨か涙か。どっちでもいい。この時ルナはそう思っていた。だって抱いている思いは変わらないのだから。
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ザァザァと豪雨が降り注ぐ中、手をつなぎ森を歩く者が二人いた。
「普段のあたしならこう思ってるね。この雨やだなって。」
銀髪赤眼。身長百六十程の少女……ルナは周囲に降り注ぐ豪雨を見てそのように愚痴をこぼす。
「確かに。……が、今日ばかりは気にならないな。」
ルナと手をつなぎながら歩く黒髪黒眼。身長百七十程の男性……黒は少し嬉しそうに言った。
「そうだね。あたしも今日は気にならないや。」
黒の横顔を見て嬉しそうに前を向くルナ。その頭を過るは黒と出会ってから今日までのこと。
(何度もあたしの居場所はここだって思った。……でも黒が傷つけばその倍、離れるか悩んだ。あたしの存在は誰にとっても邪魔なはずなんだから。それなのに黒は……。)
--居てくれなきゃ困る。
血のにおいが好きだって言えてしまえるくらい、ルナは先程の事が色濃く頭に残っていた。強く抱きしめられた感覚が未だに残っているのだ。思わずルナは黒の手を強く握ってしまう。
「……なんでだろ。」
ザァザァと豪雨が周囲に降り注ぐ中、ルナは頬を赤らめ微笑みながら呟いた。うつむいたルナを黒はちらりと見ただけだった。
「……ぃや、ほんと。なんでだろうな。」
空いた手で口を隠しそっぽを向く黒。何故か、その耳は少し赤かった。




