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リンク……I

 --

 -


「ひゃっひゃ!こりゃ奇っ怪なり。」


 人が入る位大きなカゴを背負う身長百五十程の円背の老婆、薬師のトラヴァーは驚きのあまり笑いだしてしまった。その目には、馬車道より転げ落ちたであろう子供の姿が映っていたのだ。


「まさか、薬草を採取しに来た矢先、子供を摘む事になろうとはの。」


 トラヴァーは背負子を降ろすとカゴを外し少女を乗せる。見た目八十程の老婆に背負えるのかと思えてしまうが、トラヴァーは難なく背負ってみせた。


「また、シャゲルに怒られるのだろうの。」


 歩き始めたトラヴァー。シャゲルの名を思い出し何を考えたか。その口端を吊り上げるニヤリと笑った。


「確かシャゲルの時も……。ひゃっひゃ!……これまた奇っ怪!」


 愉快そうに笑うトラヴァー。歩み来た馬車道を引き返した。


 -


 床に敷かれた布団に眠る銀髪の少女を挟んで、二人の人間が喋っていた。


「トラヴァーさん……!こんな子供を養うほどウチに余裕は……!」


 少し声を荒らげてしまう身長百七十程の女性……薬師の弟子シャゲルは、師であるトラヴァーへ不満を訴えていた。


「わかっとるよ。……が、放っておけんじゃろう。」

「……でも!」

「んなら、今からでも放り出すかい?」

「それはっっ……。」


 訪れた静寂。言い返せなくなったシャゲルはしかし、なおも納得のいかなそうな顔をしていた。


「ぬっしがなんて言おうと。この子供は保護するよ。」


「なぜ!村の外れで薬もろくに売れないような現状です!これ以上の負担はトラヴァーさん……。あんたの体に触ります!」


「……ひゃっひゃ!んなら、はやく若返りの薬を作っておくれ。シャゲル。この老体にはちと厳しい世界でなぁ。」


「今冗談を言っている場合じゃ」


 顔をくしゃくしゃにして笑うトラヴァーを見たシャゲルが、怒り、前のめりになってしまった時であった。


「っっ!!」


 気絶していた銀髪の少女は目を覚まし、勢いよく体を起こしてしまう。


「「ぃっ!っったぁぁぁ!!」」


 ゴツッ!と少女とシャゲルの頭がぶつかると、二人は頭を抱えて倒れ込んでしまう。


「ひゃっひゃ!もう目覚めたんかい。」


 ジタバタと痛みに苦しんでいた少女は、面白そうな目で自分をみつめるトラヴァーと、不満そうな顔のシャゲルを交互に見た。


「だ、だれ!?……ここ、どこ!?ぃっっ!」


 後ろへ下がろうとした少女は、ズキッと全身が痛むと自らの体を見た。頭や腕、足など。体の至る所に包帯が巻かれ、怪我の処置がされていた。


「……。」


 現在の状況を理解出来ない少女は、周囲をきょろきょろと見回し、トラヴァーとシャゲルを交互に見ると口を開く。


「た、助けて……くれたの?」


 長い髪の隙間から見える赤い瞳を見た二人は、その瞳に宿る複雑そうな感情を見て眉をひそめた。


「トラヴァーさん。とにかく。私は……。失礼します。」


 少女を一目見て言葉を詰まらせたシャゲルは、ふいと視線をそらし、扉を横に引き退出してしまった。


「……済まないね。悪い子じゃないんだよ。」


 くすくすと笑うトラヴァーは、脇に置いていた乾パン入りのカゴと、水の入ったびんを引っ張り手に取る。


「腹空いてるだろう。まずは食いねぇ。じゃなきゃ頭も回らんだろう?」


「……。」


 トラヴァーの優しい笑みに浮かない顔をする少女。長い髪にさえぎられてトラヴァーには見えないはずの顔。しかし、トラヴァーは少女の雰囲気で察してしまえた。


「申し訳にゃぁと思うなら食いねぇ。それがあんたの今出来るわっしの喜ばせ方だよ。」


「っっ!!……ぃた、だきます。」


 乾パンを一口食べる少女。味はなく、硬いパン。しかし、食べ物を口に含めるというその行為だけで。その事実だけで、少女は込み上げる涙を止める事が出来なかった。


「……ぁ、りがと……。あ、……りが、と……!」


 泣きながら乾パンを食べ、嗚咽にさえぎられながらも少女は感謝を伝える。なんとしてでも伝えようとした。胸に満ちる思いはそれだけでは足りないが、一部だけでも伝えたかったのだ。


「……。ちっ。」


 扉の外で腕を組んでいたシャゲルは、苦虫を噛み潰したかのような顔して立ち去った。


 -


「深くは聞かんよ。これからどうしたいんだい?」


 ゴリゴリと薬草をすり潰しながらトラヴァーは少女に聞いた。


「……わかんない。」


 悲しそうな目をした少女は、消え入りそうな声で答えた。


「そうかい。んならここに居たらいい。」


「……ぇ。」


 思いもよらぬトラヴァーの発言に声をもらしてしまう少女。その目は信じられないと言いたげであった。


「その年でもう難聴かい。奇っ怪な事も重なるもんだねぇ。幸いここは薬屋。難聴に効く薬も揃えてるよ。ちぃと高く付くけどね!ひゃっひゃ!」


 意地の悪い顔したトラヴァーに、なんて返したらいいか分からない少女はとにかく頭を下げた。


「あり、がとう……。でもあたし……ここにいちゃいけない。……だから出てい」


 少女がトラヴァーの良心を断ろうとしたその時。バンッ!と勢いよく扉が開かれる。


「っっ!!」


 長い髪の奥で見開かれた赤い瞳。そこには、鬼の形相で睨むシャゲルの姿があった。


「てめぇ……。何様だぁ?ぁあ?」


 ズカズカと、声を震わせながら歩み寄るシャゲルの姿に、自然と固まってしまう少女の体。シャゲルは少女の胸ぐらを掴み、押し倒すと目と鼻の距離から少女を睨みつける。


「既にこっちは大赤字なんだょ……。トラヴァーさんがてめぇ運んでまでして助けてくれたんだ。恩も何も返さず自分は消えるなんざ……。虫の良すぎる話じゃねぇかぁ?」


「ご……ごめ、なさ……。」


 少女の目から涙があふれ始めると、シャゲルは舌打ちをしトラヴァーを見る。


「トラヴァーさん。ちょっとこいつ借ります。」


「あいよ。あんまいじめちゃぁぃけんよ?」


 ひゃっひゃと笑うトラヴァーに目礼したシャゲルは、少女を立たせさっさと手を引いて行ってしまう。


「やれやれ……。」


 -


「脱げ。」


 到着するは脱衣場。開口一番にシャゲルの言った事がそれである。


「……ぇ、ぁ。」


 動揺を隠しきれない少女はしかし、次の瞬間シャゲルに服をぎ取られてしまう。


「……?!」


「とろい。ほら、入るぞ。」


 シャゲルも服を脱ぐと、さっさと風呂に入ってしまった。放心状態となってしまう少女は慌てて後を追った。


「ほら、座れ。洗ってやる。」


「……ぁ、自分で」


「いい。」


 シャゲルは少女を椅子に座らせる。


(怖いけど……優しい?)


 少女がシャゲルに対しそのように思ったと同時。ジョキッ!と豪快な音が鳴る。


「……ぇ。」


 開かれる少女の視界。前髪がざっくりと切られてしまったのだ。


「悪いが。うっとおしい髪とはここでお別れだ。バイバイしな。」


 足元に落ちた自身の銀髪を見て目を見開いてしまう。


「結構可愛い顔してんじゃん。こんなになるまで髪を伸ばすなんてな、親は何してんだか。」


 チョキチョキと慣れた手付きで少女の髪を整えるシャゲル。肩甲骨辺りまで後ろ髪を切り終えるとハサミを置く。


「やっと洗えるよ。」


 切り落とした銀髪を一つに集めると、シャゲルは少女の髪を洗い始める。


「家出だろ。お前。」


 髪を洗いながらシャゲルが少女に問うた。


「……。」


「別に深く聞いてどうこうしようって訳じゃねぇ。お前に帰る意志があるのかだけ聞きたいんだ。」


 シャゲルの言葉に安心したのか、少女は少し考えて口を開いた。


「……帰りたく……ない。」


「……。そうか。」


 髪についた泡を流すシャワーの音が静かな風呂場に響き渡る。


「私は孤児だったんだ。トラヴァーさんに拾われて、色々と世話んなった。誰よりも慕ってるし、親のように思ってる。」


 少女の体を洗いながらシャゲルは身の上話しを始めた。


「でも。どんなにそう思っててもやっぱり血は繋がってねぇ。父さんは。母さんは。昔はそんな事をよく考えた。だから私はお前に……。いや。なんでもない。」


 何かをグッと堪えたシャゲルは、少女の体を洗い流してやると、大人二人が足を伸ばせる程の広さの浴槽を指差した。


「入ってよく考えろ。後で答えを聞かせてもらう。」


 そう言ってシャゲルは自身の体をゆっくりと洗い始めた。


「……。」


 少女は浮かない顔をしていた。シャゲルの言いたい事。伝えたかった事を察してしまえたからだ。


(あったかい……。)


 浴槽に体を沈めるとあまりの気持ち良さに少女は目をつむる。


「っっ!!」


 しかし瞑った瞳は直ぐに開いてしまう。まぶたの裏に嫌な情景が映ってしまうのだ。


(……。こっそり……ここを出よう。)


 直ぐに罪悪感に歪む少女の瞳。行き着く答えはそれであった。自らのもたらす被害は、赤字どころで済まないものだから。


「答えは決まったか?」


 しばらくしてシャゲルが浴槽に入る。あふれたお湯は音を立ててタイルの床に落ち、流れて行く。


「……。あたしは……その。」


 シャゲルの目を見た少女は言葉をつまらせてしまう。胸ぐらを掴まれ睨まれたのだ。「ここ出てきます。」なんて言えるはずがなかった。


「ぃや。やっぱいい。どうせトラヴァーさんはお前を保護するんだ。答えなんかどうでもいい。」


「……?」


 断言しない少女に苛ついたシャゲルは、お湯の中で手を組み照準を少女へと合わせた。


「せっかくの風呂だ。楽しく行こうぜ。」


「……え?」


 ニヤリと意地悪い笑みを浮かべるシャゲル。直後。バシュッ!と射出されたお湯が、少女の顔面にヒットする。


「っっ!?」


「ほら!反撃してみろ!がき!」


「……ぃ!ぅあ?……ぅむ!?……む……。」


 圧倒的な連射速度に反撃すら出来ない少女はついに。


「……む、り……。」


 倒れた。


「……あ。」


 やりすぎたと言わんばかりにポカンと口を開けたシャゲル。


「ひゃっひゃ!わっしも混ぜてくれ……の!」


 ガラッ!と風呂場の扉を開けたトラヴァーはしかし、気絶した少女と焦るシャゲルを見て笑顔も消えてしまう。


「も、申し訳ねぇ。トラヴァーさん。……もう解散っす。」


「……じゃろな。」


 -


 一日目。夜。


 少女はトラヴァーとシャゲルの間に挟まれた状態で目を開いた。


(ぬ……抜け出せない……。)


 -


 二日目。朝。


 シャゲルがバッ!とカーテンを開けると眩しい光が部屋の中を照らす。


「ぅっっ!?」


 眩しさに目が覚めてしまう少女は困惑してしまう。目を開いたらワクワクした顔して二人が自分を覗き込むのだから。


「起きろ!体操の時間だ!」


「うむ!長寿の秘訣!薬物体操じゃ!」


「や、薬物体操……。」


(抜け出せなかった……。)


 -


 三日目。昼。


 少女はシャゲルに張り付かれていた。


「いいか。これが薬草だ。すり潰せば塗り薬になる。この魔獣の血と混ぜれば回復薬。主にすり傷。切り傷に有効だ。」


 すり潰した薬草を入れた瓶に、魔獣の血を入れるシャゲル。カラカラとガラス棒にて混ぜる。


「飲んでみるか?傷。たくさんあるだろ?」


「わ、悪いよ……。」


「気にすんなって。ほら。」


 シャゲルより回復薬をもらった少女は、少しの困惑の後ぐっと薬瓶を傾けた。


「ぅぐっっ!!」


「不味すぎて吐くだろうな!はっは!」


 ごほごほとむせこむ少女を見て、シャゲルは愉快そうに笑う。


(ぬ……抜け出したい……!)


 -


 四日目。夜。


「キョロロッッッ!!」


「っっ!!」


 森のどこかで鳴いた下位魔物の声。それは一瞬にして少女にトラウマを思い出させる。ビクッ!と大きく震えた少女は、居心地の悪そうな様子であった。


「だいじょぶか?」


 鍋を運んでいたシャゲルは心配そうに少女へ話しかけた。少女が何に恐れているのか察したトラヴァーは、ひゃっひゃと笑い飛ばした。


「安心し!ここ一帯は魔物避けをはっちょる!怖いのは来ないよ!」


「……そ、そうなんだ……。」


 安心して胸をなでおろした少女を見たシャゲルはホッと息を吐き、持って来た鍋を机の上に置いた。


「さ!と言う事で今日は鍋だ!驚け驚け!なんと猪鍋だぁ!」


「ひょ!猪鍋!わっしの好物じゃ!!ぬっしもたくさん食べるんだよ!」


「ぅ、うん!」


(……抜け、出す?)


 -


 五日目。朝。


「……?」


 きしむ階段を降りてきた少女は、トラヴァーとシャゲルの慌ただしさに首を傾げてしまう。


「ぉお!やっと起きたか!今日は大変だぞ!」


 それだけ言い残したシャゲルは、大きな荷物を持ってさっさと外へ出てしまう。


「し、シャゲルさん。この馬車は……。」


 外に出た少女の目の前には立派な馬車が一台停まっていた。キリッとした横顔が特徴の馬である。


「ひゃっひゃ!作った薬やらをまとめて積むんじゃ!急げぃ!時間は甘えを許してくれんぞぃ!」


「さ!力仕事は私らの仕事さ。行くぞ!」


「わ、わかったよ!」


(急がなきゃ……!)


 -


 五日目。昼。


「このお薬お一つくださいな?」


 子供連れの女性が少女に話しかけた。


「は!はい!ぇと……銅貨三枚だよ!」


「はい。ありがとう!見ない顔ね。新人さん?」


「ぇ、えと……。」


 少女は自身の立場を改めて考えてしまう。女性はなおも続けた。


「シャゲルちゃん少しおっかないでしょ?でも優しいところもあるからいじめられても負けないで!ね!」


「ちょ、そりゃないっすよ!いじめてなんか……。……なぁ?」


「……。」


「無言じゃないの。」


「ぁれ!?ちょ、おい!おいってば!」


(……。)


 -


 五日目。夜。


「ひゃっひゃ!奇っ怪なこともあるもんじゃ!まさか!全部売れるとはの!!」


「すげぇぜ!トラヴァーさん!」


「ひゃっひゃ!やっぱり!若い子が居るのはえぇのぉ!!」


「む、私は若くないって?」


「ひゃっひゃ!!」


「笑ってごまかすな!」


 トラヴァーとシャゲルは完売の事実に声を上げて喜んでいた。そして、次の瞬間には少女を抱き上げわっしょいし始めた。


「次期看板娘はお前だな!!私の荷も降りるってものだ!」


「ひゃっひゃ!ぇえぞ!これはえぇぞ!波が来ちょる予感!たくさん作ってたくさん売るぞぃ!」


「「ぉおーーー!!」」


 やる気マックスの二人に胴上げされる少女は自然と笑っていた。


(……楽しい。……でも。)


 笑っていた自分に気づいた少女は直ぐに浮かない顔をしてしまう。


 -


 六日目。風呂。


 湯船に浸かりながら少女は悩んでいた。


(トラヴァーさん。優しい。見た目に反して元気。居心地が良い。落ち着く。大好き……。シャゲルさん。怖い。でも楽しい。面白い。出来たら褒めてくれる。……大好き。)


「ぉ!入ってたのか!わりぃわりぃ!!」


 わざとと言わんばかりに額を叩くシャゲルは、引き返すわけでもなく体を洗い始めた。


「ぅむむ!?ぬっしら!わっしが入るのを見越しておったな!?」


 わざとと言わんばかりにびっくりするトラヴァーは、シャゲルの隣に座り体を洗い始める。楽しそうに会話する二人を後ろから見る少女は苦しそうな顔をしてしまう。


(あたしが呪われてるって。この二人が知ったら、どんな顔するんだろ?)


「「入るぞ!」ぃ!」


 少女がはっとした時、トラヴァーとシャゲルは浴槽に片足を突っ込んでいた。


「「ふぅぅ……!!」」


 二人して息を吐く姿は親子同然。思わずくすりと笑ってしまう少女は、二人からおかしな目で見られた事に気づき慌てて手を振るう。


「ぃ!いや!あまりにも同じ動きだったから!その、ほんとの親子みたいで……!」


「「……。」」


 顔を見合わせパチクリと瞬きをするトラヴァーとシャゲル。おろおろとする少女を再度見れば、吹き出してしまう。


「はっはっは!!」「ひゃっひゃっひゃ!!」


 二人の笑い声が風呂場に響き渡る。訳も分からず目を白黒させる少女の肩を両手で掴むシャゲル。その体を抱き締めると、満面の笑みを浮かべる。


「じゃ!お前は私の妹だな!ほら笑えって!」


「ぇ、ぇえ!?」


「ぅむ!家族が増えるのは嬉しぃのぉ!」


「ほ、ほんとに言ってる!?」


「「当然だ!」じゃ!」


 大きく口を開けて笑う二人を見て、自然と口角が上がってしまう。そして、いつしかその口からは笑い声がもれでてしまう。それは自身の立場を。この場にいる事を。認められたが故の笑み。そして、心の奥底で決心がついた笑みでもあった。


(なんか……悩んでるのがばからしいや。)


 -


 七日目。朝。


「……。」


 朝。床に敷かれた三枚の布団の中心で眠る少女はパチリと目を覚ます。直ぐに両隣を確認した少女。そこには、がぁぐぉといびきをかいて眠るシャゲルに、「奇っ怪なり、奇っ怪なり……。」と笑いながら眠るトラヴァーの姿があった。

 少しだけ寂しい思いになる少女だが、静かに起き上がり、昨日決心した事を今一度、自身に言い聞かす。


(……二人が起きる前に。ここを出よう。)


 少女は目を閉じた。まぶたの裏に映るはトラヴァーとシャゲル。楽しそうにわちゃわちゃする二人の様子は面白く、だからこそ、開いた少女の瞳は悲しみに染まってしまう。


「早くしなきゃ。」


 静かな部屋の中、ぼそりと呟けば少女は静かに立ち上がる。


(二人の幸せを……余所者あたしが奪っちゃいけない。)


 少女は借りていたパジャマを脱ぎ、丁寧に畳むと自身が着ていたボロボロな服を身に纏う。


(捨てないでってお願いした時は、二人共驚いてたな……。)


 そんな思い出が頭を過るが、少女は首を振るい、寝室の扉を開ける。振り返り中の様子を見た少女は、そこに川の字になって寝る三人の姿を見る。


(ここにあたしは居なかった。二人は誰も保護しなかった。悲しみなんて、存在しない。)


 スゥッと静かに扉を閉めた少女。その顔は悲痛に歪み、今にも泣きそうな思いできしむ階段を降りる。





「ぉおい?……'ルナぁ'……どこにいくんだぁ……?」





 シャゲルの声が背後より聞こえた直後。黒い手が少女の肩を掴めば、凄まじい力で後ろへ引っ張り、強制的に振り返らせる。


「っっ!!」


 ドクン!と強い心臓の鼓動と共に、少女は目を見開いてしまう。

 その瞳に映るは、顔の半分を下位魔物に噛まれながらも自身を睨むシャゲルの姿。その背後には真っ赤な血に染まる小屋の中で倒れる、食い荒らされたトラヴァーの姿が見え、真っ赤な月が全てをのぞき込んでいた。


「いてぇ……。いてぇよ。ルナ。……いいよなぁ。てめぇは生きられてよぉ。私らは死んじまったよ。お前を助けたばっかりに……。」


 虚ろな目をしたシャゲルの顔はミチミチと噛みちぎられ、ダラダラと流れる血が腕を伝ってルナの肩ににじむ。


「呪われた子供!てめぇなんか助けなきゃよかった……!あの日に蹴飛ばしてでも追い出せば良かった!」


 にじむ血は黒く。ドクドクとルナをおおい始めては、視界を真っ黒な世界に染め上げる。


「皆思ってる!てめぇさえ居なければ!てめぇさえ助けなければ!!誰も死ななかった!誰も傷つかなかった!何も失ってなんかいなかった!!」


 赤い月が照らしあげるは幾人もの人々。ルナを助けた人々である。


「ある奴は家族を失った!ある奴は家を破壊された!ある奴は片腕を失った!ある奴は命を失った!そして、ある奴は……。」


 幾人もの人々が照らされた後、最後に照らされた者がいた。黒髪黒眼。身長百七十程の男性……時宗黒である。


「自分を失った。」


「……く、ろ……。」


 皆がルナに指をさす。憎悪に歪んだ顔で言う。




「「「「「お前は……何も失っていない。」」」」」




 --

 -


「っっ!!」


 銀髪赤眼。身長百六十程の少女……ルナは、真っ黒な世界で目を覚ました。


「はぁ……はぁ……。……夢?」


 嫌な汗がびっしりと全身を伝う中、少女は困惑した表情を浮かべてしまう。しかし、直ぐに悲しそうな、悔しそうな顔をすればうつむいてしまう。


「何さ。何さ何さ。失ってばっかさ……!嫌な夢……。この手にはもう……何もないっていうのにさ……。」


 ゴワゴワとうごめき、ルナを下へ下へ引きずり込もうとする影のような黒い手。ルナは何も抵抗をしなかった。自分が魔入っている事すら気づいていないのだ。


 --望め。欲に従え。


 知らない声がルナにささやきかける。


「だめだよ。求めたら求めるだけ誰かが傷つくんだ……。あたしはもう……。何も失いたくない。」


 耳をふさぎ目を瞑るルナ。その脳裏には、自らを助けた人々が死んでいく様が映る。無慈悲に。残酷に。舞い散る赤い血に嫌な鉄の臭い。冷たくなって行く体の感触はいつでも思い出せてしまう。

 ぼろぼろとあふれ出る涙は何故か。何も出来ない悔しさ故か。理不尽に対する怒り故か。諦観、絶望。どうにも出来ない現実になげく故か。ルナの涙は止まる気配を見せない。


 ---変わればいいの。貴方の望むままに。


 知らない声がルナにささやきかける。


「うるさいな……。今更変わったところで失った者は戻らない。あたしは結局あたしのまま……!!」


 嫌な景色ばかり頭を過る。辛い現実に歯を食いしばる。悲しみで満ちる記憶は全ての景色を色褪いろあせる。


 --望めばいい。失ったものも全て。


「うるさい……。」


 ---変わるの。求めた通りに完全に。


「うるさい……。」




 --欲に従えばいい。

 ---欲に従えばいいの。




「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!あたしには……何かを求める資格なんてもうないんだ!!」


 その時。ハッとしたルナはようやく気づいた。周囲をうごめく無数の黒い影のような手に。


「な、なにこれ……。……これじゃ魔入りみたいじゃん……。」


 目を見開いたルナは自らを掴み引きり込もうとする黒い手を掻き分ける。


「やだ!やだやだ!!あたしは魔物になんてなりたくない!!」


 --どうして?欲したもの。欲しくないの?


 知らない声がルナにささやく。


「違う!あたしは力を、居場所を……黒を望んだだけ!魔入りたくない!もうこれ以上……!失いたくない!!」


 ルナは必死に足掻く。自らを引きり込もうとする手を掻き分け、必死に。必死に。


 ---従え。それが人間。それだけが人間。


 グッと引き込む力が強くなった。油断すると簡単に引き込まれてしまいそうな程その力は強く、'魔入る'という体験した事のない未知にルナは恐怖し、震えてしまう。「はい。」そのように答えてしまいそうな程、その声には力があった。しかし、ルナは。


「……嫌だ!!あたしはそっちに行かない!!」


 察してしまったのだ。この強い声に飲み込まれたが最後、'自分'が消えてしまうと。存在も何も残らず……跡形も残らずに、理性無き生物に身も心も奪われるのだと。そのように察してしまえたのだ。



「誰か助」



 助けを求めようとした叫び。しかし、ルナは途中で言葉を失ってしまう。


「ぁ、ぁあ……そっか。あたし、助かっちゃ行けない子だった……。」


 見開かれたルナの瞳は徐々に諦観へと染まり行く。深い深い諦観へ。


「あたしが助かればきっとまた誰かが死んじゃう……。」


 ズズッと黒い手がルナをおおい始める。抗うルナの手は徐々に力を失っていく。


「あたしが助かったところで、黒は帰らない……。」


 ズズッと黒い手がルナを覆い行く。ルナの手はダランと垂れ、抗う力が抜かれた。


「あたしは呪われた子。皆を……不幸に、する。」


 ズズッと黒い手がルナの反面を覆い始めた。真っ黒な世界。閉じゆくルナのまぶたの裏には一人の子供が映る。十歳も超えていないだろう小さな銀髪の子供。床に開いた絵本をボサボサな前髪の隙間から見ていた。


(あの絵本のような王子様は……存在しない。)


 その少女は嬉々として次のページをめくっていた。


(向かう先が幸せな訳じゃない……。)


 その少女は目を輝かせて次のページをめくる。


(予定された未来なんてなくて、石ころ一つで未来は変わる……。)


 その少女は満足そうに口端を釣り上げて笑い、ごろごろと転がる。


(そこに希望も何もない。その手に握るのは絶ぼ)


 その時。何かがルナの手に触れた。それは首から吊るされたロケットペンダント。真っ二つにされ下半分だけのそれは。チェーンで無理やり固定されているそれは。一人の男から渡された大切な物。それを握りしめた時ルナは目を見開いてしまう。そして、直ぐにくすりと自嘲する。


(何で今思い出したんだろ。求めたから?希望を。助けを。居場所を。力強く優しい抱擁ほうようを。あたしは欲深いね。こんな時でさえまだ助けを望んでるんだ。)


 ルナは首を振るうとロケットペンダントを両手で包む。


(もう、何も求めないよ。……何も。)


 少女が目を瞑ろうとした時。




 ----……ナ。




 黒い世界に男性の声が響く。


(……ナ?……誰?……この声。聞いた事のある声。)


 ドクン。と、心臓の鼓動と共にルナは目を見開いた。落ち着くのにどこか自分の心を弾ませて。耳元で喋られるとくすぐったくて。聞けば聞くほど安心して。怖くて眠れない夜も不思議とよく眠れてしまえるような。懐かしく温かく、切なくなってしまう声。




 ----……ナ!!




(……まさか。有り得ない。……でも。この声は……!)


 ルナの頭を過るは優しく笑いかけてくれた男の姿。


('怖い'から自分を守ってくれた人、傍に居て落ち着ける人で、あたしの頭を撫でてくれる人で、強くて優しくてカッコよくて……。でも、死んじゃった人で。)




「……く、ろ……。」




 ぽたりとこぼれ落ちる涙はペンダントを泣かせる。


(胸が温かくなって。頬が緩んで。どんなに辛くても安心してしまえる。とても、大切な人の声。)




 ----……ル、ナ!!




('ルナ'。名前の無い子供の呼び名。彼が……。黒が強く抱き締めて呼んでくれたもの。とても……大切なもの。)


 キラリと真っ黒い世界で何かが光った。ルナはがむしゃらにその光に向けて手を伸ばした。


「……くろ……。くろ!!」




 ----ルナ!!……ルナ!!……ルナぁ!!!




(聞こえる。黒の声が!あたしの名前を呼んでくれてる!!行かなくちゃ……!こんな所に居ないで黒の所へ……!黒の隣へ……!)


 伸ばした手に応じて体は光の方へ近づいていた。ルナは確信していた。光の先に、手を伸ばした先に黒がいるのだと。


(そこがあたしの……。'ルナ'の居場所だから!!)


 光は更に強くなり、黒い世界を侵食して行く。その時、夜空に煌めく満天の星空がルナの頭の中を過ぎった。




 ----帰って来い!!ルナ!!!


「……うん!!」




 ---従わぬと望むか。


 引き込む力の弱まる黒い手。しかしそれは次の瞬間、ルナ体内へと吸収されて行く。


 --変なの。変わりたくないの。


 まるでルナの一部だと言わんばかりに真っ黒い手は体の中へ入る。


(なんなの!?や、やめて!!入ってこないで!!)


 無理矢理なそれに抗おうとするのは無意味な行為であった。苦しみのあまり、ルナが「ぅっ……」と声をもらした時、黒い手は全て消えていた。周囲は眩しく、誰を目に映す事もなくルナの意識は途切れてしまった。


 しかし。


「ぁ……たた、かい。」


 ぼそりと呟いたルナの言葉は強き抱擁ほうようを感じたが故。懐かしい匂いに包まれながらもルナは静かに目を瞑った。


 --

 -


 真っ黒い卵型の殻はゆっくりと消えて行く。その内側には銀髪の少女を強く抱き締める黒髪黒眼。身長百七十程の男……時宗黒が居た。


(……良かった。生きてる。)


 とくとくと小さく鼓動するルナの心臓に、これ以上ない安堵を胸に抱いた黒は、直ぐに前方をギロリとにらんだ。

 優しい瞳から切り替えられた殺意の目に映るは、ひび割れてボロボロな地面。跡形もなく崩壊した盗賊団アジト。凄まじい力で両断され薙ぎ倒された巨木の数々に、積み上げられた無数の下位魔物の死体。そして。こちらを見る数名の人間。


 蒸気が上がり、全身が真っ赤に染まる程体温が上がった二メートルを超える大男。スコット・ナーガ。

 罪悪感が入り混じった喜びを顔に浮かべる盗賊ミーとムー。

 光り輝く兵士に姫抱かれる傷だらけの男ビリド・スタッカー。

 スーツの様な黒服に身を包む金髪碧眼。身長百六十五程の女性ミケル・スターク。




 そして。赤いラインの入った淡白いコート身に纏う黒髪茶眼。身長百五十程の少女'山寺ミコ'。




 見知らぬ二人も黒を見ていた。ゴクリと固唾をのむ音さえ大きく聞こえる様な静寂の中、スコットが構えながらも堂々と山寺ミコへと話しかける。


「ヤマデラ殿。あまり良き対面ではないが、彼は貴方と'同じ'だ。」


「同……じ?」


 黒服の女性ミケルの後ろに隠れるミコは、'同じ'という言葉に一瞬だけ思考が止まってしまうも、少しして直ぐに答えを見つける。


「まさかっっ!!」


 見開かれたミコの目が男性を見据える。見れば見る程頭を過る可能性は高くなって行く。




(私と同じ……'転移者'!?)




 ざわざわと森が揺れる。身の毛がよだつ程ピリピリとした雰囲気が場を満たす中、時宗黒は静かに呟く。


「……。……増えたな。」


 皆がその言葉に固唾をのみ、黒が立ち上がるだけで警戒心を強めた。舞い散るドス黒い粒子はこの場にいる皆に威圧する。


 今。この世界に転移して来た時宗黒と山寺ミコが出合う。和やかな雰囲気とは違う、ピリピリとした雰囲気は場を凍て付かせ、緊張で場を満たす。

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