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空間に満ちる笑い声

 --

 -


 殺風景な真っ白い空間。天も地もあるのか分からないような非現実的で不思議な空間には、一人の男が倒れていた。身長百七十程の黒髪の男性……時宗黒である。その閉じられた目がスッと開かれる。露わになる黒い瞳は直ぐにでも自虐に染まる。


「はは……。はは、は……。」


 第一声は乾いた笑い声であった。


「……はぁっっははは!!」


 黒は大口を開けて狂ったように笑い出すと真っ白い空間に響き渡り、わらい声として帰ってくる。自分にすら嗤われるような感覚になる黒は、更にその目に怒りを宿していく。


「馬鹿かてめぇは……!」


 真っ白い空間に黒の叫び声が響き渡る。泣き出しそうに歪んだ黒の顔は、怒っているような。苦しそうに歪む黒の顔は、現実になげくような。変える事の出来ない過去を悔やんでいるような。


「ルナ一人満足に守れねぇてめぇが……!なんで知らねぇ奴まで助けようとする!!」


 黒が叫ぶは後悔。自らの愚かな行動に悔しく思い、怒り悲しんでいるのだ。


「結局……全員の命を危険にさらした……!誰一人……救われなかった!てめえは死んだ!何もできなかった!!」


 見開かれた目からはボロボロと涙が流れ、あるのかも分からない地面に落ちては消える。


「何も……何も!!」


 ---ちょ、うるさいよ。


 真っ白い空間にパチンッと指を鳴らす音が響き渡る。同時に黒の腕がバキッとへし折れ、連動するかのようにバキバキと手足が、首が、全身の骨がへし折れ黒は動けなくなる。


(……何が起こった?)


 突然の事態に黒は目を見開いた。しかし映るのは真っ白い空間だけ。突然倒れ、動けなくなる理由は分からないままであった。


 ---君さぁ。さんざ期待させておいてあの死に方はないよぉ。うん。ない。


 突如聞こえる子供の声。期待を裏切られたか、どこかがっかりしたその声は分かりやすく黒を馬鹿にしていた。


(なんだ……?子供の声……?)


「……だ、れだ……?」


 口を開くも思うように発声出来ない黒。そのもどかしさはただでさえ荒れている胸中をボロボロにしていく。


 ---ん?あぁ!見たい?自分の死体。すごくすごくすごぉぉく!滑稽こっけいだよ?


 馬鹿にするような声の後、一拍して再びパチンッと指を鳴らすと、黒の目の前にスクリーンのような透けた紫色の板が現れる。


(っっ!!)


 見開かれた黒の目に映るは地面に倒れる男の姿。血溜まりに漬りて息絶える死体は、体の至る所に傷があり、腕や足が異常に曲がるその姿は……。


(……お、れ。)


 見開かれた目には自らの死んだ姿が刻み込まれる。誰もが見る事の出来ない自らの死体を見た今の思いは、緩やかに'諦観'へと向かっていた。


(あぁ……夢じゃ、なかったんだな。)


 じわじわと、止まったはずの涙が地面に落ちる。黒は自らの死体を見て改めて突きつけられた。自分は確かに死んだのだと。黒は痛みだす体に現実を認めざるを得なかった。これは、どれだけ足掻こうと変わりようのない事実なんだと。見開かれた目が諦めを宿す頃、その絶望を理解してしまった。


 ---ぷっ……くく……。


 黒が放心し涙する中、嗤い声を押し殺したような声が真っ白い空間に響く。黒の絶望した瞳には自らの死体が映るだけ。体は折れて動かない。周りを見る事も出来ない。しかし、その耳は確かに聞き取っていた。意地の悪い子供の嗤い声を。


 ---ぁっっははははは……!!


 押し殺したような嗤い声は我慢する事が出来なかったか、真っ白い空間に響き渡る。


(……!?)


 耳をふさぎたくなるくらいしゃくに障る笑い声。驚く黒は出来る限り目を動かして周りを見ようとするも出来ず。うるさい嗤い声を一身に受けるしかなかった。


 ---あぁ……ごめんごめん。いい加減そんな情けない姿じゃぁ嫌だよねぇ。


 笑いの波が落ち着いたか、相変わらず馬鹿にした声を発しながら指を鳴らすと、バキメキと黒のぐちゃぐちゃに曲がった体が戻って行く。


 ---ほんとはさ、ちゃんとした体勢で見せてあげたかったんだけど、死んだときと同じ体勢の方が面白いじゃん?えっと、絵面的にw?ほ、ほら!「俺って、死んだ時こんな感じだったんだな……。」ってw!感慨深くなっちゃう的なw!?


(……?なんだ?)


 黒は驚く。それは、体が前を向いていると言うのに、顔だけ真後ろを向いているからだ。


 ---ぁっと!わー!その、ごめん!間違えちゃった!今治すからね!!ぇっとぉ!ここをこうしてってと!


 ゴキッと一回転する黒の手足。体だけが前を向くというおかしな状況となる。


 ---ぷっ……ごめっ……悪気は、ない、んだよ……。くふっ……ちょ、だめ、だって……。


 吹き出した子供の震える声。その声に応じて黒の体はぐちゃぐちゃと回転し、ついには両手両足が逆転し、足の間に頭があるという状況。


 ---あははは!あっはは!まっt!ちょ!止まらなっっ!!あはっ!どうやったらこうなんの……!?はは……あはは!まずいって!戻らなっぁははは!


 きゃっきゃと嗤い声が響く中。絶望に染まっていたはずの黒の瞳は、かなり濃ゆい殺意で染められていた。それも当然。今の黒はさながら、人形をばらしてキメラを作る子供のおもちゃ。男としてのプライドどうこうより、人としての尊厳がないのだから。


「……おい。」


 自らの足に挟まれながらも黒はどこに居るかわからない子供に向かって話しかける。


 ---くく……。あーっきっつw。一生分笑ったかもぉ!……ふぅ。……それで、なんだい?


 ようやく全ての部位が正しい位置に戻り立ち上がる黒は、体に異常がない事を確認した後にギロリとどこに居るかもわからない声の主をにらみつける。


「人の体で」


 ---遊んでなんかないよぉ!心外だなぁ。僕はただ直そうとして結果!んー。……遊んでいるように見えちゃっただけさ。


 発言を読まれさえぎられた黒は底知れぬ怒りを抱く。自らの体で遊ばれて、なおかつ分かりやすくあおられて苛立たないはずがなかった。怒鳴りたい気分だった。しかし、それをしてもきっと嗤われるだけ。そう察した黒は舌打ちをする。


「ちっ。んで、ここはなんだ?」


 ---君の知る必要のない空間だよ。


「……あ?」


 ---ぅわ!こわいこわい!そぅやってすぐに威圧しないでよぉ!だって僕まだ子供なんだよぉ?


 黒の胸の内には確かに蓄積する感情があった。自身に怒鳴り散らし行き場のない怒りを発散させる事を遮っては、人の体で好き勝手遊び、発言を先読みして遮り煽りちらしては、あまつさえ質問に答えもしない。その言葉にしづらい感情は、怒りとかいきどおりとか安易な言葉で済ませたくなかった。


(決めた。このクソガキ……いつか殺す。)


 黒がギロリとにらみつけ、そのように誓う中。子供の様な声は残念そうにため息を付いた。


 ---しっかし、君は期待していたよりも弱かったね。頭も技量も。


「……なんだと?」


 ---言ったまんまさ!君は'彼'よりも弱かった。'彼'を越えていなかった。期待外れもいい所だよ。


(彼……?)


 黒は声の主が言う事に首をかしげていた。自分を誰と比べているのか分からなかったからだ。


 ---だってそうでしょ?噛み付かれて噛み付き返すなんて、子供もいい所だよ!……まぁいいさ。'彼'は強すぎただけ。君が普通なのかもしれないね。


「さっきから誰の事を言ってる?俺の知ってる奴か?」


 ---……さぁね?


 声の主は面白そうに呟いてはパチンと指を鳴らす。同時に、黒の目の前に紫色の扉が現れる。


 ---ほら、早く行くといい。君は彼と違って、'死ねる体'なんだから。


「……は?」


 ---あれ?読まなかった?'複雑回帰'。君に与えられた力だよ。


「……。」


 ---……あれま?ほんとにピンと来てない?


「紫色の魔法陣。……あれはお前がやったのか?」


 ギロリと黒の目が声の主をにらみ付ける。それは純粋な殺意。魔法陣が起因して散々な目にった。それが声の主のせいだとなると、余計怒らないはずがなかった。


 ---だとしたらなんだい?僕を殺すかい?無理だよ君には!だって僕の居場所すら分からないんだもん。


「……。……ちっ。」


 黒は声の主をにらみつけたまま説明を促す。それは、声の主が言った言葉の通り攻撃する手段どころか、どこにるかも分からないためだ。その事実が気に食わないと言いたげな目に声の主はクスクスと嗤う。


 ---まぁまぁ。穏便に行こうよ!説明は後にするからさ、とりあえず扉を開きなよ!


 腹立たしい声が真っ白い空間に響き渡る。黒は目の前の紫色の扉を見ては歩み寄り、一度寸前で止まる。


「……何もねぇだろうな?」


 ---ぅん?分かんない。


「……。……ちっ。」


 白々しい言い様に、聞いても無駄だと察した黒は紫色の扉のドアノブを握る。すると同時の事。


「っっ!!」


 ゾワッ!と全身に悪寒が走る。それは異様な感覚であった。首元に刃物を突きつけられた時のような。死に近い感覚。


「てめぇ!何をした!!」


 ---……さぁ。なんだろうね?


 殺意に満ちる黒の目。しかし、その頭は冷静になると(俺死んでるんだった)と、舌打ちをする。

 ガチャリと扉を開けた黒は瞬間、バッ!と反射的に体を半身にする。同時。黒の胸前を切り裂き過ぎるは紫色のナイフ。


「おい。てめぇ。どういう事だ。」


 扉の先を見た黒のほおを冷や汗が伝う。その目には真っ白い空間に浮かぶ、無数のナイフが映っていた。


「なんでナイフが浮かんでやがる。」


 そうつぶやく黒はすでに嫌な予感がしていた。宙に浮くナイフがこの後、どのような軌道で動き出すのか予想が着いていたためだ。


 ---'複雑回帰'……。異界で死因を克服しだい生き返る。つまり君は。


 ギラッ!と全てのナイフが黒に向く。ナイフの切っ先よりポタポタ落ちるしずくが、ジュゥゥ……と。あるかも分からない地面を溶かす。その音は、意地悪い子供の声を強調する。


 ---ここで何度も死ぬんだ。


 動き出すナイフ。


「ちぃっっ!!」


 迫るナイフから逃げようと走り出す黒。一つまた一つと寸前で避けるも、二十程避けたあたりでナイフがかすり始める。徐々に徐々に体に毒がたまり行く。苦痛に歪む黒の顔。しかし、必死になって飛来するナイフから逃れようと足を前に出す。


 ---ぁははっ!逃げても無駄なのにぃ!ま、いいさ!ほら!早く早く!!ナイフに刺さっちゃうぞぉ!!がんばれがんばれぇ!!


「くそっ!分かってんだよ!!少し黙ってろ!」


 ---ぇえ……そんな事言わんでさぁ!話そうよ!僕ずっと暇なんだよ?


「あぁ!気が散る!!」


 黒は走りながらも声の主への怒りを積もらせていた。


 ---まぁまぁ!今に始まった事じゃないじゃん?それに……ぁ。あはっ!ぁぶないあぶない!避っけろぉ!!


 声の主がそう言った直後。目の前に突然巨大な紫色の刃が現れる。


「っっ!!」


 黒は避けきれず片腕を両断されてしまう。そして、足を止めてしまったが故に、無数のナイフが黒に突き刺さる。


 ---あはっ!あははっ!!ほら!やっぱり彼よりも弱いじゃん!!


 愉快そうな声にくちびるを噛み締める黒はそこで意識が途切れる。



 そしてまたパチンッと指が鳴る。



「っっ!!」


 黒は目を見開いた。目の前には紫色の扉があったのだ。


「……夢、か?」


 ---ぶっ!!ははっ!夢!?夢って!!はっっははは!おめでとう!君!面白さでは彼と良いとこだよ!!


「……。……うるせ。じゃさっきのはなんだ?」


 ---はぁ。めんど。ほら、早く死になよぉ。君が死ぬ回数を僕は楽しんでるんだから。


「……悪趣味な奴だ。てめぇの首根っこを掴んだ暁には、その舌引っこ抜いてやる。」


 ---ははぁ……こわっこわい!やめてよ!僕子供!君大人!意味分かる!?分かんないかw!


「ちっ。」


 毎秒精神が削られ、舌打ちする黒はドアノブを握る。大雑把に理解しているのは、死因を克服すると生き返れる。このクソガキはいつか殺すべきである。てか、なんなら今殺したい。それだけだった。


(魔法があれば生き返りもありなのかよ。ぶっとんだ世界だ。)


 黒の目が険しくなるとため息を吐く。そうして開いた目には覚悟があった。グッとドアノブを握る手に力を込めると扉を押し出した。


 ---じゃ、はじめ〜。


 黒は繰り返す。扉に入ってはナイフに刺され、また扉に入っては毒に侵され、扉に入っては倒れ、扉に入っては理不尽な死に至る。


「……。」


 幾十と死に至ると黒の目は死んでいた。あれ程声の主に対して怒っていたと言うのに、今やその思いすら消え、ただただ、このいつまで続くかも分からない死の連続が、早く終わる事を願っていた。


 ---……あれ?どうしたの?止まったりしちゃって。


 黒はドアノブを握り立ち止まっていた。その姿を疑問に思った声の主は、クスクスと嗤いながらたずねる。


 ---まさか!死ぬのが怖くなっちゃった!?まっさかまさかぁ!だって君ってば時宗黒じゃないの!人並み外れた身体能力で敵をバッサバッサと切り捨てて!卓越たくえつした知能(笑)で瞬時に事態を把握して!そして!今まで死にかけた回数など数知れず!そんな君がさぁ!……死ぬのが怖いの?


 真っ白い空間に響き渡る声の主のあおるような声。黒はその言葉に反応を示でもなく、ただひたすらにドアノブを握っていた。


 ---……はぁ。壊れちゃったか。まぁ、君達人間は普通一回しか死ねないもんね。仕方ない。仕方ない。


 あざけるような声色。どこに居るかも分からない。安全圏から馬鹿にしてくる。とにかく嗤い声がうざい。そんな声の主を黒はギロリとにらむ。


 ---わっ!なんだよぉ!睨まないでよぉ!僕ってば意外と臆病なんだから!


「……。」


 声の主に分かりやすく馬鹿にされるも、黒は何も言わずドアノブを握る手に力を込め、押し出す。

 扉を開けた直後のナイフを黒は受け、血が流れ出すも黒は動じず。続くナイフも次々と黒に刺さっていく。


(ルナ……。)


 黒の思うは少女の姿。ズズンッ!幾つものナイフが肩に腕に足に体に突き刺さる。血がダラダラと流れて真っ白い空間に落ちては赤く染め始める。


(ルナ……。)


 それでも黒の思うは少女の姿。ザクザクと黒の体に容赦ようしゃなくナイフが突き刺さる。薄れ行く意識。倒れようとする黒はゆっくりとまぶたを閉じ、自らの守る者を見る。


(直ぐに行く……。待っててくれ……。)


 --

 -


 盗賊団アジト前。そこには三十もの盗賊が三人を囲って居た。中心に居るはハゲ頭のプルに、長い柄の鉄槌てっついを持った盗賊団団長アゲルト。そして、絶望し項垂れる銀髪の少女……ルナであった。


「なぁガキんちょ。なんであんな奴と居たんだぁ?こんな森の奥でよぉ。」


「……。」


「なぁ。てめぇ。黙っとけば良いとか思ってんのかぁ?」


 アゲルトはルナの髪を掴みあげると、ニヤリと笑う。


「その目ぇ……。つまんねぇな。」


 ルナの沈んだ目は昔の自分を彷彿ほうふつさせた。沈んだ眼は何よりも濃ゆい絶望を宿し、未来に期待していないような。大事な者を亡くした子供の目。


 しかし、違う所があった。


「生きてぇとか思わねぇのかぁ?」


 そう。アゲルトは両親が首を吊ったあの日から、苦しみこそあれど生きる為になら何でもした。盗人になったかと思えば、家を荒らし金品を強奪し、必要であれば人殺しもした。大人に捕まって蹴られ殴られ。しかし噛み付いてでも逃げ出した。アジークが落ち着いた頃には悪知恵を教えもした。そんなアゲルトと違い、ルナの目は死を求めていた。夢も希望も何も抱いていないようなその目は、ひたすらに終わりを渇望していた。


「……生きた所で……意味はないよ。」


 ボソリと呟いたルナ。直後。ギリッと歯を軋ませたアゲルトは、鉄槌を持ち上げルナの腹に打ち付ける。


「かっっ……ぁ……!!」


 目を見開いたルナは弾き飛ばされ、ズザザァ……と地面を引きられる。

 突如呼吸が出来なくなり、苦しみ故にごほごほと咳き込むルナを見て、動き出そうとしたミーとムー。しかし、唇を噛み締める事でその思いを必死に抑え込む。二人の見開いた瞳からは罪悪感がひしひしと感じられた。


「ぁんだってぇ?生きた所で意味ねぇだぁ?」


 アゲルトはその言葉に自分の人生を否定された気がした。


「クソみてぇな事してでも生きてる俺らの前で、何言ってんだてめぇ。」


 げほげほと咳するルナは、その目から涙を流しながらもアゲルトをにらみつける。


「……ぃよ。」


「ぁあ?」


「うる……さいよ。あたしの生きる意味を奪ったのは……誰さ!お前たちが居なければ黒は……黒は死ななかった!!」


 ルナの赤い瞳が僅かに光る。しかしアゲルトは鉄槌を横に薙り、ルナの横腹を打ち飛ばす。


「ぅっ!……が、うぅ……。」


 一度地面にバウンドしたルナは、地面に擦れながらも止まるとげほげほと胃液を吐き出してしまう。アゲルトはルナの肩を蹴り押し、その胸ぐらを掴みあげ、苦しみに歪む顔をゼロ距離で睨みつける。


「他人のせいにすんじゃねぇよ。情報漏れに気付かねぇ馬鹿と、何も出来ねぇてめぇが悪ぃだろ。」


「ぁ、ぁたしも……黒も……縄にしば」


「言い訳だぁ。その場で何も出来なけりゃ後で何言っても言い訳なんだよ。過ぎた時は戻らねぇ。」


 アゲルトはそのように断言するも、その言葉は自分にも刺さっていた。親が死んだあの日。アジークが大人に捕まった日。仲間が魔獣に襲われたと知った日。死んだと知った時。殺されたと聞いた時。色々な場面が頭に浮かんでは自らへの怒りが込み上げるのだ。


「あの場でてめぇは何した?馬鹿が死ぬ所を見てただけじゃねぇか。」


「っっ!!」


 ぼろぼろと涙が流れるルナの瞳は見開かれ、数々の場面が頭を過ぎる。


(そうだ……あたしは、いつも見ているだけだ……。)


 頭を過ぎる黒との出会い。魔物に終われていた所を助けられた時。


(ずっとずっと……泣いて、逃げて、諦めて……。)


 頭を過ぎる石ガニとの遭遇。竜の乱入。盗賊に捕まった時。


(でも、そんなあたしを……黒は守ってくれた……。)


 頭を過ぎる五体の魔物を殺した黒の後ろ姿。竜から逃げるため川を流される中、自分を抱きしめて離さなかった黒の姿。盗賊に捕まり人質となった自分を助ける恐ろしい黒の姿。


(あたしは……何も。何一つも。黒にしてあげられる事なんて……ないのに。)


 頭を過ぎる。魔法陣から生還した黒。彼はルナの頭を撫でてこう言った。


 '力って、なんだろうな?'


(力……なんなの。……分からないよ。あたしはその力の意味が……分からない……。)


 見開き揺れ動く赤い瞳。それを見たアゲルトは「チッ!」と舌打ちをする。


「ダメだ。てめぇ見てると腹立つ。あいつと同じだなぁ!!」


 振り上げた鉄槌。アゲルトがルナに打ち付けようとした時であった。




 ザワッ……。と森が、どこまでも続く鬱蒼うっそうとした森が、異様な程静まり返る。




「……ぁあ?なんだぁ?」


 皆は直ぐにその異変に気づく。そして周囲をキョロキョロと見回した後、一点にその視線は集まる。


 地面に倒れるルナである。


(あたしは……無力だ。何も出来ない……ただの子供……。)


 ズルルッ……と、ルナの体を中心に手の形をした影の様な物が周囲へ伸びる。


「っっ!!魔入り化!!」


 目を見開いたアジークは直ぐに弓を構え矢をつがえた。


「待てアジーク。面白ぇだろ。終わりまで見ようぜぇ。」


「だが!この魔入りはなんか変だ!」


「はっ!変だから面白ぇんだろ!ガキの最後にゃピッタリだ。」


 笑い飛ばすアゲルト。しかし、アジークはそんなアゲルトの指示を無視してつがえた矢を引放った。


「面白ぇ訳ねぇだろ!!」


 ルナに向けて鋭くみがかれた矢が放たれる。アジークが焦るのも当然であった。'魔入る'とは終わるまでどのレベルの魔物になるか分からないからだ。下位・中位・上位・魔族。どれにせよ、被害が出るのは目に見えていた。


(最悪の事態じゃなくても被害はある!だからこれが最善!!)


 矢がルナへ向けて一直線に進む中。ルナの体を中心に伸びていた黒い手がそれを遮り矢を掴む。


「っっ!!」


 目を見開いたアジーク。メキメキッとへし折られた矢は黒い手に吸収されるかの如く、黒い粒子となりて消滅した。


「アゲルト!!こいつは危険だ!!」


 アジークは叫び、地面に片手をつける。


「'毒沼ベネヴァルーテ'!!」


 ズズズ……と、アジークの手先と地面が赤紫に染まると、それはルナに向けて一直線に侵食していく。


「……らなきゃ……。」


 ボソリと呟くルナ。毒沼が黒い手に触れた時であった。パキパキッ!!と、毒沼が凍り付きアジークの片手も凍り付く。


「「「「「っっ!!」」」」」


 皆がザワつき、目の前の現象に驚く。それは、一度生成された魔法の属性が変わるなど、一度魔法を解いて魔力溜まりに変えなければ不可能なためである。つまりは、ありえない現象が起きたのだ。


「てめぇら!!魔法を打て!!」


 ルナの異常性を目にして危険性を認めたアゲルトは叫ぶ。途端に三十もの盗賊からそれぞれの得意とする魔法が飛来する。


「……あたしは……何も、出来ない……。」


 ボロボロと流れる涙。それが黒い影の様な手に落ちると、ぶわっ!と、黒い手はルナを囲み始める。

 飛来する全ての魔法は、その黒い手に触れると別の物質へと変化する。火は水に。水は風に。風は雷に。雷は土に。……数多の魔法の属性が変わり果てては黒い粒子となりて消滅する。


(いつもそうだ……あたしは誰かに助けられて生き延びて……。)


 黒い手がルナの周囲をおおっていく。ルナの足や腕、肩、頭を掴んでは地面に引きり込もうとする。


(それなのに……。あたしは何をした……?泣いてるだけ……。戦う力も抗う力も、守る力もない。)


 ルナの足がズルズルと地面に引き込まれて行く。徐々に徐々に。しかし着実に。


「てめぇら!大魔法だ!十人ずつに固まれ!」


「「「「「サァァァァッッッ!!!」」」」」


 アゲルトの指示に直ぐに従う盗賊ら三十名。十人ずつに固まると、頭上に透き通った青色の魔力溜まりが創られていく。


「打て!!」


「「「「「'水渦ヴァ・ダロート'ッッッ!!!」」」」」


 透き通った青色の魔力溜まりが変化するは、水。巨大な水の球体が渦巻きながらもルナの周囲を囲み始める。


「「「「「'雷蛇ヴォルーク'ッッッ!!!」」」」」


 次いで上げられる叫び声に近い大声。透き通った青色の魔力溜まりがバチッ!!と弾け、変化するは雷。渦中をバチバチ!と音を立てながら駆け回る。


「「「「「'イェンヴィズ'」」」」」


 ルナの頭上。渦上空にて生成されるは三メートル周囲の炎球。一拍。周囲の気温が急激に上昇すると、炎球は勢い良く真下へ伸び、同時。ドゴォッ!!と爆音が轟く。


「……。」


 ルナから少し離れた所で目を細めていたアゲルトは、爆風が吹き荒れ土煙が舞う中。ふと、後方の。鬱蒼うっそうとした森の奥を見据えた。


「……てめぇら。まだ休むんじゃねぇ。」


 はためく毛皮のコートをガッと掴み脱ぎ捨てるアゲルトは、地面に尻を着こうとする盗賊らに指示を出す。同時に引き抜かれるは使い古された長剣。それが構えられるは後方の森。


「なにか来やがる。」


 森の奥から音が聞こえる。ズンズンと。メキメキと。何かが近づいてくる音が。


 --

 -


 殺風景な真っ白い空間。誰も居ない空間。しかし、ゲラゲラと笑う声が空間中に響いていた。


 ---あ〜……ホントに'地球人'は面白いなぁ!こんなにも笑ったのは……何百年ぶりかな?


 声の主がそう独り言を言う。頭を過るは、何百と死んだ時宗黒が言った事。


 --

「お前か……?俺をこの世界に連れて来たのは。」

 --


 ---察しが良いところも、ほんとにそっくりだ。


 ボソリと呟いた声色には、わずかな期待が込められていた。それを聞き入れる者も答える者もいない。しかし、慣れた事のように呟き笑う声の主。次第に笑い声が止まっていく。そして静かに一言。




 ---君達は知らなくていい。……ずっとずっと……ずぅっと、ね。




 真っ白い空間に子供の足がゆっくりと現れる。徐々に徐々に現れるその姿はまるで、人の子のよう。神秘さを感じさせる紫色の髪の隙間すきまから、紫色の瞳が妖しく光る時。少年の口が三日月のように裂ける。


 ---ふふふ……。あはは……!……あっははははは!!


 再び嗤い声が真っ白い空間に響き渡る。

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