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悲しき瞳に映る者

 --

 -


 ザァーと音をたて流れる川。その景色を見ながら下流へ向けて降る者が二人。銀髪を後ろで結った身長百六十程の少女……ルナと、その隣を歩く身長百七十程のスタイルの良い茶髪の綺麗な女性……ムーであった。


「ムーさん。黒とミーさん……大丈夫だよね……?」


 足元に気をつけながらもルナはつぶやいた。その手には、横に両断され無理矢理チェーンでつなげられたロケットペンダントの下半分が握られていた。勇気が出ると言われ黒から預けられたそれを大事そうに握るルナだが、それでも不安が完全に取り除かれる事はなかった。


「……。大丈夫よ!だって、ミーくんも黒さんも強いもの!」


「そ、そう……だよね……。」


 ルナを元気づけるため明るく言うムーであるが、ふとした時に片腕を抱きしめてしまう。ムーも不安なのだ。隣に居るべき者が居ないだけでも耐え難い現状だというのに、それが命張りに盗賊団アジトへ向かっているのだから。しかし、ルナの不安が取り除けてないと知ると正直に白状する。


「ごめんなさい。正直、私も不安なの。ミーくんが戻ってこなかったらって……心配なのよ。」


「そっか……ムーさんも……。」


 ルナは片腕を抱き締めるムーを見て、心配しているのは自分だけではない事を知る。


「……信じるしかないわ。私達の大切な人を……。」


「……うん。」


 ルナとムーは歩き続ける。そんな二人を見ている者の存在などつゆ知らず。


 ---


 同刻。全く違う方向……森の中を歩む者が二人。縄に縛られた身長百七十程の黒髪の男性……時宗黒と、その縄を引く身長百九十程の金髪の男性……ミーは、盗賊団アジトへ向かって歩いていた。


「……チッ。まだ着かねぇのか?」


 道なき道を進むミーに悪態をつく黒は、本当に方向が合っているのか不安になると同時に怒りに近い感情を抱いていた。ミーからもらった傷薬と時間経過でいくらか状態はマシになったが、ふさぎかけた傷に枝葉が擦れると当然痛い。歩き続けて既に三十分。塞がったはずの傷は枝葉に擦れ抉られ再び流血している箇所もあった。


「……あと少しッス。頑張りやしょう。」


 盗賊団アジトへ近づく度に二人の顔は深刻さを増していった。これから少なくとも一つの命を奪うのだ。空気がピリピリし始めるのも当然であった。


 ---


「捕まったフリした俺が、アゲルトを攻撃できねぇミーの代わりに討つ。その後は俺とミーで協力してなんやかんや逃げてくる。その間、ルナとムーは下流に。以上だ。」


 頭を過るは三十分前の作戦会議。ルナの隣に立つ黒は腕を組み、ふんすと自信ありげに言った。


「少し違うッスけど、ほとんどやろうとしてた事ッスね。」


「……んぇ?」


 深刻そうにこくりと頷いたミー。その顔はやはりやるしかないのだと、今一度腹をくくった顔であった。対して、間抜けな声を出してしまった黒は、少し見開いた目でミーを見ていた。その顔は(思ってたのと違う……。)と言いたげである。


「黒っちが協力してくれるなら、やれる気がするッスよ……!」


「……お、……おぉ。」


 こくこくと小さく頷く黒は、何でもないと言わんばかりに目をつむる。


「……えぇ。……じゃ、やっぱりここで別行動になるのね。」


「……んぅ……。」


 深刻そうに眉をひそめるムー。やはり訪れた結果に今一度不安に駆られていた。対して、嫌そうな声をもらしたルナは、黒のボロボロの服を掴もうと手を伸ばした。


「……?どうした?ルナ?」


 キョトンとした黒の目を見た途端ハッとしたルナは伸ばした手を引っ込め、にへらと笑う。


「……ぁ……はは。なんでもないや!」


 せっかく会えたのに離れたくない。そんな言葉が奥へ奥へと引っ込んでいく。


「……。そうか。」


 黒に見つめられ心境を見透かされた気がしたルナは慌てて口を開いた。


「……そ!それよりさ!黒の体の状態の方が心配だよ!本当に戦えるの!?」


 ルナの言う通り黒の体はもはや死に体。生傷の量からも、流した血量からも。黒が大丈夫であると言う保証はどこにもなかった。


「……。もちろん。問題ない。」


「そ……そう。」


 ルナは黒の口から「無理かも」という言葉が欲しかった。そうすれば止める口実も、離れないための口実も出来たのだ。


(やっぱり……止めるのはダメ……か……?)


 しゅんとして視線を下げたルナは目を見開いた。黒のひざはとんでもない速度でガクガクと震えていたのだ。


「ぅそうそうそ!足ガタガタじゃん!?」

「武者震い……だ!!」

「だ!!……じゃないよ!?黒の思いに体が置いてかれてるよ!!」

「問題ない。遅れてやって来る!」

「無理だよ!?何その理論!?……ぁ!冷や汗!辛い証拠だ!」

「これは……やがて俺の力に」

「ならないよ!!顔色も悪いし……。」

「これ実は変幻自在。」

「顔色が治った!?いや違くて!!何その能力!?使うとしてもなんで今」


 そこまで言ってルナは気がついた。黒の震えていた足が止まっていたのだ。冷や汗も顔色も全部演技であったのだ。


「……なん……で?」


 そこに、'今にも死にそうな黒'の姿はなかったのだ。くすりと笑った黒はルナの頭を撫でては、情けなくも笑う。


「俺の最終手段は死んだふりだ。それだけが祖父母の……師匠の足元をすくえた技だ。」


「……。」


 情けなく笑う黒を前に、ルナはぎゅっと強く目をつむる。同時にくちびるを噛んでしまうも痛みはなく。だからルナは更に強く噛んだ。本当に噛み切ってしまうかの如く。それ程までに黒を送り出す自分を全面に出そうと努力していたのだ。口元を抑え痛みにもだえる黒も見ずにずっと葛藤かっとうしていた。


「帰ってきたら……あたしをきたえて。」


 ようやく唇の痛みから開放された黒は本当の冷や汗をかきながらも、ムーと同じようにわずかな不安を抱きつつも自分を納得させようとするルナを見る。

 その赤い瞳から'無力になげく子供'を見た黒は、じんじんと痛む唇を吊り上げ、優しく笑うとルナの瞳を真っ直ぐと見つめた。


「俺は甘いぞ?頑張れるか?」


「……そういう時って厳しいんじゃないの……?」


「時代はゆとりを持つべきだ。」


 話の腰を折られたか、ジトッと黒を見つめるルナ。それに対し激しく首を縦に振るう黒。


「……強く……なれるよね?」


 先程までのとはまた別な不安に襲われ呟いてしまうルナ。


「だから聞いてる。……頑張れるか?」


「……ぁ、そっか。」


 ルナは'ダメになれば正してくれる黒'を求めていた自分に気づくとふるふると首を振るう。


「あたしは生きるために……。く……」


「……く?」


(黒を守るため……いや。これはまだだ……。とにかくあたしは……。)


「強くなるって……決めたんだ!!」


 覚悟に染まるルナの赤い瞳。そこから'無力を克服しようと足掻く子供'の姿を見た黒は満足気に頷く。そして、横に両断され、無理矢理チェーンで繋げたロケットペンダントの下半分を首元から出しては外し、ルナの首にかける。


「俺の頑張る源だ。預ける意味は……分かるよな?」


「……ぅん。」


 珍しい物を見るかのように目を丸めるルナ。しかし、悲しそうな目でペンダントを見つめる黒を見ては小さく頷く。


「ほんの少しだけ待っててくれ。すぐに戻るから。」


 口を開き何かを言おうとしたルナ。しかし、ぐっとその思いを堪えルナは言う。


「……なんか縁起悪いよ……。」


 ---


「やっぱりルナは言って欲しい事を言ってくれる。」


 未だに到着しない盗賊団アジトに苛立っていた黒はどこへやら。過去を思い出し満足そうに頷いていた。


「黒っち。長いッスよ……。回想が長いッス……。」


 放って置けば二週目に入るのでは?と思えてしまう黒の様子に、ジトッとした目を向けるミー。


「という訳で遠い。まだつかないのか?」


「……まだ先ッス。体……きつそうッスか?」


 盗賊団アジトへ近づく中だというのに、緊張感のない黒にデジャブを感じつつあるミー。嫌な予感がして回避しようとするも、黒を見るとその目は細められ、遠い過去を見るかのような雰囲気であった。


「黒……っち?」


 ---


「捕まったフリした俺が、アゲルトを攻撃できねぇミーの代わりに討」


 ---


「回想はもう十分ス!!」


 ミーにさえぎられハッとする黒は、キリッとしてニヤリと笑う。


「俺達芸人になるか。」


「はぁ!?」


 黒の思考に追いつかないミーはついに手を上げそうになるも、優しさの精神にて堪える事に成功する。


「どうしたんス?なんか、変ッスよ……。黒っちって、仲良くなる度に人が変わる感じなんスか?」


 ミーに心配されハッとする黒は、眉を寄せてしゅんとする。


「……ペンダントがないから不安なんだ。あれがないと情緒が安定しない。」


「えぇ……。じゃあなんで渡したんスか……。」


「……。……流れ?」


「……。全部台無しッスよ……。」


 --

 -


 それから数分歩いた時の事だった。突如として黒は足を止めた。縄がビンッと張られ、上げた足が前に出せないミーは振り返り黒を睨んだ。その顔は面倒臭そうで、若干の怒りも含まれており、急に止まった黒に舌打ちを送った。


「ちぃっ!止まるな!進むッス!!」


 黒へ向けて怒鳴り付けるミー。どちらが不自然な動きを見せた時、それは接敵を意味すると事前に決めていたのである。故に、現在ミーは本気で黒を捕虜として扱い、縄を引く力も強めていた。


「チッ!痛てぇ!引っ張んな!」


「じゃ抵抗するな!」


「嫌だ……!!俺は行きたくない!!」


「子供ッスか!?早くするッスよ!!」


 何としてでも縄を引っ張って行こうとするミーに、死んでも歩かないと言わんばかりの黒。しかし二人の意識は周囲へと向いていた。


(囲まれてる。)


(アゲルト……ついに来たんスか。)


 二人は既に状況を理解していた。自分らを逃がさないようにと周囲を囲む複数の存在を。


「……ミー。そいつが傷男かぁ?やけにガキっぽいなぁ。」


 静寂を破るかのように、静かな怒りの含まれた声が響き渡る。

 草木をかき分け現れるは身長百九十程のドレッド頭の男……アゲルト。羽織る毛皮のコートは、アゲルトを大きく見せ威圧感を黒とミーに抱かせた。その後、周囲に続々と現れる三十の盗賊。皆の殺気をはらんだ瞳が鋭く二人に向けられる。


「俺は二十だ。ガキとは失礼な奴。」

(二十なんスか……。俺より年下……。)


「あぁ……?おりゃ二十八だぁ。敬語つかえぇ?」

(に、二十……八なんスか……一つ年下なんて知らなかった……。)


「は、てめぇらあのクソゴリラの仲間だろ?突然襲ってくるような連中に払う敬意なんて」


 瞬間。アゲルトがギロリと黒を睨みつける。ドクンと鼓動する心臓。ゴフッと黒は吐血してしまう。


「なっ!何をした……!!」


「うるせぇ。てめぇが傷男ってのは分かった。しばらく黙ってろ。」


 アゲルトのした事が魔法である事しか分からない黒は、奥歯を噛み締めて黙るしかなかった。挑発し過ぎたら死ぬ。当然の事だ。


「……どうするんス?この男。」


 グンッと縄を引っ張ったミーは、アゲルトへ黒を突き出すように地面へと倒す。その縄には切れ込みが入っており、耐久性は黒が本気で力を込めればちぎれる程度である。


「決まってラァ!あぶり殺しじゃぃ!!」

「バラして魔物の餌にしてくれるわ!!」

「この黒髪がよぉお!!真っ赤に染めてやんよぉ!!」

「フェッッへへへェェェイィッッ!!毛ぇ一本ずつヌイてヤラぁ!!」

「目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉……。」


 黒の元へズカズカと歩き始める盗賊らは、ぶつぶつと呟き近づくハゲ頭のプルを除き、罵詈雑言を飛ばしながらナタをブンブン振っていた。


「止まれ。てめぇら。」

「「「「ぶ〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!」」」」

「黙れってんだ!!」

「「「「ひっっっ!!?アイサァァァ!!」」」」


 しかしアゲルトはそれを許さなかった。ぶるぶると震え端に戻った盗賊らを見ては舌打ちをするも、直ぐにミーを捉え真意を見抜こうとする。


「ミー。短剣を渡せ。」


「……。」


 アゲルトの命令に眉を寄らせたミーは、一拍。コクリと頷き'空間収納アイテム・ボックス'よりさやに収められた短剣を取り出し、そのままアゲルトへ投げ渡す。


「もう一つはどうしたぁ?」


 ガシッと受け取ったアゲルトは、怪しむような目でミーをにらむ。


「この男との交戦中……川に落ちたんス。」


「はっ!お前が、か?」


「八年。剣を握らせなかったのは誰ッスか。腕は落ちてるんス。ミスぐらいあるッスよ。」


「……チッ。ところでぇ……'ムー'はどうしたぁ?」


 一瞬。ミーの殺気が場に満ちる。ゾクッとその場に居る皆は恐怖に震える。


「ムーさんは……。……死んだ。」


 強く握り締められる拳。ミーの瞳が黒を殺すと言わんばかりに鋭くなると……。


「「「「はっっははっっはははは!!!」」」」

「フェヘッ!フェへへへッッ!!!」

「目玉目玉目玉目玉目玉……。」


 アゲルトとプルを除き盗賊ら全員が笑いだした。


「な、何がおかしいんスか!!」


 驚き目を見開くミー。それを冷静に見据えるアゲルトは、静かに口を開いた。


「そうか。今の言葉……嘘はねぇな?」


(……なんスかこの反応……?)


 一拍あけてコクリと頷くミー。その返事にアゲルトは眉を寄せ残念そうに首を振るう。


「アジーク。出て来い。」


 アゲルトがその様に叫ぶと、ガサッと草をかき分け現れるはアジーク。そして。


「うっ……。」


「……。」


 後ろで手を縄に縛られたルナとムーが地面に倒される。その顔は苦虫を何十匹も噛み潰したかの様に申し訳無さそうだった。


「「っっ!!」」


 黒とミーは目を見開いた。下流へ向けて歩いているはずのルナとムーがこの場に突き出されたのだ。それが示すは失敗。作戦の破綻はたんである。


「全部聞かれていたのよ!アジークが……ずっと私達の後をつけてたのよ!」


 ムーが口にするはアジークから聞かされた事実。


「そんな……。」


 青ざめるミー。現状は最悪。戦う事も出来ず逃げる事も出来ず、アゲルトのさじ加減で全員の命が簡単に散るのだ。


(一体……どうすれば……。)


 ギリッと歯軋りをするミー。そんなミーを注視しながらアゲルトはムーの元へ歩み寄り、腰にある短剣を取る。


「面白い話だ。ミー。川に落ちたはずの短剣も、死んだはずのムーもこの場に存在するばかりか、ガキのおまけ付きときたぁ。傷男の連れかぁ?ま、おかげで良い事を思いついた。」


 立ち上がるアゲルトは、ムーから回収した短剣を引き抜きアジークに向ける。それだけでアゲルトが何をして欲しいのか察したアジークは、渋々ながらも剣に魔法を付与する。


「ミー。お前とムーが生きるチャンスをくれてやる。」


 アゲルトがヒュッ!と毒の付与された短剣を投げると、それは外れる事なく黒の足に突き刺さる。


「いっっ!!」


 血が飛び散り、痛み故に歪む黒の顔。しかし、ドクンッ!と心臓が強く鼓動しては、全身の血管がくっきりと浮び上がる。


「ぅっぐぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 黒の体を侵し始める毒。絶え間ない激痛は容赦なく黒を襲い、刻一刻とその身を死へと誘っていく。


「黒……!」


 目を見開いたルナは縛り着ける縄を解こうと力を込めるも、アジークがそんな簡単に解ける程優しく縛るはずもなく。


「ミー。その剣でそいつを痛めつけた後に殺せ。」


「「「っっ!!」」」


 その言葉に驚くはルナ、ムー。そしてミーであった。


「だめ!やめて!……ミーさん!」


 泣きそうになるルナは声を荒らげて止めようとするも、ミーはそれどころではなかった。


(……殺らなきゃ……俺もムーさんも死ぬ……。でも、そんな事……。)


 頭を過るは黒と戦かった川岸での出来事。そして協力を決意した後の道中。友人と言っても差し支えない程、二人は仲良くなっていたのだ。必ず生きて帰るつもりだった。単純な作戦だが成功すると信じて疑わなかった。そうでもしなければ、失敗の重圧に潰されてしまいそうだったから。


「アゲルト!貴方って言う人は」


 ムーが怒鳴ろうとした時、アゲルトはなんの躊躇ちゅうちょもなくムーの顔面をる。


「ぁっっ!?……ぁ……あ?」


 顔面を蹴られ何が起こっているのか思考が追いつかないムーは、そのような声しか出せなかった。


「アゲルト!!」


 怒りで我を忘れたミーは黒の足より短剣を引き抜き、'空間移動'にてアゲルトの真後ろへと現れる。アゲルトがムーの顔面を蹴ってから時間は僅かすら経っていなかった。しかしどれだけ早くとも、アゲルトの首に短剣が刺さる事はなかった。アジークがミーの腕を掴み止めてみせたのだ。


「ミー。お前さぁ……今の状況でそれはだめだろっと!」


 ミーの腹を蹴り飛ばすアジーク。


「くそっ!」


「ミー!俺は今すぐてめぇを殺せんだぞ!!」


 ゴロゴロと地面を転がるミーは直ぐに立ち上がり走り出そうとするも、振り返らず怒鳴るアゲルトを前に足を止めてしまう。


「くそっ!」


 歯が折れるのではと思えるまでに強く噛み締めるミー。その目は頬が赤く腫れ、血の流れているムーの顔を見ていた。ガッと雑にムーの髪を掴み上げるアゲルトは、キッ!とにらむも怯えの含まれたムーを瞳を見据える。


「黙れ。てめぇがどうにか出来る状況じゃねぇんだよ。」


「ぅっっ……。」


 乱暴にムーから手を離したアゲルトはミーへ振り返る。


「簡単な事だろ……ミー?今までだって何人も殺して来たじゃねぇか!生きるためにつってよぉ?それがたった一人増えるだけだ。何を戸惑う必要があるってんだ……?」


 グッ!とミーは短剣を血が出るくらい強く握る。その目は怒りに染まり、それを必死に抑え込むかのように唇を噛み締めていた。


「……はぁ……。はぁ……。なんだ……。」


 黒が必死に声を出すも、その声は消え入りそうなくらい小さな声であった。


「……あ?んだよ。クソ野郎。」


 黒が口を開いた直後、アゲルトの殺意で場が満ちる。


「……ビビってんのか……?俺に恨みがあんのはてめぇだろ……ならてめぇの手で殺れよ……!」


 アゲルトは目を丸める。この場でこの男は何を言っているのかと、たまらずニヤリと笑ってしまう。


「……はぁ……はぁ……。何がおかしい……?」


 眉を寄せる黒はアゲルトをにらみ付ける。優位な位置にいるアゲルトに苛立ってならなかった。


「いやぁ。ところでてめぇ。このガキは大事かぁ?」


「やっっ!?」


 アゲルトが、ガッ!とルナの結われた髪を掴み上げると、黒の目が殺意に染まる。


「良かった。大事そうだぁ!死ぬてめぇには言っとかなきゃなぁ。てめぇが苦しむ分はぁ……このガキが受けんだよ!!」


 グワン!とルナの視界が揺れた直後、アゲルトはルナの体を地面に強く打ち付ける。


「ぁっっ!……ぅっっ……!!」


 痛みはなくとも苦しみは感じるのか、一瞬で呼吸困難におちいったルナは短な呼吸をしていた。


「……てめっ!……クズが!!」


 背面を襲う打ち付けられた痛みに顔を歪める黒は、痛みを怒りに変えアゲルトへと怒鳴る。縄を千切ろうとするも毒で弱まった体では無理か、上手く千切れずにグチグチと黒の手首は擦り切れ、直ぐに赤くなる。


「ミー!縄を解け!てめぇ……!……殺してや」


 その時。ズンッ!と黒の肩に短剣が深く刺さる。


「なっっ……。」


 驚き言葉を失う黒は、肩に刺さった剣を見ては遅れて痛みを感じ始める。


「ぁぁっっ!!……ぐぅぅぅうっっ!!」


 更に毒が回ると黒の視界はグラグラと揺れ始める。


「ミー……てめっ……。」


 痛みに顔を歪める黒の頬に血が落ちる。ミーは苦しそうであった。唇を強く噛み締め、短剣を握る手は震えていた。ゆっくりと引き抜かれる短剣は、ザクッと再び黒の体に刺さる。


「やだ……やめ、て……。死んじゃうよ、ミーさん……。ミーさん……!」


 ルナの目に焼き付けられるは、何度も短剣を振り上げ、急所を避けて突き刺すミーの姿に、痛みに叫ぶ黒の姿。上げられる叫び声は徐々に弱まっているように感じたルナは、辛そうに目を歪め叫んだ。


「やめて……やめて……!!」


 ルナの赤い瞳が涙に揺れた時。振り上げたミーの短剣が黒の心臓を貫いた。


「がっっ……ぁ……。」


 目を見開いた黒。反った体が地面に力なく倒れては、その目が徐々に生気を失って行く。


「……ぁ。」


 こぼれたルナの声。見開かれた目は目の前の光景をはっきりと映し、生気を失って行く黒の目を見てはボロボロと涙があふれ出す。


「そんな……黒が……。なん、で、ミー……さん……。」


 立ち上がり振り返ったミーの体には黒の血がベットリとついていた。その目は辛そうであった。怒り悲しみ、後悔や自責……。複雑な思いの込められた瞳を見ては、ルナは言葉を失ってしまう。


「これで……いいんスか。」


 引き抜いた短剣をアゲルトの足元に投げ捨てたミーは、憎悪に染まる瞳でアゲルトを睨みつけた。


「……まぁいい。てめぇら。帰るぞ。体は持ち帰るなよ?反吐が出る。」


 地面より短剣を拾い上げたアゲルトが立ち上がると、ミーは素早く歩き出しその胸ぐらを掴み上げた。


「絶対……絶対にいつか殺してやるッスよ……!!」


「……は。その前にてめぇの首が飛ぶだろうよ。」


 殺意を向けられてもアゲルトはニヤリと笑うだけであった。


「ミー。'離せ'。」


 アゲルトが命令するとミーは睨みつけながらもゆっくりと手を離す。


「それでいい。これからは契約を破んじゃねぇぞ。それと、その'ガキを連れてこい'。」


 アゲルトが振り返り歩き出すと他の盗賊らは黒の死体を蹴ってから後に続いた。ドカバキと嫌な鈍い音がなり続け、その間、ルナはその目で見ていただけであった。


「なんスか……?」


 アゲルトについて行かないアジークをギロリと睨み付けるミー。そのよどんだ青い瞳にゾクッと怖れを抱いたアジークは、それを隠すかのようにヘラッと笑う。


「別に。お前らがこれ以じょ」


 同時。アジークの顔面をミーが殴り飛ばす。


「これ以上……何をしろと……?」


 発せられるは純粋な怒り。

 黒と過ごした時間は短い。しかし、行動を共にしている時は不思議と自然に笑えたのだ。警戒ばかりの生活を送っていたが故に、その時間は新鮮で楽しかったのだ。だからこそ黒を殺した今、これ以上の事はする気にもなれなかった。


「……。……ムーさん。大丈夫ッスか?」


 ムーの元へ歩み寄り、キツく縛られた縄を解くとその体を起こした。


「……。……ミーくん。……ごめんなさい。私……私……!!」


 ミーは泣き出そうとしたムーを抱き締める。


「ダメッス。今泣いてしまえばきっと……これから耐えられなくなるッスよ!……我慢するんス!!」


 ミーの顔は辛そうに歪んでいた。泣き出したいのはミーも同じであった。だが、それをしないのは本当に泣きたい者が……自分を恨めなくなるからである。


「ルナちゃん。」


 ムーから離れたミーは、目も当てられない黒の死体を見て固まっているルナを見る。


「今、解くッスね。」


 そう言いながらミーがルナの手に触れようとした時。


「触らないで!!」


 ルナは叫ぶ。分かっている。ミーは悪くないと。分かっている。何も出来なかった自分が文句を言うのはおかしいと。分かっている。どんなに悪態をつこうと、黒が死んだ事実は変わらない事ぐらい。


「申し訳ない……です。」


 苦虫を噛み潰したような顔をしてしまうミーは、それでもルナの縄を解く。


「……。」


 縄が解かれた時、ルナはふらつく足で刺され蹴られで更にボロボロとなった黒の元へと歩いていく。ドクドクと全身から大量の血が流れ、首や腕、足が変な方向へ曲がったりと。見るも無惨な黒の姿に涙が込み上げてしまう。


「……黒。……生きてるんでしょ……?」


 頭を過ぎるは'死んだふり'が最終手段と情けなく笑った黒の姿。無惨な姿となって生きててもおかしくない生命力を黒は持っていたのだ。ありえないと胸の内で分かっていながら震える声で話しかけた後、黒を拘束する縄を千切ってはその手を握るルナ。まだ温もりのある体。しかし、それも直ぐに冷たくなっていく。


「死なないって……言ったじゃん……。」


 頭を過るは謎の魔法陣に囚われながらも叫んだ黒の言葉。ポタポタと落ちるルナの涙は両手で握られた黒の手を伝い落ちて行く。


「……一緒に……行こうって言ってくれたじゃん……!!」


 えっぐえっぐと始まる嗚咽。黒と過ごした日々を思い出しては更に流れる涙。何度も何度も動かない黒に悲痛な声で訴えかけるルナ。しかし黒の体はピクリとも動かず、当然返事もなく。黒の手が完全に冷たくなると、ルナの目は絶望に染まり行く。


(黒が居ないなら……もう……生きたくない……。)


 失った者は大きかった。ぽっかりと胸に空いた穴。それはもはや簡単に埋められるようなものではなかった。

 地面にひざをついて泣くルナの小さな背中を見て、ミーは奥歯を噛み締めていた。


(誰でも分かる……。ルナちゃんにとって黒っちがどれ程大切であるか……。それを……俺は……。)


 力強く握り締める手からは血が滴っていた。そんなミーの背をさするムー。そうする事でやるせない気持ちを抑え込んでいるのだ。


 それから数十分。ミーとムーはすすり泣くルナを遠くから見ていた。

 アジークはとっくに帰っている。帰り際に「あまり遅いと裏切りとされるかもな?」と笑っていたが、それでも二人はまだ行く気になれなかった。話した分だけ仲良くなり、共に居た分だけ情が湧いていた。簡単に切り替えられるはずがなかった。



 しかし、黒は死んだ。その事実だけは何があろうとくつがえる事はない。どれ程の強者であろうと命は一つなのだから。



 現実はとても非情なものだ。ついさっきまで当たり前のように存在した者が突然にして居なくなる。その際に荒れる感情から受けるダメージは多大で、心をむしばむと終いには思考を歪ませる。


(ルナちゃん……。大事な人が苦しんで死んだんだ……辛いに決まってる。私もミーくんが……そう考えただけでも泣きたくなる……。私達と会わなければ貴方達は……。)


 罪悪感に歪むムーの瞳。


(でも……。)


 しかし、目をつむり開いた時。その瞳はいつもの盗賊としての目であった。人としての一線を超える事を仕方なしと割り切れるイカれた瞳。


(私は……ミーくんを失いたくないの。その為なら……クズにだってなれる。)


 時間もまた非情なのだ。ここまでしてミーを失いたくないと言うアゲルトが、帰りが遅いからと言って裏切りと判断するかなんて分からない。しかし、戻るのが遅ければ遅い程不信感が強まるのは当然で、アジークの言った事が実現する可能性も高いのだ。


(どれだけ泣いても過去には戻れない。どれだけ願おうとも時間は止まらない。無慈悲にも刻一刻と進むだけ。)


 ルナの元へ歩き出したムー。一歩一歩と歩を進める度に足が重くなるが、それでも歩いてルナの背中に立った。


「行くわよ。」


 発せられた冷たい言葉。しかしルナは返事どころか反応すらしない。眉をひそめたムーは、ルナの腕を掴み立たせようとする。


「やめて……。」


 沈んだルナの言葉はムーの精神を削る。それでもムーは立たせようとする。


「離して……。」


 グッと奥歯を噛みしめるムーは、無理矢理にでも立たせようとする。


「いやだ……!離して……!!」


 駄々をこねる子供の様に、ムーの手を振り払うルナは黒の体にしがみついた。


「黒のそばに居させて!……どこにも行きたくない!!」


 ムーは唇を噛み締める。そうでもしなければこれ以上手出し出来ないのだ。ルナを黒の体からがそうと手を伸ばした時、それをミーがさえぎる。その目は「俺に任せて」と言っているようで、同じく苦しそうにしていた。


「ルナちゃん……ごめん。」


 一言。そう呟いたミーはルナの体を無理矢理に持ち上げ、簡単に黒の体から引きがした。


「いや!離して!離し……離せっっ!!」


 じたばたと暴れるルナの手がミーの肩や背中を叩く。足を振って必死に逃れようと身をよじろうともした。しかし、ミーの拘束から逃れられるはずがなかった。

 背中を叩かれようと、足が脇腹をろうと、ミーは何も言わなかった。苦渋に歪む顔はその全てを甘んじて受け入れようとしていた。


「なんでよ……黒と居たいだけなのに!なんでっっ!!」


 泣き叫ぶルナ。しかしミーは構わずにアジトへ向けて歩き始める。


「黒……!!……いやだ……黒!!黒!!」


 離れ行く黒の死体。それに向けて手を伸ばすルナは悲痛に泣き叫ぶ。再びあふれ出した涙は地面に落ちるとシミとなる。非力であった。抗う事すら出来ない。何も出来ない。そんな思いが悔しさとなり、もどかしさとなり、怒りとなり悲しみとなる。涙で顔がぐちゃぐちゃになるルナはめいいっぱい手を伸ばして泣き叫んだ。


「くろぉっっっ!!」


 グロウの森に響き渡るルナの悲痛な叫び声。どれだけ遠くに居ようと、その声を聞いてはどんな生物でも悲しそうに地面に伏せる。しかし、どれだけ遠くまで響き渡ろうと死人となった黒には届く事はなかった。

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