表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

二人の盗賊

 --

 -


「……チッ。あいつら……。」


 階段を降りる最中、薄暗いアジト一階を見て盗賊団団長……アゲルトは眉を寄せた。アゲルトの見るは酒瓶さかびんの散らかった一階の様子。ご丁寧に階段の電気だけ残して他は消されていた。


「仲間が帰ってこねぇってのに、薄情な奴らだなぁ。」


 寝室の方から豪快ないびきが聞こえる事から、皆飲み疲れて寝ているのだと推測すると、アゲルトは小さく舌打ちをする。


「チッ。こんだけ飲んでやがるのに、言いつけ守って寝室で寝てるのが余計腹立つなぁ……。」


 薄暗い部屋の中、カチャカチャと酒瓶を回収し始めるアゲルト。


(思えば片付けるのはいつも俺だなぁ……。)


「チッ!!気に食わねぇ!!」


 態度と裏腹に、酒瓶を回収する手付きは凄まじくスムーズであった。


「大体!飲み過ぎなんだよどいつもこいつも!ここで魔物の襲撃とかあってみろ!?死ぬぞ!?いくらアジト周辺の魔物を狩り尽くしてるからって……と?」


 持ち上げた酒瓶がチャプッと音を鳴らすと、グチグチ言っていたアゲルトも黙ってしまう。


「はっ!俺は別に飲みてぇとは」


 チャプッと酒瓶から魅力の音色が奏でられると、アゲルトの時制はあっという間に崩れ去る。


「プル。」


「はいさぁ!お呼びで?」


 アゲルトが名前を呼ぶと、盗賊……ハゲ頭のプルは階段の手すりをすべり台の如く降り、一分もしない内にアゲルトの元へと訪れる。


「ちょっと付き合えぇ。」


 アゲルトが酒瓶を上げる動作をすると、プルはその顔を喜びで染め満面の笑みを浮かべる。


「はいでさぁ!」


 その様に返事するプルを見てアゲルトは、ドカッと木の丸椅子に座り、酒瓶に口をつけ飲み始める。


「ぁ、一緒にじゃないんでさか。」


 喜びは反転。プルの顔はさみしさに染まるも、すぐに酒の入っている瓶を探して来ては、ちょこっと丸椅子に座る。低身長の彼には、他の盗賊らの座る木の丸椅子は高かった。


「もう日は昇り始めてる。なのに、ダニー達はおろか、ギリー達すら戻ってこねぇ。なんでだ。」


 そう言うアゲルトは手に持った酒瓶を傾け、もう一口飲む。その顔は心配そうとも、度数の高い酒を嫌そうにしているともとれた。


「何があったかはわかりやせん……。でも、きっとだいじょぶでさよ!他の盗賊員ならまだしも、なんたってギリーさんでさ。盗賊団員は皆、ギリーさんの指導のおかげで強くなった。死者だって大幅に減少したじゃありやせんか。だから、きっと戻ってきやすよ。ぁ、この酒強い……。」


 酒を飲みすぐに顔を赤くするプルは、けほっけほっとせき込んでしまう。


「きっとか……。嫌いな言葉だ。」


 アゲルトは残った酒を飲み干して立ち上がる。


「プル。どうせ馬鹿共はかけ布なしで寝てるだろ、かけてきてやれ。」


 もう終わり?と言わんばかりにしゅんとしたプルはしかし、アゲルトと同じようにグイッと酒を飲み干すと、にへっと笑う。


「お安いゴホッゴホッ!!」


 せき込み、ふらふらと寝室へ向かって行くプルを見送ると、アゲルトはカチャカチャと酒瓶を回収し始める。


「ったく。なんで俺がこんな事……ん?」


 しかし、その手もすぐに止まる。入り口にて壁に背を預けて座り込む者が一人。薄暗い部屋の中、ようやくアゲルトの目に止まる。


「チッ。おい。寝るなら寝室に……」


 コトッと、空き瓶を机の上に置き、座り込む者へ歩み寄るアゲルトの目が捉えるは、アジトの入り口にて壁を背に座り込むボロボロなユバの姿。


「っっ!!てめぇっ!何があった!!」


 即座に歩み寄り抱き支えるアゲルト。その目に映すは、ユバの体に残された噛みつかれた跡や、引っかかれたような跡。噛みちぎられた跡まで。その体は見るにえない。


「ぉい……!おいっっ!!」


 返事のないユバに焦るアゲルトは、ゆさゆさとその体を揺らすと、「ぅっ……。」とかすれた声がもれる。


「おい!プル!!こっちに来い!!」


「ぁ〜……い。いや、行きやぁ……す……。」


 直ぐにアゲルトはプルを呼ぶも、その反応は明らかに酔っている。唯一回復に適性のあるプルが来るのは厳しいと察したアゲルトは、苦虫を噛み潰したような顔で右手をユバにかざす。


「'回復ヒール'」


 アゲルトの体からごっそりと魔力が抜けると同時に、淡い緑色の光がユバの体を包み込む。じわじわと徐々に徐々にユバの体の傷が閉じていく。しかし、それが応急措置程度だと言う事をアゲルトは理解していた。だからこそ焦っていた。ユバが助からないかもしれないのだ。


「ぁげっ!……ァゲルトさん!!」


 グィッとアゲルトの毛皮のコートを引っ張るユバ。手に力が込められると、手の傷が開きコートに血が染み込む。それでも構わず、ユバはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら泣き叫ぶ。


「ギリー班が……ギリー班の皆が傷だらけの男に……。」


 ギュッ!とアゲルトの毛皮のコートを掴むユバは、ボロボロと大粒の涙を流しながら、掠れた声で訴える。


「殺されたんだ……!!」


 ゲホッ!ゲホッ!と、ユバがせき込むとダラダラ血が吐き出される。ボロボロとあふれる涙は、アゲルトの服の上に落ちる。


「分かったからしゃべんな!!俺の回復魔法じゃあんま効果ねぇんだ!!」


 アゲルトは治しても直ぐに開く傷口に焦り、更に魔力を放出すると、'回復ヒール'の威力を高める。しかし、効果の違いはあまり見られない。


「目が覚めたら皆死んでた……!!あいつに違いない……ダニー達もきっとあいつがやったんだ!!あいつがいなければ……死ななかった……。誰も……誰一人もっっ!!ゲゥッハァッ!!」


 びちゃびちゃと大量の血が吐き出され、アゲルトの服が血にぬれて行くと同時。全ての力を出し切ったか、ユバの手がアゲルトのコートから離され、ベチャッと、床に広がった血溜まりに落ちる。だらんと脱力して動かないユバの体。アゲルトの体にべっとりと付着した血。


「……。」


 アゲルトは倒れて動かないユバを見ては、そっとかざしていた手を握り締める。解除されるはユバを治そうとしていた'回復ヒール'。薄暗い部屋の中、アゲルトはつぶやく。


「そう言えば……クソみてぇな世界だったなぁ。」


 頭を過ぎるは首を吊る父母の姿。それを呆然と見つめ、やがて泣き出す子どもの姿。


「馬鹿共のせいで忘れてたぁ。」


 ビキッとアゲルトの額に脈が浮かび上がる。


「誰だクソ野郎は……。俺の仲間を……家族を殺した野郎は!!」


 つぅ……と涙が頬を伝う。薄暗い部屋の中、アゲルトは胸のうちに潜む苛立ちをぶつけるかのように、唇を強く噛み締めた。


 --

 -


 盗賊団のアジトが寄りかかる岩壁の上、昇り行く日をながめ深呼吸する男女が二人。朝の冷ややか空気を全身で感じていた。

 グッと伸びをして、息を吐き出した二人は互いに向き直り、その口を合わせ……そっと離す。互いの吐息がかかるくらい顔が近い距離の中、いつもの事のように二人は話し始める。


「ミーくん。私達……本当にこのままでいいの……?」


 肩ほどの短い茶髪に、包み込むような優しい焦茶色の瞳。豊満な胸にシュッとしたボディラインからは、盗賊とは思えない程の上品さが感じられる身長百八十程の女性……ムーはミーの首に手を回し、不安そうにつぶやく。


「それはどういう……事ッスか?」


 後ろで短くくくる金髪に、何も考えていなさそうでいて、どこか鋭さを感じさせる青色の瞳。ガッチリとした筋肉質な体躯の身長百九十程の男性……ミーは、ムーの腰に手を回しながらも深刻そうな顔で聞き返す。


「私達が盗賊になって八年……。もう、盗賊として終わるのかしら……。」


「そんな事はないッス!そんな……事は……。」


 ムーの発言を食い気味に否定するミーであるが、その面持ちはとても希望を抱いている様子ではなかった。

 訪れる静寂せいじゃく。先程まで互いを求めあった雰囲気はなく、先の見えない未来に不安を抱き、盗賊という明日をも知らぬ日々の繰り返しに怯えていた。


「ミーくん。私……あなたの事を愛しているわ。」


「……。俺もッスよ。ムーさん。愛してるッス。」


 互いに抱き締める。ドクンドクンと互いの心音が心地良く、今この時間だけが一時的にあらゆる恐怖から解き放たれ、唯一落ち着ける時間であった。


「私達……ここを出ましょう……?」


 落ち着いた。だからこそムーはミーの目を見つめて言う。丁度、八年前の時と同じように。


「……。……来る者拒まず去る者許さず、裏切りは追いかけてでも必ず殺す。そんなアゲルトが許してくれるッスかね……?」


 真剣なムーの発言。だからこそミーは不安に眉を寄せてしまう。


「いつまでも怯えてちゃ何も始まらないわ!まずは一歩から!ね?」


 優しく微笑むムーであるが、ミーの顔は相も変わらず不安そうであった。


「ムーさん。俺は……。」


「何よ?不安なの?……私達なら出来るはずだわ!!」


「……そう言ってもう八年。実行しない理由……俺達分かってるんス。だからここに居るんス……。」


 ミーの発言。それは事実であった。

 盗賊にちた八年前の時から何度と抜け出そうと試みるも、決行できずにズルズルと八年も経った。それは、この盗賊団アジト以外に二人の身を置く場がない為だ。ここを出ると当然、一寸先すら見えない暗闇の中を藻掻もがく事になるのだ。


「……。」


 ムーはミーの発言に言い返す事が出来なかった。それは、ムー自身も不安に思い、抜け出そうと口では言いつつ結局出来ずに居ると言った言動から、答えが知れてしまっているのだ。


「……何だかんだ言って、俺らここに守られてるんスよ。悔しいッスけど。」


「わ、私はそうは思わないわ!忘れたの!?アゲルトが私達にさせた事!」


 ムーはミーの弱気な発言に反論した。それは、反論しなければただでさえ決行出来ない脱出を、一生涯かけても出来ない気がしたからだ。


「っっ!!」


 ミーは思い出す。提示した条件と引き換えに、'絶対服従'の契約をした八年前の時。そこがミーにとってもムーにとっても地獄の日々の幕開けだと、一ヶ月もしない内に断言出来る程の事をさせられたのだ。


(いつの間にか……当然になってた。)


「そう……ッスね。」


「そうよ。だってもう人を殺す事ですら私達には些細ささいな事になっているわ。仲間思いだからこそ……アゲルトは危険よ……。」


 ミーとムーが落ち込んだ時、岩壁下より声がかかる。


「ミー!ムー!降りてこい!!」


 怒りの含まれた声色。アゲルトであった。アジト前にて岩壁の上にいる二人を見上げ、腹の底から叫んでいた。


「……。」


「ミーくん……。」


 ムーは何を言うでもなく、悲しい顔をしながらミーの服を軽く引っ張る。


「……。分かった!今行くッス!」


 ムーを抱き締めようとする自らを律して、ミーはアゲルトへ叫び返す。その顔にはやはり希望はなかった。ズカズカとアジト内に入って行くアゲルトを見送ると、ムーは勢いよくミーを抱き締める。


「私達は……本当にこのままなの……?」


 今にも泣き出してしまいそうなか細い声。ムーに抱き締められ、再び問われたミーはその細く震える体を抱き締め返し、口を開いては何も言わずに閉じる。


(ムーさんが泣いているのに……。俺は気の利いた言葉一つかけられないのか……。)


 そんな悔しさややるせなさを隠すかのように、ミーはムーの体を更に強く抱き締めた。


「そんな事ないッスよ……。絶対……。」


 ようやく出た言葉も、不安に震えるムーには弱かった。


「……絶対。」


 二度発せられたそれは、誰の胸に突き刺さる訳でもなく、静かな朝の森に吸い込まれて消えてしまった。


 --

 -


 アジトの二階。アゲルトの自室前に立つミーは、その手をドアノブへと伸ばしガチャリと開ける。


「来たか……ミー、ムー。」


 机上にて足を組み、自らの使い古された長剣を磨くアゲルトは、入室するミーとムーを見据える。


「なんスか?」


 短くミーはアゲルトへ聞き返す。アゲルトは警戒しているようにも、不安そうにも見えるムーを見てはチッと舌打ちをしてミーを見る。


「短剣と長剣。どっちがいい?」


「……は?」


 思わぬ質問に間の抜けた声をもらしてしまうミー。そんなミーを見てアゲルトは話し始める。


「八年前、お前と契った内容はお前の行動の多くを制限したぁ。俺達を攻撃できない。それなのに俺はお前に武器を持つ事を禁じた。それは、唯一お前に攻撃出来る時があるからだぁ。」


 それを聞いてミーは頷く。


「俺が提示した条件をお前らが破った時……破りそうになった時。その時だけ俺はお前らを攻撃できる。」


「あぁ。その時お前の腰に短剣でもあってみろぉ、血が流れるのは目に見えてる。だから俺はお前に剣を持たせたくなかったし、頻繁ひんぱんに馬鹿共へ言い聞かせたぁ。……それでも、暴力沙汰が消えねぇのはぁ……。」


 ジロッとムーをにらむアゲルト。しかし、ミーがその間に割り入ればニヤリと笑う。


「分かってる。てめぇが俺と契約したのはムーの為だ。だから俺もそこを尊重してるし、提示された条件も守るようにしてる。」


 そう言いながらアゲルトは使い古された長剣をさやに収め、机上から足をどかし立ち上がる。


「なによ……その血……。」


 立ち上がったアゲルトの服にはベットリと血がついており、ムーは思わず眉を寄せてしまう。アゲルトはその様子を後目で見るも、無視して奥へと向かい、鞘に収められた長剣と二振りの短剣を持ってくる。


(……俺の剣。捨ててなかったのか……。)


 ミーがアゲルトの持つ剣を見ていると、アゲルトはつぶやくように言った。


「ダニー班を探しに行ったギリー班が殺された。」


「「っっ!!」」


 ガラリと切り替わる空気。アゲルトは声を荒げる事もなく、物をぞんざいに扱う訳でもなく。静かにいきどおっていた。


「今朝、ユバの奴がボロボロになって帰ってきやがった。そして、確かに俺へと伝えたぁ……。」


 ゴトッと机上に置かれる長剣と二振りの短剣。同時にアゲルトは事実を言うために口を開く。


「ギリー班は全滅。ダニー班も殺された可能性。一人の男の……存在を。」


 ギリッと歯軋りするアゲルトが思い出すは、脱力したユバの姿。荒れそうになる思いを抑えながらもミーをにらみつけるように見る。


「ミー。'命令'だ。その傷だらけの男をここに連れて来い。」


 出された命令。それはアゲルトの言動をミーに理解させる。


「だから剣を返してくれるんスね?ギリー班を殺したって事は、かなり強いだろうから。」


「あぁ。それに、十一人も殺せるイカれた野郎でもある。」


 ミーはそれを聞いて顎を引いた。


「ミーくん……。」


 心配そうにミーの名前を呼ぶムー。ミーはそんなムーを見てはクスリと笑う。


「大丈夫ッスよ。アゲルト……短剣を持ってくッス。」


 机上に置かれる短剣に手を伸ばし、受け取ったミーはしばらくアゲルトを見据えると、目を逸らす事なく二振りの短剣を腰にかける。


「俺も馬鹿共の酔いが覚め次第準備して行く。総動員でだ。だからぁ、見つけた場合は時間稼ぎでも何でも良い。絶対に死ぬんじゃねぇぞぉ?」


「……分かったッス。」


 迫力のあるアゲルトの発言に、ミーは静かに頷くとムーの手を引き退出し、移動するは盗賊団のアジト・倉庫内。

 色んな物がごちゃごちゃと棚に置かれ、場所によっては足の踏み場もない。必要な物は大体手に入る程の品揃えの為、何があるかは分からない。そんな倉庫の中で、ミーとムーは必要な物を漁っていた。


「それ……要るかしら?」


 ミーが手に取った物は毛布。温かそうだが、これから命の駆け引きに行くというのにと、ムーは首を傾げていた。


「な、何が必要かは分からないッスからねぇ。ほら、もしかすると川に飛び込む事になるかもしれないッスよ!」


「ないわよ。」


「っっ!!……ッス。」


 ムーのバッサリとした返答にしゅんとするミーはしかし、空中に創られた黒くて中が見えない次元の穴……'空間収納アイテム・ボックス'に、丸められた毛布を入れる。


「入れるのね……。ま、いいわ。それより、これはチャンスよ!」


 呆れから切り替えるムーは明るい声でミーに言う。'チャンス'と。それは今朝岩壁上にて話した事の続き。しかし、ミーはチャンスが訪れたはずなのに、浮かない顔をしていた。


「そうッスね!……と、言いたいんスけど、先にアゲルトの命令を終えないと……自由に動く事すら厳しいッスよ。」


「そ、そう……だったわね。」


 やっぱり無理なのだとうつむいてしまうムー。そんなムーの様子に胸が締め付けられながらも、ミーはベルトポーチに縄だったり、包んだ干し肉だったりを入れる。


(そう。アゲルトの命令は絶対。命令を終えなければ行動は制限されたまま。果たされなければアゲルトのさじ加減で裏切りとされ。首が飛ぶ……。)


 険しい顔をしたミーは、最後に傷薬を入れて直ぐにムーを抱き締める。


「きゃっ!?な、なによ突然……。」


 いきなり抱き締められて目を白黒させるムー。そんなムーに構わず、ミーはムーの耳元でつぶやくように言う。


「話したい事があるッス。」


「話したい……事?」


 ミーの声色から真剣な話だと察したムーは、頬を赤らめながらもミーの話に耳を傾ける。


(もし、これを口にしたら、ムーさんは首を縦に振ってくれるだろうか……。)


 ミーが胸に抱くはやはり不安。否。答えは察していた。だからこそ、それを聞くのを躊躇ためらっていた。


(いや、話し合えばきっと……。)


 覚悟を決め、ミーが口を開こうとした時であった。


「話したい事って……何の事だ?」


「「っっ!!」」


 誰もいないと思っていた倉庫内に気だるそうな男の声が響く。目を見開いた二人は、バッ!と声のした方向を見た。棚上の高さ様々の雑貨の上にて寝転がる男……アジークは、「いてて……。」と頭と背中をさすりながら起き上がる。


「アジーク。なぜそんな所にいるんス?」


 ムーに向けられる様な優しく穏やかな目とは違う、心底警戒し、嫌悪している目でミーはアジークを見据える。


「……そりゃ俺が聞きたい。俺はなんでこんな所で寝てるんだ?」


 パチパチと目を瞬かせるアジークは、大きな欠伸をする。

 ムーは、腰にある短剣に手を伸ばしているミーの背をさすり、落ち着かせながらも冷ややかな目でアジークを見据える。


「知らないわよ。どうせ酔ってたんでしょ。」


「あぁ?……そういや、酒を飲んだな。くそ、体の節々が痛てぇ……なんたってこんな所で寝たんだか……。」


 パキパキと首の骨を鳴らすアジーク。自身の額に手を置いて目をつむる事数秒。気分の悪そうな顔は落ち着き、「ふぅ……。」と、スッキリしたような顔でため息を吐き出せば、ミームーを鋭く見据える。


「で、話したい事ってなんだ?俺にも聞かせてくれよ。」


「別に。俺がムーさんにどんな事を言おうと、お前には関係ないで……ッスよ。」


 ギロリと睨みつけるミー。その様子を見てアジークはあくびをする。


「どうせ、臭いがキツイとかだろ。バカバカし」


「ムーさんは臭くないッス!めちゃいい匂いッスよ!!ずっと抱き締めていたくなるくらい!!」


 一度離れたムーを再び抱き締めるミーは、おもむろにスースーと匂いを嗅ぐ素振りを見せる。


「んなっ!?やめなさい!!」


「すんぐっっ!?」


 ムーが軽く跳ぶと、ミーの顎に頭が激突する。ゴッと鈍い音が鳴ると、ミーの視界は真っ白に染まり、次に目に映したのは床であった。膝をついた状態でミーは震える手をムーへと伸ばす。


「くっ!……ムーさん……なぜ……。」


「何故じゃないわよ!そう言うのは言うだけでいいの!行動にしちゃだめなの!!」


「なる……ほ、ど……。」


 ぐらりと倒れるミー。白目を向いていた。


「ぇ、ちょっと……!ミーくん!?」


 思わぬ事態に戸惑うムー。ゆさゆさとミーの体を揺らしては反応がない事に顔を青くしてしまう。


「ははっ!アゲルトはよくお前の事をこう言うよ。ミーには要らねぇ荷物だってな。助けようとして気絶させられるんじゃミーもたまったもんじゃねぇだろ。」


 はっはっ!と声を上げて笑うアジーク。そんな彼の言葉を聞き、ムーはギリッと歯軋りをするだけであった。言い返せなかったのだ。


「ほんと……あなた達って最低ね……。」


 キッとアジークを睨むムーの瞳は涙で揺らいでいた。しかしムーは泣かないように胸の内でこらえ、ミーをなんとか持ち上げては倉庫を出て行く。


「んじゃな〜♪」


 そんな二人に手を振るうアジークは、バタンッと扉が閉まったと同時にトッと棚から降りる。


「いやいや、まさかな。」


 ニヤニヤと笑っていたその目は好奇心に染まっていく。それはまるで、何か面白いイタズラを思いついた子供のようであった。


 --

 -


「ムーさん。そこ滑りやすいッスよ。」


「え、えぇ。」


 アジトを出た後、急ぎ足で森を行くミー。そんなミーの後ろをそつなく付いて行くムーの瞳は、不安に揺れていた。


(なによ……。やけに急いで……。やっぱり、さっきの事怒っているのかしら……。)


 聞こうにもミーはぐんぐん先へ歩いて行く。偶に止まっては滑りやすい場所を教えと、普段なら何気ない会話だったりをしながら探索すると言うのに、今回はそれだけであった。


「ミーくん。私疲れたわ!もう少しゆっくり行きましょうよ!」


 嘘である。ムーは疲れてなどいない。何かの事情で急いでいるミーに構ってほしいのだ。


「ムーさん。何年盗賊やってるんス?もうその嘘は通らないッスよ!」


「ぅっ……。」


 当然バレていた。八年前以上の付き合いだというのに、相方の嘘が見破られないはずがなかった。


「じゃぁなんで急いでるのよ……!せめて理由を聞かせてちょうだい!さっきの事を怒っているのなら謝るわ!!」


 むきー!と怒り出すムー。歩く様子のないムーを振り返り見て、ミーは思わず苦笑してしまう。


「……ぁ、はは。別に怒ってないッスよ。さっきのは俺の配慮が足りなかっただけッス。」


「……ほんとに……。怒ってないのね?」


 心配そうなムーの表情を見てミーは戻り、歩み寄っては強く抱きしめる。これは二人にとって信頼の証であるのだ。


「俺がムーさんを怒るはずないじゃないッスか。むしろ頭大丈夫ッスか?」


「……。……それはどっち?」


「ん?ぁあ!!い、いや!違うッスよ!?頭おかしいって言ってるんじゃなくて!俺の顎に頭が当たったから!たんこぶとか出来てないかな?っていう意味で!他に意味は……!!」


 あわあわと弁解し始めるミーを見て、ムーはぷっと吹き出してしまう。


「ふふ……バカね。分かってるわよ。ありがと、ミーくん!」


 くすくすと肩を震わせて笑うムー。途端に嬉しくも恥ずかしくも感じたミー。やり返さなければ気がすまなかった。


「じゃ、もうすぐ川出るッスから、そこで話すッスよ。それまでお預けッス。」


「ぇえ!?そんなのないわ!ずっと不安だったのよ!?」


「へへ……!じゃ、早く行きやしょう。」


 にへっと犬歯を剥き出しにして意地悪く笑うミー。


「ぅう……。……分かったわ。さ!行きましょう!直ぐに行きましょう!今すぐ行きましょう!!」


 すぐ様切り替えたムーはミーの抱擁ほうようから逃れ、らんらんと森を進む。あっという間にミーを置いて行くムー。その動きは実に盗賊八年目がしっくり来るものであった。


「……はぁ。やっぱり、慣れない事はするもんじゃないッスねぇ……。」


 るんるんと進んで行くムーを見て、苦笑を浮かべつぶやきながらも歩き始めるミーだが、「何かしら?」とムーにたずねられてはまたへらっと笑う。


「……な、なんでもないッス……。」


「あら、また隠し事……?これで三つ目。四つ目は怒るわよ?」


「き、気を付けるッス!」


「ふふ!ほら!早く!」


 先程までの張り詰めた様子がなくなったミーに安心したムーは、らんらるんと森を進み先に川へと出る。遅れてガサッと草木をかき分け川へ出るミーは、妙な冷や汗を拭って一息つく。


「ふぅ……。とりあえず、ダニー達は昨日グランツ王国側に向かったって言ってたッスから、上流に」


「ちょっと。」


 そそくさと歩き出そうとするミー。その肩をすぐに掴んだムーは、その鋭いジト目でミーを刺す。


「わ、分かってるッスよ!?せせ、説明ッスよね!?」


「そうよ。まず、さっきなんて言おうとしてたのよ?」


 腰に手を当て、追求モードに入ったムー。その姿を愛らしいなと思いながらも、身を丸めるミー。


「いやぁ、慣れない事はするもんじゃないなと……。」


「慣れない事……?急いでる事に関係するのかしら?」


「というより!全部に関係するッスよねぇ。」


「なら結論から言いなさいよ!?」


「……悩んでて。」


「悩むって……なにをよ?」


 苦笑いを浮かべるミーを怪訝に思ったムー。しかし、真剣になり行くミーの様子に静かに待つ事にした。


「ムーさん。その……。」


 ミーは少し悩んだ末に話す事を決意する。


「ここからは別行動がいいッス。」


「……。……は?ぇ、ど、どういう事よ……?」


 八年間。盗賊になる前も含めるともっと長い年月の間ずっと一緒にいた。二人が離れる時など一日に数える程度。それくらい長い間共に居た相手から言われたのだ。'別行動'と。


「傷だらけの男を捕まえてこいって言われたのは俺ッス。ムーさんは'命令'されてない。だから、例えアジトに帰らなくてもムーさんの首が飛ぶ事はないんス。」


 ムーはミーの言いたい事を大まかに察した。察したからこそ、それは受け入れ難い頼みであった。


「じ、冗談じゃないわ!ミーくんが殺されたらどうするのよ!?相手は十一人……ダニー達も殺ったのだとすると十四人も殺してるのよ!?どのくらい手負いなのかも分からないし!実力だって天井が見えない!一人で行くのは危険よ!!」


(違う……本当に言いたい事はこれじゃない……。)


 それらしい理由を発するムーは、言いたい事が言えない苦しさに唇を噛んでしまう。その頭を過るは、先のアジークの言葉。'ミーには要らない荷物'……。その言葉が胸の奥深くに突き刺さっているからこそ、言いたい言葉が別にあった。


「ごめん……ムーさん。でも、これが成功すれば、俺とムーさんは自由になれるんス!」


 それは今朝方、自分がミーに泣きついて求めたもの。八年間もの間、手を伸ばそうとしても伸ばせなかったもの。'自由'……その言葉を聞いてムーは目を見開いた。


(私は……ミーくんにずっと考えさせてしまってたの……!?)


 自らの過去の言動に胸が締め付けられる。自らがその時その時に求めたものが、自らの大切な者の中で蓄積し、重荷になっているのだと気付いてしまった瞬間だった。


「……。……ミーくん。それは、成功する……のよね?(言いたくない。聞きたくない。)」


「……はいッス。必ず……必ず成功するッス。」


 断言するミーの目は、僅かな不安も含まれていた。しかし、ムーはそれを見ないふりして、静かに首を縦に振った。


「分かったわ。……私は、先にモロッコ王国……下流に向かえばいいのね?」


「……はいッス。だから、これ……。」


 そう言いながらミーは'空間収納アイテム・ボックス'から二振りの短剣の内、一振りをムーに渡す。


「これ……。でも、ミーくんは!」


「ムーさん。俺が、ちゃんと準備してないと思ったんスか?ナタの一つや二つ。もらってきてるッスよ。」


 にへらと笑うミー。そして、その手にはベルトポーチが握られていた。


「傷薬とか、縄とか、いろいろ役立ちそうな物が入ってるッス。少し重たいかもしれないッスけど、持ってってくださいッス。」


 ミーからベルトポーチを受け取ると、ムーは何か言いたそうな顔でそれを腰に巻き付け、落ちないように留め具で固定した。


「で!これッス!毛布!もしかしたら水に落ちちゃうかもッスからね!」


 ミーは取り出した毛布をムーにかけてあげると、にっ!と笑う。


「……ばか。ばかね……。あなた、ほんとうに……。」


 ムーは泣き出しそうであった。ミーが準備していたのは傷男戦に備えてではなく、自分の為。初めからこうなる事も見越していたのだ。込み上げる思い。それを抑えきれないムーは、ミーを抱き締める。


「……死んじゃ嫌よ。絶対に絶対に絶対に!あなたの居場所はあんな所じゃないんだから。……私の隣なんだから……!」


 ぐずっと泣きそうな声を聞いたミーは穏やかに笑い、ぎゅっと、優しく抱き締め返す。


「はいッス。……ムーさん。また、ここに帰って来るッス。」


 出来る事ならいつまでも抱き合っていたい二人。しかし、アゲルトは盗賊らの酒が抜け次第すぐに出撃する。そうなれば、ムーが居ない事がバレてしまう。裏切りがバレてしまう。故に、名残惜しそうにゆっくりと離れるミーは、ムーの焦茶色の瞳を見つめた後、後ろへ下がり……振り返り駆け出す。


(ごめん……ムーさん。直ぐに命令を終わらせてくるから……。待ってて欲しいッス……。)


 ミーは分かっていた。今自分が取った選択が如何に危険な賭けであるかを。アゲルトに見つかってはすべてが終わると言う事も、再び合流出来ると絶対と言えない事も。'短剣一振り'で傷男に勝てるかさえも。


(……ムーさんだけには、傷付いて欲しくないんス……。)


 ミーは上流へ向けて駆け出す。一秒でも早く命令を終え、その後抜け出して戻ってくる為に。


「ミーくん……。」


 タンッ!タンッ!と大きな岩から岩へと跳び、離れて行く最愛の者を見送り、ムーは地面に崩れてしまう。


(……私が言いたかった事……。)


 ミーが見えなくなった途端に襲いくる感情。それは、ずっと我慢していた言葉を吐き出してしまう。


「行かないで……。」


 か細く震える声は何故か。ムーはしばらく涙を流した後、立ち上がると下流に向かって……モロッコ王国へ向かって歩き出す。


「……わぉ……。」


 ミームーが別れた地点。森の中にてアジークは開いた口が塞がらなかった。


「……これは……ねぇ。」


 ジョリジョリと顎髭あごひげを触り、ミーの向かった上流を見て、ムーの向かった下流を見て、アジークは悩ましげにしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ