二人の盗賊
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「……チッ。あいつら……。」
階段を降りる最中、薄暗いアジト一階を見て盗賊団団長……アゲルトは眉を寄せた。アゲルトの見るは酒瓶の散らかった一階の様子。ご丁寧に階段の電気だけ残して他は消されていた。
「仲間が帰ってこねぇってのに、薄情な奴らだなぁ。」
寝室の方から豪快ないびきが聞こえる事から、皆飲み疲れて寝ているのだと推測すると、アゲルトは小さく舌打ちをする。
「チッ。こんだけ飲んでやがるのに、言いつけ守って寝室で寝てるのが余計腹立つなぁ……。」
薄暗い部屋の中、カチャカチャと酒瓶を回収し始めるアゲルト。
(思えば片付けるのはいつも俺だなぁ……。)
「チッ!!気に食わねぇ!!」
態度と裏腹に、酒瓶を回収する手付きは凄まじくスムーズであった。
「大体!飲み過ぎなんだよどいつもこいつも!ここで魔物の襲撃とかあってみろ!?死ぬぞ!?いくらアジト周辺の魔物を狩り尽くしてるからって……と?」
持ち上げた酒瓶がチャプッと音を鳴らすと、グチグチ言っていたアゲルトも黙ってしまう。
「はっ!俺は別に飲みてぇとは」
チャプッと酒瓶から魅力の音色が奏でられると、アゲルトの時制はあっという間に崩れ去る。
「プル。」
「はいさぁ!お呼びで?」
アゲルトが名前を呼ぶと、盗賊……ハゲ頭のプルは階段の手すりをすべり台の如く降り、一分もしない内にアゲルトの元へと訪れる。
「ちょっと付き合えぇ。」
アゲルトが酒瓶を上げる動作をすると、プルはその顔を喜びで染め満面の笑みを浮かべる。
「はいでさぁ!」
その様に返事するプルを見てアゲルトは、ドカッと木の丸椅子に座り、酒瓶に口をつけ飲み始める。
「ぁ、一緒にじゃないんでさか。」
喜びは反転。プルの顔は寂しさに染まるも、すぐに酒の入っている瓶を探して来ては、ちょこっと丸椅子に座る。低身長の彼には、他の盗賊らの座る木の丸椅子は高かった。
「もう日は昇り始めてる。なのに、ダニー達はおろか、ギリー達すら戻ってこねぇ。なんでだ。」
そう言うアゲルトは手に持った酒瓶を傾け、もう一口飲む。その顔は心配そうとも、度数の高い酒を嫌そうにしているともとれた。
「何があったかはわかりやせん……。でも、きっとだいじょぶでさよ!他の盗賊員ならまだしも、なんたってギリーさんでさ。盗賊団員は皆、ギリーさんの指導のおかげで強くなった。死者だって大幅に減少したじゃありやせんか。だから、きっと戻ってきやすよ。ぁ、この酒強い……。」
酒を飲みすぐに顔を赤くするプルは、けほっけほっとせき込んでしまう。
「きっとか……。嫌いな言葉だ。」
アゲルトは残った酒を飲み干して立ち上がる。
「プル。どうせ馬鹿共はかけ布なしで寝てるだろ、かけてきてやれ。」
もう終わり?と言わんばかりにしゅんとしたプルはしかし、アゲルトと同じようにグイッと酒を飲み干すと、にへっと笑う。
「お安いゴホッゴホッ!!」
せき込み、ふらふらと寝室へ向かって行くプルを見送ると、アゲルトはカチャカチャと酒瓶を回収し始める。
「ったく。なんで俺がこんな事……ん?」
しかし、その手もすぐに止まる。入り口にて壁に背を預けて座り込む者が一人。薄暗い部屋の中、ようやくアゲルトの目に止まる。
「チッ。おい。寝るなら寝室に……」
コトッと、空き瓶を机の上に置き、座り込む者へ歩み寄るアゲルトの目が捉えるは、アジトの入り口にて壁を背に座り込むボロボロなユバの姿。
「っっ!!てめぇっ!何があった!!」
即座に歩み寄り抱き支えるアゲルト。その目に映すは、ユバの体に残された噛みつかれた跡や、引っかかれたような跡。噛みちぎられた跡まで。その体は見るに堪えない。
「ぉい……!おいっっ!!」
返事のないユバに焦るアゲルトは、ゆさゆさとその体を揺らすと、「ぅっ……。」と掠れた声がもれる。
「おい!プル!!こっちに来い!!」
「ぁ〜……い。いや、行きやぁ……す……。」
直ぐにアゲルトはプルを呼ぶも、その反応は明らかに酔っている。唯一回復に適性のあるプルが来るのは厳しいと察したアゲルトは、苦虫を噛み潰したような顔で右手をユバにかざす。
「'回復'」
アゲルトの体からごっそりと魔力が抜けると同時に、淡い緑色の光がユバの体を包み込む。じわじわと徐々に徐々にユバの体の傷が閉じていく。しかし、それが応急措置程度だと言う事をアゲルトは理解していた。だからこそ焦っていた。ユバが助からないかもしれないのだ。
「ぁげっ!……ァゲルトさん!!」
グィッとアゲルトの毛皮のコートを引っ張るユバ。手に力が込められると、手の傷が開きコートに血が染み込む。それでも構わず、ユバはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら泣き叫ぶ。
「ギリー班が……ギリー班の皆が傷だらけの男に……。」
ギュッ!とアゲルトの毛皮のコートを掴むユバは、ボロボロと大粒の涙を流しながら、掠れた声で訴える。
「殺されたんだ……!!」
ゲホッ!ゲホッ!と、ユバがせき込むとダラダラ血が吐き出される。ボロボロとあふれる涙は、アゲルトの服の上に落ちる。
「分かったから喋んな!!俺の回復魔法じゃあんま効果ねぇんだ!!」
アゲルトは治しても直ぐに開く傷口に焦り、更に魔力を放出すると、'回復'の威力を高める。しかし、効果の違いはあまり見られない。
「目が覚めたら皆死んでた……!!あいつに違いない……ダニー達もきっとあいつがやったんだ!!あいつがいなければ……死ななかった……。誰も……誰一人もっっ!!ゲゥッハァッ!!」
びちゃびちゃと大量の血が吐き出され、アゲルトの服が血にぬれて行くと同時。全ての力を出し切ったか、ユバの手がアゲルトのコートから離され、ベチャッと、床に広がった血溜まりに落ちる。だらんと脱力して動かないユバの体。アゲルトの体にべっとりと付着した血。
「……。」
アゲルトは倒れて動かないユバを見ては、そっとかざしていた手を握り締める。解除されるはユバを治そうとしていた'回復'。薄暗い部屋の中、アゲルトはつぶやく。
「そう言えば……クソみてぇな世界だったなぁ。」
頭を過ぎるは首を吊る父母の姿。それを呆然と見つめ、やがて泣き出す子どもの姿。
「馬鹿共のせいで忘れてたぁ。」
ビキッとアゲルトの額に脈が浮かび上がる。
「誰だクソ野郎は……。俺の仲間を……家族を殺した野郎は!!」
つぅ……と涙が頬を伝う。薄暗い部屋の中、アゲルトは胸のうちに潜む苛立ちをぶつけるかのように、唇を強く噛み締めた。
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盗賊団のアジトが寄りかかる岩壁の上、昇り行く日を眺め深呼吸する男女が二人。朝の冷ややか空気を全身で感じていた。
グッと伸びをして、息を吐き出した二人は互いに向き直り、その口を合わせ……そっと離す。互いの吐息がかかるくらい顔が近い距離の中、いつもの事のように二人は話し始める。
「ミーくん。私達……本当にこのままでいいの……?」
肩ほどの短い茶髪に、包み込むような優しい焦茶色の瞳。豊満な胸にシュッとしたボディラインからは、盗賊とは思えない程の上品さが感じられる身長百八十程の女性……ムーはミーの首に手を回し、不安そうにつぶやく。
「それはどういう……事ッスか?」
後ろで短くくくる金髪に、何も考えていなさそうでいて、どこか鋭さを感じさせる青色の瞳。ガッチリとした筋肉質な体躯の身長百九十程の男性……ミーは、ムーの腰に手を回しながらも深刻そうな顔で聞き返す。
「私達が盗賊になって八年……。もう、盗賊として終わるのかしら……。」
「そんな事はないッス!そんな……事は……。」
ムーの発言を食い気味に否定するミーであるが、その面持ちはとても希望を抱いている様子ではなかった。
訪れる静寂。先程まで互いを求めあった雰囲気はなく、先の見えない未来に不安を抱き、盗賊という明日をも知らぬ日々の繰り返しに怯えていた。
「ミーくん。私……あなたの事を愛しているわ。」
「……。俺もッスよ。ムーさん。愛してるッス。」
互いに抱き締める。ドクンドクンと互いの心音が心地良く、今この時間だけが一時的にあらゆる恐怖から解き放たれ、唯一落ち着ける時間であった。
「私達……ここを出ましょう……?」
落ち着いた。だからこそムーはミーの目を見つめて言う。丁度、八年前の時と同じように。
「……。……来る者拒まず去る者許さず、裏切りは追いかけてでも必ず殺す。そんなアゲルトが許してくれるッスかね……?」
真剣なムーの発言。だからこそミーは不安に眉を寄せてしまう。
「いつまでも怯えてちゃ何も始まらないわ!まずは一歩から!ね?」
優しく微笑むムーであるが、ミーの顔は相も変わらず不安そうであった。
「ムーさん。俺は……。」
「何よ?不安なの?……私達なら出来るはずだわ!!」
「……そう言ってもう八年。実行しない理由……俺達分かってるんス。だからここに居るんス……。」
ミーの発言。それは事実であった。
盗賊に堕ちた八年前の時から何度と抜け出そうと試みるも、決行できずにズルズルと八年も経った。それは、この盗賊団アジト以外に二人の身を置く場がない為だ。ここを出ると当然、一寸先すら見えない暗闇の中を藻掻く事になるのだ。
「……。」
ムーはミーの発言に言い返す事が出来なかった。それは、ムー自身も不安に思い、抜け出そうと口では言いつつ結局出来ずに居ると言った言動から、答えが知れてしまっているのだ。
「……何だかんだ言って、俺らここに守られてるんスよ。悔しいッスけど。」
「わ、私はそうは思わないわ!忘れたの!?アゲルトが私達にさせた事!」
ムーはミーの弱気な発言に反論した。それは、反論しなければただでさえ決行出来ない脱出を、一生涯かけても出来ない気がしたからだ。
「っっ!!」
ミーは思い出す。提示した条件と引き換えに、'絶対服従'の契約をした八年前の時。そこがミーにとってもムーにとっても地獄の日々の幕開けだと、一ヶ月もしない内に断言出来る程の事をさせられたのだ。
(いつの間にか……当然になってた。)
「そう……ッスね。」
「そうよ。だってもう人を殺す事ですら私達には些細な事になっているわ。仲間思いだからこそ……アゲルトは危険よ……。」
ミーとムーが落ち込んだ時、岩壁下より声がかかる。
「ミー!ムー!降りてこい!!」
怒りの含まれた声色。アゲルトであった。アジト前にて岩壁の上にいる二人を見上げ、腹の底から叫んでいた。
「……。」
「ミーくん……。」
ムーは何を言うでもなく、悲しい顔をしながらミーの服を軽く引っ張る。
「……。分かった!今行くッス!」
ムーを抱き締めようとする自らを律して、ミーはアゲルトへ叫び返す。その顔にはやはり希望はなかった。ズカズカとアジト内に入って行くアゲルトを見送ると、ムーは勢いよくミーを抱き締める。
「私達は……本当にこのままなの……?」
今にも泣き出してしまいそうなか細い声。ムーに抱き締められ、再び問われたミーはその細く震える体を抱き締め返し、口を開いては何も言わずに閉じる。
(ムーさんが泣いているのに……。俺は気の利いた言葉一つかけられないのか……。)
そんな悔しさややるせなさを隠すかのように、ミーはムーの体を更に強く抱き締めた。
「そんな事ないッスよ……。絶対……。」
ようやく出た言葉も、不安に震えるムーには弱かった。
「……絶対。」
二度発せられたそれは、誰の胸に突き刺さる訳でもなく、静かな朝の森に吸い込まれて消えてしまった。
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アジトの二階。アゲルトの自室前に立つミーは、その手をドアノブへと伸ばしガチャリと開ける。
「来たか……ミー、ムー。」
机上にて足を組み、自らの使い古された長剣を磨くアゲルトは、入室するミーとムーを見据える。
「なんスか?」
短くミーはアゲルトへ聞き返す。アゲルトは警戒しているようにも、不安そうにも見えるムーを見てはチッと舌打ちをしてミーを見る。
「短剣と長剣。どっちがいい?」
「……は?」
思わぬ質問に間の抜けた声をもらしてしまうミー。そんなミーを見てアゲルトは話し始める。
「八年前、お前と契った内容はお前の行動の多くを制限したぁ。俺達を攻撃できない。それなのに俺はお前に武器を持つ事を禁じた。それは、唯一お前に攻撃出来る時があるからだぁ。」
それを聞いてミーは頷く。
「俺が提示した条件をお前らが破った時……破りそうになった時。その時だけ俺はお前らを攻撃できる。」
「あぁ。その時お前の腰に短剣でもあってみろぉ、血が流れるのは目に見えてる。だから俺はお前に剣を持たせたくなかったし、頻繁に馬鹿共へ言い聞かせたぁ。……それでも、暴力沙汰が消えねぇのはぁ……。」
ジロッとムーを睨むアゲルト。しかし、ミーがその間に割り入ればニヤリと笑う。
「分かってる。てめぇが俺と契約したのはムーの為だ。だから俺もそこを尊重してるし、提示された条件も守るようにしてる。」
そう言いながらアゲルトは使い古された長剣を鞘に収め、机上から足をどかし立ち上がる。
「なによ……その血……。」
立ち上がったアゲルトの服にはベットリと血がついており、ムーは思わず眉を寄せてしまう。アゲルトはその様子を後目で見るも、無視して奥へと向かい、鞘に収められた長剣と二振りの短剣を持ってくる。
(……俺の剣。捨ててなかったのか……。)
ミーがアゲルトの持つ剣を見ていると、アゲルトはつぶやくように言った。
「ダニー班を探しに行ったギリー班が殺された。」
「「っっ!!」」
ガラリと切り替わる空気。アゲルトは声を荒げる事もなく、物をぞんざいに扱う訳でもなく。静かに憤っていた。
「今朝、ユバの奴がボロボロになって帰ってきやがった。そして、確かに俺へと伝えたぁ……。」
ゴトッと机上に置かれる長剣と二振りの短剣。同時にアゲルトは事実を言うために口を開く。
「ギリー班は全滅。ダニー班も殺された可能性。一人の男の……存在を。」
ギリッと歯軋りするアゲルトが思い出すは、脱力したユバの姿。荒れそうになる思いを抑えながらもミーを睨みつけるように見る。
「ミー。'命令'だ。その傷だらけの男をここに連れて来い。」
出された命令。それはアゲルトの言動をミーに理解させる。
「だから剣を返してくれるんスね?ギリー班を殺したって事は、かなり強いだろうから。」
「あぁ。それに、十一人も殺せるイカれた野郎でもある。」
ミーはそれを聞いて顎を引いた。
「ミーくん……。」
心配そうにミーの名前を呼ぶムー。ミーはそんなムーを見てはクスリと笑う。
「大丈夫ッスよ。アゲルト……短剣を持ってくッス。」
机上に置かれる短剣に手を伸ばし、受け取ったミーはしばらくアゲルトを見据えると、目を逸らす事なく二振りの短剣を腰にかける。
「俺も馬鹿共の酔いが覚め次第準備して行く。総動員でだ。だからぁ、見つけた場合は時間稼ぎでも何でも良い。絶対に死ぬんじゃねぇぞぉ?」
「……分かったッス。」
迫力のあるアゲルトの発言に、ミーは静かに頷くとムーの手を引き退出し、移動するは盗賊団のアジト・倉庫内。
色んな物がごちゃごちゃと棚に置かれ、場所によっては足の踏み場もない。必要な物は大体手に入る程の品揃えの為、何があるかは分からない。そんな倉庫の中で、ミーとムーは必要な物を漁っていた。
「それ……要るかしら?」
ミーが手に取った物は毛布。温かそうだが、これから命の駆け引きに行くというのにと、ムーは首を傾げていた。
「な、何が必要かは分からないッスからねぇ。ほら、もしかすると川に飛び込む事になるかもしれないッスよ!」
「ないわよ。」
「っっ!!……ッス。」
ムーのバッサリとした返答にしゅんとするミーはしかし、空中に創られた黒くて中が見えない次元の穴……'空間収納'に、丸められた毛布を入れる。
「入れるのね……。ま、いいわ。それより、これはチャンスよ!」
呆れから切り替えるムーは明るい声でミーに言う。'チャンス'と。それは今朝岩壁上にて話した事の続き。しかし、ミーはチャンスが訪れたはずなのに、浮かない顔をしていた。
「そうッスね!……と、言いたいんスけど、先にアゲルトの命令を終えないと……自由に動く事すら厳しいッスよ。」
「そ、そう……だったわね。」
やっぱり無理なのだと俯いてしまうムー。そんなムーの様子に胸が締め付けられながらも、ミーはベルトポーチに縄だったり、包んだ干し肉だったりを入れる。
(そう。アゲルトの命令は絶対。命令を終えなければ行動は制限されたまま。果たされなければアゲルトのさじ加減で裏切りとされ。首が飛ぶ……。)
険しい顔をしたミーは、最後に傷薬を入れて直ぐにムーを抱き締める。
「きゃっ!?な、なによ突然……。」
いきなり抱き締められて目を白黒させるムー。そんなムーに構わず、ミーはムーの耳元でつぶやくように言う。
「話したい事があるッス。」
「話したい……事?」
ミーの声色から真剣な話だと察したムーは、頬を赤らめながらもミーの話に耳を傾ける。
(もし、これを口にしたら、ムーさんは首を縦に振ってくれるだろうか……。)
ミーが胸に抱くはやはり不安。否。答えは察していた。だからこそ、それを聞くのを躊躇っていた。
(いや、話し合えばきっと……。)
覚悟を決め、ミーが口を開こうとした時であった。
「話したい事って……何の事だ?」
「「っっ!!」」
誰もいないと思っていた倉庫内に気だるそうな男の声が響く。目を見開いた二人は、バッ!と声のした方向を見た。棚上の高さ様々の雑貨の上にて寝転がる男……アジークは、「いてて……。」と頭と背中をさすりながら起き上がる。
「アジーク。なぜそんな所にいるんス?」
ムーに向けられる様な優しく穏やかな目とは違う、心底警戒し、嫌悪している目でミーはアジークを見据える。
「……そりゃ俺が聞きたい。俺はなんでこんな所で寝てるんだ?」
パチパチと目を瞬かせるアジークは、大きな欠伸をする。
ムーは、腰にある短剣に手を伸ばしているミーの背をさすり、落ち着かせながらも冷ややかな目でアジークを見据える。
「知らないわよ。どうせ酔ってたんでしょ。」
「あぁ?……そういや、酒を飲んだな。くそ、体の節々が痛てぇ……なんたってこんな所で寝たんだか……。」
パキパキと首の骨を鳴らすアジーク。自身の額に手を置いて目を瞑る事数秒。気分の悪そうな顔は落ち着き、「ふぅ……。」と、スッキリしたような顔でため息を吐き出せば、ミームーを鋭く見据える。
「で、話したい事ってなんだ?俺にも聞かせてくれよ。」
「別に。俺がムーさんにどんな事を言おうと、お前には関係ないで……ッスよ。」
ギロリと睨みつけるミー。その様子を見てアジークはあくびをする。
「どうせ、臭いがキツイとかだろ。バカバカし」
「ムーさんは臭くないッス!めちゃいい匂いッスよ!!ずっと抱き締めていたくなるくらい!!」
一度離れたムーを再び抱き締めるミーは、おもむろにスースーと匂いを嗅ぐ素振りを見せる。
「んなっ!?やめなさい!!」
「すんぐっっ!?」
ムーが軽く跳ぶと、ミーの顎に頭が激突する。ゴッと鈍い音が鳴ると、ミーの視界は真っ白に染まり、次に目に映したのは床であった。膝をついた状態でミーは震える手をムーへと伸ばす。
「くっ!……ムーさん……なぜ……。」
「何故じゃないわよ!そう言うのは言うだけでいいの!行動にしちゃだめなの!!」
「なる……ほ、ど……。」
ぐらりと倒れるミー。白目を向いていた。
「ぇ、ちょっと……!ミーくん!?」
思わぬ事態に戸惑うムー。ゆさゆさとミーの体を揺らしては反応がない事に顔を青くしてしまう。
「ははっ!アゲルトはよくお前の事をこう言うよ。ミーには要らねぇ荷物だってな。助けようとして気絶させられるんじゃミーもたまったもんじゃねぇだろ。」
はっはっ!と声を上げて笑うアジーク。そんな彼の言葉を聞き、ムーはギリッと歯軋りをするだけであった。言い返せなかったのだ。
「ほんと……あなた達って最低ね……。」
キッとアジークを睨むムーの瞳は涙で揺らいでいた。しかしムーは泣かないように胸の内で堪え、ミーをなんとか持ち上げては倉庫を出て行く。
「んじゃな〜♪」
そんな二人に手を振るうアジークは、バタンッと扉が閉まったと同時にトッと棚から降りる。
「いやいや、まさかな。」
ニヤニヤと笑っていたその目は好奇心に染まっていく。それはまるで、何か面白いイタズラを思いついた子供のようであった。
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「ムーさん。そこ滑りやすいッスよ。」
「え、えぇ。」
アジトを出た後、急ぎ足で森を行くミー。そんなミーの後ろをそつなく付いて行くムーの瞳は、不安に揺れていた。
(なによ……。やけに急いで……。やっぱり、さっきの事怒っているのかしら……。)
聞こうにもミーはぐんぐん先へ歩いて行く。偶に止まっては滑りやすい場所を教えと、普段なら何気ない会話だったりをしながら探索すると言うのに、今回はそれだけであった。
「ミーくん。私疲れたわ!もう少しゆっくり行きましょうよ!」
嘘である。ムーは疲れてなどいない。何かの事情で急いでいるミーに構ってほしいのだ。
「ムーさん。何年盗賊やってるんス?もうその嘘は通らないッスよ!」
「ぅっ……。」
当然バレていた。八年前以上の付き合いだというのに、相方の嘘が見破られないはずがなかった。
「じゃぁなんで急いでるのよ……!せめて理由を聞かせてちょうだい!さっきの事を怒っているのなら謝るわ!!」
むきー!と怒り出すムー。歩く様子のないムーを振り返り見て、ミーは思わず苦笑してしまう。
「……ぁ、はは。別に怒ってないッスよ。さっきのは俺の配慮が足りなかっただけッス。」
「……ほんとに……。怒ってないのね?」
心配そうなムーの表情を見てミーは戻り、歩み寄っては強く抱きしめる。これは二人にとって信頼の証であるのだ。
「俺がムーさんを怒るはずないじゃないッスか。むしろ頭大丈夫ッスか?」
「……。……それはどっち?」
「ん?ぁあ!!い、いや!違うッスよ!?頭おかしいって言ってるんじゃなくて!俺の顎に頭が当たったから!たんこぶとか出来てないかな?っていう意味で!他に意味は……!!」
あわあわと弁解し始めるミーを見て、ムーはぷっと吹き出してしまう。
「ふふ……バカね。分かってるわよ。ありがと、ミーくん!」
くすくすと肩を震わせて笑うムー。途端に嬉しくも恥ずかしくも感じたミー。やり返さなければ気がすまなかった。
「じゃ、もうすぐ川出るッスから、そこで話すッスよ。それまでお預けッス。」
「ぇえ!?そんなのないわ!ずっと不安だったのよ!?」
「へへ……!じゃ、早く行きやしょう。」
にへっと犬歯を剥き出しにして意地悪く笑うミー。
「ぅう……。……分かったわ。さ!行きましょう!直ぐに行きましょう!今すぐ行きましょう!!」
すぐ様切り替えたムーはミーの抱擁から逃れ、らんらんと森を進む。あっという間にミーを置いて行くムー。その動きは実に盗賊八年目がしっくり来るものであった。
「……はぁ。やっぱり、慣れない事はするもんじゃないッスねぇ……。」
るんるんと進んで行くムーを見て、苦笑を浮かべつぶやきながらも歩き始めるミーだが、「何かしら?」とムーに尋ねられてはまたへらっと笑う。
「……な、なんでもないッス……。」
「あら、また隠し事……?これで三つ目。四つ目は怒るわよ?」
「き、気を付けるッス!」
「ふふ!ほら!早く!」
先程までの張り詰めた様子がなくなったミーに安心したムーは、らんらるんと森を進み先に川へと出る。遅れてガサッと草木をかき分け川へ出るミーは、妙な冷や汗を拭って一息つく。
「ふぅ……。とりあえず、ダニー達は昨日グランツ王国側に向かったって言ってたッスから、上流に」
「ちょっと。」
そそくさと歩き出そうとするミー。その肩をすぐに掴んだムーは、その鋭いジト目でミーを刺す。
「わ、分かってるッスよ!?せせ、説明ッスよね!?」
「そうよ。まず、さっきなんて言おうとしてたのよ?」
腰に手を当て、追求モードに入ったムー。その姿を愛らしいなと思いながらも、身を丸めるミー。
「いやぁ、慣れない事はするもんじゃないなと……。」
「慣れない事……?急いでる事に関係するのかしら?」
「というより!全部に関係するッスよねぇ。」
「なら結論から言いなさいよ!?」
「……悩んでて。」
「悩むって……なにをよ?」
苦笑いを浮かべるミーを怪訝に思ったムー。しかし、真剣になり行くミーの様子に静かに待つ事にした。
「ムーさん。その……。」
ミーは少し悩んだ末に話す事を決意する。
「ここからは別行動がいいッス。」
「……。……は?ぇ、ど、どういう事よ……?」
八年間。盗賊になる前も含めるともっと長い年月の間ずっと一緒にいた。二人が離れる時など一日に数える程度。それくらい長い間共に居た相手から言われたのだ。'別行動'と。
「傷だらけの男を捕まえてこいって言われたのは俺ッス。ムーさんは'命令'されてない。だから、例えアジトに帰らなくてもムーさんの首が飛ぶ事はないんス。」
ムーはミーの言いたい事を大まかに察した。察したからこそ、それは受け入れ難い頼みであった。
「じ、冗談じゃないわ!ミーくんが殺されたらどうするのよ!?相手は十一人……ダニー達も殺ったのだとすると十四人も殺してるのよ!?どのくらい手負いなのかも分からないし!実力だって天井が見えない!一人で行くのは危険よ!!」
(違う……本当に言いたい事はこれじゃない……。)
それらしい理由を発するムーは、言いたい事が言えない苦しさに唇を噛んでしまう。その頭を過るは、先のアジークの言葉。'ミーには要らない荷物'……。その言葉が胸の奥深くに突き刺さっているからこそ、言いたい言葉が別にあった。
「ごめん……ムーさん。でも、これが成功すれば、俺とムーさんは自由になれるんス!」
それは今朝方、自分がミーに泣きついて求めたもの。八年間もの間、手を伸ばそうとしても伸ばせなかったもの。'自由'……その言葉を聞いてムーは目を見開いた。
(私は……ミーくんにずっと考えさせてしまってたの……!?)
自らの過去の言動に胸が締め付けられる。自らがその時その時に求めたものが、自らの大切な者の中で蓄積し、重荷になっているのだと気付いてしまった瞬間だった。
「……。……ミーくん。それは、成功する……のよね?(言いたくない。聞きたくない。)」
「……はいッス。必ず……必ず成功するッス。」
断言するミーの目は、僅かな不安も含まれていた。しかし、ムーはそれを見ないふりして、静かに首を縦に振った。
「分かったわ。……私は、先にモロッコ王国……下流に向かえばいいのね?」
「……はいッス。だから、これ……。」
そう言いながらミーは'空間収納'から二振りの短剣の内、一振りをムーに渡す。
「これ……。でも、ミーくんは!」
「ムーさん。俺が、ちゃんと準備してないと思ったんスか?ナタの一つや二つ。もらってきてるッスよ。」
にへらと笑うミー。そして、その手にはベルトポーチが握られていた。
「傷薬とか、縄とか、いろいろ役立ちそうな物が入ってるッス。少し重たいかもしれないッスけど、持ってってくださいッス。」
ミーからベルトポーチを受け取ると、ムーは何か言いたそうな顔でそれを腰に巻き付け、落ちないように留め具で固定した。
「で!これッス!毛布!もしかしたら水に落ちちゃうかもッスからね!」
ミーは取り出した毛布をムーにかけてあげると、にっ!と笑う。
「……ばか。ばかね……。あなた、ほんとうに……。」
ムーは泣き出しそうであった。ミーが準備していたのは傷男戦に備えてではなく、自分の為。初めからこうなる事も見越していたのだ。込み上げる思い。それを抑えきれないムーは、ミーを抱き締める。
「……死んじゃ嫌よ。絶対に絶対に絶対に!あなたの居場所はあんな所じゃないんだから。……私の隣なんだから……!」
ぐずっと泣きそうな声を聞いたミーは穏やかに笑い、ぎゅっと、優しく抱き締め返す。
「はいッス。……ムーさん。また、ここに帰って来るッス。」
出来る事ならいつまでも抱き合っていたい二人。しかし、アゲルトは盗賊らの酒が抜け次第すぐに出撃する。そうなれば、ムーが居ない事がバレてしまう。裏切りがバレてしまう。故に、名残惜しそうにゆっくりと離れるミーは、ムーの焦茶色の瞳を見つめた後、後ろへ下がり……振り返り駆け出す。
(ごめん……ムーさん。直ぐに命令を終わらせてくるから……。待ってて欲しいッス……。)
ミーは分かっていた。今自分が取った選択が如何に危険な賭けであるかを。アゲルトに見つかってはすべてが終わると言う事も、再び合流出来ると絶対と言えない事も。'短剣一振り'で傷男に勝てるかさえも。
(……ムーさんだけには、傷付いて欲しくないんス……。)
ミーは上流へ向けて駆け出す。一秒でも早く命令を終え、その後抜け出して戻ってくる為に。
「ミーくん……。」
タンッ!タンッ!と大きな岩から岩へと跳び、離れて行く最愛の者を見送り、ムーは地面に崩れてしまう。
(……私が言いたかった事……。)
ミーが見えなくなった途端に襲いくる感情。それは、ずっと我慢していた言葉を吐き出してしまう。
「行かないで……。」
か細く震える声は何故か。ムーはしばらく涙を流した後、立ち上がると下流に向かって……モロッコ王国へ向かって歩き出す。
「……わぉ……。」
ミームーが別れた地点。森の中にてアジークは開いた口が塞がらなかった。
「……これは……ねぇ。」
ジョリジョリと顎髭を触り、ミーの向かった上流を見て、ムーの向かった下流を見て、アジークは悩ましげにしていた。




