無慈悲の森
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太陽が沈み月が登る頃。岩壁にひっそりと建てられた盗賊団のアジトでは怒鳴り声が響き渡っていた。
「ダニー班はどうした!!」
茶髪ドレッドの身長百九十程の男性。毛皮のコートを羽織り、覗く筋肉質な腕には脈がくっきりと浮かび上がっていた。それ程までに手を固く握り締める者は盗賊団団長……アゲルトであった。
アジトの二階。十畳程の広さの部屋の中で、アゲルトは未だ帰って来ないダニー班を待っていた。
「旦那旦那!!まだ帰って来ねぇっ!!」
身長百六十程のハゲ頭……プルは、首筋に脈を浮かべ叫ぶアゲルトに怯えながらも報告する。
「チッ!……馬鹿やって死んでねぇだろうな。」
ドサッと椅子に座り込み、ガリッと爪を噛むアゲルトは外を見た。
(この時間帯に森を行くのは危険。なら朝まで待つか?帰って来れねぇ訳はなんだ?死んだ?それとも怪我?まさか魔獣なんかと遭遇してねぇだろうな?)
喧嘩でもしているのか、一階から聞こえる怒声がアゲルトの思考を乱す。
「アジーク!下の馬鹿共を黙らせろ!」
部屋の外に設置された椅子に座る、無精髭を生やした身長百八十程の色男……アジーク。隣に設置された机に置かれている矢の鏃を研いだり、弓の弦の調整を鼻歌交じりにしていた彼は、作業を一度止め立ち上がる。
「はいはい。まったく、どいつこいつもうるさいねぇ。」
ため息を吐き出すアジークは、鼻歌をうたいながら廊下を歩き、突き当たりの階段を降りると三分とせずに階段を登ってくる。
ーーうぅ……アジークさん……痛てぇっす……。
ーー口で黙らせずに……殴るとは……流石……。
ーーだから止めろって止めたのに……。なんで俺まで……。
一階では、騒ぎを起こした者達が一人残らず拳骨をくらい床に倒れ、思い思いに愚痴っていた。
「アゲルト。馬鹿共はダニー班を探しに行こうとしていた。」
扉から顔だけを出し簡潔に伝えるアジーク。
アゲルトは途端に難しい顔をする。自分自身も探しに行きたいのだ。しかし、昔よりも大きくなった盗賊団。自分だけが行こうものなら全員が動き出してしまう。そしてそれは、無駄な犠牲を生む事に直結する。簡単に夜の森を行こうなど出来なかった。
「……。チッ!絶対に行かせるな!一度でも外へ出ようとした奴に伝えろ。次やったら朝飯は抜きだ!」
「厳しぃねぇ。仲間は助け合い。それがお前の信条じゃないのか?」
「……。うるせぇ。生きてるか分からねぇ奴を探すよりも、これ以上の犠牲を出さないようにするべきだ。」
苛立ちを紛らわせる為に、プルのハゲ頭をペチペチ叩くアゲルト。
「うぅ……アゲルトの旦那〜。あまり頭はぁ……。」
その様子を見てアジークは悩む。既に十二人飛び出して行ったなんて、アゲルト知ったらどうなるか。
(プルのハゲが進行するに決まってる……。それは気の毒だ。)
「既にギリー班が飛び出した。どうする?」
しかし、アジークは言った。プルのハゲをペチペチと叩いていたアゲルトは、一瞬の停滞の後にプルの頭を凄まじい勢いで擦り始める。
「くそっ!くそっ!馬鹿共が!てめぇらまで死んだらどうすんだ!アジーク!他の馬鹿共は行かせるな!絶対だ!!」
「……わかった。」
指示を受け、面倒くさそうに眉を寄せたアジークは、ため息を吐きながら一階へ向けて歩いて行く。
「ああああ……アゲルトの旦那〜っっ!!熱いっす!頭が熱いっすぅぅ!!」
アゲルトは、プルの必死の訴えを無視しながらハゲ頭を擦り続ける。
(ギリー。あの馬鹿が。だが……頼んだぞ。)
凄まじい勢いで擦る手。磨かれて行くハゲ頭。それにはある種、願掛けのようなものがあるのかもしれない……。
トットッと階段を降りるアジークは、地面にて頭を抑えてジタバタ暴れる盗賊らを見て目を細める。
「アジークさん!頭!頭が痛てぇっす!じわじわ来てじっとしてらんねぇっす!!」
「てめぇなんかマシじゃねぇか!俺の頭なんか割れそうだ!血!血ぃ出てねぇか!?」
「痛いって言うから痛てぇんだ!一旦黙ろう!ほら静まれ!!」
「「「……。」」」
「「「やっぱり痛い!!!」」」
「お前らはなんでそうもまぁうるさいんだ……。」
ギャアギャァ叫ぶ盗賊らに頭を抱えてしまうアジーク。
「まぁいい。今日はもう外に出れないと思え。アゲルトの命令だ。」
「はいっ!アジークさん!破ったら!?」
「朝飯抜きだそうだ。」
「「「ブ〜〜〜ッッッ!!!」」」
(くそうぜぇ……。)
怒り任せに殴ってしまいそうになるアジークは、その拳を鎮めながらも気づいた。
「ミーとムーはどこに行った?」
白い歯を見せてゲラゲラと笑っていた盗賊らは、キョトンとした顔で辺りを見回す。
「さぁ?いつもの所にいるんじゃねぇっすか?」
「けっ!アゲルトさんのお気に入りだからって生意気だよな!」
「ま、居ねぇ方が良いって!ミーなんか突然殴ってくっからよ!はははぁ!!」
「ありゃお前がムーに触れたからだろw」
「あぁ?むさ苦しい男共の中に華があるんだぁ!それを我慢しろって!?」
「まぁ確かになwいい思いして殴られるだけなんざ、案外得かもなぁw」
「いっその事!ミーを拘束するかw」
「おいおいw殺されるぞ?」
ミームーの名が出た途端、下卑た話や下衆な話が飛び交うようになった。アジークはジョリジョリと無精髭を擦りながらも考える。
(アジト内に居ないと命令違反になるけど……いつも居る場所だから何とも……ま、いっか。)
「おい今日は飲むぞ!てめぇらと素面で喋るなんざ耐えられねぇ。」
「はっは!酷いっすよ!」
「まぁいいじゃねぇか!おいテメェら!酒が飲めるぞぉ!!」
「「「イェアァァァァッッッ!!!!」」」
ガヤガヤとうるさい盗賊団アジト。
「チッ!馬鹿共が!」
「ァ、アゲルト様〜毛根が!毛根がぁ!!」
「有って無ぇようなもんだろ!!」
「はいぃ〜〜!!」
多少のイレギュラーあれどそれ含め平常運転。
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「ダニー!どこに居る!?ジョニー!ケニー!返事をしろ!!」
大声が一瞬、川の流れる音を凌駕する。
ゆらゆらと揺れ動く光の球が照らすは十二人の盗賊。僅かな痕跡すら見逃さないと言わんばかりの瞳は、獲物を探すかのように森の中から川の中まで睨みつけていた。
「ぎ、ギリーさん。流石にこれ以上の探索は危険じゃ……。」
見つけるまで帰らないと言う空気感の中、盗賊。ごますりのスーリーは先頭を歩くゴリラの様な筋骨隆々とした男性へと危険と伝える。
「そんなの知ってる。でもまだダニー達が見つかってない。」
先頭を行く盗賊。頬傷のギリーは、危険と訴えるスーリーの言葉など、ダニー班を見つけるまで聞く気はなかった。
「俺はな、例え夜だろうと仲間を見捨てる訳にゃ行かねぇんだ。」
「なんでそこまで頑なに……。ダニー班は最底辺……言わば落ちこぼれ。命かけてまで」
「おい。」
グンッ!とギリーがスーリーの胸ぐらを掴みあげる。低く野太い声だった。ザァァ……とやかましい辺りが一瞬静かになったと錯覚するスーリーは、怒りを宿したギリーの目を見て息をのむ。
「次。奴らに対して'命かけてまで'と言ってみろ。俺はお前を殴る。いいな?」
「……は、はぃ。」
ギリーの目力に圧されたスーリーは、胸ぐらを離された後も手が震えていた。
(なんで……そこまで奴らなんかを。俺の方が……優秀でしょうに……!)
スーリーの抱くは嫉妬。しかしギリーは、握り締めたスーリーの拳など無視してさっさと先へ行く。
(俺は……絶対に見限ったりしないぞ。ダニー。ジョニー。ケニー。)
ギリーの頭を過ぎるは、夜の森。魔物に足の肉を噛みちぎられ、明るい内に帰れなくなった日の事だった。ギリーは死を覚悟していた。所詮。盗賊の命など軽い物と、絶望していた。
(盗賊に入りたての頃……手柄も立てられない俺が居なくなったってだけで、アゲルトさん。アンタは探しに来てくれた。俺に手を伸ばしてくれた。肩を貸してくれた。)
忘れるはずもない。真っ暗な森を照らした'光球'の光。自らに肩を貸すアゲルトの姿。そして、遅れて後から続く数名の仲間達。
(まだ数が少なくて……守るもんが少なかった頃のアンタがあの日。俺を助けたから、俺はアンタの様に……ダニー達を見つけ出す!)
探すのに集中しているその瞳は、樹液を吸っている虫すらも見逃さなかった。故に、見つけてしまう。
「なんだ……あれ?」
ギリーの目が捉えるは、僅かな火をちらつかせている焚き火。誰かが居た、もしくは居るという確かな証拠であった。希望を抱いたギリーはしかし、すぐに目を細める。
(俺は……こんな見つかりやすい所に焚き火を起こして良いなんて、教えた覚えはない。)
「人……?もしかしてダニー達じゃ!」
班員の内、一人が走り出そうとするも、ギリーはそれを止めた。
「ダニー達じゃない。絶対に。」
月が真上から降りる頃。ゆっくりと燻っている焚き火へと近づいて行くと、大きな岩に身を預けて眠っている黒とルナがいた。
「ぉいおい……。まさかぁ……こんな所で人が眠っているとはなぁ?」
ガリガリと頭をかくギリーは呆れていた。森の中で寝るなど余程強いのか、余程切羽詰まっているのか。その二つくらいなためだ。
(この男……。どうするか……。俺の目的はダニー班だ。この男じゃない。しかし、盗賊たるもの目の前に獲物がいる以上、手を出さない訳にも……。)
「旦那!どうしたんでさぁ?こんなの捕まえてくださいって言ってるようなもんじゃないか!」
盗賊。舌長のユバはギリーの隣に立っては、すーすーと眠る黒とルナを見てニヤニヤと笑う。
(それにしても……この男……。酷い怪我だ。)
ギリーが黒の体の怪我を見て眉を寄せた直後。
「っっ!!」
ギンッ!と黒の目が開かれる。その目が盗賊らを捉えた直後、黒は顔をしかめてしまう。自らが体を預けていた岩を囲うようにして、十二人もの盗賊が立っていたからだ。
「なんだ……。お前ら。」
目覚めると柄の悪そうな連中が覗き込んでいるのだ。当然、好意的な感情など抱けるはずがなかった。
「ぅ……ん?黒?どうしたの……?ひっっ!!」
続き目覚めるルナ。その目が十二人もの盗賊を映すとたまらず声が出てしまう。
「大丈夫だ……ルナ。何も問題は」
「っと!動くんじゃねぇよ!」
「……。」
ルナの居る位置を変えようとした黒であるが、長舌のユバにナタを向けられては行動を制限される。
「黒……。」
「大丈夫。……大丈夫だ。」
不安そうなルナの瞳。その瞳は涙で揺れ動く。そんなルナを見ては、苦虫を噛み潰したかのような顔をしてしまう黒は、ルナを撫でて安心させる事しか出来なかった。
「旦那。こいつらどうしやしょう?女はともかく、男は体がボロボロで売れるかわかりやせんぜ?」
「……。」
ギリーは再度ボロボロな黒の体を、その黒い瞳を見る。
(嫌な目だ。反吐が出る。)
目を細めたギリーは黒の瞳を嫌った。大人数に囲まれてもなお、抱き締める子供含め自分も生き残る道を探しているような。少しでも隙があれば反撃しそうな……そんな瞳からギリーは目を逸らし、一人で先へ進み始めた。
「ありゃ?旦那?いいんですかい?」
「十二人も要らないだろ。四人。ユバにつけ。その他はこっちに来い。早く探しに行くぞ。」
「あぁ……そう言うね。わかりゃした。おまかせくだせぇ。」
ギリーはニヤリと笑ったユバに背を向けて歩き出す。その後ろをスーリー含めた六人が小走りでついていく。
「てなもんでぇ、お前、どうする?惨めったらしくお願いすれば奴隷コースだけ……ど!?」
直後。ユバは手首を黒に捕まれては、グンッと引かれる。その顎下にぶつかるは黒の掌底。ユバは反応すら出来なかった。
「いいんです?任せても……。こんなところで眠る二人組など、流石にきな臭くて心配で。」
スーリーが他の班員の思いを代弁するかのように口を開く。周りもそれに同意するようにこくりこくりと首を縦に振るうために、実際そう感じているのだろう。
「五人もいれば十分だ。それに、俺はあの目が嫌いだ。」
ギリッと噛を軋ませるギリー。その頭を過るは、長剣を構える金髪の護衛。ズキズキと痛む頬の傷に触れては首を振るい、ダニー達を探す事に専念しようとした。既にギリーは黒の事よりダニー達の事を気にかけていた。背後にて、「がっっはぁ……っっ!!」と声を聞くまでは。
「っっ!!」
直ぐに振り返ったギリー達が目に映すは、森へ向けて弧を描いて弾き飛ばされているユバの姿に、ナタを奪ったのか、峰にて一人、握る柄にて一人と盗賊の首を打する黒の姿。僅かな時間で三人がダウンしていた。
「何してやがるっっ!!」
後方を着いて来ていた班員らを押しのけ、ギリーがギンッ!と黒の方向を睨むとブワッ!と突風が生じる。
「なっっ!!?」
突如として吹き荒れる風。応じる事も許されずに黒は遥か後方へと吹き飛ばれ、強制的にルナと離される。
「黒!!」
黒は驚きつつも身を捩り、ズザザァ……と地面に着すと、ナタを構えながらも困惑する。
(なんだ今の……!?俺が飛ばされた!?何が起こった!?それより……ルナと離された!!)
黒が受けたもの。それは魔法であった。しかし、そんな存在を知らない黒は困惑して当然であった。
(あたしはここに居たらダメだ!)
状況を即座に察したルナは、川に飛び込もうと走り出そうとする。
「おっと!お嬢ちゃん。悪いね、それは許せない。」
しかし、ルナは伸ばされたスーリーの手に掴まれては、引っ張られ捕まってしまう。
「ルナっっ!!」
「動くな!!」
目を見開き駆け出そうとした黒であるが、ギリーの野太い声を聞いてはグッと歯軋りをする。
「離して!はな……せ!!」
暴れるルナ。その目には大粒の涙がたまり、必死になってジタバタするも、男の……盗賊の拘束から逃れるはずがなかった。
「スーリー。倒れた奴を。」
ギリーは弾き飛ばされたユバを横目で見ながらも生存を確認すると、ルナを捕まえたスーリーに命令する。
「はい!ぉわっとと。暴れるなって、おい、誰かこの女を抑えとけ。」
「はい!!」
ギリーの指示に従い、暴れるルナを他の盗賊に預けたスーリーは、倒れている盗賊の元へ駆け寄る。その手が気絶して倒れた盗賊二人に触れるとふわりと浮び上り、両手で持ち上げてはユバと同じ場所にまとめておいた。それを後目にて確認したギリーは、黒を睨み付ける。
「やられたな。兄ちゃん。まさかそれ程強いとは思わなかった。」
ギリーがやられた盗賊のナタへ向けて手を伸ばすと、風が吹き荒れ、浮び上がるナタはギリーの手元へ飛んでくる。
「さっきは見過ごしたが……。その足の怪我……妙に見覚えがある。」
両手にナタを手にしたギリーが睨むは、黒の右足にある何かが貫通したような怪我。ダニーの'飛痺電々(エレ・ラサス)'により出来た怪我である。
「……?……何言って」
当然何を言われているのかさっぱりな黒は、眉をひそめたが直後、風を推進力に急接近したギリーがナタを振るう。
「っっ!!」
反応の遅れた黒であるがカァン!と受け止める事が出来た。バチバチと火花が散る中、ギリーの力に押し負ける黒は、一歩また一歩と下がってしまう。
「あまりとぼけるなよ?……俺は怒りやすい。ダニー達に……何をした!!」
ギギィンッッ!!と突き放され、弾き飛ばされる黒は、ズザッズザザァ……!と地面を抉りながらも止まる事に成功する。しかし、グシュッと腹の傷が開き、止まっていた血が流れ出してしまう。
「くっっ!……知らねぇ!人違いだ!」
力の限り叫ぶ黒であるが、その思いは届かなかった。
「ならなぜ奴らは帰って来ない!!」
「チッ!!」
急接近するギリーがナタを振るい、黒は避けたり流したりするので精一杯であった。
(ダニー?……それってまさか……。)
「待って!その……むぐっっ!!」
盗賊達の怒りが何故かを理解して、叫ぼうとしたルナはしかし、抑えられている盗賊に口を塞がれてしまう。
「わりぃな嬢ちゃん。ギリーさん怒ると怖ぇんだ。少し黙ってな。」
「んんっっ!!んんん!!」
涙を流して抗うルナであるが、ギリーの振るうナタを必死になってさばく黒を見ているしかなかった。
「逃げるなっっ!!」
ギリーの怒号と共に、黒のバランスが崩れる。
「なっっ!まずっっ!!」
ギリーのナタを一撃目交わすも、二撃目を受け止めとめると弾かれる。ズザザァ……!と転がり止まる位置は、背後にギリー班員。目の前にギリーと言う最悪な状況となってしまった。
「んんっっ!!」
「っっ!!ルナ!!くっ!てめぇルナを離せ!!」
苦しそうなルナを見ては、ナタを振り上げて盗賊に接近する黒であるが、その体にスーリーの手が伸びる。同時に、後方の盗賊らの手元からブワッと炎が吹き出る。
「'重力変化'!!」
スーリーが唱えるは重力魔法。黒にかかっていた重力が相殺され、ふわりと体が浮かび上がる。
「なっ!?んだこれ!?」
「んんっっ!!」
驚き叫んでしまう黒に、何も出来ない事が悔しいと言わんばかりに顔を歪めるルナ。体の自由が奪われた黒は抵抗出来ずにスーリーに持ち上げられる。
(俺の体が持ち上げられて……!?)
グンッと黒の視界が乱れる直後、スーリーの手から黒の体が投げられる。
「撃てっっ!!」
「「「「'火炎球'!!!」」」」
未だ驚きから抜け出せていない黒。そんな中、スーリーの上げられる声に応じて、四人の盗賊から一メートル四方の巨大な炎の球体が放たれる。
(ぉいおい……夢だよな?)
目の前が四つの'火炎球'に埋め尽くされては乱される思考。黒は反射的に両腕で顔を覆おうとするも、半ばにて直撃してしまう。ゴゥッッ!!と吹き付ける高熱の炎に全身が焼かれる。
「ぁあっっぐっっ!!」
ギリッと歯軋りする黒は再び遥か後方へ弾き飛ばされ、'重力変化'が解除し地面に落ちる。ザザッ!と地面を転がり止まる。
「げほっ!げほっ!……」
黒の口から血がだらだらと吐き出される。
「立て。まだ何も終わっちゃいない。」
「ぐっ!!」
ギリーが黒の髪を掴み上げると、苦悶に震える黒の体をギリーは蹴り飛ばす。
「かっっはぁ……!!」
体の中の空気を強制的に吐き出された黒は、更に後方へと飛ばされる。ズザザァ……と地面を擦れる黒は、それでも震える体で立ち上がろうとする。
「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」
荒い吐息が黒の口から吐き出される。だらだらと血混じりのよだれが垂れる。無様な姿を見せてもなお立ち上がろうとする黒の目には、大粒の涙を流すルナが映っていた。
「いい加減に吐け。ダニー達はどこだ!!」
ギリーはドゴッ!と石を蹴り飛ばし、風力にて加速させる。弾丸の如き石弾を黒は見切ってなんとか回避するが、回避した方向にギリーのナタが迫っていた。
「くそっ!!」
瞬時にナタにて受ける黒であるが、カァン!!と川側へと弾き飛ばされてしまう。
「がっっ!!……げほっっ!!」
ドゴッと岩にぶつかっては咳き込み吐血する黒。しかし悠長に吐血している暇はなかった。ギリーがナタを振り上げながら迫っていた。
「チッ!!」
ゴロッと横へ転がり込む事で回避する黒。先程までいた位置にナタが振られると、岩に切れ込みを入れられる。
「吹き飛べっっ!!」
ギリーが回避した黒をギンッ!と睨み付けると再び突風が生じ、黒はまたもや吹き飛ばされる。
「ぐっっ!!」
ゴロゴロと地面を転がる黒は歯軋りをする。痛みを緩和させるために。理不尽が続く苛立ちに。何よりも、ルナが側に居ない事に。
(くそ。どいつもこいつも訳わからねぇ!!)
苛立ちをぶつけるかのように地面を殴る黒は、ナタを握り締め震えながらも立ち上がり、ゴリラの様にガタイの良いギリーを睨み付ける。ギリーの顔は怒りに染まり、瞳は悲しみに揺れていた。
「……バカ共だった。やたら個性が濃ゆい所為か、まとまりがねぇし成果も挙げられねぇ。最底辺の笑い者だった……。」
ギリーの頭を過ぎるは、バカ笑いされて悔しそうにするダニー達の姿。自分に頭を下げて教えを乞い、辛くとも必死になって食らいつくダニーに、汗だくでゼェゼェと大の字になって地面に倒れるジョニー。豹変し木に頭を打ち始めるケニー。最後には肩を組んで笑い合う……三人の姿。
「それでも、仲間だった。欠けちゃならねぇ……仲間だった!!」
ギリーの瞳が怒り染まる。同じ盗賊団の一員として。先輩として。仲間として。
ブンッ!と投げられるナタ。風力にて加速されたそれを弾いた黒であるが、思いもよらぬ威力に仰け反ってしまい、二本目は弾けなかった。ブシュッ!と左肩を貫き血しぶきが舞った時であった。
「ぐっっ!!……ぁっっ!!」
意識を失うか否かの境目にて黒は、地面を踏み締める足に力を込めた。
「ぁぁぁぁあああああああっっっ!!!」
腹からの叫び声が上がり、持ちうる全力で跳躍した黒は、ナタを握る手に力を込める。揺らぐ瞳が見据えるはギリーの太い首。
「なっっ!!?」
ギリーは動けなかった。死に足掻く黒の気迫に体が硬直したか、ボロボロでも抗うその姿を恐ろしく感じたか、盗賊ならば何度も体験する……'死'の気配を感じ取ってしまったからか。遅れてギリーは風を纏った拳を黒へ向けて振るう。明らかに黒の方が早い。しかし。
「てめぇっ!こいつがどうなってもいいのか!?」
「んぁっっ!?」
ルナを抑えている盗賊を押し、ルナを引っ張ったスーリーは、その首にナタの刃を当てていた。というより、黒の首から血が出ている事から、スキル'身代わり'が発動しているため、当てているというより既に薄皮を切っていた。
「っっ!!る……な。」
首が切られている事に気づかず目を丸めた黒。揺らいでいたその瞳が正気を取り戻したからか、ナタに遅れが生じ、ドゴッ!!と鈍い音が響く。
「ぶっっ……がぁ……っっ!!」
「黒っっ!?」
ギリーの風を纏った拳が直で黒の顔面に入ると、黒は回転しながら遥か後方へと殴り飛ばされる。グワングワン揺れる視界。その瞳には星空が雲に覆われて行くのが映る。揺れる視界。黒の目には涙が溜まっていた。全身の力が抜け、指先一つ動かす事が出来ない。
(不甲斐ない……。殺すのを躊躇った……。情けない……。ルナがこんなにも遠い……。悔しい……。負けた事が。守れなかった事が。何よりも……立ち上がれない事が……!)
つぅ……と涙が流れる。曇天の空を見上げるその目は何を見るか。それは……限りない暗闇。孤独への恐怖。怒りに憎しみ。死への……絶望。
(死ぬって……こういう事か……。)
黒の目が無慈悲にも閉じ逝こうとする中、ドクンッ……と一度。心臓が鼓動する。
(なんだ……?この感じ……。)
死へと近付く度に黒は違和感を覚える。バキバキとメキメキと体が耳を塞ぎたくなるくらい嫌な音を鳴らしていた。
「黒は……黒はダニーっていう盗賊さんとは関係ない!!」
ようやく声を出せたルナ。その言葉に盗賊全員がルナへ目を向ける。
「その人達はあたしを追いかけてたんだ!川に出たら石ガニと遭遇して、ジョニーって言う人が殺されて、怒ったダニーって言う人と、ケニーって言う人が石ガニに駆け寄った時に竜が来たんだ!皆やられた。石ガニも、君達が探している盗賊さん達も!」
「なんだと……。そんな馬鹿な話が」
「ならこの先に行ってみてよ!食い荒らされた石ガニの死体があるはずさ!」
ルナは分かりやすく怒っていた。目の前で黒が完膚なきまでにやられていて、自分は何も出来なくて。挙句の果てには人質に取られ、それで怒らないはずがなかった。
「……。事実なのか……?」
「あたしが言っても信じないんでしょ。早く見てきなよ!」
ルナは自分を睨むギリーに臆せず睨み返していた。
「おい。」
ギリーは後方にいる盗賊へ目をやった。それは確認してこいという意。
「は、はい!」
振り返り走り出そうとした盗賊。しかし、その目は捉える。ギチギチと嫌な音を鳴らして、ゆっくりと立ち上がる黒の姿を。自分らを睨み付ける形相を。憎悪に染まり行く瞳を。
「ひ、ひぃっ!!」
腰が抜けた盗賊はその場で座り込んでしまう。
「……あ?一体何が……っっ!?」
振り返ったギリーも立ち上がる黒の姿を見ては、目を見開いてしまう。
「なっ……!!……まだ立てるのか!?それ程の傷を負っておきながら!!?」
ギリーは立ち上がった黒を見ては声を荒らげた。ギリー班も皆理解が追いつかないのか、ボケっと立ち上がった黒を見ていた。
(痛い……?)
黒は自らを襲う感覚に違和感を覚える。
(違う……これはもっと別の感覚……。……あれだ。)
---
スキル
'抗う者'
自分より優位な相手との戦闘時、身体能力が倍増。維持される
'窮鼠'
傷が増える度身体能力が一時的に倍増。
---
ギチギチと体が嫌な音を鳴らす中、グッと地面を踏み締める足に力を込める黒。
(感じる……。あの時と同じ感覚だ。)
黒の頭を過るは病院。退院した日の事。力が入らないはずなのに力が湧き上がるような、不思議な感覚。しかし、違いはあった。
「く……ろ?」
ルナは目を丸めた。黒の様子がおかしかったのだ。
淀む黒の瞳。何かが切り替わったかのように。彼の内でそれを許可してしまった瞬間が訪れてしまった。痛みに震える体。自らの血で染まり行く地面。流し過ぎた血は戻らない。立ち上がる事が出来る程回復が著しい黒であるが、その足はやはりおぼつかない。しかし黒はナタを構える。目の前に居る盗賊に……殺意をぶつけて。
(殺さなきゃ居場所を奪われるのなら……。)
パキリと折れる'殺人'に対する理性。いち早く異変を感じ取ったのはギリーであった。明らかに雰囲気の変わった黒を前に、凄まじい悪寒が走ったのだ。
「全員構え」
ギリーは声を荒らげた……が、背後より飛沫する血しぶきを背で受けると、言葉を飲み込んでしまう。バッ!と振り返ったギリーの瞳に映るは、首を両断されたスーリーの姿。そして、ルナを片手で抱き締める黒の姿。その手には、血に濡れたナタを握っていた。
「殺ってやるよ。」
怒りの込められた黒の声は、ピチョンとナタの先から滴り落ちる血の音を際立たせ、直後に訪れる盗賊らの怒号にかき消される。
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静まり返りザァァ……と流れる川の音が大きく聞こえる中。川の流れ来る方から太陽が昇り、地上を照らし始める頃。血まみれの地面が明るみに出る。
地面に転がる'十一'の死体。血に染まる岸辺。そこから移動するかのように、下流へと向けてポタポタと続く血の跡があった。その血を辿ると木と握るナタ、支えてくれるルナに頼りながら歩く黒の姿があった。ボロボロな体はもはや無事な箇所を探すほうが難しく、目を覆いたくなる程辛そうであった。
「はぁ……はぁ……。」
「黒……。だめだよ……一回休もう?死んじゃうよ……。」
ルナの目は心配に染まっていた。同時に少し……恐れも含まれていた。
「ダメだ……。血も肉も多過ぎる……。少しでも離れなきゃ……それこそ死ぬ。」
血を流しすぎたのかその顔に血の気はなく、限界が近いのかその瞳は時おり閉じそうになる。それでも黒は移動する。死なないように安全な場所を求めて。
「黒……。」
ルナはもはや黒の名前を呼ぶしか出来ずにいた。
頭を過るは、黒の一方的な惨殺の光景。瞬きすると一人の首が。震えていると数人の首が。声を出そうとしても出なくて、ただひたすらに盗賊を殺して行く黒が恐ろしくて。十一人と人を殺して、最後に気絶していたユバを殺そうとしたところで、ようやく体が動いた。
(あたしがもっと早く止めていたら……。)
黒の血に濡れた体。しかしルナは気付く。
(もう……傷が閉じてる……!?どう……して?黒……一体、君は……。)
ルナが黒の辛そうな顔を見た時だった。
「キョロロッッ!!」
「「っっ!!」」
黒は瞬時にルナを抱き寄せ、木に身を預けてはフーッフーッと息を殺す。今一番聞きたくない声がずっと後方から薄らと聞こえた。聞いているだけで頭がどうにかなってしまいそうな程不愉快な鳴き声。
そっと顔だけ出して覗き込むと、見えにくいが、自らが殺した十一人の盗賊の死体に何かが近づいていた。黒い瘴気を纏った四足歩行の生物。顔が半分しかない醜い生物……下位魔物は、その異様に長い手を死体に伸ばすと、ブチリと引き千切りかぶり付く。
(……最悪だ。見つかるのは面倒だな。)
黒が息を殺して物音を立てないように移動し始めたその時であった。
チリーン……チリーン……
(鈴の音……?)
鈴の音が鳴った気がした。それが幻聴か否かなど、生きるのに必死な黒には分からなかった。しかし、何か嫌な事が起きる気がしてならなかった。
「く……黒。ぁ、あれ……って。」
ルナの指差す方向。黒はゆっくりとその方向を向くと目を見開いてしまう。
「っっ!!」
森の奥には嫌に光る瞳が無数とあり、全てが黒を睨みつけていたのだ。
「チッ。」
黒は森へ向かってナタを構えながら、ジリジリと離れて行く。それと同時に森の中からその生物は姿を現す。
「はっ。まじか……。」
「ぅ……そ、でしょ……。」
ゾロゾロと姿を現すは下位魔物。無限に居るのではと思ってしまう程の大群に、黒の顔は引きつってしまう。
「安全な場所はねぇのかよ……。この森は……。」
休みたいが休めない。その苦痛は黒の目を諦観で染めるほど。人を殺した淀んだ瞳が見据えるは魔物の群れ。
チリーン……チリーン……
鈴の音が鳴る。幻聴ではないと黒が理解した直後、魔物が動き出す。
「チッ!」
「わっ!?」
黒は重い体に鞭を打ち、ルナを抱き上げては下流へ向けて走る。
「「「キョロロッッ!!」」」
(クソクソクソッッ!!)
足を前に突き出す度に激痛が走る。地面を蹴る度にその力が弱まって行くのを感じる。体が揺れればルナの分の重みが黒にかかる。ギリッと歯を軋ませる黒の顔は、必死そのものであった。
「「「キョロロッッ!!キョロッッ!!ロロロォォッッ!!!」」」
背後から聞こえる叫ぶような鳴き声。耳を塞いでしまいたくなる程の叫び声に、黒が顔を歪ませた直後であった。
「っっ!!」
見開いた黒の瞳に映るは、前方にて飛び出る下位魔物。
「くっっ……そが!!」
ブンッ!と振るったナタが前方から迫りくる下位魔物の首を両断する。しかし、ほとんどの力を込めて振るった黒は、バランスを崩してしまう。
両断面より吹き出る黒色の血。その奥より飛び出るは、黄ばんだ歯を剥き出しにした下位魔物。勢いそのままに、黒の腕に噛み付いた下位魔物。バランスを崩した上に力の働く方向を変えられた黒の体は川の上。
「ぐっ……!!」
腕を噛まれ、激痛故に顔をしかめる黒は、バシャッ!!と魔物と共に川へと飛び込む。
(離れ……ろ!)
激流の中、黒は必死にもがいた。ナタなど手放し、噛み付いて離れない下位魔物を必死になって引き剥がそうとしていた。
しかし水中。元より余力が残ってない上に、殴打する威力も弱まり、なかなか引き剥がせずにいた。赤い血が水中に充満していく。引き剥がそうとする力どころか、意識を繋ぎ止める事すら厳しくなり、そしてゴッ!と岩にぶつかる。
「ぁ……が……っっ!!」
噛み付いていた下位魔物が離れる程の凄まじい衝撃であった。……が故に。
「っっ!!……ル……ナ!」
「黒ぉっっ!!」
黒の手元から離れ、激流に流されて行くルナ。最悪の事態が訪れてしまったのだ。動きの鈍い手を伸ばし、ルナの手を掴めそうになるくらい近づく。
「ルナ……!ルナ!!」
徐々に徐々に。黒とルナの手が離れて行く。黒はなんとかルナの手を掴もうと、体を動かそうとする。
「る……。……。……な……。」
しかし、限界であった。脱力した手ではルナを掴む事など出来ず。流れ行くルナの姿を見ては、苦しそうなルナの顔を見ては、黒の顔は苦悶に歪む。閉じ行く黒の瞳に映るは、流されて行くルナの姿。自分に向けて必死に手を伸ばすルナの姿。
'絶望'
そんな感情を瞳に宿した黒は、まるで糸の切れた操り人形のように、ガクッと意識が途切れてしまう。




