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弱肉強食の世界

 


 --

 -


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」


 必死に森を駆けていたルナであるが、ガサッと森を抜けてしまった。突然照らし来る太陽の光にまぶしく思うルナであるが、目が慣れて来ては……否。目が慣れる前から目の前に広がる光景は音で予想がついていた。


「はぁっ……はぁっ……。川だ……。」


 逃げ続けたルナは、ザァァ……!!と大きな音を立てながら流れる、幅十メートル程の大きな川に出た。肩で息をするルナは途端にのどかわき、水を飲みたい気分になり川へ近づく。しゃがんでキレイな川の水をすくい飲むルナは、体に活力が戻るのを体感する。


「ふぅ……。やっぱり水分は水からの方がいいや。これを黒にも飲ませてあげたいんだけど……。」


 ルナは森を振り返る。


「完全に迷子なんだよね……。」


 そう。盗賊に追われ、逃げている間に「ぁ!黒だ!戻ってこれた!」などあるはずもなく、道なき道をけ続けたルナは見事、迷子になっていた。


(本当にどうしよう……。)


 しゅん……と落ち込んでしまうルナは、その手に握る簡槍を見て込み上げる涙をこらえる。


(あたしは黒に守られてる。大丈夫……。直ぐに会えるさ。)


 泣いてばかりじゃ居られないと胸にちかったからこそ、ルナは泣かない。簡槍を手に持つ間は守られているのだと自分をふるい立たせる。


「問題は……これからどうするか。」


(黒は重症で動けないだろうから……ぁ、やっぱりだめだ、早く黒を見つけないと。)


 黒が重症である事を考慮こうりょしていなかったルナは'直ぐに会える'などという考えを消し去った。動けない黒とどうやって会えという話であった。


「そもそもっ!あたしは薬草を探してたんだ!盗賊なんかと追いかけっこしてる場合じゃ」


 ルナが立ち上がろうとした時であった。森の方から声が聞こえた。その声の主は当然……


 --なぁぁぁん!!見失ったなぁぁん!!ぅあぁぁぁぁっっっ!!


 盗賊らであった。


 --ガキィッ!!どこに行きやがった!……ぉいジョニー!なんか聞こえねぇか!?

 --ダメなんだなぁぁぁん!!川の音がうるさくて聞こえなぁん!!うぁぁぁっっっ!!

 --お前……。耳が使えなかったらくだらん存在だな。

 --なぁん!ダニー!盗賊ケニーにくだらん存在って言われたなぁん!!

 --それを盗賊に言うんじゃねぇよ!てめっ!やっぱ喧嘩売ってんだろ!?

 --ぅう……ぉではただ……。こらぁ子どもぉ!お前の所為せいで怒られたんだなぁん!


 --……はっ!ひらめいた。子ども……!出てくるのならばあめをあげよう!あめっ!!

 --んなので出てくる訳ねぇだろ!バカが!

 --フェッハハァッッ!!うるっさいんだよぉぉぉ!個性負けしてる奴がよぉぉ!!

 --ぁぁぁああああん!!?し!してねぇし!!個性ビンビンだしぃっっ?!!

 --必死過ぎて笑えるんだなぁん!図星なんだなぁん!!

 --うるせっ!てめぇらが濃すぎんだよ!

 --ぃやぁん……。ぉで……められるの慣れてなぁんよ……。

 --ほおを赤らめるなぁぁぁぁっっっ!!!


(……まずぃんだろけど……。なんだろ……この緊張感のなさ……。)


 ジトッとした目で森の奥を見据えるルナは、自らを追う盗賊らに呆れていた。本当に捕まえる気あるのかと、突っ込みたい思いであった。


(いや……捕まりたくはないけど……。)


 --チッ!川だ!川に行くぞ!走り疲れて水でも飲んでるかもしれねぇ!

 --わかったなぁんだなぁん!

 --賛成だ。私も水が飲みたい。

 --休憩きゅうけいじぁねぇぞぉ!?

 --……。わかっている。


(やばっ!こっち来てる!どっかにかくれなきゃ……!)


 あわてて辺りを見回したルナは少し行った所に大きな岩を見つけ、急いでけ寄ってはその陰に身を潜めた。同時にダニーが後頭部をきながらも、ガサッと草をかき分け森から現れる。


「ちっ。まじぃな。完全に見失っちまった……。」


「これはマズイんだなぁん!収穫しゅうかくなしだとまた笑われるんだなぁん!!」


「なに。相手は子どもだ。どうせすぐに見つかる。」


 次いでジョニーとケニーが森から現れる。カクカクと首を左右へ傾げるジョニーと違い、ケニーは周囲を警戒していた。故に、見つけてしまった。地面に残った引っかき傷を。


「っっ!!ダニー!ダメだ。引くぞ。」


 血相を変えたケニーの様子に少しだけ気圧されてしまうダニー。


「な、なんだよ?急に?」


「この辺りは……'石ガニ'の縄張りだ。私はあまり行きたくないぞ。」


 ケニーは辺りを警戒けいかいしながら言う。ダニーは'石ガニ'の名前が出た途端にハッとしてジョニーを見ると、案の定……耳の良い彼は石ガニの名を聞いてしまった。ジョニーはカクカクと首を傾げながらも、呆然と立ち尽くしていた。


「ジョニー。やめろ、思い出すな。」


 ダニーの言葉を聞いてもジョニーはどんどん思い出して行く。自分が盗賊になった日を。


「ぃ!石ガニ!?ぉ、ぉで!ぉでの、ぉでの家族が石ガニにやられたんだぁんっっっ!!!ぉでの人生をぶち壊した奴め……どこにいるんだぁん!!」


 激情するジョニーは走り出し、手当たり次第に巨大な岩をなぐり、粉砕ふんさいしてはあらい鼻息を吐く。


「おぃ……ダニー。なぜジョニーはあんなに怒っているんだ?」


 ダニーの肩を引っ張りケニーはたずねる。我を忘れる程怒るジョニーの姿など見た事もないため、ケニーは驚いていた。


「……。さっさと止めるぞ。」


「……?ぁ、あぁ。」


 悲しそうな顔をしたダニーの頭を過ぎるは、家族が小型の石ガニに食べられる所を泣きわめきながら見る少年の姿。少年を抱えて無我夢中に逃げる自分の姿。ダニーは肩に置かれたケニーの手を払い、さっさとジョニーの元へ行く。


「ジョニー。やめろって!どんなに怒った所で過去には」


「うるさぃんだぁん!ガキの頃……ぉでの目の前で……!ぅがぁぁぁん!!」


 振りかぶったジョニーの拳が、ビシッッ!!とルナのかくれる岩にヒビを入れたとき、ゴゴゴッと地面がれる。


「「「「っっっっ!!!!」」」」


 動き出した巨大な岩に驚くダニー、ジョニー、ケニー、ルナ。空いた地面との隙間すきまから鋭いはさみが二つ。地面に突き付けられてはゴガガッ!と、ゆっくりと岩が持ち上げられる。


「おいおい……マジかよ……。」


 ダニーは、三メートルを容易に超える石ガニの体躯たいくを前に言葉を失い、自然と一歩下がってしまう。


「ダニー。撤退てったいするぞ……。これは三人じゃ……勝てない。」


 岩の下からキョロッとのぞき見る、細長く黒い目がダニーらを見据えていた。何を考えているか分からない石ガニの目を見て、ケニーは声を震わせてしまう。


「ぁ……あぁ……。魔獣……。」


 ガジッ!ガジッ!と横に広がる四対の足に、握った岩を全てボロボロに粉砕ふんさいする一対のはさみ。立ち上がり五メートルを超えた石ガニの陰で腰を抜かしているルナは、その顔に絶望を浮かべていた。


 '魔獣'……。動植物が欲におぼちた生物。準備せずに出会ったのならば……'死'を覚悟するべき存在であった。


(魔獣は下位魔物と違い……三大力が内の'欲力'を扱えて、知能もあるという事……。そしてそれは、遭遇そうぐうしたのなら生き残れる可能性は極……わずかという事……。)


 石ガニははさみを地面に突き立てて動かない。ガリガリとハサミの内側で、ドリルが地面をけずるような音がした。何かを仕掛けているのか、普通ならばなりふり構わず逃げるべきなのだが、ジョニーは見てしまった。


「その……その服は……!!」


 石ガニがもぐっていた地面の底には動物の死骸しがいや骨が大量にあった。狩った獲物の物を集めるというのが石ガニの習性で、気に入ったものは場所を移す時、移住先にも持って行くのだ。それ故に、石ガニの下から被害にあった人の物が出て来るなど良くある話だった。


「ぉでの……妹の……!!」


 わなわなと震えるジョニーの瞳に映る物。それは、数多とあるゴミの上に目立ってある、汚れてボロボロな花柄のワンピース。


「見間違えるはずがなぁんだな……。お前が……お前がぉでの家族を……!!」


 怒り、涙でぐしゃぐしゃになるジョニーの顔。その目が殺意に染まり行く中、ダニーとケニーは叫んでいた。


「やめろジョニー!石ガニは足が遅い!死物狂いで走れば逃げられる!」


「……戦っても勝ち目などないっっ!!逃げるんだ!!」


 ダニーだけでなくケニーも叫ぶ。しかしジョニーの目から怒りは消えず。


「ぅがぁぁぁあんっっっ!!」


 雄叫びを上げ、なぐりかかろうとするジョニー。しかし、そのこぶしが石ガニに届く事はなかった。


「ぅ……が……っっっぁ?」


 足元の地面から無数の小さなはさみが伸びて、ジョニーの体をしっかりとはさんでいた。


 石ガニの欲……それは、略奪。うばう物が傷つかないように無数のはさみを使う。石ガニが背負っている岩も、背中から生える無数のはさみが固定し、背中を守っているのだ。


「キシィ〜ッッ……!!」


 石ガニは握ったジョニーを両断して殺すなどせず、ただ凄まじい力で圧迫するだけで、何が面白いのか、ジョニーの全身を見つめていた。


「ジョニー!大丈夫か!?」


「どけっ……'闇沼ブゥマレ'……。」


 さらさらと素早く地面をおおって行く黒色の液体。ジュワジュワと岩石を溶かし、どんどんと石ガニへと近づいていく。そんな'闇沼ブゥマレ'を見て石ガニは……ジョニーをつかみながら無数のはさみを地面の中へ戻した。


「っっ!!」


 地面にのめり込んだジョニーを見たケニーは、即座に'闇沼ブゥマレ'を解除したが間に合わず。


「あぁぁぁっっっぐぁ!!」


 さらさらと流れる'闇沼ブゥマレ'は、ジョニーを中心に穴の中へと吸い込まれて行く。


「……あぁ……ジョニー……。」


 ケニーは地面にひざをつく。中途半端に'闇沼ブゥマレ'に溶かされたジョニーは、見るも無惨な姿となってしまった。自らの魔法が……助けようとした魔法が……石ガニの遊びに利用された。


「ギジィッ!」


 ケニーが地面にひざを着く中、石ガニはジョニーの体から欲しいと思える物を選出し終えた。無数とあるはさみが、開かれた巨大なはさみの中から伸びる。その行く先は死にかけているジョニーの首。


「っっ!!やめっっ」


 ダニーが叫んだとき。ゴリゴリッと鈍い音が辺りへ響く。


「そんな……。ジョ……ニィ……。」


「……ぁりえない……。こんな事……。あっていいはずがない……。」


 石ガニは、ジョニーから切り取った頭を小さなはさみで掴み、傷つけないようにゆっくりと自らの穴の中へと入れた。その細長い目がとらえるは、喪失感そうしつかんひざをつくダニーとケニー。石ガニは考えていた。'奴らからは何を取ってやろうか?'……と。


「……。」


 ルナは言葉を失っていた。目の前で起きた残酷な死は、彼女に嫌な事を思い出させる。


(あたしは……また、人の死を……。)


 見開いた瞳は揺れる。体は恐怖故に震える。声は出ない。うるおしたはずののどかわいているのか、それともただただ恐怖で押し潰れているのか。


「……ぁ……っっ!!」


 そしてルナは見てしまう。上空から迫り来る生物を……。


「ケニー……。俺たち、曲がりなりにもよ……楽しく生きて来たよな。」


バチッとダニーの体を細い雷が走る。


「……考えてる事はたぶん一緒だ。私は今……無性に腹が立ってる。」


ケニーの足元から宙へ黒色の液体が浮かび上がる。


「同感だ。ここで逃げちゃ……俺達に居場所をくれたアゲルトさんの意思に反するよな……。」


「当たり前だ。仲間やられて逃げるような盗賊には……なりたくなどない!!」


 駆け出したダニーとケニー。

 ダニーのうでにバチバチと弾ける雷がまとわれる。ドクドクとケニーの周囲に高粘度の液体が浮かび上がる。二人の目に映るは何を考えているかも分からない石ガニ。人を何十と殺した恐ろしい二人の鋭い瞳は、上空から放たれる高熱の炎に焼き尽くされるまでずっと、石ガニだけをとらえていた。


 燃え尽きちりと化したダニーとケニー。その二人のちりを踏みつける赤褐色の龍鱗りゅうりんおおわれた筋肉質な足。鋭い爪を地面に食い込ませ、その生物は大きく息を吸う。



「ゴガォォォォォォォォォオオオッッッ!!!」



 上天へ雄叫おたけびを上げるは、五メートルを優に超える赤褐色の竜。龍鱗の隙間すきま稲妻いなずまごとく黒色で染まり、ゴツゴツとした龍鱗は陽の光を反射しギラギラと光る。竜の鋭い瞳は石ガニをとらえており、その口の内側はグツグツと高熱の炎を溜めていた。


「ギッ!ギジィィィッッッ!!」


 突如として現れた竜に動揺がかくせない石ガニ。しかし、何もせずやられるはずもなく、ピシッ!と地面に巨大な亀裂きれつが出来ては、そこから無数のはさみが飛び出し竜をつかもうと伸びた……が、後方へ跳びながら放たれる竜の火炎を前に無意味にも焼き尽くされ、ちりと化してゆく。


「ギギッ……ギィィィッッッ!!!」


 放たれた炎に焼かれながらも、最後の抵抗と言わんばかりに、石ガニは背にある巨大な岩を竜へと振るい、その首を殴打おうだする。


「グガッッッ!?……ガァァァァァァッッッッ!!」


 痛みに怒る竜は石ガニの背負う岩を両足でつかむ。バサバサと巨大なつばさを動かし、地面に食い込ませている石ガニの足を無理矢理引き千切ると、その体をはるか上空へ持ち上げる。竜が上空へ飛び上がる中、石ガニはその巨大なはさみを動かし、竜の足を握り潰そうと最大の力を込める。


「グゴッッッ!!」


 痛みを感じた竜は、龍鱗にヒビが入る前に石ガニを振り払う。地面へ向けて石ガニが落ちる中、ガパリと口を開いた竜は、グツグツとたぎ膨大ぼうだいな炎を石ガニへ向けて放つ。ドゴォンッッ!!と石ガニの体が地面に叩きつけられた直後、次いで膨大な炎が石ガニの分厚い甲殻を焼き付ける。


「ギギギギギィィィッッッ!!」


 痛いと言わんばかりの叫び声が石ガニから上がる中、その炎は、腰を抜かして逃げれないで居るルナにまで迫る。迫りくる炎の壁を呆然とした瞳に映すルナは心の内にて察してしまう。


(あたし……死ん)


 刹那せつな。グンッ!とルナの体が持ち上げられる。


「っっっ!!?」


「ぐぅぅぅっっっ!!!」


 黒は背中を業火に焼かれながらもルナを抱き締め、そのまま深い川の中に飛び込んだ。流れの早い川に勢いよく流される黒とルナは何度も岩にぶつかり、尚も遠くへ流されて行く。水中にて黒は目を開き、朦朧もうろうとする意識を根性でつなぎ止め、きしむ体を必死で動かし岸に上がる。


「はっ!はっ!……はっ!!」


「はぁっっ!……はぁっっ!……はぁっっ!!」


 荒い息が黒とルナの口から吐き出されながらも二人は見た。焼き焦げた石ガニを両足で抑え、その腹に鋭い牙を突き付け噛み砕く捕食者りゅうの姿を。弱肉強食の世界をその目に焼き付けた。ブチッッ!!と石ガニの肉を噛み千切る竜は、ゴクリと飲み込み大きく息を吸った。



「グゴガァァァァァァァッッッッ!!!」



 上天へ上げられる耳をつんざく程の雄叫びは大気を揺るがし、この場に居る全ての生物に絶対たる捕食者は誰であるかを問うた。


 --

 -


 石ガニを食らう竜から少し離れた黒とルナは、安全を確かめた岩の陰に身をかく休憩きゅうけいを取っていた。


「じゃあ……俺の為に薬草を取りに行こうとしてたってだけか?」


「ぅ……うん。結局帰れなくて盗賊に見つかっちゃったんだけどね。ぁ……はは。」


 苦笑いを浮かべるルナは直ぐに悲しそうな顔をする。


「ごめん……薬草採れなかったし、黒の簡槍も竜の居る所に……。」


「要らない。今はルナ以外……全部。」


 黒は後ろからルナを強く抱き締める。それは、諦めていた自らの居場所が無事であった事に。自分の事を思って彼女が動いてくれたのだと知った喜びに。川に入り寒さに震える故に。


「俺はてっきり……」


 そこで黒は口を止めた。


(あの黒づくめの事……。ただでさえ警戒する事が多いのに、変な事を聞かせて不安にさせる必要は……。)


「てっきり?」


「てっきり、俺を見捨てて行っちまったのかと思った。」


 ヘラッと笑う黒。


「そんな事する訳ない!!」


 しかし、ルナにとっては心外な発言であった。


「確かにあたしは何も……出来ないけど。迷惑かけてばかりだけど……!黒を見捨てたりなんか絶対にしない!!」


 声を荒らげるルナ。悲しさや悔しさ、いきどおりに苦しむような、抱きたくない感情が複雑に絡み合ったような彼女の顔。後ろから抱きしめる形の黒にはそれが見えないが、ルナが真剣なのは十二分に伝わった。


「……ありがとな。安心した。」


 ルナの頭をでながら黒は言う。


「んぅ……当然だよ。あたしを見捨てなかったのは黒なんだから。」


 頭をでられる事にくすぐったく思うルナが思い出すは、魔物に追われている所を黒が助けてくれた時の事。こんなろくな人間の居ない森の中で求められる'助けて'に反応し、手を伸ばすなど普通ならばしない。


「……そうか。」


 ルナが自らを見捨てないと断言したためか、安心した黒はうつらうつらとし始める。元々限界を訴えていた体を無視して、森を徘徊はいかいし、大声を出す盗賊を見つけ、魔獣同士の争いに戦慄せんりつし、炎に焼かれようとしているルナ見つけた上に助けたのだ。短な間でも処理しきれない情報量に頭痛がするし、体は馬鹿みたいに痛いし、回復する時間すらないしで、身も心もボロボロであった。


「眠たいの……?」


「いや……眠くない……。」


 しかしどんなに眠くとも黒はもう寝ない。'寝る'という行為は黒の中で嫌な事象のスイッチのようなものであった。目を覚めたら知らない森だし、魔法陣では痛い思いをしたし、その後も継続的に痛い目にうしで。そんな出来事の連続が眠る度に起こっていたら、例え死なないとしても精神が壊れる。故に、自然とルナを抱き締める力が強まる。そこには、もう居場所はうばわせないという黒の確固たる意思があった。


「そっか。じゃ、目をつむったらどう?それだけでも疲れが取れると思うよ?」


「……。……分かった。」


 黒はルナの言う通りに目をつむる。寝ないように意識していた黒であるが、やはりその意識は十秒と持たず、こくりと項垂れて眠ってしまった。


「おやすみ。黒。」


 くすりと笑うルナは、脱力した黒の腕をゆっくりと退け、森に入っては木々を集めき火を起こした。


(黒が起きたら今後の事を話さないとな。仮拠点を探しに行くのか、新しく拠点を作るのか。)


 ルナの頭には相も変わらず人里へ行くと言う意思はなかった。

 森にて盗賊に追われ、自然界の恐ろしさを人の死も相まって知り、'今までの自分は運が良かった'だけなんだと理解した。しかし、それでも彼女は人里に行く気になれなかった。

 黒の立てられた足の間に再びちょこんと座ったルナは、脱力した黒の腕で動かして自分を抱き締める。パチパチと心地よい音を鳴らすき火と、どんなにボロボロであろうと自分を助けてくれる黒の抱擁ほうよう


(あたしは……これ以上の幸せは要らないや。)


 どれ程森が安全でなくても、今流れる心地よい時間が日々に一度あればルナは満足であった。例えその過程で何かが死んでしまったりしても、今自分を包む幸せ以外何も要らないと思えていた。イカれた思考。しかし、ずっと魔物から逃げ続け。何度も人に助けられては災厄を振りき、居場所を失い続けた少女が……まともな精神をしているはずがなかった。


(あたしは……黒が居れば……。)


 心地よい空間に包まれ、ルナの瞳はゆっくりと閉じて行く。


 川の流れ行く先に日が沈む。朱く……赤く……紅くなって行く空は何を訴えるか。一時の安らぎを与えられたと思えたルナは、安心して眠りにつく。


 すーすーと寝息を立てる二人の姿は岩陰に守られる。

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