4 「見学です。」
緊張する椅子から逃れられた、と思っていたのに・・・。
・・・何の拷問ですか。
「食べるか?」
「・・・はい。」
今度はクリスフォード王子の膝に乗せられているリリアナだった。
「・・・ってゆーかさ。みんなもうちょっと緊張感とかない? ・・・これ致死量?」
言ってみたが、誰も反応がなくてフェイランはヤケクソ気味で矢をぶらぶらと振った。
「フェイラン王子でんか。もしチシリョウ、とかだったら危ないです。ちょこっとさわっても危ないってじゅういさんが・・・。あ。」
リリアナが話している間に、ランカがその手を叩き落とした。
相当痛かったのか、フェイランは手どころか腕を抑え悶絶している。
・・・はやっ! 流石、戦姫。こと武器に関しては隙なしだぁ。
口から出る言葉と脳内変換にかなり差があるリリアナは、そう思いながらも“あ。”だけに留めて置いた。その方が何かと波風が立たないのは実証済みだから。
だから脳内変換に関しては家族しか知る者はいない。
「母上っ!」
フェイランの痛みを伴う声に、
「馬鹿もの。何かあってからでは遅いのだぞ。 」
バッサリというランカ。
「だからって・・・いってぇ~・・・。」
ランカの言葉は尤もながら、何も叩き落とす時にっしょに手まで叩かなくても・・・とは言えずに言葉を飲み込むフェイラン。
ランカは基本的に朗らかで鈍感な感じの美人なのがだ、こと戦闘や武器といった血生臭い関係の話になると、武人としての感情が先に立つ。元々ランカの国が男女問わず身分問わずの武力国家だったからだ。
兵役もあり、当然王家は率先して兵役に付くし、それが王女だとて関係はない。
ランカはその中でも特出した武人でもあった。
舞を舞う如き、と称された剣捌きは、ベネディクトにさえ引けは取らない。ただ男女の差故に体力的な問題はあるが、身軽さや素早さを利用して相手の懐まで入り込む術に長けている。
その上、一旦敵と認識すればその剣には容赦がなかった。
自身が血を浴びることも血塗れになることも厭わない、豪傑な姫として有名であった。
豪傑伝説には事欠かないが、国で話される話で一番有名なのは留学早々にベネディクトに喧嘩を売った話だ。
濃い面々を前に物思いに耽っていると、ぷにぷにと横から頬を突かれた。
「オウラン王子でんか?」
「騒がしいだろ? お前の家は静かそうだもんな。」
・・・確かに。
リリアナの家はどちらかと言えば静かだろう。母親も武よりは刺繍などを好むタイプの人だし、兄たちは歳も離れている。ケンカなどした事もない。
・・・でも。
「にぎやかで楽しそうです。」
そう思った。
喧々と言い合うのだって、そこには信頼や愛情があるからだと解っている。
王家の仲の良さは皆の知るところだから。
とんだことになって悪かったな、と双子の王子が言うのに首を振っていると、『詫びに何か見たいものはないか?』と聞いて来た。
・・・“見たいもの”・・・沢山あるけど・・・。
うーっと考えていると、クリフォードが真上から覗きこんでいる。
「何でもいいぞ?」
・・・何でみんなこぞって甘やかしの状態?
とは思ったが・・・。
「王立学園に見学に行きたいデス。」
国王の許可がなければ入ることのできない学園。二人の兄も席を置いている学園を見に行きたい、といってみれば変な顔をされた。
「だめ・・ですか?」
ついベネディクトを見ると
「そんなものでいいのか?」
と返された。
「はい。古いれきしある学園だし、学園長は“あの”リュノー・アクター様だと聞いております。お会いしたいです。」
「あぁ、リリアナは彼の童話が好きだったね。」
そう、童話作家としてこの国どころか世界的にも評価を受けているリュノー・アクター。
「はい。」
この世界には“童話”という読みもののカテゴリーがなかった。そこにまさに彗星の様に現れたリュノー。
彼の描く物語は、今やどの国の教科書にも載せられ、夢や希望を謳っている。
「じゃ、彼に会う許可証と学園を見学して周る権利をリリアナに授けよう。」
ベネディクトはすらすらと一枚の紙を書き上げた。
初の王宮ご招待から1週間後。
やってきました。王立学園。
5歳児が一人で、というわけにもいかず・・・。
「リリアナ様、お手を。」
馬車の扉が開いて、何故かリリアナは抱きあげられいる。
抱き上げているのは、セバスト・デラ・フォークリアン。
屋敷の騎士であり、デレクお抱えの私兵のトップでもある。
デレクお抱えの私兵の面々は少し他と変わっており、その中でもこのセバストの経歴は特出している。
男爵位にある家柄に生まれ、自身長男で在り跡取りであるにも拘らずその地位を弟に委ね、武に生きることを定めた。
そういう者たちは大抵王家に仕えるのであるが、何故か彼はデレクを慕い、しかも私兵を志願した。
デレクの私兵は出身を問わず平民であっても構わないといった特色があり、その性質故、貴族出身であっても優遇はなく完全実力主義の上下関係である。だから今現在その指揮を取るのは、平民出身の隊長で、その指揮下で一番の実力者がこのセバストであった。
指揮を取る者は実質作戦参謀であり、現場には出向かない。現場にはトップが行く。つまり今はこのセバストである。
“平民が立てた作戦など”とか“平民に従えるか”などと言おうものなら、首を切られるのはセバストの方である。そしてその私兵の活動の性質上“首を切られる”というのは、比喩などではなくそのままの意味を持つ。
一旦入ってしまえば、いかなる理由があろうともデレクの許可なしでは生きて抜けることは出来ない、それがお抱え私兵唯一の規則である。
そしてそれは裏の顔。
表の顔は、屋敷の騎士としての顔であった。
それは他の者たちも同様で、表の顔は様々である。
メイドだったり、商人だったり・・・。つまりは、私兵は屋敷にいる者だけとは限らないのである。この辺りがデレクが恐れられる一因ともなっている。
・・・隠密、と言った方がいいかな?
「下ろして?」
鈴が鳴るような声で、そう言ってみたリリアナだったが、にっこりと笑ってセバストはバッサリ。
「嫌です。」
・・・って・・・あの・・・。
「私の唯一の楽しみを奪われるおつもりか?」
・・・唯一って、あのね・・・。
だったら、この注目され度を何とかして欲しい、とリリアナは切に訴えているのである、心の中で。
ひと目で解る部外者の見目麗しい騎士様に抱きあげられて、学園を闊歩しているのだ。 しかも入学前と解るほどの幼い子供が。
目立たないはずがない。
そうリリアナは思っていたのだが、真実は違う。まぁそれもあるが、注目を浴びる最大の要因の一つはリリアナの容姿にあった。
流れ落ちる金糸、稀なる蜂蜜色の瞳。
抜けるばかりの白い肌に、薄く赤い小さな唇。
着ているものは一目で解るほどに上質で、その小さな足を包んでいる靴さえも可愛らしい。
きょろきょろと周囲を見回しているその小動物な仕草に、ほわぁ~とした“萌え”が広がっていたのだ。
学園の関係者であろう男性が、慌てた様子でこちらへ走って来た。
セバストの前で一礼をし、用向きを尋ねる。
「学園長への面会と、学園の見学を。こちらはウェールズ公爵家御令嬢 リリアナ姫でいらっしゃいます。」
と、ベネディクトから渡された封書を手渡した。
「こ、公爵家の・・・面会のお話は聞いております。まずはこちらへ。」
彼が先導しながら、やっとのことで衆人監視の元から隠れることが出来たリリアナであった。
学園に入学すらできない幼い子供であるリリアナを前に、リュノーはただただ固まっていた。
【聴き取れましたか?】
再度口にされた言語。
懐かしい響き。
もう聞くことはないと思っていた、いや聞けないと絶望した言葉。
沢山の言い表し方を持つ、故郷の言葉。
世界で、一番美しいと思った言葉。
その世界で、自分は仕事をし、結婚をし子を持ち・・・。すれ違いや些細な喧嘩を繰り返しつつも幸せな生活を営んでいた。
今思えば、平凡こそがどれほど得難く幸せであったかを痛感している。
満員の電車に揺られ、1時間以上を掛け会社に向かい、時間に追われるように仕事をこなした。特別優秀でもなかったが、そここそ出世もした。
同じ職場の女性と恋をし、結婚をした。
男の子と女の子を授かって、日々の成長を楽しみ、反抗期になった息子とは本気で喧嘩もした。
先に嫁に行った娘の結婚式では、妻に“恥ずかしいじゃない”と言われながらも号泣し、しかし、妻もそう言いながら嫌がっている風ではなかった。
その後息子も結婚し、夫婦2人になった家はやけに広く感じたものだった。
これから夫婦二人、何をやって余生を楽しもうか、と話していたはずだった。
そういう平凡な、でも幸せだと思える生活をしていたはずだった。
・・・夢だと思っていた。
幼い頃から繰り返し見るその夢は、自分の妄想の産物だと。
だって誰一人その世界を知る人はいなかったから。どんなに沢山の本を呼んでも書かれていなかったから。
【芥川 龍之介 私も好きでした。】
部屋に入って来て勧められた椅子に座ったリリアナは、自分の父親くらいの男性に向かってまずは見学の許可をくれたことに礼を言い、出されたお茶を一口飲んで、目の前に座ったリュノーへとにっこり笑ってそう口にしたのだ。
まだ幼いリリアナの口から、流暢なその言葉が流れて来た時、手にしたカップをリュノーは膝の上に落っことしてしまった。
【熱くないですか?】
そしてまた聞こえる言葉。
自分の呟き以外では聞いた事のない言葉。
【聴き取れましたか?】
賭け、だった。
その言葉を問いかけるのは。
でも、多分“そう”だろうと思っていた。
リリアナは、固まってしまったリュノーの反応を、じっと待った。
彼の童話は素晴らしい。
架空の世界で繰り広げられるその話に、皆が夢中になったのは良く解る。
でも、リリアナは違った。
初めて読んで貰ったその話に、身体中が震えた。
絶世の美少女が登場するその話。
5人の求婚者。
無理難題な贈り物。
“帝”ではなく“王”の求婚。
それは衣装や細かい名前や設定が違ってはいたが、確かによく知る話だった。・・日本人、なら。
[竹取物語]
御所車も十二単も出てはこなかったが、竹から生まれたかぐや姫は森の中の花から生まれたフローラという姫に代わっていたが。
調べた。出来る限り調べ上げた。
“リュノー・アクター”という人物について。
商家に生まれ、しかし勉学が得意な二男で。学園にトップで入学、卒業。
その後学園の研究施設に残った後に、教授として鞭を取った。
それと同時に本を出版。
この世界で初めてのお伽話だった。
“博識で穏やか”
それがみなが言うリュノーアクターの印象と評価だった。
出された本は、親指姫や赤ずきんちゃん、桃太郎から一寸法師と西洋東洋問わずお伽話が混ざってはいたが、題名も登場人物の名前も背景の設定も変わってはいたが、リリアナに一つの決定をさせるに十分だった。
この人、日本人だわ。
と。
だったら、会いたい。
会って話がしたい。
それは自然な欲求だった。
別に“帰りたい”とか思っての事ではなかった。
こちらの生活が窮屈なんでも嫌なんでもなかった。
ただ、話したかった。
自分より早くにこちらに転生した彼に、話が聞いてみたかった。
興味本位でもなく、何と言った方が一番近いのか・・・そう、同族意識、とでも言えばいいのか。
だって、自分も“同じ”だから。
この世界では“異質”なのだろうから。
そして彼には記憶が残っているようだったから。
“日本人”だった頃の記憶が。
でないと書けないから。それらの物語は。
だから、会いたかった。
【き みは・・・?】
夢の中でしか口にしたことのないその言葉は、しかしリュノーの口からすんなりと発音された。
その瞬間、横に立つセバストの眉がピクリと跳ねた。
【私は 日本という国の横浜に住んでいた“倉田 奏”です。】
日本。
横浜。
それらは、夢の中の知識として知っている地名。
そして自分も夢の中で住んでいた国の名前。
リュノーの瞳から滂沱の涙が零れ始めた。
【ず…ずっと、夢だと・・・私の妄想、なの だと・・・おもっ・・・。】
リュノー・アクター・・・本名 サイノス・トレイル。商家の二男坊で32歳。