剥奪の世界
報告を終えてその翌日、スズは起きて体を動かすと筋肉痛に見舞われた。乗馬なんて普段の生活でしないため普段使わない筋肉を長時間使って筋肉痛となったのだ。歯磨きや洗顔など身支度をしながら、すぐに痛みが収まらないかと淡い期待をしたがやはり無理だと分かり、リビングに行って声をかけた。
「パドマ、いる?」
「パドマは今朝まだ見てません─。おそらく部屋でしょう─」
ウパラがホットケーキを食べる手を止め答えた。
「ありがとう。今日は休みにしようと思ってそれを伝えようと思ったけど後にするよ」
「もう起きている頃でしょう─。部屋に行くことを勧めます─」
「そう?じゃあ行ってくる。イテテ…」
スズはパドマの部屋の前に行きノックすると「はーい」と返事が聞こえて来た。
「おはよう。今日の兄さん探しなんだけど、私、筋肉痛が酷くて休みにしようと思う」
「りょーかいです」
「パドマは大丈夫?」
「私は平気ですよ~。でもお休みならもうひと眠りしますね~」
「うん、おやすみ」
スズは部屋の前から去り、リビングへ戻って来た。
「パドマに休みを伝えて来た。二度寝するって」
「お疲れ様です─」
「早く兄さんを見つけたいけど、死んだら元も子もないからね」
前回のような危険な世界で体が痛くて集中できなかったり思うように動けなかったりしたら死にかねない。収まるまで大人しくしよう。
「はあ…大学休むことになりそうだな…」
「それでしたら心配ありません─」
「どういうこと?」
ウパラは朝食を食べ終え、フォークを皿に置いた。
「スズさんが元の世界へ戻る時間は調整できます─。ただしスズさんが存在していない時間に限ります─。世界によりますがスズさんの世界のシリーズなら数年過去に戻れます─」
「そうなの?それなら学校の心配はいらないや。いや、それよりも兄さんが消える前に戻って…あ、私がその世界にいるから無理か」
「はい。それから、一度戻った後にやっぱり一週間前に戻ってそこからという形も無理です─。そこで滞在すれば一週間後にスズさんが存在しますから─」
「成程。まあ戻る時間は私が一度帰って荷物持ってこっちに来た直後のつもりだから」
「それなら結構です─。では私はこれから図書館に行ってきます─」
「行ってらっしゃい」
ウパラは皿をキッチンに下げて部屋を出て行った。
その後、スズは朝食を取ってお茶を飲んでのんびりと過ごし、借りている客室に戻ってベッドに横になった。手持無沙汰になり、持ち込んだスマホに有線イヤホンを差して目を閉じて好みの音楽を聴いていると暗くなったのを感じて目を開けた。目の前にフフヴァとハハヴァがやってきてスズの顔を覗き込んでいた。
「わっ、イテッ…何?どうしたの?」
スズは体を動かして筋肉痛を感じ、イヤホンを取って体を起こして2人の方を向いて尋ねた。
「部屋の掃除に来ました」
「いつもこの時間は不在ですが今日は在室です。このまま掃除していいですか?」
「ああ、今日はこの部屋の掃除しなくていいよ。今日は休むから」
「今日一日ここにいるんですか?」
2人は期待の目をスズに向けた。
「基本的にはいるつもり。少し図書館に出ることはあると思うけど」
「やったー!」
2人は喜びで互いの手の平を合わせてパシッと叩いた。
「でもこの部屋は1人でいたいから、一緒に過ごすのはリビングや庭でね」
「分かりました!」
「綺麗にして待ってます!」
「うん。それから今度から掃除要らない時は扉の前に表示しておくね」
「はーい」
2人は嬉しそうに返事して部屋を出て掃除に戻って行った。その後、スズは図書館に行き、自分のいた世界の本の前に行った。文字が読めず何ができるわけでもないが、その世界に不在時なら過去にも戻れると聞いて気になり目の前に来た。ちゃんと本があることを確認したかったのかもしれない。
これで長期不在でも時間を戻して私は失踪したことにならずに済む。ん?待てよ…兄さんも同様に不在時に戻れるんじゃないの?だとしたら失踪自体が無くなり、私がここに来る理由も無くなり…どうなるんだ?
スズが不思議に思って考え事をしているとエンマが通りかかり、足を止めて声をかけた。今日は上からローブを羽織っている。
「やあ。ウパラから聞いたけど今日は休むそうだね」
「あ、はい。筋肉痛がきつくて今日は休みます」
「そう。それならフフヴァとハハヴァと少し遊んであげて」
「そうします。でもあんまり動けないし満足してくれないかもしれませんが…」
「君との交流はまだ新鮮だから些細なことでも幸せに感じて満足すると思うよ。そのうちその幸せに慣れて満足しなくなるけどね」
「そんな…」
「生物とはそういうものさ。さてと、仕事があるからボクはもう行かなくちゃ。じゃ、2人と仲良くね」
エンマはフードを被り、近くの本棚の本を抜いて開くと姿を消した。どこかの世界へ旅立ったのだ。残ったスズはあっけにとられてすぐには動けなかったが、じきに落ち着いて居住空間へと帰った。そしてリビングで休んでいるとハハヴァが気づいてやってきた。
「スズさんスズさん、何かして欲しいことありますか?」
「え?うーん…それじゃ背中を揉んでもらっていい?筋肉痛で」
「分かりました!」
「ちょっと待ってね」
スズは座布団を引っ張ってその上にうつ伏せになり、ハハヴァが上に乗って両手をついて懸命に押した。
「…もうちょい下、行き過ぎ、そこ、おお…」
ハハヴァのマッサージを受けていると、フフヴァもやってきた。
「あー、ずるい。私もやる」
「私が先に始めたんだから取らないでよ」
「そんなの偶々じゃない」
「2人とも仲良く。大丈夫だよ、まだ時間はあるから。これ終わったらフフヴァにも別のこと頼むから」
「…はーい」
フフヴァは不満げに答え、それを見たスズは手を伸ばして彼女の手に触れて微笑み、安心感を与えた。
「一通り済んだかな。ありがとうハハヴァ」
マッサージを終えてハハヴァがどき、スズは起き上がって座布団に座った。
「フフヴァ、肩もみをお願い」
「はーい」
フフヴァはスズの後ろに回って肩を掴んで頑張って揉み出した。
「うん、上手。その調子」
手持ち無沙汰になったハハヴァはスズの前に座り込んで頭を後ろに倒してスズの胸にもたれ、自分を囲うようにスズ腕を引っ張って交差させた。その顔は満足げだ。
「またハハヴァばっかりずるい」
「ずるくないもん」
「後でフフヴァもやってあげるから」
「むー」
その時、リビングにパドマがやってきた。
「おはようございます~。いや、もうこんにちはでしょうか。馴染んでいるようで何よりです~」
パドマはキッチンに回って水を飲んだ。
「今日は休みですから私これからお風呂に入ってきますね~」
「うん。しっかり休んでね」
「それでは~」
パドマは部屋を出て行った。肩もみも終わり、ハハヴァを押して離し、一度立ってソファに座り直して約束通りフフヴァを抱いて座った。ハハヴァは横にきてスズの肩にもたれかかり、3人はうとうととしてぼんやりと過ごした。
翌日、スズは筋肉痛が完全に引いたわけではないが、大体動けるレベルには回復したので次の世界に向かうことにした。
「それじゃパドマ、よろしく」
「りょーかいです~」
パドマの力で次の世界へとやって来て、昼過ぎの公園の針葉樹の林の中に降り立った。葉から漂う爽やかな香りに包まれ、それを抜けると芝生広場に出た。芝生は綺麗に狩り揃えられていて、遠くに歩く人やベンチに座る人が見えた。小さく噴水が見え、近づいて見ると汚れのない真っ白な噴水からは透明で綺麗な水が出ており、浅瀬の部分では小鳥が水浴びして、近くの木の枝で羽を乾かしていた。公園の外へ繋がるレンガブロックの道は凹凸や傾きがほぼ無く綺麗に揃っていた。その上を通って外へと出た。
公園の外の道路もほぼ傷みがなく汚れもなく綺麗で、建物は調和がとれていて美しい。個性がぶつかりあっているのも面白くて好きだが整っているのも綺麗でいい。空気は澄み渡り、遠くに高層ビル群が見え、さらに遠くに山が青みがかって見えた。偶々なのか街の中には女の人ばかりで男の人の姿が見えない。幼い女の子が鞄を持って一人で道路を歩くのを見ておばさんたちが微笑ましく眺めていた。
「まあ、一人で買い物かしら?」
「偉いわね~」
周囲を見渡すと、壁やフェンスなど、様々なところに地図らしきものが張られているのが見えた。そのうちの一つに近づいてよく見ると街の地図ではなく国土の地図だった。他の場所に見に行っても同じ地図だった。
「何で地図がこんなに?それも街の地図じゃなくて」
「スズさんの住んでいたところでは無いのですね。これはおそらく領土のアピールです~」
「世界地図を見れば分かるのに?別に町中に貼ること無いと思うけどな」
「何度も目に入れて慣れさせるのが目的なんですよ~。きっとこれは世界標準の地図とは違います。この国の主張する国境線でしょう~」
「ああ、そういうことか…」
地図だけでメッセージとなる文章は書かれていないが、もしパドマの想像通りならこの地図を貼ることが、領土を得ようというメッセージを示している。
「何見てんの?家に用?」
後ろから声をかけられて声の方を向くと20後半くらいの女が立っていた。
「あ、私たち旅の者で色々と珍しくて」
「へー、こんなどこにでもあるものでも旅人には珍しいか」
女は地図を見た後、その地図が張られているフェンスの奥にあるマンションを指さした。
「私はこのマンションに住んでるんだ。良かったら部屋に来ない?旅の話を聞かせてよ、そっちも聞きたいでしょ?」
「わ~いいんですか~?」
「いいよ。日常はストレス溜まるから、旅人と出会うなんて非日常に巡り合えて嬉しい。あ、そうだ。私はスラーヴャ、よろしく」
「私はスズ」
「パドマです~」
「スズにパドマね。よろしく」
スズたちは案内されてスラーヴャの部屋に来た。広々とした綺麗な部屋で、大量の高級そうな靴が部屋の隅に置かれ、壁には高級そうなバッグがぶら下がり、しっかりとした作りのベッドや机、椅子、ソファなどがあった。
「しまった。ちょっと待って」
スラーヴャはソファにかかっていた服を手に持ち、クローゼットを開けてハンガーにかけて戻した。一瞬見えたクローゼットの中は綺麗でしっかりとした作りの服が大量にあり、全て高級な服に見えた。もちろん、彼女が今着ている服もそう見える。
「そこに座って待っててね」
スズとパドマは示されたソファに座って待った。ソファは素晴らしい肌触りと座り心地、さらに清潔で美しく快適だった。
カットした桃を乗せた皿とお茶を入れたティーポットとティーカップを持ってきた。食器類も美しく、とんでもない高級店に見えた。スラーヴャはお茶をカップに注いで桃の皿と合わせてそれぞれの前に置いた。
「さあどうぞ」
「いただきます。うまっ」
「美味しいです~」
スズはあまりの美味しさにびっくりして咄嗟に声が出た。
「タダ同然の安物の割にはね。もっと美味しいのがあるけど気軽に買えなくてね。貧乏暮らしで毎日安物ばかり」
「こんなおいしい果物が毎日食べられるならもう十分豊かだと思いますけど…」
「そんなことないよ。もっといい物食べてる人がいて、私みたいな貧乏人はどんなに働いても貧乏飯ばかり…嫌になっちゃう」
この人は何を言っているんだ?私の常識とは違うのか?
「豊かだと思うけど…どうしてそう思うんですか?」
「どうしてって…SNS見ていれば嫌でも分かるよ。ああ、自分は負け組なんだと。じゃあ見なきゃいいって?でも見ちゃうんだよね」
スラーヴャは腕を前に出して腕時計らしきものの画面をつけてアプリを開いた。SNSのメッセージや通知が見えた。彼女はそれをよく見ようとしたが、話の最中だからやめようと画面を切って目を背けて誘惑を押しのけた。
「…でも餓死するわけではないのですよね?」
「食料は質を選ばなきゃタダ同然の値段で手に入るからね。こういう最低品質のものをね」
「これが最低品質…」
私の元居た世界ではこれは最上級レベルの味だと思う。これが最低品質か。味覚の違いがあるかもしれないが…。
「この部屋のものも安物ばっかで高いのなんてあのバッグくらい。頑張って働いてもそれしか買えないんだもんなあ…」
スラーヴャは不満げに文句を言って桃にフォークをブスリと強く刺した。スズの目にはどのバッグも高級に見えて差が分からなかった。それよりもそれ以外のものが全て安物ということに驚いた。もしかしてここはユートピアなのでは?今まで巡った世界みたいに人間を脅かす強い生物もいないようだし。
「ふうん…」
不思議な気分だ。私の世界ではお金持ちの生活を庶民がしていてそれに文句を言ってるなんて嫌味に聞こえる…。私だったら…いや、考えてみれば私も昔の貴族しかできなかったような生活をしていた。何気なく食べている物は昔では庶民には食べられなかったし、シャワーや風呂に毎日入れるし、ベッドや服だって清潔、娯楽は追いきれないほどで選び放題。でも、もっといい生活をしている人がいることを知っていて、自分は豊かじゃないと感じている。
私も彼女も似たようなものかもしれない。尤も私は彼女ほど他者と比較しているわけじゃなくて、安物であろうといい物はいい物だと思って幸せは感じられる。それに働いている社会人の彼女と学生の私では将来への不安は違うだろう。例え最初から豊かでもそれ以上の成長性を感じなかったり、報われないと感じたりしていれば学生の私より不満は大きいはず。
「私たちはもっといい生活を送ってもいいはずなのに、これも外国に富を奪われたせい」
「そうなんですか?」
「私たちの国は200年近く前の最盛期はもっと広大な領土を持っていた。だけど独立されて持っていかれた」
スラーヴャはタブレットを出して机の上に置いて地図を出した。それは街中で見かけた地図だった。大きな国土を持つ国はゼータ国と書かれている。
「これが本来の領土、そしてこっちが国際社会が主張する領土」
ページを変えるとさっきよりも小さい国の領土となっていた。周囲に他の国がいくつか出来ている。
「ベータ国とシータ国は特に裕福で、私たちよりいい生活をしていた。あの繁栄は本来私たちが受け取るべきもの。奴らに奪われたんだ。それを取り戻すことでこの惨めな屈辱の歴史は終わり、その先に豊かな生活が待っている」
「そ、そうなんだ…」
スズは相手の勢いに困ってパドマをちらりと見たが、パドマは話を聞きながら目を閉じてティーカップを口許に持って来てお茶の香りを楽しんでいて気づかなかった。
「今は領土を得るべく男たちが戦っている。機械化してるとはいえ、機械を運ぶのに腕力も体力もいるから男の仕事なんだ」
「え?侵攻しているということですか?」
「侵攻と言うと人聞きが悪いな。奪還だよ」
「戦争中にしてはこの辺りは平和そうですね~」
「戦場は遠いからね。男手が足りなくて困ることはあるけど皆頑張ってるんだから文句言うのもね」
スラーヴャはタブレットを操作して戦線の載っている地図を出した。ベータ国とシータ国の中に制圧地域の色が塗られていた。
「……」
スズは様々な情報を得て頭が混乱してきた。
「スズさん、お疲れですか~?そろそろお暇しましょうか~?」
「ええー、私の話ばかりじゃん。あなたたちの話も聞きたいな」
「それもそうですね~。私は旅から着想を得た作り話ならできるのですがそれでいいですか~?」
「本物の話じゃないの?個人が特定できないようにかな?まあ面白そうだからいいよ」
「はい、それでは~」
パドマは作り話という体でどこかの世界の話をした。現実離れした話にスラーヴャは暫し現実や日常を忘れて夢見気分だった。パドマの話を聞き終えると満足そうにソファの背にもたれかかって息をゆっくり吐いた。
「それじゃそろそろお暇しますね。ごちそうさまでした」
「お話ありがとうございます~」
「もう終わりかあ。日常から少しでも離れられて楽しかったよ。元気でね」
スズとパドマは部屋を出て、近くの公園へとやって来て噴水の前に座った。背後から水の吹き上がる音と振動が伝わって来た。
「パドマ、あなたの力でこの戦場になってるベータ国とシータ国に行けないかな?力を使うと図書館へ戻る力無くなる?」
「しばらく図書館に戻れなくなりますね~。図書館世界でなければ私の力は効率よく回復しませんから~。それに戦地に行くのは危険ですよ~」
「…そうか。そうだよね。ここで死ぬわけには行かない」
「どうして行きたいんですか~?」
「私の力じゃ大したことはできない。でもせめて知っておきたい」
「この世界にはインターネット相当のものがあるようです。どこかに入って調べましょう」
「実物は見れないか。真偽はどれほどか…まあとにかく見てみよう」
2人は街を歩いてネットカフェらしき場所に来た。図書館の力で文字は読めたがキー入力が未知の言語で最初は出来なかったが、パドマが一時的に自動翻訳から手動翻訳に切り替えたことで入力可能にして手間はかかったが何とか打てた。
調べたところ侵略に関する記事がいくつかあった。外国から見た視点で描かれたものを色々とまとめると以下のようなものだった。うち1つにあった10代の少年の記録が印象的で一部を抜粋する。
ゼータ国の侵略を受けて私の日常は奪われた。一度は占領された故郷の街から敵は撤退したが、大きな傷跡が残った。家も店も道路も街のあらゆるものが破壊され、家族や友達、多くの人を失った。占領軍に連れ去られた姉は帰ってきて間もなく自殺した。連れ去られたまま帰って来ていない友人たちが多々いる。今頃どうしているだろうか。
ゼータ国は侵略して得た昔の大帝国の版図を正統な領土だと主張している。自分たちはもっと評価されるべきで、この程度の暮らしを送るのは外国に奪われたからだと多くの人が考えている。そして奪われたものを取り戻すことと最大版図の黄金時代を取り戻すことが結びついている。しかしその時代に生きていた者はもういない。体験したことのない時代だから好きに想像でき、素晴らしいものだと想像している。想像の中にしかない理想郷を求めているのだからそこにたどり着くことはありえない。
「ふう…」
同じ奪われたというのも全然違うな。相手が自分より豊かだから自分が得るはずだったものを取られたと考えるのと、実際に侵略されて奪われている現実か。どうしてこうなってしまうんだろう。人間と別種族の生き方の違いではなく、人間同士というのがやるせなさを感じる。
「スズさん大丈夫ですか~?」
「大丈夫。想像したら心苦しくなって…。私には彼らを救えない無力さも心苦しい」
スズはイラついて髪を乱暴に掴んでかき上げ、手を離しながら溜息をついた。
「…もう追跡装置は使えるかな?」
「はい。できると思います~」
「じゃあお願い」
「了解です」
パドマはモニターを出してスズの腕輪にケーブルを繋げて解析を始め、スズは待っている間に壁を眺めながら考えた。
恵まれていても相手と比較して満たされず苦しむ。逆に不幸な相手を知って、自分は恵まれているのだから悩む資格はないと考えるのもまた比較している。
生きている限り不足を感じて苦しみがある。空腹を感じなければエネルギー不足に気づかず死ぬし、他者と比較して自分の立ち位置を理解しなければ居場所ができずに死ぬ。ただ、それでも食べすぎは体に毒だし、比較し過ぎも体に毒だろう。生きるための苦しみで十分だ。毒で余計に苦しまないようにありたい。
「出ました…が、3つの世界を出入りした痕跡があります。うち1つは前の世界なので2つ」
「え?2つ?分裂…いや一度出た後にまたここに戻ったのかな?」
「その可能性はあります」
「どちらかが行き止まりで無駄足踏むかもしれないね」
「そうです。しかし実際に訪れて確かめないと分かりません」
「じゃあ順番に試すしかないか。分かった。ありがとう。ここを出て一旦帰ろう」
「了解です」
パドマはモニターとケーブルを消して煙にした。2人は店を出て人気のない林に入って開いたゲートを通って図書館に戻って来た。
エンマに報告に行った後、居住空間に帰り、リビングに寄るとフフヴァとハハヴァが駆け寄ってきた。先に近づいたハハヴァをフフヴァが引き離そうと引っ張った。
「ハハヴァばかりずるい」
「フフヴァはそう言って多く取るつもりなんだ。そっちがずるい」
「待って2人とも。聞いて」
スズは片膝をついて2人に腕を回して抱き寄せ2人の頭を胸に乗せた。すると2人は動きを止めて大人しくなった。
「そうやって相手と比べてばかりいたら幸せを逃してしまう。私が見て来たことを話す」
スズたちはソファに移動し、スズは2人に優しく語りかけた。それによって2人を不毛な争いから救い出すことができ、同時にスズの心も少し救われたのだった。
今回は生活が良くなったくらいの変化の世界だったので、次回はもう少し変化付けた世界の予定です




