学園寮の世界
居住空間の客室でスズはベッドに横になり、次の行先を考えているうちに段々と解析そのものが合っているのか不安になってきた。前から感じていた管理人代行への不信感も同時に高まった。
あの人が本当のことを言っているとは限らない。あの追跡機が本当に追跡できているのかどうか。いくら探しても兄さんは見つからず、連れまわすことでデータ収集に利用しているのかもしれない。…しかし、もし本当なのかしつこく聞くとじゃあもう協力しないと引き上げられるのも困る。ただの直感だけど兄さんは元の世界にはいなくてどこか異世界にいる。現状、世界渡りにはこの図書館の人たちに頼るしかない。
そもそも本当にあの人は代行なのか?実は管理者そのもので、自分が倒されてもどこかにいる本物の管理人がまだ控えていると思わせるために代行と名乗っているのかもしれない。まあ私は兄さんを見つけて帰ることが目的で管理人の座を狙ってるわけじゃないから、どちらでもいいことか。とにかくもう少し様子を見るしかないか…。
その後、夜の居住空間の庭先でスズとパドマは2人きりで話をした。
「行き先は2つ候補があるんだよね。どっちから行くといいかな?」
「私には判断しかねます~」
「どんな世界か知ってる?」
「まだ知らないです~。私は図書館の本は時間をかければ読めますが、説明が難しくてスズさんに誤ったイメージを根付かせてしまうかもしれません~。スズさんの理解の妨げになってしまいます~」
「そうか…。じゃあとりあえず居住空間から近い方の本棚にある方から行こうか」
「りょーかいです」
「じゃあ明日よろしく」
「はーい」
2人は建物の中に入って休み、翌日、近い方の本棚にある本を選び、その世界に入った。
林の中、積もる黄色の落ち葉の上に落ちた。それによって落ち葉の隙間にあった空気が押し出され、キャラメルのような香りや土や草の香りがふわっとした。日が傾きかけている昼下がりで、立ち上がって周囲を見渡すと制服を着たハイティーンらしい人たちがブロックで舗装された道を歩いているのが見えた。奥にガラスと白い塗装で照り輝く大きな建物が見え、手前には同じデザインの4つのマンションのような建物が見えた。
とりあえず林から出て道の上に出て、近くにある看板を見ると、アテンフクロー学園構内図とあり、あの白い大きな建物が校舎、4つのマンションのような建物が寮だと分かった。寮の名前は登頂寮、円卓寮、鋼鉄寮、調和寮で、遠くから見ると同じだが玄関部分はそれぞれデザインが違うらしく、案内図にはそれぞれのデザインが載っていた。
「ここは学校で彼らは制服を着た生徒たちってことか。校舎は授業中かもしれないけど寮にはこの時間空いている生徒がいるかもね」
「じゃあ寮に行って話を聞きますか~?」
「そうだね。そうしよう」
スズたちは地図を確認してから寮へと向かった。
寮は十字路で区切られてそれぞれ建っており、十字路の部分はアーケードとなっていて、天井は白い布で覆われて直射日光を遮りながら拡散させて道を照らしていた。制服の生徒たちの中、異なる服を着ている2人は浮いていたが、業者や学校関係者かと思われ、知らない人がいるとは思われたが特別警戒されることはなかった。
「どの寮がいいのか分からないし、どうするかな?」
「全部回れば良くて、最初はどこからでもいいのでその辺の人に声かければいいですよ」
「それもそうか」
「では早速、すみません~」
パドマは近くの男子生徒に声をかけた。
「私は旅人のパドマ、こちらも旅人でスズさんです~。この地のことを知りたくてお話を伺いたいのですがよろしいですか~?」
「いいですよ。僕はユウタ。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします~」
「よろしくね」
「寮に入ったところに椅子があります。立ったままではなんですからそこで話しましょう」
「はーい」
3人は寮に入り、いくつかある丸い小さな机の一つを囲んでその前にある椅子に腰かけた。辺りには穏やかな音楽が流れ、他の席には生徒たちが何人か話をしているが、音楽によってはっきり聞こえなかった。
「まず何から話しましょうか?」
「この学園のことを教えて」
ユウタは少し驚いたが気にせずに説明を始めた。
「ここアテンフクロー学園は高等教育の進学校です。全寮制で学生は4つの寮のいずれかで生活します。寮の気風は個人と集団、自由と抑制の二軸の組み合わせからなります」
個人・自由、個人・抑制、集団・自由、集団・抑制の4通りということ。
「僕の所属するここ、円卓寮の気風は集団と自由。集団のルールを寮生の話し合いで決め、それを守る限りは後は自由です。例えば話し合いで決めた掃除当番が回ってきたらやらないといけませんが、当番じゃない時はどこで何をしていても何を考えていてもいい訳です」
「ビジネスライクって感じ?」
「それに近いですね。でも全く交流が無いってわけではないですよ。花見会のような寮生の交流会は少しですがあります。普段から心の在り方を人に決められることもなく、かといって全て一人でやるのではなく、合意できることに関しては力を合わせて集団の力を使える。この程々な具合が僕には合ってます」
「成程ね」
元居た世界、私の住んでいたところで馴染みのある考え方だ。
「僕ら兄弟はみんな違う寮で…」
話している最中に携帯電話の音が鳴り、ユウタは顔色を変えてポケットから取り出して出た。
「…分かった。すぐ行く」
電話を切り、ポケットに戻しつつ立ち上がった。
「すみません、お話の途中ですがトラブル対応で行ってきます」
「いえいえ、こちらはお気になさらず~」
「助け合いは信頼が大切ですからね。では失礼します」
「お話ありがとう」
ユウタは頷いて足早に走って寮から出て行った。集団を重視する寮らしく助け合っているようだ。
「とりあえず出ようか?」
「そうですね~」
スズたちが出入口に向かう途中、机の上でカードゲームをやっている人たちを見かけた。
「カードゲームかぁ。あまり詳しくないけどカードゲームやボードゲームは色々やったことある」
「折角だからちょっと見ていきしょう~」
「へー、お姉さん、このゲームに興味ある?」
近くにいた男子生徒がスズとパドマの会話を聞いて話しかけた。
「少しね。またすぐに発つから見るだけのつもりだけど。これはどんなゲーム?」
「2人対戦のトレーディングカードゲーム。勝利方法は、相手に投了させる、相手のライフを0にする、特殊勝利するの3つがメジャー。投了させるのが割と多いかな」
「ふーん。均衡崩しゲームという感じかな?」
基本は囲碁や将棋のようなもので、そこにカードゲームらしく別の勝ち筋がある感じだろうか。
「理解が早いね。まさにそんな感じ」
「何か珍しいルールはある?」
「そうだな…ゲーム開始がちょっと変わってる。まず互いに相手の山札をシャッフルして7枚見て1枚を山札の一番下に置き、6枚の手札と山札を相手に渡すところから始まる。しかもこのゲームにシャッフル処理を行う効果を持つカードはない。だから山札の一番下に送られたカードがそのゲーム中に引ける可能性は低い。4枚投入したうちの1枚が送られたならまだ3枚残っているけどね」
「つまり初期手札で相手の戦略の断片が見えて、一番厄介そうなカードを封じられると。その上、何を選んだかは相手には分からないわけか。相手の戦略を予想して立ち回りを考える面白さがありそう」
スズが思いの外カードゲーム慣れしているので、男子生徒はもっと難しいこと言っても通じそうだと感じ、話を続けた。
「後は属性かな。四属性あってそれぞれの得意分野が、手札に構えて動く、手札を破壊する、場を構築していく、場を破壊する、というもの。有利不利で属性が一周している」
「例えば…場の破壊属性だと、場には干渉できても手札には干渉できず、手札から好きに動かれて不利という感じ?」
「まさにそんな感じ。手札構え属性の基本は、手札から相手に合わせて妨害をし、隙を見て使い切りのドローで手札を増やしていき、最後は手札に揃えて即死コンボで勝利。相手が息切れして妨害することなくなった時のドロースペルで一服するのは気分いい」
「手札破壊属性の基本は、相手の手札を削って相手の戦略を崩し、除去も落として、単体で強いクリーチャーを出してライフを削って勝利。手札破壊でコンボを不成立にさせたり妨害を落としたりで、手札構え属性に対して有利」
「場の構築属性の基本は、毎ターン手札を増やしたり、トークンを増やしたりするものを場に出していき、徐々に優位を築いて行き、相手を圧倒して勝利。場に出ている置物を取り除けず、手札破壊を物量で上回れる手札破壊属性に有利」
「場の破壊属性の基本は、場にある置物の破壊や全体クリーチャー除去で更地にし、重い実質勝利カードやカウントダウン系カードで特殊勝利。既に場に出ているものの除去に長け、場の構築属性に有利」
「…とまあ、こんな感じで属性が別れていて、ゲーム体験が異なる。ある属性に強いデッキが出てきたら、有利になる属性がそれを抑え込み、その属性が増えたらそれに有利になる属性が出て…とメタゲームが回るのが基本だ」
「ふーん…」
男子生徒は一方的にガンガン喋り、引かれなかったかとスズをそっと見た。スズは気にしない様子で考えこんで感想を述べた。
「つまり完璧な答えが無いわけか。ずっと悩み続ける…」
「でも、いや、だからこそ楽しいよ」
「楽しい…」
スズは思いがけない言葉にハッとした。
「頭使って悩みに悩んで、楽しいじゃないか」
「そうか、そうだね…。確かに楽しい悩みもある」
そうだ、忘れていた。悩み苦しむことは辛いことばかりじゃない。それを楽しいと思えることもあるんだ。
「ありがとう。大切なことを思い出せた」
スズは謝意を述べて微笑んで見せた。
「ヒューイ、ちょっと来てくれ」
「ああ。それじゃ」
「うん。ありがとう」
ヒューイと呼ばれた男子生徒は審判を頼まれて対戦しているところへ行った。
「パドマ、次行こうか」
「はい、他の寮を回りたいですね~」
スズとパドマは円卓寮を出て、時計回りに次の寮へ向かった。
調和寮の中に入り、手の空いてそうな人に声をかけ、自己紹介をした後、話を聞かせてもらえないか頼んだ。
「ええ、もちろん。お困りの人を放ってはおけません。申し遅れました、僕の名前はユーゴです」
ユーゴと名乗った男子生徒は礼儀正しく会釈して寮の出入口近くにある簡単な打ち合わせ用のソファに案内し、スズたちと対面して座った。
「じゃあまずこの寮のことを聞いていい?」
「はい。調和寮の気風は集団と抑制です。上級生が下級生をしっかり指導します。同じ集団重視の円卓寮が集団の力は使う時だけ周囲と合わせてそれ以外は好きにしているのに対し、調和寮では心のあり方も合わせます。教義に従い、正しい生き方を皆で実践するのです。寮の中で最も行事が多く距離感が最も近い寮です」
「窮屈そうに聞こえるけど平気なの?」
「確かに不自由でそう感じる人もいます。しかし正しい生き方をして過ごすことは安心感があります。つまらなくてもいいんです」
スズはその言葉を意外に思い、すかさず聞いた。
「つまらなくていい?楽しい方がいいんじゃないの?」
「逆に刺激的で楽しい毎日は幸せですか?」
「え?そうなんじゃないの?退屈な日々は気の毒だと思うけど…」
ユーゴは椅子にもたれ、どこから説明しようかと考え込んだ後、口を開いた。
「…僕の親はテレビ番組をよく見ていて、親が帰ってくると家の中はずっとテレビの音がしていました。寮暮らしで直近は分かりませんがきっと今でもそうでしょう。面白くなくても流していると落ち着くみたいですから。番組が面白くなくてもいい、ただ流しているだけでいい、それで落ち着く。求めているのは面白さではなく安心感なのです」
この世界にはテレビがあるんだ。というか、そういう需要でテレビを見る人もいるんだ。もしかして景色を眺めたり音を聞いたりしてるのに近いのかな?私がアパートのベランダに出て意味もなく川を眺めているようなものなのかも。それとも人の声が聞こえるのが大事なのかな。
「僕にとってはテレビの代わりに信仰に基づき正しいとされる生活がそれにあたります。それは面白くなくていい、正しい生活を送ることが落ち着き、安心させてくれるのです。だから不幸じゃありません」
「成程ね。気の毒だと言ってごめん」
「よく言われることです。そうお気になさらず」
ユーゴは微笑んで手を小さく振って気にしてないと態度でも示した。
「ついでに言うと、僕の親世代は技術革新でこれまで使えなかった資源が使えるようになった時期の世代なんです。その世代にとって昔のような禁欲や節制の宗教は古く抑圧の象徴でした。自由に欲望を叶えることが幸福だという考えがあったのです。資源の天井はまだ遠く、望んで努力すれば叶えられていきました。テレビもその一つです。対して僕らの世代は違います。その資源でできることの限界が見え、努力すれば必ず望みが叶うという前提は崩れています」
「欲望が資源や技術の限界の壁に当たったと」
「そういうことです。例えば僕らが生まれる前からテレビは既にあり、次の段階の欲望を持つようになるわけです。親世代はある頃と無い頃を知っていますから、損するくらいなら深追いせずに利益があるうちにこの辺で利確しようとして次の段階の欲望は徐々に減って行きますが、僕らのスタート地点は違います。しかし叶えられるものはそう多くありません。それが人生にどう影響すると思います?」
スズは頭の中で俯瞰的に状況を見て考えた。自分ならどう思うかではなく、彼らならどう考えるかを考えて答えた。
「親世代と同じ、自由に欲望を叶えることが幸福という価値観で生きれば、自分たちは不幸だということになる。努力しても望みの叶わない不幸な人生だと思うかもね」
「そういうことです。努力して夢を叶えるだけが人生の全てではないというのに。僕らには僕らに適した生き方があります。その一つが祖父母世代にあった、禁欲や節制を美徳とする生き方をすることです。正しい生き方をする安心感が幸福となるのです」
「成程…。後ろ向きなようで前向きな考えかも」
こんな考え方があるのか。ここに来なければ思いつきもしなかったと思う。
スズたちはその後もう少し話をして、歴史の詳細を聞き終えて次の寮に向かうことにした。
「ありがとう。色々知ることができたよ」
「お役に立ててよかったです。円卓寮には兄がいるのですが、もう行ったみたいなので兄に頼む必要も無さそうですね」
「うん。そこまで考えてくれてありがとう」
「お元気で~」
スズたちは調和寮を出て、時計回りに進んで次の寮へ向かった。
鋼鉄寮に入り、声をかけるが皆忙しいようで断られて中々捕まらなかった。そうしてようやく話を聞かせてもらえる一人の男子生徒に会えた。スズたちは自己紹介して寮の前の庭で寮に関する話を聞いた。
「俺はユウジ。この寮の気風は個人と抑制。自ら節制し鍛錬する。自ら律するので規則は登頂寮と同じくらい少ない」
「寮の規則は少ないといってもなんだか厳しそうだね」
「まあそうだな。でも自分に課すルールだから、できるところから始めていくし、どれくらい厳しいかは人による。自分との戦いで人と比べるものじゃない辛く厳しい方が偉いという訳でもない」
「そうか個人主義だものね」
「とはいっても、難しいことやってる方がすごいとは感じるもの。無駄に厳しくしないように時々行いを振り返る」
ユウジは目を閉じて胸に手を当てた。
「節制は辛くないの?」
「欲望のままに生きる方がよっぽど辛くなると思う」
「どういうこと?」
ユウジは胸から手を放して目を開け、スズたちの方を向いて目を見て話した。
「人には欲望があり、欲望に際限はない。始めは宝石を1つ手に入れて満足できても、いずれはもっと欲するようになり、それはもう買えなくなるまで続く。既に宝石を所有している喜びは薄れ、もっと手に入れられないことへの苦しみや、もっと持っている人への妬み、自分の無力さに対するいら立ちが強まる。渇望や嫉妬、失望に心が振り回されるという不自由で辛い思いをする。自ら節制を心掛けることでそれから距離を取れる」
「成程、そういうことか…」
「それは辛そうです~」
自分に制限をかけることによって感情や渇望に振り回されない心の自由を得るという考えか。抑制して不自由なようで心の自由度は高いわけだ。同じく抑制を目指す調和寮は教義に従って正しい生き方をしようと節制ししてるが、こっちは自分のために節制している。そこに万人の正しい生き方を求めていない。結構違うんだな。
「こちらからも聞いていいか?」
「どうぞ」
その後、スズたちも話を聞かれ、旅でのことや苦への問答をして理解を深めていった。
「悪い、そろそろ鍛錬に戻らないと」
「あ、長々とごめんね。お話ありがとう」
「こちらこそ。不快や苦しみは生きるための機能という考えはこの寮と相性いいな。興味深い話を聞けて良かった。じゃ」
ユウジは微笑んで寮へと入って行った。スズたちも歩き出し、次の寮に向かった。
登頂寮に入って声をかけてもこちらも忙しいと断られて中々話が出来なかった。そうしていると一人の男子生徒がやってきてスズたちに声をかけた。
「綺麗なお姉さんたちのために時間を作れないなんてセンスのない奴らだぜ。俺が相手をしよう」
「ありがとうございます~」
「俺はユウゾウ。さ、どうぞこちらへ」
ユウゾウは玄関横の長椅子のソファに案内した。目の前の大きなガラス窓からは高木、低木、下草が綺麗にバランスよく整えられた庭が見え、ライトアップされていた。
「それで寮に関することだっけか。登頂寮の気風は個人と自由。この寮ではルールは最低限で後は個人の自由。どこで何をしていてもいいし何を考えていてもいい」
「一番自由な感じだね」
「そう。例えば他の寮では音楽室を使うには手続きが必要だが登頂寮では手続きは要らない。この寮では使いたければ使う。より結果を出している音楽家が後から来て使いたいと言えば譲らなければならない。そういうルールだ。円卓寮では平等らしさのために面倒な手続きやら成績関係なく原則一人最大90分までみたいな厳しさがあるがここにはない」
「実力主義の世界ということか…」
「そういうこった。強者に好まれるのも才能のうち。弱者は強者の都合を把握して、部屋を使わない時間帯を覚えてそこを使う。賞を取ったり好成績を収めたりすれば立場が逆転することもある。だから一度賞を取ればずっと安泰と言う訳でもない。競争は続く」
ユウゾウはスズたちに説明しながらも気が緩まないように自分に言い聞かせるように言った。
「常に上を目指し続けなければならない。上に立っても下にいても不安や焦りがつきまとう。しかしだからこそ燃える」
「成程…」
勝負や競争に強いタイプか。不安や焦りは苦しいだけじゃなくて、それ込みで勝負。だから燃えるということもある。
「他の寮は他人に合わせたり節制したりで自分の欲望を抑えこむがそんな窮屈なものはこの寮にはない。欲望こそが優れたものを作り出す原動力だ」
「資源の限界で叶えられないという考えもあるようだけどどう思う?」
「仮に有限で一般人には叶えられないのだとしても、叶えられるような特別、つまり勝ち組になればいいだけの話、違うか?」
「成程、それもそうだ」
「確実ではないし、道のりは厳しく苦しい思いをすることもあるだろう。上等だ、怒りも悲しみも力に変えて頂点を取ってやる」
「そうか…それもアリだよね」
「頑張ってください~」
「もちろん!」
ユウゾウは両手を組んでぐっと力を込め、力強く頷いた。ぎらつく野心や強い欲望、勝負に臨む心強さを雰囲気から感じられた。
「俺は三兄弟の末弟でユウタとユウジの兄貴たちより我儘と言われるが、この寮は俺らしくいられるから好きだ」
「確かに合ってそうな雰囲気を感じるね。もっと聞かせて」
スズたちはユウゾウと話をしてさらに寮のことや、祖父母世代や親世代の話などを聞いてユーゴの話と同じことを確かめた。解釈は異なるが歴史は同じようだった。
「お話ありがとう。助かったよ」
「俺も喋ってすっきりできた。毎日顔を合わせる人ではなく旅人というのが良かったのかもな。弱点を見つけられまいと構えなくて済んで」
「そんな日々か…大変だね」
「慣れたら普通にできることさ」
ユウゾウは何ともない様子で答えた。
「じゃ、私たちはこれで」
「ありがとうございました~」
「元気でな」
スズたちは寮を出て薄暗い中、学園内の整備された道を歩いて人通りのない場所へ向かった。
「追跡装置はもうできるかな?」
「はい、できると思いますよ~」
2人は通路にある近くのベンチに腰を下ろし、パドマはモニターを出してスズの腕輪にケーブルを繋げて解析を始めた。スズは待つ間に物思いに耽った。
どの寮の思想が正解か不正解かは無く、その人に合うか合わないかだけなのかもしれない。向き合い方は色々あるんだ。
実力が全てで好きにすれば優れた物を作れるかもしれないし、一人ではできないことを力を合わせれば優れた物が作れるかもしれない。節制や鍛錬の強い心で優れた物を作れるかもしれないし、普段正しい行いをしている安心感があるから優れた物を作れるかもしれない。
逆に節制や禁欲がブレーキとなって強い欲や苦悩を抑えて原動力や魅力を弱めてしまったり、一人でやることで相互作用が発揮されなかったり、複数人でやることで強みが打ち消されたりすることもありうる。どれかが正解ではなく、合うかどうかなのだと思う。
個人と集団、自由と抑制と対になる概念を二軸で表したのがこの学園の寮。カードゲームの方は手札と場、構築と破壊でこれは対になる概念というよりも項目という感じがする。実際にやるかはさておき手札と場の他に山札という項目を設ければ2属性増やせるだろう。いや、もしかしたら寮の方も対になる概念ではなく数ある項目の一つとして捉えれば増やせるのかもしれない。
「出ました。別世界に移動した痕跡があります」
「ということはこっちではないもう片方の世界は行き止まりかもしれないか。一応それを確認するか、この次に行くか…」
「どうしますか?」
「どの道今日はもう行けないし、一旦帰って考えよう」
「了解しました」
パドマはモニターやケーブルを煙にして消し、帰る準備を始めた時、男の大きな声が聞こえて来て、手を止めた。
「早くしろユーゴ、遅れるぞ」
「ちょっと待って兄さん。靴紐がほどけて…」
薄暗い中、ヒューイとユーゴが校門の方へと走って行った。何か急用らしく学園外へ出て行った。円卓寮にいる兄とはそういうことか。
今度こそ人の気配が無くなったことを確認して、パドマはゲートを開いてスズたちはそれを通って図書館に戻って来た。スズはパドマと共にエンマに報告に行くために本棚の間を歩きながらぼんやりと考えるのだった。
同じ人間でも寮によって価値観も考えからも全然違った。まして人間ではなく別の人型種族らしき管理人代行の考えをそう簡単に予想できるのか?頭を悩ませるのが嫌になって、私の価値観から来る考えで安直にきっとこういう考えに違いないと決めつけてしまわないようにしないとね。
どの寮が人気なんだろう。
とりあえず次はまた人外もいる世界に行くつもりです。




