妖精と人間の共存する世界
頂上付近に雪の積もっている山の中腹、比較的傾斜の小さい草原となっている場所に渦が現れ、スズとパドマが転がり出て来た。
「着きました!このどこかにお兄さんがいるはずです」
「もう少し普通に出たかった」
スズは立ち上がって乱れた服と髪を正した。陽気で乾いた空気と強い日差し、若草の匂いがした。空は白い雲が浮かぶ青空で、足元には草、周囲には森が見えた。
「うああああ」
少年の悲鳴が聞こえ、スズは声がした方に向かって走り、パドマが後を追った。
木の間を抜けて開けた場所に出ると少年が熊のような獣に襲われて向こうの林の木の後ろに隠れているのが見えた。獣が腕を振るとその鋭い爪が木の幹を抉り取った。
スズは周囲を確認して獣が一体だけなのを確認して胸のネックレスに指をかけた。
「危ないですよ!」
「あんな小さな子を放ってなんかおけないでしょ!」
スズは鞭を引っ張り出し、振り回して獣の背後に当てた。獣は背中の毛皮を皮膚を削られて血を流し、スズの方を向いて睨みあっていたが、パドマの杖から放たれた吹雪で皮膚が裂かれ、分が悪いと思った獣はその場から逃げ出していった。スズは鞭を離し、地面に落ちると煙となってネックレスに戻って行った。
「あなた大丈夫?」
スズが少年に近づくと、少年は緊張の糸が切れて泣き出し、スズは胸に抱きかかえて優しく背中をトントンとした。
少年が落ち着いて震えが無くなると、そっと手放した。
「おばさん、ありがとう」
「おばさん…まあいいや、君の家はどこ?送って行くよ。いいでしょ?」
「名案です~。この近くに村があるはずですからきっとそこです。人と交流してデータを集めましょ~」
「ありがとう。案内するね。僕の名前はサミュエル、サムって呼んで」
「私はパドマです~、こっちはスズさん」
「パドマさん、スズさん、ありがとう」
2人は少年の案内で草原や木の間を進んだ。坂と曲道で景色が次々と変わり、急に開けた場所に出て柵に囲まれた村が見えて来た。
村には石造りの小さな窓の建物が多くあり、階段や坂があちこちにあって立体的な村だった。道の両側には様々な花が咲いていた。
「お姉ちゃん!」
「サム!」
家から出て来て歩いていた少女は呼ばれて気づき、駆け寄ってきた。
「そんなに汚してどうしたの?」
「モンスターに襲われたんだ。でもこの人に助けてもらった」
少女は驚いて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。弟がお世話になりました」
「いえ、それほどのことは…」
「良ければ家に来てください。大したおもてなしはできませんが…」
「えっと…」
「それじゃあお世話になります~」
遠慮気味のスズに代わり、パドマが受け答えして行くことが決まった。
「サム、お客様の相手は私がするからあなたは着替えて汚れた服を洗っておきなさい」
「はーい。じゃあねスズさん、パドマさん」
サムは小走りでかけて行った。
「私はハイン。村長の孫でサミュエルの姉です」
「私はパドマ、こちらはスズさん、私たち旅の途中なんです~」
「…よろしく」
「よろしくお願いします。家はこっちです。今、村長は会合で外出していますから、すぐには会えませんが」
「いえ、お気になさらず」
スズたちはハインの後をついていった。
途中の道で羽の生えた小人のような妖精たちが空を飛んでいるのが見えた。手には針ようなものを持ち、空中で何かを突いていた。スズが不思議そうに見ているとハインがそれに気づいて解説した。
「あれは針の妖精。青い花を植えるとやってきます。彼らが手に持っているレイピアで蚊を貫く習性があるんです。牧場の周りには青い花を植えてあって、家畜に近づく蚊を駆除してくれるんです」
「へえー、それは助かりますね~」
「彼らがいないと困ります。彼らはすごい速さで突きますが、体が軽くて繊細ですから人や大型動物に当たると大きなダメージを負うのであまり近づいてこないんです。不必要に近づいて脅かさないであげてくださいね」
「なるほど~」
「……」
スズは微妙な気持ちで黙って話を聞いて歩いた。
そして家に着き、家に入る際に扉を開けたら小部屋があり、更に扉を開けて玄関に着いた。そこで靴を脱いでスリッパに履き替えた。建物の熱を逃しにくいように空気の層ができるように二重にしているようだ。窓が小さいのも熱を逃しにくくするためだろう。
「わっ」
廊下に幽体の女性が壁を通り抜けて現れた。長い髪をふよふよと漂わせてスズたちを観察している。
「ご心配なく。うちの守護霊です。扉を十分に開かないとその部屋には入って来ませんから聞かれる心配もありません」
「でも壁を抜けて無かった?」
「この隣は食堂で普段は扉を開けているものですから」
「そうなのか…」
その後、客室に案内されてソファに腰掛けた。ハインは少し待つように言って一度部屋を出てお盆にお茶とお菓子を持ってきた。
「お待たせしました」
スズたちの前のテーブルに皿の上に置かれたカップが差し出された。
「…?」
スズは窓の外で何か動いたのに気づき、じっと窓を見た。
「どうしました?」
「窓に何か獣の毛のような何かが見えた。あっ、また」
「ああ、心配要りません。あれは長尻尾の妖精です」
「安全なの?」
「はい。こちらから追い詰めなければ噛まれることもありません。彼らは人気のある建物の壁の出っ張っている場所を寝床にするんです。寝床の周りは綺麗にする習性があるので窓の上に出っ張りを設けた造りにすることで彼らのふさふさの尻尾で窓を磨いてくれるんですよ」
ハインは隣の大きめの窓の前に来て窓を開け、身を乗り出して確認した後、スズとパドマを手招きした。2人は窓から横の窓の上を見上げた。もふもふの長い尻尾をしたイタチのような生き物が出っ張りの上にいた。
「わ~かわいいです~」
「ですよね。私大好きなんです」
「……」
スズはモヤモヤとして黙って体を部屋に戻して椅子に戻って座った。ハインとパドマはまだ窓から身を乗り出して妖精を眺めていた。
「もふもふして触りたいけど、触ろうとすると逃げるんです」
「それはもどかしいですね~。あ、寝ちゃったのかな?かわいい~」
「ほんとかわいいです。見ていたいですけど静かにしておいてあげましょう」
2人は窓から離れてソファに戻って来た。
「スズさんは気に入りませんでしたか~?」
「確かにかわいいけど、2人ほどハマらなかっただけ」
「かわいい妖精との共存素敵です~」
「共存…妖精を利用しているだけじゃない」
「でも、妖精たちが好む環境を作っているから妖精からも得はありますよ」
「利用していることに変わりはない。可哀想に」
「ごめんなさいね~、この人気難しいもので~」
つれない態度のスズに、パドマがフォローに回った。それによりハインは怒りこそしなかったが、一言言いたくなった。
「スズさん、生き方ってそんなに選り好み出来ることでしょうか?」
「え?」
「利用するのは可哀想だからやめようなんて、余裕があって楽に生きられる人じゃなきゃできません。余裕のある家では出来たとしても、もっと広範な社会や自然界ではそんな悠長なことを言える余裕なんて無いと思います。生存競争の中で生きているのですから」
「くっ…」
彼女の言うことには一理ある。しかし何かひっかかるがそれが何か分からず押し黙った。
「まあまあその辺で。来る途中に宿屋らしきものが見えましたが観光客が来るんですか~?」
加熱する前にパドマが話を変えて尋ねた。
「山の向こう側へ渡る人が泊ることがあります。大抵は隣町で泊まりますけどね。冬の間は山道が雪と氷に閉ざされて誰も来ません」
「それは大変ですね~」
「まあ慣れっこですから。あっ、そうだ、人は来ませんが雪に覆われると山の上の方から雪女が降りてきます。彼女は強大な力を持ちますが雪のあるところでしか生きられないんです。とても綺麗な方ですよ」
ハインは雪女の姿を思い出してしみじみとしながら、続きを語った。
「通り道に蟻がいたら気づかず踏むように、人間が通り道にいたら氷漬けにされるから、邪魔をしないようにと教わります。襲い掛かった獣が瞬時に氷漬けになって粉々に砕けたと聞いたこともあります」
「怖いですね~」
パドマの扱う氷の魔術は相手を引き裂くもので、同じ氷でもコンセプトが全然違うことから気になったようだ。
突如、玄関の呼び出し音が鳴り、ハインはカップを置いた。
「多分お爺ちゃんが帰って来ました。少々お待ちください」
「お構いなく~」
ハインは部屋を出て出迎えに行った。残ったスズとパドマは
「スズさん~、彼女たちが暮らしている場所は、村の周囲に獣たちが出て、暖かい間に食料を作ったり生活に必要なものを調達しなければならず、冬には閉ざされて孤立する環境なんです。そのシビアな生活から生まれた思想と同じになれというわけでは無いですが、理解のために歩み寄りはお願いします~」
「ごめん。…それに彼女の言う通りかもしれない」
「言う通りですか?どうしてそう思うんです?」
「私は守ってもらえることに慣れ切っていて、その閉じた社会の内側しか見ていなかった。そうだよ、生存競争なんだから集団の外では利用しあって当然だ。可哀想だなんて何を甘えたことを言っていたんだ」
パドマは表情を変えずにただ観察するようにスズを見た。そこに喜びや落胆もなく、ただ外から眺めているように。
「…管理人代行の言っていた、ハナバチの例え話。私の思いを利用されるのは嫌だ。でもあなたたちに頼らなければ兄さんは探し出せないからやむを得ず従っている。ここの村人は妖精を利用している。妖精も住みやすいからここにいる。利用する利用される関係の形が色々あるのだと分かった」
「そうですよ~。スズさんのいた世界だって、バクテリアが有機物を分解することを利用して汚水処理のために彼らが住みやすい環境作るじゃないですか?普通のことですよ~」
「でも…」
スズは完全には受け入れていなかった。
「それが自然の形だからとしても、やっぱり私は利用されるのは気に入らない。人が人を利用するのも気に入らない。役に立たなくなるか割に合わなくなれば捨てられる。そんな不確かな関係では身を守れないから。そう、それが引っかかってたんだよ!利用全てを嫌うことは無かったんだ!」
その時、扉が開く音がしてハインが扉を開けて戻って来た。
「すみません。用事の時間がもう迫っていたことを思い出しました。それで…」
「大丈夫ですよ~。こちらもそろそろ発とうとしていたところです~」
「もういいの?」
「一旦データを照合しましょう」
パドマはスズのブレスレットを指さした。スズは頷き、お茶を飲み干して立ち上がった。
「ハイン、さっきはごめん。あなたのおかげで見識が広がった。ありがとう」
「いえ、こちらこそ弟の恩人にご無礼を。すみませんでした。またいらしてください」
「ごめん、それは約束できない。けど、ここでの貴重な体験は忘れない」
2人はわだかまりが解けた。お互いに思想を捨てたわけではないが、互いに刺激を受けて見つめ直すきっかけとなった。
「パドマさんもお元気で」
「はい。楽しいお話ありがとうございます~。お元気で~」
その後、玄関でサムと村長にも挨拶をして家を出た。家を出てからは石造りの階段を上って、人通りの少ない木陰に入って立ち止まった。そこでパドマは煙を出してモニターと紐に変化させ、紐を伸ばしてブレスレットに結んで分析を始めた。モニターに何か文字列が流れ続け、最終的に数字が表れた。
「これは…」
「どうだったの?」
「あなたの兄はこの世界にはいません。ここから別世界に向かいました」
「なっ…」
パドマは紐を煙に戻し、数字を金属板に刻印した。
「行先は分かる?」
「どの世界かまでは分かります。その世界でまたデータ集めが必要です」
「じゃあそこに連れて行って」
「私の力ではこの世界から直通では行けません。一旦図書館に帰る必要があります。エンマ様にも報告しなければなりません」
「そうか…そうだったね。兄さんはどうしてそんな力を持っているんだろう…?とりあえず、戻りましょう」
「了解しました」
パドマはモニターを煙に戻して消し、空間に渦を出すと2人を飲み込んで渦は消えた。
図書館の本棚に置いてあった本が開き、2人は図書館に戻って来た。
「まずは報告に行きましょ~」
「うん」
スズはパドマの案内で図書館の吹き抜けの中段に来た。エンマは図書館の広い範囲が見える机の前に座っていた。ここが普段の作業スペースだ。横にはパドマと同じ制服でピンクではなく青色のカーディガンを羽織っていて、金髪ストレートと灰色の目をしている女性がいたが何か指示を受けて姿を消した。彼女の名はウパラ、パドマの同僚の一人。
エンマはスズたちが近づくと気づいて作業の手を止めて椅子にもたれかかって待った。スズは近くまで来ると帰還の挨拶をした後、パドマからエンマに報告をした。
「そうか…いくつか経由しているかもね。これは長丁場になりそうだ」
「すみませんが、引き続き力を貸してくれませんか?」
「いいよ。パドマ、引き続きサポートしてあげて」
「りょーかいです」
エンマはあっさりと了承してスズは拍子抜けした。
「スズ、もしかして君のお兄さんはかっこいい人?」
「え?ちょっとはかっこいいところはありますけど…どうしてそんなこと聞くのですか?」
「もしかしたら管理人が世界を渡る力を与えたのかもね。あの姉妹は男好きだから」
エンマは少し不機嫌そうに目を閉じ、頬杖をついて溜息を吐いた。
「え?」
「あの姉妹がそこまでするとは考えたくないけどね」
「そういえば管理者が2人いるそうですね」
「そうだよ。本来は片方が遊びに出ている間はもう片方が図書館の管理をする。でも今はボクに力を与えて2人で遊びに出かけてる。この図書館と彼女たちの創造者には想定外なんじゃないかな?」
「その創造者は今どこに?」
「遠い昔に死んだらしいよ。もし転生というものがあるのなら、どこかの世界に転生しているのかもね」
エンマは書架を見渡した。膨大な本があり、とても探せるものではない。
「創造者はどうして図書館を管理せよという命令じゃなくて男好きなんて性格を付けたのでしょうか?」
「ボクも不思議に思って昔考えたことがある。ボクが思うに、ロボットではなく生物が必要だったからだろう。自分の死後も変化する世界に合わせて図書館の管理をできるようにしなければならなかった。平らな場所を掃除するロボットは階段が出来たら掃除できなくなるがそれでは駄目なようにね。男好きで遊びに出かけて積極的に交流して現地に関わってアップデートできるようにしたんだ。環境の攪乱や世界維持の動機付けも狙っていたのかもしれない」
「でもそれなら別に女好きの兄弟でも良かったのでは?」
「多分だけど、管理者の子孫を現地に残すのをできるだけ避けるためなんじゃないかな?出産が必要な女の方が子孫を広めにくい」
「成程…」
あくまで代行の予想だが、この図書館を管理せよという命令に従うロボットではなく、生きることが管理に繋がる生物を作ったというわけだ。私の知らない生態系を目の当たりにしている気分だ。習性を利用している。
「パドマは世界渡りで疲れている。次の世界に行くのはまた明日にしよう。住める場所を用意するから君の持つ栞で一旦戻って荷物を取って来なよ。大丈夫、ボクも使ってる快適な設備があるから」
「えっと…」
栞は回数制限があり、エネルギーを消費するからパドマに何度も行き来させられない。しばらくここで暮らすしかないか…。本当に大丈夫なのか?だが兄が異世界にいるのなら、彼女たちを頼るしかなさそうだ。
「分かりました」
「じゃ、パドマ、本の前まで案内してあげて。移動は栞を使わせるんだ」
「りょーかいです」
スズはパドマに案内されて元来た場所へと歩いて行きながら振り返って考えた。
私は利用する利用されるのが嫌というのは不正確で、人同士で利用する関係が嫌なんだと分かった。それを認めると身の安全を損なうからだ。前より自分を理解できるようになった。これはあの世界を旅して外から常識を揺さぶらなければ気づけなかったことだ。旅の前に代行の予想する創造者の思想を聞いてたら訳が分からなかったかもしれない。でも今は納得はともかく理解はできる。私はもっと成長できる。…兄さんに会う頃にはもっと立派になれると思う。待っててね、兄さん、必ず見つけ出すから。




