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兄を探して数多の異世界訪問  作者: Ridge


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セントラル魔法図書館

 地方都市のアパートの一室に一人の女性が住んでいた。彼女の名は十河(とがわ)鈴音(すずね)。通称スズ。大学一年生で、大学の夏休みの終わり、肌寒い秋の夜長に一人でベランダに出て外を眺めていた。アパートの前には大きな川があり、川の向かい側の街の光景を風に揺れる水面に映して揺らめいていた。


 彼女は溜息をついて手すりに腕を置いた。大学院生をやっている彼女の兄が姿を消してもうすぐ一か月になる。2人とも実家を出て別の大学に通っているので、何か月も会わないことはあったが、それでも失踪してこれから一生会えないかもしれないと思うと、たった一か月でも寂しく感じられた。


 スズは栞を胸ポケットから取り出してまじまじと見た。よく分からない文字がびっしりと書き込まれて黒くなっている栞だ。兄は失踪する直前に急に家に尋ねて来た。スズの好物のアップルパイを土産に持って来て、昔話をして、家の話をして、そしてこの栞を置いて行った。忘れ物と気づいたのは翌日で、その後何度か間を開けて電話をしたが繋がらず、おかしいと思って実家や兄の研究室の人に聞いて、そこでいなくなっていたことに気づいた。後で思えば、あれは別れる前に顔を見に来たのだったと分かった。兄のことは好きだったが、別れの挨拶だったということに気づけずにいたことに情けなさを感じていた。


 腕を捻って栞の表裏を見ていると、いつの間にか水面の景色が変わっていることに気づいた。そこに移っているのはいくつもの棚に本がびっしりと納められ、吹き抜けの上の階の壁にある棚にも本が収められ、延々と本棚が続く景色。

 突如スズは意識が遠のいていき、視界が霞んでふらつき、その場に倒れ込んで気を失った。



 スズが目を開けると、カーペットの上に倒れていた。古びた大きな建物の吹き抜けの下で、壁には本棚があり、川に映った景色の別角度から見たものだと分かった。

 体を転がして腕をついて体を起こそうとしたが力が入らず上半身を逸らすにとどまった。

 向こう側から少女の足が見え、こっちに歩いて来るのが見え、体を起こしていった。こげ茶のローファーと黒靴下、色白のふくらはぎ、膝下まである紺のプリーツスカートとフリルの付いた白のドレスシャツが見えた。


「誰?」


 少女はスズの前にしゃがみこみ、黒いサラサラのロングヘアを耳にかき上げて尋ねた。青い大きな釣り目、顔つきはやや大人びているが、幼さが残り、中学生か高校生くらいに見えた。その落ち着き払った佇まいにその綺麗なウィスパーボイスで尋ねられると、問いかけに答えない方が落ち着かない気分となった。


「十河鈴音です。あなたは?」

「ボクの名は…ここではエンマと名乗ってる。この図書館の管理人代行」

「図書館?私は自分の家のベランダにいたはず…」

「ふうん、それじゃ迷い込んだんだね」


 エンマが人差し指をくいっと手前に倒すと、スズの体はふわっと浮いて起き上がり、ペタンと座り込んだ。


「代行…ということは管理人さんは?」

「管理人の姉妹は2人で旅に出てる。ボクは留守番を任されているんだ」


 この少女が…?こんな巨大な図書館の…?


「君は人間みたいだけど…その栞…」


 エンマはスズの手に握られた栞を指さした。


「これは消えた兄が忘れて行った栞で…。これが何か知っているんですか?」


 エンマは立ち上がってスズの斜め後ろに落ちている本を拾って優しく埃を払って指さした。


「それはこの世界とこの図書館を行き来できる道具だよ。厳密にいえば、この本と同じシリーズの世界とこの図書館を行き来できるもの。ただし消耗するから何度も行き来はできない」

「まるで本の中の世界から来たみたいに…」

「そうだよ。ここにある本一冊一冊がそれぞれ一つの世界」


 スズの目の前には何十万、何百万もの本が収められた光景が広がっていた。自分のいた世界は中心ではなく、数ある世界の一つにすぎなかった。地球上どころか同じ国の中でも探すのは難しいのに、もし兄がこの中のどこかにいるとしたら一生かけても見つからないかもしれない。そう考えると途方に暮れて呆然とした。


「君はお兄さんを追ってこの世界に導かれたのかな。お兄さんを探したい?」


 エンマの表情は変わらずクールだが、声は少しばかり優しくなった。


「できることなら…」

「そう。誰がいいかな…よし、パドマ、来い」


 エンマが左耳のピアスに人差し指を当てながら指示を出すと目の前に煙が立った。スズが後ろに下がると、煙は人の形となって現れた。


「はーい、エンマ様、お呼びですか~?」


 ウェーブのかかったセミロングのライトブラウンの髪、優しそうな緑の瞳の垂れ目、エンマと同じ白のドレスシャツの上にピンクのカーディガンを羽織り、膝丈のAラインの黒の事務服スカートを履いていた。


「この人間が兄を探しているみたいなんだ。アシスタントとして彼女に協力するように」

「了解です~」


 パドマはエンマに柔らかな雰囲気で答えた後、スズの方を向いた。


「パドマでーす、よろしくお願いしまーす」

「あ、ああ、十河鈴音です。こちらこそよろしく、パドマさん」

「私に敬称も敬語もやめてください」


 急に機械的で冷たい雰囲気となった。


「え、でも…」

「ルールがあるんだ。パドマには敬語は無しで喋ること。パドマからアシストする君へは敬語で喋る。そういう生き物だと思ってくれればいいよ」

「は、はあ。ではパドマ、よろしく」

「はい。スズさん、よろしくお願いします~」


 パドマは再び柔らかな雰囲気に戻り、さりげなく勝手に呼び名を決めた。スズとパドマのやり取りの間にエンマは本棚に手に持っている本を戻した。

 目が覚めて時間が経ったことでスズは力が戻ってきたので立ち上がり、エンマは横目にそれを見て近づいてきた。


「さっきも言った通り、その栞では行ける世界が限られるこの図書館しか行き来できない。使うほど摩耗する。その栞が使えるのはあと3,4回ってところかな。帰ることもあるだろうし、大事に取っておかないとね。この図書館のシステムの一部であるパドマなら図書館から各世界へアクセスできる」


 スズは周囲を見渡した。膨大な数の本が収められていて


「しかしこんな膨大な中から探し出すのは一生かかっても終わらないかも…ずっと私に付き合わせるのは気が引けます」

「何の手掛りも無いわけじゃない。その栞には君の兄の痕跡があるから、追跡装置でどの世界に行ったか探し出せるはずだよ」


 その言葉でスズの目に光が戻った。


「本当ですか?」

「試す価値はあると思うね。パドマ、用意してくれ」

「了解でーす。お借りしますね~」


 パドマは手を出し、スズは栞を少し迷ったが手渡した。パドマは煙を出してそれをモニターに変え、栞をじっと見て動かなくなった。モニターには何か文字が次々と書き込まれていった。


「どうしてそこまでしてくれるのですか?」

「大したことじゃないよ。そんな栞を持っていてここに来れる君のお兄さんは厄介そうだし、君に見つけて貰って連れ帰ってもらうのがボクにとっても有益に思ったから。パドマを連れ回してくれればデータ収集もできる」


 スズは納得いかなそうに考え込むと、エンマは話を続けた。


「花を育てておけばハナバチがやって来て本命の作物の受粉を助けてくれる。人間が手動で受粉して畑中を回るよりもずっと楽だろ?ボクが力を貸すのはそれと同じだよ」

「私を利用するつもり?」

「…?別にいいじゃないか?君も得するだろ?」


 エンマは不思議そうに答え、スズは利用されることに腹を立てながらも頼らなければどうにもならないため、ぐっと抑えた。

 待っていると文字の書き込みが終わり、座標らしき数字の文字列が現れた。


「解析完了。この図書館から向かった世界が分かりました」

「よくやった」

「後はその世界内での追跡ですね~」


 パドマは栞をスズに返し、煙をスズの左腕に巻き付けた。煙は銀のブレスレットに変化した。


「これは?」

「各世界で追跡するにあたって現地の波長データが必要になります。お兄さんを探す場合、お兄さんと同じ世界から来たスズさんを中心点とした数値データが必要です」

「要するに、その世界の者ではない君が現地の理解を深めていくことでその世界の波長を捉え、その世界の者ではない君のお兄さんの痕跡を浮かび上がらせることができ、見つけ出せるということ」

「つまり、待っているだけではなく関わるべきというわけですね」

「そういうこと。それからパドマ、護身用に武器を」

「はーい」


 パドマは煙を変化させて大きな輪の付いたネックレスにしてスズに差し出した。


「指をかけて引いてごらん」

「はい」


 スズは輪に人差し指をかけて引っ張ると、鞭に変化し、驚いて手を離して地面に落ちると煙となって紐に吸い寄せられてパドマの手の上で元の輪の形に戻った。


「名前はどうしよう?」

「デカリバーでどうですか~?スズさんの苗字が十河ですから十を意味するデカ、河を意味するリバーでデカリバー」

「いいんじゃない?」


 エンマとパドマのやり取りで名前が決まってしまった。尤も彼女たちが他の武器と区別するために名づけるのならスズに由来する名前を付けるのは理に適っている。


「鞭の形となったか。まあいいや。寝ぼけて武器を振り回さないように体に刻まずにアクセサリーとした」


 エンマは手の平を見せて十字の跡を光らせ、刀を実体化させ、再び消して見せた。


「こうして体に刻んでいれば持ち物を取り上げられても武器を出せるけどアクセサリーではそうはいかない。あまり危険なことはしないようにね」


 エンマはネックレスを手に取ってスズの首にかけた。その重みで服の上から胸の谷間に沈み込んだ。


「じゃあ私は図書館で待っているから。パドマ、後は頼んだよ」

「はーい、お任せくださーい。それじゃ、該当の本のところに行きましょ~」


 エンマは背を向けて去って行き、パドマはこっちこっちと手を振ってスズを誘導して歩いた。


「本当にいいの?後で管理人が怒らない?」

「大丈夫ですよ~。代行に全て任せてますから~」

「管理人はどんな人?」

「そうですね~。男好きの姉妹ですよ。姉の方が積極的に追って、妹の方は誘い受けという性格の違いがありますね~。きっと今も現地で恋に落ちてよろしくやってますよ~。あ、エンマ様も姉妹が男好きなのは知っていますが、具体的にどうイチャイチャしてたか聞くのは嫌がるので、管理人姉妹を見つけてもエンマ様に話さない方がいいですよ~」

「そ、そうなんだ…」


 あらゆる世界に繋がるすごい場所の管理者がそんなんでいいのだろうか…?代行も若く見えたしアンバランスで不気味に感じる。だけど今は頼るしかない、嫌だとしても。


「スズさん、不満そうですね。何が不満なんですか~?」

「…利用されるのが嫌」

「え~、スズさんにも得だからいいじゃないですか~?」

「バイト代が出て契約関係ならいいけど、私の思いが利用されるなんて気分悪い」

「ふーん、そういうものなんですね~」


 パドマは主であるエンマが悪く言われても気にしてない様子で階段を上って行った。


「じゃあ、そのバイト代で私の時給とその追跡装置のレンタル代、武器のレンタル代を払ってると考えたらどうですか~?」

「…何か違うんだよね。少しは楽になるけど」


 目当ての本のある本棚の前に来て立ち止まり、パドマは本棚から本を抜いて開いて近くの棚に置いた。


「行きますよ~」

「準備は出来てる」


 パドマは何か唱えた。するとスズとパドマはその本に吸い込まれて姿を消し、本は閉じて図書館に再び静寂が訪れた。

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