7話 六月の
六月。
やっと、六月。
もう、六月。
ついに、六月。
「もう体育祭だね」
「そうだな。どこのクラスが一番か、だけど」
いつものように二人が話しかけてきた。練習の後だったので、教室は少し蒸し暑い。
「やっぱりa組じゃないか?」
練習試合のときは圧倒的に強かった。チームプレーも良かったし、担任も気合が入っていた。
「だよな。佐々木に松本、荒川もいるぜ」
「本番はどうかわからないけどね」
「このクラスも意外と運動得意なやついるもんな」
「選抜のメンバーは決まったのか?」
「まだ決めかねてるみたい。暁ちゃんは出るって言ってた」
「なら、期待できるな」
「あいつ、結構早かったよな。陸上部にも引けを取らないくらい」
たしかにそうだった。7秒台で、クラスの女子の中では一番早かったはずだ。
「ま、暁ちゃんの足を引っ張らないためにも、頑張るしか無いよね」
「だな!」「ああ」
チームを勝利に導くために。クラスに貢献するために。
◇◆◆◆◇
憂いているのは、体育祭だけではない。
「どうしよっか?」
早織先生は実行力は凄まじいのに、ちょっと過程の部分が悪いような、そう思わされる。
「どうしよっかって言われても……」
困るってもんだ。
俺は早織先生に呼び出され、放課後の教室、向い合せの机で、文化祭の生徒会会議のための準備をしようとしていた。
「まず、目標を考えよう。いいね?」
「はい」
国語の授業の時より生き生きしているのは何故なのか。
「私とあなたは、全ての文化部が発表の場を設けられる文化祭を作りたい。これには納得してくれているね?」
「ええ、言われなくとも」
口ではそう言うが、俺は別にそうじゃないとも構わない。
「まず、文化部は全部で十。毎年発表している、吹奏楽部、ダンス部、演劇部の三つ。それ以外の、読書、美術、放送・新聞、パソコン、ボードゲーム、かるた、書道、に文化祭で活躍してほしいの。ただ、そこに立ちふさがるのが生徒会。文化祭のプログラムはここ六年は同じだし、校則には『文化祭とは、文化部の日頃の活動を一つにし、発表する場。故に半端な発表は認められない』とある」
質の高い活動内容、発表が必要ということか。
「そこが大きな障壁ですね」
「一つ、情報があるとしたら六年前にダンス部が発足したときの対応だ」
――つまり、その時の対応例を確認し、模倣することが俺達にとっての勝機ということか。
「なるほど。その時の例を利用するんですね」
「そうよ。その時のダンス部はとにかく必死だった。生徒会に直談判したり、練習をハードにして部室だけじゃなくてグラウンドや体育館でも活動を行うようになった」
自分たちの活動を他の生徒に見てもらうためか。
「それでも、生徒会は覆そうとはしなかった。だから今度は、別の方法で訴えることにした。それは、ダンス部の活動内容を新聞部に提供し、新入部員募集の名目で広告を出した。あんな時期に新入部員募集をするのは異例だったから、誰の目から見てもそれは文化祭に出るためだった。これを機にダンス部以外にも参加を求める声が広がった。そこで、ダンス部は署名を集めた。結果は100名。もう一度検討をさせるには十分な数だった。ついに生徒会側が折れ、見事文化祭で発表ができるようになったってわけ」
壮絶な戦いが会ったのだろう。
「でも、この戦いの中で数人はダンス部をやめちゃったし、生徒会も破綻した。一連の騒動の後、すぐに後期生徒会の選挙活動が始まった」
「だとすれば、署名を集めるっていう行動は効果的ではありますが、対等に事を進めるには適していませんね」
「だから、部活の改善とそれを生徒会に知ってもらうことが私達にできる最大限じゃないかな」
質の高い部活にし、その活動を知らしめ、大勢で抗議しなければ認められない。果たしてそこまでして文化祭に出る意味はあるのだろうか。
無理な話ではないかもしれないが、正直無謀に近いと思う。
何故、早織先生は俺に頼ってまでこだわっているのだろう。
そう、思案していたら、教室の後ろから扉の開く音が聞こえた。
「!……あかりさん。何か忘れ物?」
そこには明がいた。多少走ってきたのか、額には汗が見える。
「強いて言うならこいつ…」
明は俺を指さしてそう言った。
「どうしてここに来たんだ?」
「帰ってこなかったから」
「俺を探していた理由を聞いているんじゃない。ここに来た理由を聞いているんだ」
「……」
無言になってしまった。言いたくないのか。言えないのか。
「問い詰めなくてもいいじゃない」
「俺の帰りが遅いことくらい、たまにあることじゃないか。買い物に行っているかもしれない。寮で誰かと話しているかもしれない。近所のおばさんの畑仕事を手伝っているかもしれない。でも、明は確信を持ってここに来ている。違うか?」
俺の帰りが遅くても、待っていることが多い明が、いろいろな行動が考えられたのに真っ先にここにやってきた。
理由がないはずがない。
「生徒会に意見を出すこと、聞いてる」
「それだけか?」
「……今、寮は室外機の工事で入れなかった。おばさんは孫に野菜を持って行くからって、家にも持ってきてくれた」
「もっと確信に迫る根拠があるはずだ。俺の行動パターンは決まっていない」
状況証拠が少なすぎる。探す理由もない。
「……この前、話してたのを見た」
「そうか。じゃあ改めて聞こう。何故ここに来た?」
「……明が心配。生徒会に立ち向かうのは危険。古川先生も信用できない」
「聞き捨てならないなぁ」
ちょっと黙っててほしい。
「杞憂だな。俺は古川先生に利用されているわけじゃない」
「そう言うなら。帰る」
「ああ。二次方程式でもして待っておけよ」
「じゃあ」
明は教室をゆっくりと出ていった。
「……阿吽の呼吸だったの?」
少し間をおいて、そう聞いてきた。
「そうですかね。もっとうまく伝える方法があったんじゃないかと思います」
あいつの考えることはよくわからないから、適当な会話をするのは難しいだろうが。
「そうかな。私には、お互い多くは言わないけど、確かに姉弟みたいな上手い意思疎通が図れていた様に見えたけど」
「もともと、自分の気持ちを伝えるのが苦手なんです。明」
小三の頃に初めて会ったときも、今とはあまり変わらない様子だった。
いつまで経ってもあの調子は変わっていない。
「そうなんだ。あなたも苦労しているんだね」
早織先生は開けっ放しの教室の扉を閉め、また、俺の前に座った。




