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12話 ベルサイユ条約

「去年の私は、君と同じ立場だったんだよ」


 俺はその言葉に驚愕した。


 てっきり、海先輩は生徒会のメンバーか、もしくはただ出来事をよく知っているだけだと思っていたが、まさか、当事者だったとは。


「海先輩も、俺と同じで、早織先生と一緒に文化祭の改善を目指したってことですか?」


「そうだとも。去年は君のようにうまくはいかなかったけどね」


 本当かよ。爪痕を残したんだよね?


「海ちゃん、ベルサイユって呼ばれてるよね」


 なんだそれは? 都市名だよな。


「ああ。本当にふざけたあだ名だ」


 あー?


「それってどういう意味なんですか?」


「ベルサイユ条約は知っているね。このあだ名は、当時の生徒会の状況と、それを引き起こした私達を揶揄しているんだ」


 なるほど。生徒会がドイツに喩え、それを制限した海先輩はベルサイユ条約のようだ、と。


「じゃあ、やっぱり、新聞部と放送部ができたのは海先輩の行動が原因ってことですか」


「そうだよ。まあ、私が分離させるように仕向けたわけではないけど」


 やたらと落ち着いて話している。おそらくは上級生の間では知れ渡りすぎているのではないだろうか。


「凄いですね。だから、あんなに上手く進められたのかもしれません」


「だろうね。内心、早織先生を恐れているんじゃないかな」


 いや、あの反応だと真に恐れているのは、海先輩なのではないだろうか。


「まあ、次回以降も頑張ってくれ。君は私の役目を引き継いだようなものだからね」


 海先輩が一年生の頃に声をかけられて、翌年にその役目は俺に移ったと考えるとそうなのかもしれないが……。


「海先輩も、早織先生に誘われて会議に参加したんですよね。自分の意志で参加したんですか?」


「いや、早織先生は押しが強いからね。君の思っているとおりさ。でも、あの経験は楽しかったし、自分のためにもなったと思っているから、ある意味、感謝しているよ」


 ああ。やっぱり、早織先生は文化祭に固執しているんだな。


 一年生を誘い、文化祭を変えようと行動し続けているみたいだ。


 何か理由があるのかもしれないな。


「でも凄いよね、二人とも。私そんなことしたこと無いよ。ねぇ、あかりちゃん」


 美緒先輩は明に賛同を求めた。


「明《めい》なら当然」


 俺のことを何だと思っているんだ……。


「あはは。信頼してるんだね」


「美緒、去年は生徒会にいただろう」


 海先輩が指摘する。


「うん。でも執行部だったし、何かたくさんしたわけじゃないよ」


 この部活、かなり変なメンバーじゃないか?


「前期ですか?」


 これで前期だったら笑えるな。


「ううん、後期。だから、海ちゃんの影響は受けなかったよ」


 流石にか。


「まあ、順調に行くといいね」


 そうですね。


「やっと終わった……」


 図書室に一人の女子が入ってきた。さっき会議にいた……


「陽菜乃か。来るのは久々だな」


「うん。最近は忙しかったから」


 陽菜乃先輩は俺達に気付いた。


「この二人が新部員? 柏さんはさっきぶりだね。私は宮城陽菜乃《みやぎひなの》、よろしく」


 イメージに違わず、おとなしい感じだ。


「宮明《みやあかり》です。はじめまして」


 明は軽く挨拶をすると、再び勉強に取り掛かっていった。


「代理は大変だったろう」


「ホントは帰りたかったよ」


 執行部も大変らしい。誰かが休んだら、代わりに働かなければならないのだろう。


「あっ、生徒会の私がいるからって気にしなくていいよ。何なら、私は柏さんの意見に賛成するよ」


 それはありがたい。問題もなく終わるのならそれがいい。


「ありがとうございます」


「そろそろ終わる? もう五時半すぎたし」


 美緒先輩は窓の外を見ながら言った。ザーザーとした雨音が聞こえる。


「結構降ってるね」


「そうしようか」


 海先輩の賛同によって、今日の部活は終わることとなった。まだ十分くらいしか経っていない。


「私、鍵返してくるから、先に帰っておいていいよ」


「ありがとうございます」


 この部活には鍵当番なんてなくて、職員室に用があったり、最後まで残っている人が返すシステムだ。


 勿論、図書室を開けるときも、一番最初に来た人が開けるらしい。


 美緒先輩が鍵を返しに行ったので、俺達四人は先に昇降口へ向かった。


「めっちゃ雨降ってるけど、二人は寮?」


「いえ、」


「近いから」


 残念ながら寮ではないが、幸い俺達の家は近い。傘も持ってきているし、そこまで濡れないだろう。


「そう、いいね。近くに住んでるなんて」


「そうか?」


 海先輩が問うた。


「やっぱりプライベートな空間が欲しいよね」


 なるほど、三、四人が同じ部屋だから、自分だけの空間や時間が少ないと。


「寮は寮で楽しいじゃないか」


「そう思ってるのは海だけじゃない? 結構不便だよ」


「なら一人部屋を取ればいいじゃないか」


 一人部屋? そんなものがあったのか。


「一人部屋って?」


「数は少ないんだけど、好成績を収めたり、生徒会長を努めたりすると、完全個室の一人部屋を支給してくれるの。今借りてる人は、三年生の優秀な人ばかりなんだよ」


 なるほど。成果に応じた報酬のようなものか。しかし贅沢だな。


「ていうか、海、それ断ったんだったよね」


 一人部屋の申し出を? 何故だろうか。


「ああ。特別会議での成果と成績で、だろう。私には複数人の部屋のプレッシャーが丁度いい」


 凄いな。人が頑張っているのを見て頑張るタイプか。


「私に譲ってくれても良かったじゃん」


「残念ながらそんな権利は無い」


「私には一人部屋くれないよ」


「なら、勉強を頑張るほか無いだろうな」


「はあ。私も海みたいに勉強できたらいいんだけど」


 ため息をついて悲しそうな顔をする。相当、部屋について困っているようだ。


 昇降口に着いた。やはり雨脚は強くなっている。


「すごい雨。二人とも、気をつけてね」


 言われるほどでもない。近いし。


「それじゃあ、また」


 俺達二人は強まる雨の中、帰路についた。



 ◇◆◆◆◇



「ベルサイユ、ですか?」


「そうそう。読書部の汐見」


 読書部と言うと、明《めい》の所属している部活だった。


「去年ね、そのベルサイユが去年の生徒会を変えたんだよね」


「うちの部長って生徒会長なんだけど、去年の前期生徒会にも所属していたから結構ベルサイユのこと嫌ってると思うんだよね」


 このソフトテニス部は過去に生徒会に参加していたメンバーが多い。


 部長である遠藤秀は、よく生徒会のことについて部員に相談している。


 今日は特別会議ということで、部活には来ないそうだ。


「どうしてベルサイユなんですか?」


 汐見海という人物がベルサイユというあだ名であることを聞いた。おそらくベルサイユ条約から取られたものだと思うが。


「去年前期までの生徒会って、今と比べて権利も大きくて横暴だったの。でも汐見がその辺りの権利を改正したから、生徒会を第一次世界大戦中のドイツに喩えて、ドイツの権利を制限した汐見はベルサイユ条約のようだって、面白おかしく言われたんだよ」


 それは凄い。私にはできないだろう。


「それは、汐見さんが一人で?」


「いや、古川先生がついていたよ」


 私のクラスの担任? じゃあ、明も同じ立場なのか?


「実際には生徒会はどう変わったんでしょうか?」


「まず、新聞部と放送部の分割でしょ。生徒会の人数制限。特別会議に参加できる人数も減ったんだっけ。推薦枠の廃止に、生徒会活動で使われる会費の削減、かな」


 今までとはかなり変わったようだ。人数制限や会費削減は大きかっただろうな。


「今までで一番生徒会が変わったタイミングだったらしい。今の生徒会の力は去年とは比べ物にならないくらい縮小しているよ」


「渚も、生徒会入ってみたら? 結構楽しいよ」


 明も会議に出たのなら、私もやってみたほうがいいだろう。良い経験になるかもしれない。


「そうですね。考えてみます」


 二人の先輩は休憩を終えて、コートに走っていった。


 顧問の先生も会議に参加しているので、今日はきつい練習をする必要はない。


 先輩たちの攻防も、いつもより緩い。


 体育館の奥に目を向けると、バスケ部が練習試合をしている。


 顧問の先生の声とシューズの音が響き渡る。


 明にトラベリングを指摘されたことを思い出した。


 ボールを扱う競技はあまり得意ではない、というのは言い訳だが、今度するときには指摘されないようにしたい。


 やはり彼の観察眼は優れているのだろう。いろいろ指摘されそうで怖い。


「お疲れ」


 部長が体育館にやってきた。会議が終わったのだろう。


「お疲れ様です。遠藤先輩」


 私に軽く挨拶すると、試合をしている二人に声をかけた。


「会議、どうだった?」


「ぼちぼち、柏ってやつ、結構大物かも」


「もう一人はどうでした?」


「あれは新聞部の当てつけだったね」


 どういう意味だろう。明以外にも一年生がいたのか。


「練習はどうだい?」


 先輩の一人が軽く目を逸らす。


「顧問もいなかったんで、あんまり」


「まあ、今日は何処の部活もそんなものだろう。片付けするよ」


 先輩たちが片付けを始めたので、私も片付け始める。


 ネットの片付けは三人が手際よくやってしまったので、私は端っこに飛んでいってしまったテニスボールを拾った。


 明の会議はどうだったのだろうか。

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