第3部6話 失えないものが増えたから
結が目を覚ましたその場所は暗く、光りの届かない場所だった。
「…ここは?」
結の声がただ、響く。
暗いその部屋で結は恐怖で涙が溢れだしていた。
「パパぁ…ママぁ…」
涙は止まらず、両親を呼んだが、返事はない。
ーコツコツ…。と誰かの足音が響いた。
「順調だな」
「発現は確認済みです」
男の人の声が2つ、結の耳に届く。
「…誰?」
恐怖で震えながら、結は問いかけた。
1人の男が結の洗脳が溶けていることに気が付くと
結との距離を一気に詰めるとまっすぐ目を見つめた。
「怖がるな。お前を正しく使ってやる」
ー怖い…。
それなのに、目が逸らせない。
少しの沈黙が流れた。
「…壊すの…簡単」
そう言う結の瞳は虚ろで、涙を流しながら笑っていた。
「守る力など不要だ」
「壊す力こそ、完成形だ」
男は満足そうに言葉を残すと闇の中へと消えていった。
「葛城さん、座標の特定完了しました」
「遅い」
パソコンをカタカタと音を立てながら葛城はそれだけ呟く。
奏の追跡ログから結誓連盟の監察部隊は結を連れ去った者のアジトの特定に至っていた。
「橘さんに現在地と座標位置送って。蓮には俺たちの現在地共有したから、もう着くはずだ」
パタンっとパソコンを閉じると葛城は部下を見る。
「蓮が来たら、俺の車に誘導」
指示を告げると葛城は俯き、己の判断不足を嘆いた。
特定された座標は以前、一ノ瀬邸襲撃の際に調査でたどり着いた場所と同じだった。
だが、あの時…確証がなかった。
確証が得られていれば、あの時の時点で潰せていたはずだ。
「一ノ瀬蓮、沖田奏が到着しました」
部下の声で顔をあげると真っ直ぐな視線で刺してくる2人。
空気が張り詰めている。
だが、その表情は怒りもなく、焦りもなく…決意の表情だ。
「奏、追跡よくやった。蓮、以前陽葵様を襲撃した組織、影楼が結ちゃんを攫ったと考えて間違いないだろう」
一拍、葛城は間をあけ「どうする」と葛城は2人に問う。
奏の追跡のおかげで特定に至ったが、単独の危険行動を犯している。
このままの勢いで飛び込むであろうことは分かっていた。
だが、葛城は2人を止めたかった。
これ以上、自分の後輩の命を危険に晒したくない。
さらに、橘の許可も天音の命もない状況で2人を踏み込ませたくなかった。
同じ失敗をしでかす訳にはいかない。
「ー俺は行きます」
蓮だった。
真っ直ぐで冷静な光を宿している蓮の瞳。
文句は言わせないと葛城に訴えてくる。
「俺は連盟を離籍している。個人で動くだけだ。…奏、お前は天音さんと橘さんを待て」
葛城から視線を奏へ移し、蓮が言う。
「はぁ!?何言ってんすか!」
「足手まといとでも言いたいんですか!!」
俺も連れていけ。と奏が食い下がる。
「違う、奏。単独行動は連盟の規約規定違反だ。蓮はこれ以上、違反するなって言ってるんだ」
「いや、緊急事態でしょうが!」
「それでも、だ。敵勢力がどれほどのものか掴めてないんだぞ」
葛城が奏を強く引き留めた。
これ以上、突っ走るな。と目で訴えている。
奏は葛城のこんなにも強い眼を見たのは初めてだった。
「別にお前が足手まといなんて思ってもいねぇし、とっくの昔に認めてるよ」
蓮は奏の肩にぽんっと手を置くと真っ直ぐに見つめて奏へ言葉を伝えた。
「お前は強い。だから、お前に今は陽葵を任せる」
「俺は陽葵を守りてぇ。…けど、それ以上に結も守りてぇ」
「守りてぇもんが増えたんだよ」
蓮はタバコに火を着け、続けた。
「だから、どっちも失わねぇ」
それだけ言うと、蓮は自分の車へ戻り、陽葵へ声をかけた。
「もうすぐ、橘さん達くるから、それまで奏と居てくれ。俺は追跡を続けるから」
優しく微笑みかける蓮。
「…うん」
陽葵は一抹の不安を感じた。
ー追跡なんて、嘘だ。
蓮は結を1人で助け出そうとしているんだ。
分かっているのに、行かないでと言えない。
私も一緒に行く。と言葉に出ない。
蓮の微笑みが、何も言うな。と言っているから…。
その笑顔が、怖い。
蓮も、結も失うかもしれない。
「大丈夫だよ。結と必ず戻る」
陽葵の手を握り、蓮は呟いた。
–「…大丈夫だよ」
あの日…蒼真を失った日の言葉が蘇った。
蒼真の最後の微笑みと蓮の微笑みが重なる。
でも…。
「必ずだよ」
溢れそうになる涙を堪え、陽葵は力強く蓮を見つめた。
蓮は頷くと最愛の娘、結の奪還へと歩き出した。
その背中を見つめながら陽葵は
「…結、待ってて」
と呟いた。




