第3部4話 静寂の中で奪われたもの
一ノ瀬邸
蓮が戻ると既に結は寝てしまっていた。
いつもの可愛らしい寝顔で寝ている結を確認すると、蓮はリビングで待つ陽葵と奏の元へ向かった。
「おかえり、蓮」
少し不安そうな顔をしている陽葵。
そんな顔、すんなよ。
と蓮が言おうとした時だった。
「すいません!俺の判断不足です!」
バッと奏が蓮に頭を下げたのだ。
蓮は目を見開いて驚いた。
これまで、何があっても奏が頭を下げて謝る事などなかったからだ。
「…なんか、異変はあったんだな?」
少し低い声で蓮は口を開いた。
「蓮!奏くんは、私の気持ちを…」
奏を庇おうと陽葵が立ち上がる。
「陽葵、俺も大人だ。怒鳴ったりしないよ」
落ち着いている蓮の声だ。
陽葵は少し安心したように腰を下ろした。
「…直接の接触や何かがあった訳ではありませんでした。ただ、怪しい気配は感じていましたが、蓮さんへの報告は不要と判断し、陽葵さんにだけ報告しました」
頭を上げずに奏は続ける。
「自分がもっと、結さんの傍に居るべきでした」
悔しそうに奏は両手を握りしめていた。
あの、奏が頭を俺に下げたんだ。
責任は感じているのが分かるし怒った所で仕方ない。
「とりあえず、頭を上げろ。お前がそんなこと俺にすんの気持ち悪い」
はぁーと蓮は大きく息を吐くと
「こうなったもんは仕方ない。天音さんと橘さんも調査してくれる事になった」
「…奏、お前がする事は、反省でも後悔でもない。ここから、どう結を守るか、だ」
頭を上げた奏の目をまっすぐに見て蓮は伝えた。
そして、奏も蓮の目をまっすぐに見て、しっかりと返事をした。
蓮は天音から預かった文献を陽葵と奏に見せ、天音から聞いてきた力の話、敵の組織、警備の事を事細かに説明した。
「私、この本しっかり読んでみるね」
文献を持ち上げ、陽葵はそのまま部屋で休むと言うとリビングから出ていった。
奏は説明をしっかり聞いてくれたし、今もまだ拳を握りしめていた。
「…奏、お前はさ俺の事は嫌いだろうけど…」
「はい、嫌いです」
そこだけはケロッと即答する奏。
「お前な…まぁいいや。お前が感じてた気配、接触の確認はしてないんだな?」
「ええ…ただ、力が発現したなら…見ていない所で接触されてるのかと」
蓮の意見も奏と同じだった。
陽葵が学校は普通にさせてやりたいと、学校での警護はつけていなかったが…。
「結は嫌がるだろうが学校にも奏、ついて行け」
「分かりました」
蓮はリビングの窓を開け、タバコに火をつける。
外は暗く、不気味な程、静かだ。
「俺は結さんの警護に当たります」
そう言うと奏は結の部屋へ向かった。
「…静かすぎる」
ポツリと蓮は一人で呟いた。
その声は夜の闇にやけに響いて聞こえた。
『…おいで』
結は夢の中で誰かに呼ばれた気がし、目を覚ました。
『君の両親は嘘をついてるよ』
目が覚めたのに聞こえて来る声。
ふっと窓へ視線を向けると、真っ暗な夜の闇の中に黒いマントを羽織った怪しげな男がいる。
だが、結は怖がりもせずにその男の元へと歩いていく。
「パパとママが嘘?」
「君には特別な力があるのに、それを隠してる」
結は思い返した。
ボールが破けたこと、皿が割れた事。
「私が教えてあげるよ」
どうしてか、分からないけど、逆らえない。
「…うん、行く」
虚ろな目をした結は男の手を取った。
—バンッ!
「結さん!」
部屋の前で警護をしていた奏が微かな話し声に気が付き、部屋へ飛び込んできた。
だが、次の瞬間。
男は結を抱き抱えると窓から飛び降り、夜の闇へ逃げる。
「逃がすかよ」
すぐに奏も男を追い掛け、窓から飛び出した。
リビングにいた蓮の耳にバンッ!と扉が勢いよく開く音が聞こえた。
「結…?」
蓮は急いで結の部屋へ向かう。
胸がザワついた。
結の部屋へたどり着くと、奏が窓から飛び出して行くのが一瞬、見えた。
「……は?」
結の部屋を見渡すも、結の姿はない。
…攫われた?
さっきまで、ここに居たはずなのに…。




