第九十三話:兵法の「計」と、泥酔の「失態」
第九十三話:兵法の「計」と、泥酔の「失態」
「……よし。『敵を知れば百戦危うからず』。孫子の兵法は現世のビジネス研修でもド定番だが、今の俺たちにはこれ以上の金言はないな」
天狐の社の作戦室。ショータは一行の帰還を待つ間、大介から取り寄せた「特殊高分子ポリエチレン製の防弾プレート」と「強化セラミック装甲」を、異世界の防具に「卒なく」組み込む作業に没頭していた。
「コン、仕上げだ。この『物理弾』専用の装甲に、お前の加護で『摩擦係数ゼロ』の術式を上書きしろ。弾丸を止めるんじゃなく、弾き流す(スルーする)んだ」
「承知した! 正一位の意地、この『防弾チョッキ』とやらに込めてやるのだ!」
一方、極北のセントケベック。
殿を務めるベリさんと帝国騎士団の間には、奇妙な連帯感が生まれつつあった。元は敵同士、かつては戦場で刃を交えた仲。だが、この極寒の地で「未知の狙撃手」という共通の脅威を前に、意地を張っている余裕はなかった。
「……誰かが言っていたな。このクソ寒い北国では、キツい酒で内側から薪を焚べるのが一番だと」
一人の重装歩兵が、巨大な樽を抱えて笑った。恐怖を紛らわせ、士気を高めるための即席の酒宴。ベリさんも「……フン、虚無を埋めるには悪くないな」と、差し出された盃を煽った。
喉を焼くアルコールが、種族と過去の壁を溶かしていく。
「ベリさん、あんた意外といい飲みっぷりじゃねえか!ただの清掃員にしとくのはもったいない、ウチ(騎士団)に来ないか?!」
「……黙れ。……お代わりだ」
賑やかな喧騒の中、寝台で眠っていたガイも薄らと意識を取り戻し、仲間たちの笑い声に安堵の表情を浮かべた。ベリさんは次々と注がれる酒を、かつてショータに接待された時のように、淡々と、しかし確実に胃に流し込み続けていた。
だが、宴の絶頂。
吹雪の音を切り裂き、空気を震わせる「法螺貝」のような野太い音が響き渡った。
――ガシャァァァンッ!!
けたたましい音と共に、兵舎の窓ガラスが全方位から砕け散る。
「……なっ!? 奇襲か!?」
「しまった……! 酒のせいで……魔力感知が、遅れた……!」
ベリさんは足元をふらつかせながら、自らの「酒による二度目の失態」に青ざめた。
暗闇の中から、火縄銃の火皿が赤く明滅し、あの「三連射」の死神たちが、今度は至近距離からその牙を剥こうとしていた。
またしても「アルコールという名のデバフ」に自ら嵌まってしまったベリさん。
防弾装備の到着を前に、裸同然の騎士団に、最凶の狙撃が降り注ぐ。




