第九十二話:蒼い旗の残響と、ベリさんの「殿(しんがり)」
第九十二話:蒼い旗の残響と、ベリさんの「殿」
セントケベックの宿舎、深夜。モリガンは震える声で、キキョウの記憶の深淵で見た光景を語り出した。
「……キキョウ、貴女、あっちでは狐じゃなかったよ。耳も尻尾もなくて……。『蒼い花』の紋章が入った旗を掲げる部隊にいたわ。近くには兜にあの『黒い花』を挿した、漆黒の鎧の騎馬武者が……」
断片的な情報の欠片。だが、ショータの脳内にある現世の歴史データベースが、火花を散らして結びついた。
(……蒼い花の旗。そして火縄銃。……間違いない。キキョウのルーツは戦国時代の日本、それも特定の軍団だ。そしてクレーターに潜むあの三人組……彼らもまた、その『時代』からこの異世界へ迷い込んだ、システムの異物か)
「ショータ殿、その『火縄銃』とやら、対処法があるのですな! 教えてください、今すぐ敵を討ち取って参りますわ!」
アーシェが義憤に駆られて剣を握りしめるが、ショータは冷静に制した。
「待て、アーシェ。……火縄銃なら、雨や霧による不発、装填時間の隙、射線の限定……『卒なく』突ける弱点はいくらでもある。だが、敵の正確な位置も数も分からない今の状況で、闇雲に突っ込むのは『無謀な先行投資』だ」
ガイの容態は、ヴァハとネヴァンの懸命な救護で安定しつつあるが、依然として予断を許さない。ショータは即座に「リスク分散(損切り)」の判断を下した。
その重苦しい沈黙を破ったのは、これまで静観していた一万年に一人の美形清掃員、ベリさんだった。彼は静かに箒を立てかけると、かつての四天王を彷彿とさせる鋭い眼光で前に出た。
「……プロデューサー殿。私がここに残り、『殿』を務めよう」
「ベリさん……。見習いのお前に、そんな重役を任せていいのか?」
「……。案ずるな。ガイ殿の治療と、騎士団の防衛は私に任せておけ。掃除の『仕上げ』に、元四天王の経験が役立つこともあるだろう。……アーシェ殿、貴女方は一度社へ戻り、あの『鉄の礫』を防ぐ術を整えてくるがいい。ここは、私が一歩も通さぬ」
ベリさんの不敵な言葉に、ショータは即座に決断した。
「……よし。ベリさんの案に乗る。アーシェ、キキョウ、ローレライ、モリグナー三姉妹。お前たちは今すぐ社へ撤退しろ。……そこで、大介から取り寄せた『防弾装備』と、火縄を完封するための『最新の対策キット』を整える。装備を刷新し、万全の態勢で必ずここへ戻るぞ」
「……。分かりましたわ。ベリさん、ガイ殿と騎士団を……お願いします!」
アーシェは悔しさに唇を噛みながらも、ベリさんに後を託し、仲間たちと共に撤退の準備を開始した。
「再整備」のために一時的な分断を選んだショータ。
北の空に響く火縄の轟音を背に、反撃のための「特急帰還プロジェクト」が動き出した。




