第九十話:追憶の調律(チューニング)と、影の正体
第九十話:追憶の調律と、影の正体
雪煙の向こう、撤退する帝国遠征軍の背中を、小高い丘から見下ろす三つの異様な影があった。
「……ほお、アレを受けて死ななんだか」
「なかなかの兵にございますな……」
「我らに安息はないものかのお……。じゃが、退屈しのぎにはなりそうじゃ」
リーダー格の男が、手元の黒い筒状の武具を愛おしそうに撫でる。
「如何する? 退却の陣に追撃は出さぬのか?」
「……捨ておけ。まだ我らもこの地に来て間がない。『敵を知れば百戦危うからず』よ。まずはこの地を知ろうではないか」
影たちは追撃を止め、そのまま闇夜へと溶け込んでいった。
数日後。一行は命からがら、北の小国セントケベックへと帰り着いた。
待機していたヴァハとネヴァンが、血まみれのガイを即座に救護所へと運び込む。
「ガイさん! しっかりしてくださいですぅ!」「すぐに止血と魔力輸血を開始します!」
二人の献身的な処置により、ガイは辛うじて死の淵を免れた。
宿舎の廊下では、アーシェがキキョウを問い詰めていた。
「キキョウッ! 何か知っているのでしょう!? 敵の正体も、あの『三つの穴』の意味も!」
「……知っている……けど、思い出せない……。暗い、冷たい……鉄の匂いが……っ」
キキョウは頭を抱え、床に崩れ落ちた。その拒絶反応は、記憶そのものが「バグ」として封印されている証拠だった。
「……アーシェ、そこまでになさい。彼女を壊すつもりですか」
割って入ったのは、白銀のマネージャー、ローレライだった。
「私が『想起の鎮魂歌』を歌います。旋律で彼女の精神を弛緩させ、その隙に……モリガン様。貴女が彼女の意識の奥底へ入り込み、封印を解くのです」
「……分かったわ。ショータが教えてくれた『プロデュースの情熱』、今度はキキョウを救うために使うですぅ!」
幼女の姿ながら、かつての四天王の霊圧を漲らせるモリガンがキキョウの額に手を当てる。
ローレライの悲痛な、しかし美しい歌声が室内に満ち、キキョウの硬直した精神がゆっくりと開かれていく。
『……よし。リリィ、精神波のログを抽出しろ。……モリガン、無理はするな。……キキョウ、お前の「本当の名前」を、俺に見せてみろ』
白玉越しにショータが鋭い視線を送る中、モリガンの意識はキキョウの記憶の深淵――「鉄と硝煙にまみれた、異世界の理外の戦場」へとダイブした。
「仲間の魂の再編」に乗り出したショータ。
キキョウの過去に眠る、あの「三つの穴」を穿つ武器の正体が、今、暴かれようとしていた。




