第八十七話:未踏の傷痕(スロット)と、漆黒のデジャヴ
第八十七話:未踏の傷痕と、漆黒のデジャヴ
極北の静寂の中、キキョウの鋭い呼び声が吹雪を裂いた。
駆けつけたアーシェ、ガイ、そしてローレライは、小屋の中で横たわる遺体とその胸に刻まれた「異形」を目の当たりにし、言葉を失った。
「……何ですの、これは。刃物でも魔法でもない。あまりにも精密で、無機質な三つの穴……」
アーシェが剣の柄を握り直し、眉をひそめる。ガイもその傷口を覗き込み、「帝国騎士団のいかなる武具をもってしても、これほど均一な孔を穿つことは不可能だ」と戦慄を隠せない。
だが、誰よりも激しい動揺を見せていたのは、斥候として最初にこれを発見したキキョウだった。
「……思い出せない。でも、知っている。……この傷口。……とてつもない、血と鉄の匂いがする戦場で……私は、これを見たことがある気がする」
キキョウの指先が、微かに震える。そして視線は、その傍らに咲く「黒い花」へと吸い寄せられた。
この不毛の地に咲くはずのない、金属光沢を放つ不気味な花。名前も分からない。だが、それを見つめるほどに、キキョウの心の中に眠る「邪悪」が、冷たい泥のように全身を侵食しようとする。
「はぁ……はぁっ……!」
呼吸が荒くなるキキョウの肩を、ローレライが背後からそっと抱き寄せた。
「……落ち着きなさい、キキョウ。貴女の影が乱れていますわ。……これは、ただの『花』ではありません」
白玉越しにその光景を解析していたショータが、重い口を開いた。
『……アーシェ、聞こえるか。……一旦、引き返す選択肢もあるぞ。……その穴と花、俺の【世界の総支配人】のデータベースでも、異世界の生態系外として弾かれている。……リスクがデカすぎる』
ショータの「卒のない」撤退勧告。だが、キキョウはローレライの手を優しく払い、真っ直ぐに白玉を見つめ返した。
「……嫌。……先へ進ませて。……この既視感...『デジャヴ』の正体を突き止めないと、私は……私はもう、自分の影すら信じられなくなる」
キキョウの強い意志に呼応するように、背後に控えていた帝国騎士団の面々も剣を掲げた。
「聖者殿! 我らも同じだ! 魔王軍との死線を越えてきた我らが、得体の知れぬ花一輪に背を向けては、帝国の名が廃る!」
「……。分かったよ。……全員、警戒レベルを最大(MAX)に上げろ。……リリィ、これより遠征軍に『広域防護パッチ(パッチ)』を適用する。……一歩でも踏み外せば、即座に強制終了だぞ」
ショータは渋々と了承し、キーボードを叩いた。
「自らの過去と未知の侵食」が交差する最前線。
一行は、あの巨大なクレーター――「バグの心臓部」へと、再び歩みを進める。




