第八十六話:影の追憶(フラッシュバック)と、黒き花片(かへん)
第八十六話:影の追憶と、黒き花片
雪の小国セントケベック。その温かなスープと街の人々の歓声に後ろ髪を引かれつつも、遠征軍の本隊はさらなる「北」へと進軍を開始した。
「……よし。モリグナー三姉妹、お前たちはここで待機だ。万が一の際の伝令ルート確保と、後方支援(救護所)の設営を頼む」
ショータから白玉越しに下された「卒のない」人員配置。アイドルとしての華やかさと、四天王次官譲りの魔力を持つ彼女たちは、極寒の地における「生命維持の拠点」として、セントケベックにその根を下ろした。
それから数日。一行は吹き荒ぶ雪を突いて野営を繰り返し、ついにクレーターまであと数日の距離にまで肉薄した。
視界を遮る吹雪の向こう、村の形跡すら途絶えた不毛の荒野に、ポツリと佇む「小山のような盛り土」と、その影に隠れるように建つ一軒の古びた住居を見つける。
「……あそこだ。嫌な気配がする」
キキョウが、いつになく鋭い殺気を放ちながら、先行しての斥候を買って出た。
「気をつけて、キキョウ。深追いは禁物ですわ」
アーシェの制止に、キキョウは短く頷き、雪煙に溶けるように姿を消した。後方ではローレライが、いつでも広域魔術を放てるよう距離を保って援護に回る。
キキョウは音もなく小山の住居へ踏み込んだ。
だが、そこで彼女の目に飛び込んできたのは、予想だにしない静かなる惨劇だった。
「……っ、これは……」
住居の主と思われる老人が、床に倒れ伏していた。争った形跡はない。だが、その胸元には、この世界の刃物や魔法ではあり得ない、「三つの小さな穴」が空いていた。
そして、その傍ら。
凍てついた床を突き破るように、この極北の大地にはおよそ似つかわしくない、漆黒の金属的な光沢を放つ「花」が咲き誇っていた。
「……黒い、花? 霊力が……吸い取られていく……?」
キキョウがその花に手を伸ばしかけた瞬間、白玉からショータの鋭い声が響いた。
『触るな、キキョウ! それは植物じゃない。……現世の「バグ・データ」が実体化した侵食体だ。その穴も、そいつが栄養(魔力)を吸い取った痕だぞ!』
その言葉と同時に、黒い花が不気味に明滅を始めた。




