第八十五話:雪の小国セントケベックと、凍てつく「障気」
第八十五話:雪の小国セントケベックと、凍てつく「障気」
帝国領を離れ、北へと進むにつれ、景色は峻厳な白銀の世界へと塗り替えられていった。
一年中雪に覆われた北の小国、セントケベック。一ヶ月に及ぶ旅路は、時折襲い来る魔物の群れを、アーシェの剣とキキョウの先制攻撃で「卒なく」退け、一行はついにこの極北の拠点へと到着した。
「――帝国遠征軍、ならびに正一位天狐の社の一行を歓迎いたします!」
セントケベックの街は、救世主を迎えるような熱気に包まれていた。国の代表であるサグネー議長が自らホテルのロビーでガイとアーシェを出迎え、冷え切った兵士たちには、この土地の名物である濃厚な温かいスープが振舞われた。
「サグネー議長。例のクレーターの現状はどうなっていますか?」
ガイがスープで人心地ついた後、本題を切り出した。議長は険しい顔で、窓の外のさらに北、白夜の空を指差した。
「……近づくことさえ叶いません。あの陥没跡からは、生物の理性を削り取るような、どす黒い『障気』が絶えず溢れ出しているのです。調査に向かった我が国の精鋭も、正気を失って戻ってくる始末……」
その言葉に、一行に緊張が走る。
だが、ショータが事前に施した「正一位のバフ」は、まさにこうした事態を想定した『アンチ・デバフ・プロトコル』だった。
「……。案ずるな、議長。我らには『天狐様の輝き』がある。……ベリさん、例の『現世の防護服(簡易版)』の準備を」
「了解した、アーシェ殿。……この寒さ、虚無を通り越して骨に響くな」
ベリさんが、ショータから預かった特殊繊維の外套を配り始める。
その夜。不安に震える街の人々と、明日の出陣を控えた兵士たちのために、モリグナー三姉妹がホテルの特設舞台に立った。
「――♪~ 北の風に乗せて、私たちの声を届けるよ!」
氷の結晶が舞うような透明感のある歌声。それはセントケベックの凍てついた空気を物理的に浄化し、人々の心に「希望」という名の体温を灯していった。
だが、その歓声の裏で、キキョウは一人、ホテルの屋上から北の空を睨んでいた。
(……来る。……あのクレーターの底にいるのは、単なる魔物じゃない。……あれは、私の『過去』そのものだ)
「世界のバグ」の発生源に王手をかけた一行。
明朝、彼らはついに、誰も生きて戻れぬ不毛の地――クレーターの深淵へと足を踏み入れる。




