第八十四話:北域への行軍と、影差す「正一位」
第八十四話:北域への行軍と、影差す「正一位」
二つの月の間を裂いたあの禍々しい流星から一ヶ月。
天狐の社は、かつてない決断を迫られていた。北の最果てに現れた巨大なクレーター。そこから漂う「世界理」を侵食するようなノイズを放置することは、正一位の社にとって致命的な経営リスク(滅亡)を意味していた。
「……よし。遠征軍の編成を確定させる。期間は約一ヶ月。帝国遠征軍のロジスティクスに相乗りする形で、最短ルートで『北』へ向かう」
ショータの号令の下、社は慌ただしく旅の準備に追われていた。
「わーい! 北の国でもライブができるんですぅ! 新曲、雪の結晶をイメージしたバラードにしましょうかぁ!」
モリグナー三姉妹は、まるで修学旅行前夜のようなはしゃぎよう。だが、その傍らでキキョウだけは、いつもの冷静さを欠き、険しい表情で自らの得物を磨いていた。
「……どうした、キキョウ。顔色が優れないな。不安なら、留守居に回るか?」
アーシェが案じて声をかけるが、キキョウは短く首を振った。
「……いえ。行く。……この胸騒ぎ、ただのノイズじゃない。この『正体』を自分の目で確かめないと、私は影として一生、安息を得られない気がする」
ショータにとっても、この二分割は苦渋の選択だった。精鋭を北へ送れば、留守を預かる社(コン、リリィ、そしてショータ本人)の防衛力は手薄になる。再び魔王軍に「隙」を突かれればひとたまりもない。だが、北の脅威を無視すれば、いずれ世界そのものがバグで崩壊する。
「――聖者殿! 帝都遠征軍、準備整いました! 共に参りましょう!」
山道を馬の蹄の音が駆け上がる。到着したのは、今回の遠征の総指揮官を務めるガイだ。帝国騎士団の精鋭たちが居並ぶ中、拝殿の前で厳かな出陣式が執り行われた。
「皆、道中、不慣れな土地で苦労もあろう。……だが、我が社の『卒のない』サポートを信じろ。コン、仕上げだ」
「承知した! ――正一位天狐大明神の加護を、その身に刻むが良い! 『天翔ける白狐のカーテン・極』ッ!」
コンの全身から溢れ出した純金色の光が、旅立つ精鋭たち一人一人の体を包み込み、最高級の「輝きのバフ(持続性ステータス上昇)」を付与していく。
アーシェの剣、ローレライのタクト、三姉妹のマイク、キキョウの刃、そしてベリさんの箒。
それぞれの覚悟を胸に、帝国軍五百と共に、社の精鋭たちは未知なる「北」へとその第一歩を踏み出した。
卒なく、しかし今や「世界のバグ」をデバッグ(修正)するための聖戦が、ついにその火蓋を切った。




