第六十九話:死んだふりの代償と、ベルゼの「供養」
第六十九話:死んだふりの代償と、ベルゼの「供養」
「……よし。ベリさん、今日の鏡面磨き(窓拭き)も完璧だ。反射で鳥が激突しないよう、魔力で少し曇らせておけ」
天狐の社は、かつてない平和と「推し活」の熱気に包まれていた。だが、その平和はショータが仕掛けた「大規模な偽装工作(特撮)」の上に成り立つ危ういもの。魔王軍側では、この社はすでに「戦死したベリアルと共に消滅した」ことになっていた。
一方、魔王軍本拠地。
「――天狐の社なき今、もはや我らを阻む壁はない。次なる標的は、帝国の同盟国エストレア王国だ」
玉座の前で、新四天王のルシファーが傲慢に翼を広げた。圧倒的な魔力を秘めた彼が歩けば、その余波だけで草木は枯れ果て、大地は不毛の荒野と化す。相次ぐ四天王の失態(離脱)に業を煮やした魔王直々の進軍命令だった。
「……ルシファー。貴方の実力は認めますが、先のベリアルの例もあります。油断は禁物……人事部長として、私も陣に同席しましょう」
ベルゼは、ベリアルの「壮絶な最期」を思い出し、どこか沈痛な面持ちで同行を申し出た。
進軍の途中。エストレアへの街道が稲荷山の麓を通りかかった際、ベルゼはルシファーに告げた。
「……少し、陣を抜けます。ベリアルは酒好きでしたからな。奴が散ったあの頂に、せめて銘酒を供えてやりたい」
「ふん、死んだ無能に情けか。好きにしろ、潔癖な人事部長殿」
ベルゼは一人、静かに稲荷山の頂上へと歩を進めた。かつてベリアルが「爆散」し、社と共に灰燼に帰したはずのその場所。
だが、霧を抜けたベルゼの目に飛び込んできたのは、絶望と混乱――ではなく、あまりにも瑞々しく輝く「正一位」の社だった。
「……な、……は?」
そこには、灰一つ落ちていない。どころか、以前よりも豪華に改築された社殿があり、境内には「ベリさーん! こっち向いてー!」という黄色い歓声が響き渡っている。
「……消滅した……のでは? ベリアルは……相打ちで……?」
ベルゼは腰を抜かしそうになりながら、ウロウロと境内の外縁を彷徨った。
そこには、壊れるどころか最新築の五階建て宿泊施設がそびえ立ち、千本鳥居からは「ベリさーん! 尊いー!」という乙女たちの嬌声が漏れ聞こえてくる。
「……消滅した……のでは? ベリアルは……相打ちで……。……いや、そもそもこれは幻覚か? 私は、過労でついに発狂したのか?」
供養の酒瓶を抱えたまま、ベルゼは不審者のように社の周囲を徘徊し、何度もモノクルを拭き直した。だが、どこからどう見ても、そこには「健在」どころか「過去最高の繁栄」を謳歌する社が存在していた。




