第七十話:再会の天狐蕎麦と、拭いきれぬ「既視感」
第七十話:再会の天狐蕎麦と、拭いきれぬ「既視感」
「……落ち着け、ベルゼ・ロジスティクス。逆境の時こそ、まずは腹を満たし、血糖値を安定させるのが人事部長の鉄則だ」
消滅したはずの社が以前にも増して輝いているという、信じがたい現実に脳を焼かれたベルゼ。彼は震える手でモノクルを直し、吸い寄せられるように『新・天狐亭』へと足を踏み入れた。
昼時。店内は参拝客で賑わっていたが、ベルゼは正体が露見せぬよう、フードを深く被り、隅の目立たない席を確保した。
すると、そのすぐ隣の社員専用席に、これまた帽子を深く被り、作務衣を着た長身の清掃員が腰を下ろした。……他ならぬ「ベリさん」ことベリアルである。
「……すまない、注文をいいか?」
「あ、すみません。……私も、いいですか?」
二人の声が重なった。ベルゼは「……どうぞ。お仕事中でしょう、お先に」と、かつての同僚とは露知らず、管理職らしい譲り合いの精神を見せる。
ベリアルもまた、帽子を直しながら「いえいえ、参拝者の方が優先ですから……。では、お言葉に甘えて」と、謙虚な清掃員として応じた。
「では、天狐蕎麦、天かすマシマシで」
「私は、天狐蕎麦を単品で」
ほどなくして運ばれてきた、湯気の立つ黄金色の出汁。二人は無言で割り箸を割り、一心不乱に麺を啜り上げた。
「……ッ、ハフッ、……プハァ」
「……。……プハァ」
同時に漏れる、至福の吐息。
かつてのベルゼなら、ここで脳内での孤高のグルメリポートが始まるところだが、今は社の生存という「不祥事」の衝撃で、そんな余裕すら失われていた。
同時に食べ終え、ベリアルが「……失礼」と席を立とうとしたその時、ベルゼがふと思い出したように声をかけた。
「……お若いの。一つ聞きたい。風の噂では、この社は先の戦いで燃え尽き、更地になったと聞いていたのだが……。見ての通り、随分と健在なようだね?」
その問いに、ベリアルの背中が一瞬だけ強張った。だが、彼は振り返らず、静かな、しかしどこか諦観の入り混じった声で答えた。
「……ええ。ご覧の通り、この社は……『卒なく』営業していますよ。……では、私は仕事がありますので」
ベリアルは食器を片付け、足早に店を出て行った。
残されたベルゼは、去りゆく清掃員の背中をじっと見つめ、首を傾げた。
「……不思議だ。あの声、あの独特の『やる気のなさ』……。どこかで、聞いたことがあるような……」
一方、境内の掃き掃除に戻ったベリアルもまた、胸のざわつきを感じていた。
「……あの一杯の蕎麦に魂をかけるような、異常なまでのこだわり。……あんな奴、魔界に一人しか心当たりがないのだが……。まさかな」
卒なく、しかし今や「互いの変装」に阻まれた運命の再会。
二人の四天王が、一筋の蕎麦の香りを媒介にして、ついにその正体を暴き合う一秒前へと加速していく。




