第六十話:泥酔の誓約(デッドライン)と、悪魔の血判
第六十話:泥酔の誓約と、悪魔の血判
ベリアルの間には、芳醇な酒の香りと、四天王らしからぬ「だらしない吐息」が充満していた。
「……お、おい。……この酒、……世界が、回って、……いや、……私が、回って……、……ふわぁ」
既にベリアルはベロンベロンの泥酔状態だった。かつての冷徹な美青年の面影はどこへやら、頬を赤く染め、焦点の定まらない目で虚空を掴もうとしている。
なんとか意識を保とうと、「……ところで、……魔界の、……福利厚生、……有給、……どこに……」と会話を試みるが、もはや支離滅裂。コンが酒に仕込んだ『天つ狐と天女の雫』の威力は絶大だった。
「……よし。コン、リリィ。ペンと朱肉……いや、ナイフ(針)を用意しろ。『クロージング』の時間だ」
ショータは懐から、現世の「鉄壁の契約書」をベースにした、魔力付与済みの羊皮紙を取り出した。
「ベリアル殿。……これ、今日のお代の領収書ですよ。……いいですね? ここに名前と、指先でちょっと血判を」
「……あぁ? ……あぁ、……酒代か。……安すぎる、……こんな、至福に……、……えい」
思考能力を完全に失ったベリアルは、ショータに促されるまま、震える手で流麗なサインを書き込み、迷いなく自身の血を押し付けた。
その瞬間、契約書が黒い炎を上げて燃え上がり、ベリアルの魂に刻み込まれた。
【特約事項:乙は以降、正一位天狐の社、及び異世界の国々に対し、一切の攻撃・敵対行為を禁止する】
「……よし。契約成立だ。悪魔にとって契約は絶対……。これで四天王の一角が、物理的に牙を抜かれたな」
「ショータ! 貴様、泥酔させて契約させるなんて、もはや魔王より魔王らしいのだ!」
コンが、滑らかになった舌で驚愕のツッコミを入れる。
「人聞きの悪いこと言うな。これは正当な『飲食代の対価』だ」
卒なく、しかし今や「最強の盾」を書類一枚で構築したショータ。
翌朝、猛烈な二日酔いと共に目覚めるベリアルを待ち受けるのは、戦場ではなく、社との「不可侵条約」という名の、逃れられぬ現実だった。




