第五十九話:魔界の祝杯と、甘い「契約」の罠
第五十九話:魔界の祝杯と、甘い「契約」の罠
「……毒か? 聖者よ、私を殺すにはあまりに古典的な手口だな」
ベリアルが細い指先でグラスを弄び、冷徹な視線をショータに突き刺す。だが、ショータは動じない。現世の「信頼構築」の基本動作を披露した。
「滅相もない。……モリガン三姉妹は未成年ゆえ飲ませられませんが、ならば、まずは我らが証明しましょう。――コン、ローレライ、やるぞ」
ショータが合図を送ると、大人組は一斉に盃を煽った。
「プハァッ! 美味い! 喉越し最高なのだ!」
「う、美味い、これほどの酒は魔界でも飲んだことが、ない!」
豪快に飲み干し、幸せそうに頬を緩めるショータ一行。その無防備な、しかし心底美味そうに飲む姿に、虚無の権化であるベリアルの喉が、不覚にも「ゴクリ」と鳴った。
「……ふん。ならば遠慮なく注いでもらおう。……して、我に何を望む?」
「まあまあ、それは後ほど。まずはこの至高の『安息』を存分に味わってください」
ショータは営業マン時代の「もてなしの所作」で、ベリアルの盃をなみなみと満たした。そのショータの瞳の奥で、策士の光が鋭く瞬く。
(……毒なんて安っぽいもんじゃない。これはコンの秘技、『天つ狐と天女の雫』。魔力そのものを『多幸感』で飽和させ、戦意を溶かす究極の精神デバフだ)
そうとは知らぬベリアルは、「虚無を埋めるにはちょうどいい」とばかりにグビグビと酒を飲み始めた。現世の銘酒の旨味と、コンの過剰なまでの「癒やし」が混ざり合った液体は、ベリアルの強固な防壁を内側から卒なく崩していく。
「……おぉ、これは。……身体の芯が、溶けるようだ。……もう一杯、注げ」
あっという間に一升瓶は空。ベリアルの瞳からは冷酷な光が消え、代わりにトロンとした、どこか締まりのない悦楽の色が浮かび始めた。
「……さて。ベリアル殿。……そろそろ、『業務委託契約』の話、いいですかね?」
「四天王の警戒心」を酒の肴にして飲み干したショータ。
泥酔した虚無の悪魔に対し、ショータが提示する「史上最悪の契約書」の内容とは――。




