第五十八話:魔王城の強行営業と、毒食わば皿まで
第五十八話:魔王城の強行営業と、毒食わば皿まで
「いよいよ魔王軍討伐、決戦ですな! 聖者殿、全軍に突撃の合図を!」
アーシェが白銀の剣を抜き放ち、騎士の正義感を爆発させる。リリィも白玉を握りしめ、「各国へ至急、騎士団の援軍要請を送りますぅ!」と羽をパタパタさせた。
だが、ショータは腫れた目を細め、静かに首を振った。
「いや、今回は大軍をかける必要はない。いつものメンバーだけで十分だ。俺に『考え』がある」
数日後。禍々しい瘴気が渦巻く魔王城の正門に、一台の荷車を引いたショータ一行が姿を現した。
「――開門願おう! 帝都公認、正一位天狐の社・プロデューサーのショータだ! 新四天王ベリアル殿にお目通り願いたい!」
ショータの堂々たる怒声が城壁に響く。門が開くと、血気盛んな悪魔たちが「ガルガル」と唸り声を上げ、殺気立った視線で一行を射抜いた。
かつての職場、そして裏切り者への罵声が飛ぶ。リリィ、キキョウ、モリガン、ヴァハ、ネヴァンの五人は、針の筵のような空気感に身を縮めていた。
「……ショータ、みんなが小さくなっておるのだ。だが、流石はローレライ。あのプレッシャーの中で、微動だにせず堂々としておるな。見習うのだ!」
コンが感心したようにおとぼけ顔で囁く。白銀のマネージャー、ローレライは、まるで「営業先の下っ端」を見るような冷徹な視線で悪魔たちを黙らせていた。
ついに辿り着いた、四天王の座す「ベリアルの間」。
玉座に深く腰掛けたベリアルは、ショータの顔を見て、退屈そうに虚無の瞳を細めた。
「……ほう。あの『虚飾の安息』を受けて、数日で立ち上がるとはな。……だが、その目は。怠惰の表情ではないな?」
「ええ、完敗ですよ。ベリアル殿。あんな素晴らしい体験、現世のニート時代以来でした」
ショータは極上の営業スマイルを浮かべ、荷車から一本の美しい瓶を取り出した。
「今回は、参りました。その『降参』の印……いえ、近づきの印に、我が社の最高級品、銘酒『天狐の雫』を振る舞いたいと思いまして。……ベリアル殿のような、高潔で退廃的な感性をお持ちの方にこそ、味わっていただきたい逸品です」
「……酒だと? 毒を疑うほど、私は愚かではないが……」
「滅相もない。これは現世の『ビンテージ・モルト』の製法を魔力で再現した、究極の『安息』をもたらす一杯です。……お一つ、いかがですか?」
ショータは、かつて現世で気難しいクライアントを「接待」で落とした時と同じ、淀みのない所作でグラスを差し出した。
「自らの弱さ」さえも交渉の材料に変えたショータ。
魔王軍の喉元で、毒にも薬にもなる最強の「接待営業」が、今、静かに幕を開けた。




