第五十六話:親友の残像と、零れ落ちた「後悔」
第五十六話:親友の残像と、零れ落ちた「後悔」
「……あぁ。いい歌だな、モリガン」
無機質なアスファルトと、色のない雑踏。その中で、幼きアイドルの歌声だけが黄金の粒子となって舞い上がっていた。ショータは石段に腰を下ろしたまま、その旋律に静かに耳を傾けていた。ベリアルの呪いが作り出した「無価値」の檻。その強固な壁に、微かな亀裂が入る。
その時だった。
人混みの向こうから、一人の男がひょっこりと現れた。
「……大介」
現世の唯一の理解者。今は社の『白玉』を通じてしか話せないはずの親友が、そこにはいた。大介は何も言わず、ただ当たり前のようにショータの隣に座った。
二人は肩を並べ、モリガンの歌を聴く。大介はリズムに合わせて軽く膝を叩き、ショータはただ、その実在しない体温を感じていた。
やがて、モリガンの歌声が最後の一節を終え、世界に静寂が戻る。
大介は立ち上がると、ショータの方を向き、いつもの悪戯っぽく、それでいて全てを肯定するような笑顔で「ニッ」と笑ってみせた。
そのまま、朝霧が晴れるようにスウっとその姿は消えていった。
「…………っ」
その瞬間、ショータの胸を埋め尽くしていた「既視感」という名の防壁が、音を立てて崩壊した。
現世でドブに捨ててきたニート時代の虚しい時間。
すべてを「卒なく」こなすことで逃げてきた、必死さのない自分。
そして、ベリアルの術に嵌まって、せっかく手に入れた「異世界の仲間」との時間を無価値だと切り捨てようとした、今の自分。
それらすべてが、凄まじい「後悔」となってショータを襲った。
「う、ぁああああ……っ! ああああああ!!」
ショータは顔を覆い、子供のように号泣した。
ランクアップした【異世界プロデューサー】の理性も、営業マンの仮面も、今はどこにもない。ただ一人の人間として、己の弱さと、それを見捨てなかった仲間たちの温かさに、声を枯らして泣きじゃくった。
ひとしきり泣き明かし、腫れた目を擦りながら、ショータは隣で心配そうに覗き込んでいたモリガンを見上げた。
「……悪い。……今の、俺が泣いてたところ、誰にも言うなよ」
照れ隠しのような、それでいて清々しい笑み。
その瞳には、かつての虚無感は一ミリも残っていなかった。戻ってきたのは、何万倍にも研ぎ澄まされた「正気に満ちた意志」。
「さて、モリガン。……うちのタレントを泣かせた『不届きな客』に、特大のキャンセル料を請求しに行こうか」
「自らの感情」さえもエネルギーに変えたショータ。
夢幻の殻を内側から食い破り、異世界最強の支配人が、ついに覚醒の時を迎えた。




