第五十三話:静寂の聖域と、魔界の狂宴
第五十三話:静寂の聖域と、魔界の狂宴
静まり返った境内で、コンは必死にショータの肩を揺さぶっていた。
「ショータ! 起きるのだ! 決算だぞ! 確定申告の時期はどうするのだ!」
だが、その必死な叫びを、悪魔ベリアルは冷ややかな失笑で遮った。
「無駄だ、天狐。私の『虚飾の安息』は、魂のエンジンを直接焼き切る。……抗えば抗うほど、自分が積み上げてきたものの無価値さに絶望するだけだ。お前も、もう楽になったらどうだ?」
ベリアルの指先から漏れる、甘く重い虚無の波動。正一位の守護女神であるコンでさえ、その抗い難い「怠惰」の誘惑に、次第に瞳の焦点がボヤけていく。
「……そうだな。我、よく考えたら、正一位なんだから……働かなくても、誰かが油揚げを持ってくるはず……。……ふわぁ。ショータ、隣、失礼するぞ……」
ついには最高位の女神までもが、無造作に石畳の上へ寝転がってしまった。
ベリアルはその光景を最後まで見届けると、満足げに鼻を鳴らし、影の中に消えた。
「――プロデューサー不在の舞台など、ただの空き箱だ」
一方、魔王城。
指先一つで天狐の社を機能不全に追い込んだという報に、城内はかつてない歓喜に包まれていた。その日は新四天王ベリアルとルシファーの歓迎会も兼ね、盛大な酒盛りが執り行われた。
「ガハハハ! 見たか、あのショータが泥のように眠っておるだと!」
九尾が美酒を煽り、ベルゼは上機嫌で「プロデューサー失格」の烙印を書類に叩きつける。
「これまでの煮え湯を、一気に飲み干した気分ですね。……さあ、次はどの領土を『効率的』に奪いましょうか?」
魔王軍の面々は、ショータに叩き込まれた「合理的経営」という名の屈辱を晴らすべく、狂喜乱舞していた。
だが、その熱狂の裏で。
帝国への慰安訪問と軍事教練を終えた一行が、社の門をくぐった。
アーシェ、モリガン、ヴァハ、ネヴァン、そして白銀のマネージャー、ローレライ。
彼女たちの目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
世界中から人が集まっていたはずの参拝道には人っ子一人おらず、風に舞う落ち葉だけが寂しく転がっている。
「……何事だ。結界の出力が、最低値まで落ちている」
ローレライが鋭い眼差しで拝殿を見据えた。
そこには、ゴミのように寝転がるショータ、コン、リリィ、キキョウ。
「ショータ殿!? コンサマ!? しっかりなさい!」
アーシェが駆け寄るが、ショータは虚ろな目で空を見つめたまま、微動だにしない。
「……アーシェか。……いいよ、もう。全部、最初から決まってたことなんだ。……おやすみ」
今や「自らの存在理由」さえも見失ったショータ。
最強の布陣が揃ったその瞬間、天狐の社は、かつてない「内側からの崩壊」の危機に瀕していた。




