第五十二話:虚無の招待状と、プロデューサーの「休業」
第五十二話:虚無の招待状と、プロデューサーの「休業」
正一位の輝きに満ち、世界中から参拝客が集まる天狐の社。その賑わいの中心、朱塗りの千本鳥居の頂に、音もなく悪魔ベリアルが降り立った。
「……眩しすぎる。この過剰な活気、実に醜悪だ」
虚空から現れたその姿は、参拝客たちが思わず息を呑むほどに退廃的な美を湛えた青年。だが、その瞳に宿る暗い虚無の色に、居合わせた者たちは本能的な恐怖で石化した。異変を察知し、社殿からショータ、コン、リリィ、キキョウが飛び出す。
「……チッ。ベルゼや九尾とは、纏っている『情報の密度』が違うな」
ショータの【異世界プロデューサー】の演算が、かつてない警告音を鳴らす。
「させるか! 我が社の平穏、守ってみせるのだ! 『天翔ける白狐のカーテン』ッ!」
コンが咄嗟に黄金の結界を展開しようとした、その刹那。ベリアルが、退屈そうにパチンと指を鳴らした。
「――無価値を知れ。『虚飾の安息』」
黄金の光が、煤けた灰のように霧散していく。社を包み込んだのは、物理的な破壊ではなく、精神の根幹を腐らせる強烈なデバフ(意欲減退)だった。
「……あ、あれ? リリィ、なんだか……もう、お仕事なんてどうでもいいですぅ。一生、パタパタして寝てたいですぅ……」
「……隠密、終了。……消えるのも、面倒。……ただの影になりたい……」
リリィの瞳から光が消え、キキョウがその場に力なく座り込む。そして、その影響を最も鋭敏に、かつ深く受けたのは、誰よりも「卒なく」人生を効率化してきたショータだった。
(……そうだ。俺は、知っている。この感覚を)
ショータの脳裏に、現世での忌まわしい記憶が奔流となって蘇る。
テニスのラケットを握り、三ヶ月で頂上が見えた瞬間に感じた、あの乾いた吐き気。
営業成績でトップを獲り、上司に褒められた瞬間に、自分の存在がただの「数字の歯車」だと悟った時の、あの鉛のような脱力感。
(……いくら積み上げても、結局は同じだ。テニスのフォームを固めるのも、神社の経営を軌道に乗せるのも、俺にとってはただの『最適化』の反復に過ぎない。攻略法を見つけた瞬間に、すべては死んだ過去になる。……熱くなる理由なんて、最初からどこにもなかったんだ)
かつて彼を苛んだ「既視感」という名の呪いが、ベリアルの魔力によって増幅され、ショータの心を完全に塗りつぶしていく。
どれだけ世界をプロデュースしたところで、結局はいつか終わる。ならば、今ここで歩みを止めるのと何が違うのか。
「……ふぅ。……おやすみ、コン。今日は、臨時休業だ。……いや、廃業でもいいな……」
ショータの瞳から、最後まで残っていた「熱」が消失した。
異世界最強のプロデューサーは、ベリアルの放つ心地よい絶望に身を任せ、石畳の上で深く、重い眠りへと落ちていった。
「ショータ!? ショータ、起きるのだ! 貴様が寝たら、この社の決算はどうなるのだぁーっ!」
コンの必死な叫びも、今のショータには深海に沈む泡のような雑音にしか聞こえなかった。
卒なく、しかし今や「無」という最大の敵に、その存在意義を根底から否定されたショータ。
天狐の社は、建国以来最大の「無気力という名の経営危機」に直面した。




