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氷雪に咲く覇王  作者: はわか
正編
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26/28

隠された思惑 ―止める者―

アイゼルの声は落ち着いていた。

いや、落ち着きすぎていて怖いくらいだった。

"皇族の血を終わらせる"などと、恐ろしく重い言葉を吐いているにも関わらず。


「……マジで言ってんのか?」

「そもそも、世襲制という考え方が古いと思っている。実力主義の我が国らしく、最も相応しい人間が帝位につけばいい」


これは、思いつきではない。

冗談でも、勢いでもない。

長い時間をかけて辿り着き、何度も自分の中で確かめた答えなのだと、その声音だけでわかった。


「私が玉座に座っているのは、現状最も皇帝としての能力を有しているからだ。能力さえあれば、直系の血統など必要ない」

「必要……なくは、ねぇだろ。響術の継承だってある」

「響術は、国を治める為に必ずしも必要ではない。アルナゼル王国では王位継承の条件らしいが、帝国にそんな法は存在しない」


ノクスの意見は、アイゼルに容赦なく切り捨てられた。

実力主義という考えも、相応しい人間が上に立つべきだという考えも、否定はしない。

ノクス自身も、ずっとその考えは持っていた。


しかし、だからといって血を絶やす必要まではないだろうと言いかけて、止まる。

……薄々、気づいている。アイゼルが、何故血を絶やしたいのか。

それでも、自分の口からは言えなかった。確信がないからだ。


それに、それが本当ならば——もっと、残酷な事実に辿り着いてしまう。




言えない。


言いたくない。


知りたくない。


——それでも、確かめたかった。




相反する心に、目眩がしそうだった。

そんな葛藤に気づいているのか、アイゼルは踵を返し、窓辺へと寄る。

相変わらず雪が降り続ける空を眺め、まるで独り言のように呟いた。


「……私の父は、かつては立派な皇帝だった」


ノクスは無言でアイゼルを見る。

先帝について、アイゼルが私情を交えて口にすることはほとんどない。

だからこそ、その続きを促すことも出来ず、ただ黙って待つしかなかった。


「だが、私が五歳の時、変わった。流行病で私の母を——最愛の妻を喪ってから、父はどんどん狂っていってしまった」


——胸の奥が、嫌な音を立てた。


これから語られるものが、自分の予想を裏付けるものだと、わかってしまったからだ。


「私にも、父と同じ血が流れている。いつ何をきっかけに、暴君に堕ちるかわからない」


もし父親が最初から暴君だったのなら、自分は違うと思えたかもしれない。

しかし、そうではなかった。

狂っていく過程を、すべて見てしまった。

だからこそ、この血を恐れた。


「だから妃を娶ることも、子を残すこともしない。そして私が狂う前に、全て後継者に譲るつもりで準備している」

「……絶対に狂うとは、限らねぇだろ」

「無論、絶対ではない。だが程度の差はあれど、暴政に走った皇帝は過去にもいる。可能性は潰しておくべきだ」


絶対ではないとは言うが、可能性が低いとも考えていないのだろう。

そうでなければ、ここまでの準備をしたりしない。


狂った時の準備を、ここまで念入りに進めているのならば——……


(俺は……何のために、側に置かれてる?)


浮かんできた考えに、息を呑んだ。

冷たい汗が一筋、背中を伝う。

辿り着いてしまった。最悪で、残酷な、答えに。


「俺を、鍛えたのは……何のためだったんだ……?」


震えを押し殺すような声で、ノクスは問いかけた。

護衛として使うためだと、そう言ってほしかった。

いっそ、制圧に使うためと言われても良かった。


アイゼルはしばらく黙り、やがて振り返った。

そして数歩近づくと、静かに告げる。


「貴様は保険だ」


その言葉に、ノクスは血の気が引くのを感じた。

さらに、それに追い打ちをかけるように、アイゼルは続ける。


「私が暴君に堕ちた時は、貴様が殺せ」


その声には、強い感情などなかった。

悲壮感も何もない、ただ、事実として淡々と告げられた。


最初から、決まっていたというように。


ノクスの胸に落ちたのは、怒りよりも、喪失感のようなものだった。


「殺せ?……何、言ってんだよ……?」


……最悪だ。

予想していた中でも、一番言われたくなかった言葉に、身体の震えが止まらなかった。

ノクスの様子に気づきながらも、アイゼルはその言葉を撤回することなく続ける。


「先帝の暴政が長引いた理由は単純だ。止められる人間が居なかったからだ。

 実力だけで言えば、私は父に届いていた。……だが、殺せなかった」


その声に、大きな感情は滲まない。

けれど、その僅かな沈黙だけで十分だった。


「皇太子として止めるべきだと理解していても、最後まで“父を殺す”という発想には至れなかった」


——否。

殺したくなかったのだ。

幼い頃に見た父の姿が、胸の奥に微かな希望を残してしまっていた。


「だから、必要だった。私を殺せる存在が」


そして、アイゼルは静かにノクスを見る。


「誇張ではなく、今や貴様は世界最強の魔術師だ。魔術だけなら、私より勝っているだろう」

「だからって、それであんたに勝てると思ってんのか……?」

躊躇(ためら)わなければな」


間髪入れずに放たれた言葉に、ノクスの喉が詰まった。


確かにノクスの魔術は、この二年でさらに磨きがかかっている。

正面からぶつかればアイゼルに敵うはずもないが、遠距離で魔術戦に持ち込めば勝率は0ではない。


共鳴波を感知できるノクスなら、響術への対処も可能だ。


——だからこそ、アイゼルは言っているのだ。


「我が国の軍も確かに強い。ここ数年で、更に実力は跳ね上がった。

……だが、軍の上層部ほど、私への傾倒が強すぎる」


帝国の人間は、程度の差はあれど、その多くがアイゼルに強く傾倒している。

特に、貴族よりも軍人のほうが、その傾向は強かった。


仮に暴君となったアイゼルを止めようとしても、刃を向けたその瞬間、ほんの一瞬でも手が止まるだろう。

だが、それはこの男を相手にするには致命的だ。

一切の躊躇(ちゅうちょ)なく殺せる人間にしか、彼を止めることなど出来ない。


「だから、この国の人間じゃなくて——しかも、魔術の才能があった俺を、鍛えたって言いてぇのか……?」

「有事の際、迷わず私を殺せる人間が必要だった」

「ふざけんな!!」


何言ってんだ、この人は。

俺なら、躊躇(ためら)いなく殺せる——だと?

本気で言ってんのか……?


人質同然で連れてこられたこの国で、ただ“使われるだけ”で終わらなかったのは。

一度も、孤独を感じることがなかったのは。

軍や、城の人達に受け入れられたのは。

恐ろしいほどの才能を恐れることなく、正しく使いこなせるようになったのは。

報復を果たせるほど、強くなれたのは。


——全部……あんたの、せいだろうが。

——それで、どうして……


(どうして、俺が、あんたを慕わないなんて……思えたんだよ)


拾ったのも、鍛えたのも——

全部、あんたの目的のためだったとしても。


出来るわけねぇだろ。

一人の人間として必要とされたことが、どれほど俺を救ったと思ってんだ。


すべてを知ったこの瞬間ですら、利用されたなんて思えない。

そんな自分に、一番驚いていたのは俺自身だった。


だから……


「……殺してなんて、やらねぇ」

「何?」


低く返したアイゼルの声に、ノクスは掴みかかった。


「あんたは死んで終わりかもしれねぇけどな!?その後に残された国はどうすんだよ!」

「そのために後継を育てている。制度も概ね整った。それに、政治にも軍にも精通し信頼されている貴様がいれば——」

「俺に押し付けんな!!」


アイゼルの言葉を遮るように、ノクスは怒鳴る。

声が、震えている。

掴む手に力を込めながら、ノクスは鋭くアイゼルを睨みつけた。


「あんたの国だろ!?あんたがここまで住みやすい国にしたんだろ!?だったら最後まで責任持って見届けやがれ!」

「だから、これは私が狂った場合の保険だと……」

「死ぬ選択肢を当然のように持つなって言ってんだよ!」


その言葉に、アイゼルの動きが止まる。

一瞬、動じることのないその瞳が驚愕に揺れた。

……否定されるなど、微塵も思っていなかったかのように。


「俺は絶対殺してなんかやらねぇからな!?狂いそうになったら、ぶん殴ってでも正気に戻してやる!」

「な……!?」

「おかしくなる前に、何度だって俺が止める!だからこの国はあんたが護れ!俺は、あんたの補佐しかする気はねぇ!」


言い切ったあと、ノクスは荒い呼吸のまま、大きく息を吐いた。

アイゼルの服を掴む手が、震えている。

開きかけた口を閉じては、また開く。

言葉が、うまく紡げない。


アイゼルは、その姿から視線をそらすことなく、ノクスの言葉を待った。

しばらくして、力が抜けたようにノクスは手を離し、俯きながら、口を開く。


「……俺を……当然のように、置いていこうとするな……」


空気に混じってしまうほどの小さな声だった。


それは、もう怒りではなく。

咄嗟に溢れた「本音」だった。



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