違和感の行き着く先
リリアと出会ったのは、四〜五年ほど前だったとノクスは思い出す。
身長だけでなく、顔立ちも以前より大人っぽくなっていた。
ただ、面影だけはしっかりと残っている。
「学校に通ってたんだな」
ノクスが言うと、リリアは頷く。
「はい。開校当時より通わせていただいております」
言葉遣い、所作、視線の動かし方。
多少のぎこちなさはあるが、だいぶ様になっている。
これらを身につけるだけでも、かなりの努力が必要だっただろう。
それと同時に、周囲の視線を感じてため息をついた。
(……俺と話してりゃ、注目されて当然か)
この場にいる学生で、ノクスの存在を知っている者がいたとしても、容姿まで把握している者はおそらくいない。
つまり、今リリアは「見知らぬ怖い大人」と話しているように見えているはずだ。
現に、彼女を心配するような表情をする学生が目立つ。
ここで話を続けていては注目を集め続けてしまう。
ただ——何となく、リリアから話をしたそうな空気を感じ、ノクスは呟いた。
「……そろそろ視察が終わる。話があるなら裏門で待ってろ」
他の誰にも聞こえない声量に、リリアは小さく頷く。
会釈したあと友人の元へと戻った彼女は、何やら質問責めに遭っていた。
(やっぱり俺に"愛想良く"は無理だろ)
そう思いながら、ノクスは校長へと再び向き直った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
視察が終わったあと、裏門で待つリリアと合流した。
下手に見られると面倒なことになりかねないので場所を移そうと思ったが、街に戻れば余計に人目は多い。
なので、庭園に設けられた簡易的な休憩所に認識阻害の魔術をかけると、そのベンチに腰掛けて話すことにする。
最初は、他愛もない話だった。
父の腕を見込んでくれたアイゼルに感謝していること。
父が魔晶石事業の職人代表になったことをきっかけに、帝都に移り住んだこと。
必死に勉強して学校の入学試験に合格し、一ヶ月前に特進クラスに昇級できたこと。
授業のペースが早くて大変だけれど、学ぶことは楽しいということ。
(特進クラスに入った平民ってのは、リリアのことだったんだな……)
話を聞きながら、ノクスは思う。
興味深いことではあるが、時間もあまりない。
そろそろ本題に移ってもらおうと、ノクスは切り出す。
「それで、俺に聞きてぇことがあるんだよな」
「……え?」
「陛下のこと、気になってんだろ?」
その言葉に、途端にリリアの顔が真っ赤に染まった。
そして、先程までとは打って変わって俯きながら、ややかすれた声を出す。
「き、気になると言いますか、その……。……と、突然即位なさってお忙しいのではないかとか、体調を崩されてないかとか……私のような者が心配するのもおこがましいかもしれませんが………。結局あの後お会いできていないので………………」
確かに、初めて会った時、また視察に来た時は店に寄ると約束していた。
だが、あれから間もなくして先帝が崩御し即位が早まったため、激務に追われてそれどころでは無かったのだった。
アイゼルは、きっと約束を忘れたわけではない。
ただ時間が許さなかっただけ。
しかしそれを自分の口から告げても、あまり意味はないような気がした。
「……まあ、忙しいのはヤベェほど忙しいけどな。相変わらず完璧にこなしてる。体調を崩さねぇのが不思議なくらいだ」
「そう、ですか……」
未だに引かない熱を隠すように、リリアは俯いたまま指先をぎゅっと握りしめた。
その反応は、ただ皇帝を案じる一人の民というより、もっと個人的で、ずっと未練を抱えた少女のそれに見えた。
ノクスは少しだけ眉を寄せる。
「……なあ。まさか、まだ陛下のこと好きなのか?」
「!!!?!?!?!?」
直球すぎる言葉に思わず顔を上げたリリアは、やや不思議そうに首を傾げているノクスに向かって何度も首を振った。
「ち、違います!す、す、好きだなんてそんな、身分不相応なこと考えておりません!私はただ、少しでもお役に立ちたくて、皇城で働くために特進クラスを目指しただけで……」
「別に、好意を持っただけで不敬にはなんねぇから。それにあいつは身分とか特に気にしてねぇぞ。完全な実力主義者だ。……ただ」
「………?」
リリアは次の言葉を待つように、小さく背筋を伸ばした。
無謀だと言われるのか、それとも呆れられるのか。そんな緊張が伝わる。
ノクスは一度だけ、小さく息を吐く。
「マジであいつの隣に立ちてぇなら、高い社交術と多言語の習得は避けられねぇ。いくら身分の垣根がなくなったって、ガキの頃から当たり前に教育受けてる貴族連中と張り合うのは、相当きついだろうな」
言葉を選ばず、直球で告げる。
遠回しに言う方が失礼だと思ったからだ。
彼女は読み書きも出来ない状態から、短時間で特進クラスにまで上がったのだから、相当な努力をしてきたことは間違いない。
しかし、育ってきた環境差を埋めるには、それ以上の努力と相応の資質が必要になってくる。
言葉を失うリリアに「言い過ぎたか……?」と思ったが、次にリリアの口から出た言葉は予想外のものだった。
「……ノクス様って、やっぱり優しいですね」
「はぁ!?」
言われたことのない言葉に、思わず声を上げてしまう。
——いや、アリウスになら、言われたことがあった気もするが……
年の離れた、しかも少女に、怖がられることはあっても優しいと思われたことなど一度もない。
だが当のリリアは、何を驚いているのかわからないという様子で続けた。
「だって、ノクス様は無理だと一蹴したり、馬鹿にして笑ったりすることもしませんよね。現実を突きつけた上で、目標達成に必要なことをちゃんと教えてくれるじゃないですか」
「……別に親切で言ってるわけじゃねぇよ」
「それでも、私は嬉しかったです」
そう言って微笑むリリアの表情は、年齢より少しだけ大人びて見えた。
「私、もっともっと頑張って、必ず皇城に行きます。選ばれることがなくても、せめて土俵に立てるように、今より成長してみせますから」
リリアは立ち上がると、ノクスに向き直りカーテシーをしてみせる。
再会した時にも見せられたそれは、完璧とは言えないが、急ごしらえで身につくレベルでもない。
本気だと感じるには、十分だった。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
「ああ。……身体にだけは気をつけろよ」
「はい。ノクス様もご自愛ください」
その場から立ち去る時の歩き方も、平民とは思えない所作だ。
——ただ、緊張の糸が解けたのか、一瞬バランスを崩しかけたのは見なかったことにする。
(俺も帰るか……)
ベンチから腰を上げながら、改めて思い返す。
考えてみれば、アイゼルに皇妃について尋ねても、いつも「時期じゃない」と答えるだけだった。
あとは「条件に見合う相手がいない」と。
——本当に、それだけなのだろうか。
まだ若いとはいえ、一般的な王侯貴族なら子を成していてもおかしくない年齢だ。
皇帝ともなれば、特に後継者を必要とするはずなのに。
それに、あの"中枢選抜クラス”と呼ばれるクラスのカリキュラム。
加えて、徹底的に守秘義務が敷かれたアイゼルの講義。
あの教育方法に、ノクスは覚えがあった。
そんなはずはない、と思うが、条件が揃いすぎている。
不意に、魔術適性検査の時に言われた言葉を思い出す。
"よく覚えておけ、ノクス。貴様の力は私のために磨き、私のために使え”
あの時は、側近として役に立てと——そう言われたのだと、思っていた。
だがもし、違う目的があったとしたら?
(高価な杖を用意して、職務後に遅くまで特訓に付き合って……ただの側近に、そこまでする必要があったか……?)
報復の相談をしたのは、その後のことだ。
ノクスを異常なまでに鍛え上げることは、それとは関係なく、最初から決めていたのだろう。
護衛を兼任させるにしても、要求される水準が高すぎると感じた。
中枢選抜クラスのカリキュラムの違和感。
必要以上にノクスを鍛えた理由。
妃をいつまでも決めないこと。
そして、暴君と呼ばれた父親を、誰よりも近くで見てきたアイゼルが辿り着いてしまいそうな結論——……
(……まさか……)
嫌な予感がする。
嵌めたくないパズルのピースが次々と埋まっていくように、結論が導き出されてしまう。
信じたくない。違うと、そう思いたい。
(落ち着け、まだ俺の推測の域を出てねぇ)
気がつけば、皇城に向かって足が進んでいた。
逸る気持ちに引っ張られるように、どんどん早足になっていく。
転移魔術を使えばすぐに戻れる。
自分一人だけの移動であれば、転移陣を使用しなくても可能だ。
だがそれはしなかった。
今すぐ戻りたい反面、少しでも冷静になる時間が必要だ。
感情的に言葉をぶつけても、まともな話なんてできない。
だから、あえて徒歩で戻っている。
——冷静になれる保証は、ないけれど。




