視察先で見たもの
ノクスが帝国に戻って、二年ほどが過ぎた。
溜まっていた業務は数ヶ月ほどで片付いたが、次々と新しい仕事が舞い込んできて、慌ただしい日々を送っている。
それでもようやく落ち着いてきた頃、業務終了時にアイゼルから学校視察の話を持ちかけられた。
「明日は学校の視察に行ってこい」
「………はい?」
提案というより、決定事項として告げられた内容に、ノクスは首を傾げる。
「視察?」
「重く考える必要はない。貴様はまだ学校を見たことがないだろう?見学くらいのつもりで構わん」
設立には関わっていたものの、実際に学校が始動したのはノクスが休暇を取った直後だった。
初の試みだったため改善を重ね、開校から二年半ほど経った今は体制もだいぶ落ち着いてきたという。
アイゼルは定期的に赴いているようだったが、ノクスはその時間他の処理に追われていて、同行したことはない。
護衛として付き添うべきだと最初は進言したが、転移で行くので必要ないと断られて以来話題にも出なかった。
「構想段階と大枠は変わっていないが、細かい変更点が幾つかある。行く前に、資料に目を通しておけ」
「……いきなり行ったら驚かれねぇか?」
「視察の件は教師に伝えてある。問題ない」
やはり、行くこと自体は決定事項らしい。
もう少し事前に言ってくれとは思うが、今更気にしても仕方がない。
それに学校という施設には興味があった。
「わかった、明日行ってくる」
「生徒を無駄に怖がらせないようにな」
淡々と、しかしどこかからかうような言い方に、ノクスの眉間にシワが寄る。
「……怖がらせようとした事はねぇんだけどな」
「その表情だ。笑えとまでは言わんが、不機嫌そうに見えないよう練習した方がいい」
それが難しいんだよ……と言いたくなったが、口を噤んだ。
アイゼルだって、別に本気で問題だと思っているわけでも、絶対直せと言っているわけでもない。
ただその方が、『社交の上では都合が良い』というだけの話だ。
(昔も表情について言われたことあったな……。結局直らなかったけど)
ふと、元従者仲間に言われたことを思い出す。
その時は余計なことを言ってしまい、喧嘩になって終わったが、確かにもう少し気にしたほうが良いのかもしれない。
(つっても、普段から機嫌が悪いわけでもねぇし……意識しろって言われても、どうすりゃいいんだよ)
そんな事を考えつつ、ノクスは資料を抱えて部屋に戻った。
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翌日、ノクスは帝都の外れにある学校施設を訪れた。
外れと言っても道は整備されているし、中心地から大きく離れているわけでもないので通うことに不便はない。
構造上広い敷地が必要だったこともあり、むしろ理にかなった選択だった。
「お待ちしておりました、ノクス様。校長を務めさせていただいております、ウィリアムと申します」
校舎に着くと同時に、出迎えてきたのはこの学校の責任者——"校長”という役職についている男性だった。
貴族出身のはずだが家名を名乗らないのは、この"学校”に身分を持ち込まないためだろう。
教師も生徒も例外はなく、貴族であれ平民であれ平等に扱われる。
当然、受けられる教育にも差はなく、クラス分けも家柄ではなく純粋に実力だけで決まっていた。
「それでは、校内をご案内いたします。広いので少し急ぎ足になってしまいますが、気になる所がございましたら遠慮なくご質問ください」
「ああ、わかった」
校舎に向かう途中、広い庭園のような場所で訓練している学生の姿が見えた。
剣術、体術、魔術など、区分を分けてそれぞれ行われている。
その奥に見えるドーム状の建物は、室内訓練場のようだ。
「あちらは戦闘訓練の授業中です。基本的には選択制ですが、適正があると認められた学生には、こちらから打診をすることもあります」
「なるほどな」
この学校では学びたい分野を自ら選べるが、それぞれのレベルに合わせて基礎授業がある。
まず読み書きの習得、加えて一般教養や簡単な戦闘訓練を学ぶようだ。
ただし、貴族階級は既にそれらを習得しているため、基礎授業の時間は平民に比べて少ない——あるいは免除の場合もあった。
身分の垣根はなくとも、スタート地点の差ばかりはどうしようもない。
それでも、中には非常に成長が早く、平民でありながら既に特進クラスに昇級した者もいるらしい。
ノクスはもう一度訓練場に目を向けると、服の上から首飾りを握る。
視界に、結界を構成する魔力が浮かび上がった。
「結界も、問題なさそうだ」
「え?あ、はい。訓練所には他に影響がないよう、最適な形に調整された結界が展開されております。さすが、よくお気づきになられましたね」
「……まあな」
実際は結界の状況を目視したのだが、魔力視認能力を知らない者が見れば「魔力感知力が非常に高い」と理解しただろう。
実際皇帝が唯一認める側近として、ノクスの実力は国中に知れ渡っている。
だから、今さら疑われることはない。
「それでは、校舎の中をご案内いたします」
校長に案内されて中に入ると、清潔感のある長い廊下の左右にいくつも部屋があった。
ここが、「教室」と呼ばれる座学を行う部屋だ。
「こちらは主に、新入生の教室になります。そして、上の階に行きますと、学力ごとにA〜Eクラスに分かれております。こちらは差をつける目的ではなく、今の実力に合った最適な教育を受ける目的ですので、成績が良ければ年内にでも昇級することがございます」
「専門職の授業は選択式だったか?」
「はい。例え職人になるとしても知識は必要ですので、一定の教育は全員受けることになっています。その上で、専門職の追加授業を受けていただいております」
事前に読んだ資料の通りの返答に、ノクスは黙って頷く。
一通りの階を歩き、授業風景を廊下から覗いたあと、一番奥の扉の前で校長が立ち止まった。
「この先は、許可された者のみが入れる特進クラスの区間です。教員証、あるいは特進クラスの学生証をかざすことで中に入ることができます」
校長が教員証を扉にかざすと、静かに開いた。
学生だけでなく、教員ですら自由に出入りできるわけではない。
校長と教頭、および選ばれた教員のみがその区域へ入れるらしい。
「ご存知かとは思いますが、特進クラスは将来城で働くための人材を育てるためのクラスになります。そのため、カリキュラムも特殊で校舎が分かれているのです」
渡り廊下を歩きながら、校長は説明を続ける。
特進クラスへの昇級に必要なのは、より高い学力と教養、そして人柄も含まれる。
城で働く以上、口の堅さも求められるという。
渡り廊下を抜けると、今までの校舎とは違い高級感のある空間が広がっていた。
(実際に、城をイメージしてるってことか……)
座学を行う教室がひとつと、専用の訓練場と書庫。
その先に、雰囲気の違う重厚な扉を目にして、ノクスは足を止めた。
「……あの部屋は?」
「あちらは中枢選抜クラスとなります。特進クラスから更に選ばれた学生五名が講義を受けております」
どこか重苦しい雰囲気が漂う扉に、ノクスの眉が僅かに寄る。
中枢選抜クラスは開校時点では存在しなかったが、一年ほど前に設立されたと資料には書いてあった。
詳細は、載っていなかったけれど。
「選ばれた学生って言ったが、選定基準は学力か?」
「皇帝陛下が学生と面談をして、お決めになりました。成績も判断材料の一つかもしれませんが、具体的な基準は伺っておりません」
その言葉に、ノクスは僅かに目を細めた。
「……陛下が直接、面談?」
「はい、このクラスは陛下の強いご意向で設けられたものですので」
そんな話は聞いていない。
確かに国の中枢に入るということは、皇帝の近くで働くことを意味する。
そのために自ら選びたいというのはわからなくもないのだが——どこか、引っかかった。
ノクスが考えていると、「そういえば……」校長は言葉を続ける。
「最初は十名選定されたのですが、最初の講義の後に五名は特進クラスに戻りました」
「最初の講義?……ついていけなかったとか、そういうことか?」
「理由は誰も口にしませんでしたのでわかりかねますが、自分の意志で選抜クラスを辞めたそうです。陛下自ら行われた講義でしたので、確かについていくのが困難だったのかもしれませんね」
その言葉に、ノクスの動きが止まる。
アイゼルが講義を行っているなんて、知らなかったからだ。
面談の件にしても、何ひとつ聞いていない。
知っているのは、毎月定期的に学校に赴いていることだけだ。
「講義って……月に一度、か?」
「はい」
「どんな内容なんだ……?」
「学生に一度問いかけましたが、守秘義務があるので答えられないと言われました」
皇帝が行っている講義についてはわからないが、他の授業についてならと、校長は中枢選抜クラスと特進クラスのカリキュラムが書かれた資料を差し出す。
ノクスはそれを受け取ると、慎重に読み進めた。
一見すれば、城で働くために必要な知識や技術、そしてマナーを身につけるための内容だ。
加えて中枢選抜クラスでは、各役職の職務内容や権限、責任等についても学ぶ機会がある。
何の違和感も、ない。
普通の人間が見たならば。
しかし、何年もアイゼルの側に仕えてきたノクスには、引っかかるものがあった。
(中枢だと?……違ぇだろ、これはまるで……)
「………ノクス様?」
不意に名前を呼ばれ、ノクスが顔を上げる。
授業が終わったのか、学生たちが廊下に出ているところだった。
ノクスの姿を見た者の多くが怯えたように目をそらす中、一人の少女だけは臆することなく彼を見ている。
目が合うと、少女は落ち着いた動作でカーテシーをしてみせた。
少しぎこちないが、綺麗な所作だ。
だいぶ背が伸びているが、面影を残すその顔立ちに、ノクスは見覚えがあった。
「まさか……リリア、か?」




