隣にいるべき存在
※アイゼル視点です
ノクスが帝国に戻ってきたのは、休暇期間の一ヶ月を優に過ぎた後だった。
転移陣が使われたことに気づき、出迎えてやれば例の王子と一緒にいた。
目的が無事果たせたのかと思えば、「様子を見たいからあいつについて行きたい」と言い出した時は耳を疑った。
何を考えているんだ、と。
結局、例の組織の「現地調査任務」という名目でまた出ていった。
まあいい、魔晶石は渡せた。
あの魔晶石は、魔眼を抑えるためのものだ。
魔眼とは、私が勝手につけた名だが、あの能力には適しているだろう。
魔力を視認できる能力——それは有用ではあるが、見えることを過信して、真実を見落とす可能性もある。
常に見えてしまうことで、疲弊することもあるだろう。
……だから、早く渡したかった。
またしばらくは戻ってこないだろうが、最終的にここに帰ってくるならば、問題ない。
あいつには、大事な”役割”がある。
私に意見できるのも、感情をぶつけられるのも。
——止められるのも、ノクスだけだ。
だから、必ず帰ってこい。
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それから数ヶ月ぶりに姿を現したノクスは、随分スッキリとした表情だった。
おそらく、他の者から見れば特に変化はないだろう。
だが、雰囲気でわかる。色々と吹っ切れたようだ。
「報復は果たせたのか?」
問いかけてみれば、「余裕だった」という返事が戻ってきた。
「あんたの特訓と比べれば、遊びみたいなもんだったよ。……なんで、あんな奴恐れてたんだってくらい」
「他人を排斥することで権威性を保とうとする奴など、衰退するだけだ」
大国の魔術師団長ともなれば、実力自体はあったはずだ。
しかし、他者を落とすことばかりを考えていたものなのであれば、自身の研鑽は怠っていた可能性が高い。
そんな者が、ノクスに敵うはずがない。
——実力も、精神面も。
だが、その排斥という下策にも、感謝すべき点はある。
お陰で、私は有能な側近を得ることができたのだからな。
これほどの才能を手放してくれて、謝辞を述べたいほどだ。
「次の師団長はまともな奴ならばいいのだが。あの国とは友好条約もある、付き合いやすいに越したことはない」
「どうだろうな。俺は会ったことねぇし……。真面目だとは聞いてるけど」
聞けば、それは昔なじみの兄だという。
ただその兄弟は折り合いが悪いらしく、あまり接点はないようだった。
まあ、外交に支障がないのならば何でもいい。
その時、不意にノクスの表情が曇る。
そのまましばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。
「……あんたは、業は自分に還ってくるって、前に言ってたよな」
「ああ」
「もし、今度は俺が魔力路を壊される側……つまり、魔術が使えなくなったら、どうする?」
世界最高峰とも言える魔術の才覚。
それを失った自分に、何が残るのか。
——そう、言いたいのだろうか。
何をそんなに深刻な顔をしているのか知らないが、……愚問だな。
「貴様の魔術以外の戦闘能力は壊滅的だ。私の護衛はできなくなるだろう」
「………」
「その分書類業務を三倍に増やしてやる」
私の言葉に、ノクスは「は!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「さ、三倍って……終わるわけねぇだろ!?今でもどれだけ……」
「ではもう少し身体を鍛えろ。体術で護れるなら問題ない」
「あんたの"もう少し”は異常値なんだよ!」
文句を言いながらも、その声にはどこか安堵が混じっているように感じた。
(……その魔術は、私の"望み”の為に必須ではあるが……、これほど有能な人間を手放す理由にはならない)
公務においても、ノクスに匹敵する者はおそらくこの国にいないだろう。
臆することなく私に意見できる人間も貴重だ。
手放してやる気など、毛頭ない。
長い息を吐いて呼吸を落ち着かせていたノクスは、ふと何かを思いだしたような顔をした。
まだ何かあるのか、と思った私に、少し言いづらそうに切り出す。
「……信じるか、わからねぇけど」
「何だ」
「ミレナのことだ」
その名前に、心臓が一瞬痛む。
忘れたことなどない、あの時救えなかった少女の名だ。
例の組織の犠牲者、そして捨て駒扱いという帝国の闇を象徴する出来事の当事者。
しかし、ノクスが続けた言葉は、私にとってあまりにも予想外だった。
「生きてるぞ、今も」
「……は?」
らしくもない声が出たと、自分でも思う。
生きている、だと?
父上に処刑されたというのに——……?
いや、だが可能性は確かにある。
あの処刑はすぐに処分するのではなく、雪山に拘束するものだったはずだ。
後になってあの場所を訪れた時には何も残っておらず、魔物の餌になったのだと思っていたが……。
「詳しいことは、約束だから言えねぇ。だが、いい奴に出会って幸せそうにしてる。あんたになら、生きてることだけは伝えていいって、そう言ってた」
「そう……か」
いつもなら流暢に出る言葉が、上手く紡げない。
ただ、妙な感覚を胸の奥に感じた。
ずっと重くのしかかっていた何かが、取り除かれたような。
鋭く刺さっていたものが、抜けたような。
そんな感覚だ。
(生きていてくれた……。私は、手を伸ばすことすら叶わなかったというのに)
詳細は語れないというのなら、これ以上は聞かない。
ただ、彼女を救ってくれた"誰か”には、感謝しか浮かばなかった。
知るすべがない以上、そんな機会はないだろうが——もし何かあれば、力になろうと思えるほどには。
だが、これ以上そんな感傷に浸っている暇はない。
「さて……そろそろ仕事を始めるか。貴様がいない間に滞っていた業務は山のようにある」
「……だろうな」
「急ぎのものは全て捌いたが、猶予のあるものは残っているから覚悟しておけ」
「わかってる」
しばらく眠れない可能性があるのを理解しながらも、ノクスは素直に頷いた。
自分の行動の代償を理解しているのだろう。
とはいえ、懸念や執着が解消されてこの国に戻ってきたというのなら、行かせた価値はあった。
黙々と仕事に取り掛かるノクスを見ながら、思う。
(やはり、私の隣には……貴様がいるべきだ)




