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【幕間】アイゼルの寝起き

息抜きのギャグ回になります。

誤解を招く場面がありますが、BL要素はありませんのでご安心ください。

ただのアイゼルの悪ふざけです。

(ったく、またか……)


アイゼルの私室に向かいながら、ノクスは静かにため息をつく。

アイゼルは朝が弱いわけではない。

それでも夜中まで仕事をした後や、早い時間に人と会う予定がない時は、起きてこないことがあった。


何が厄介かと言えば。

「起こしに行くまで起きない」ことだ。


(ガキかよ……)


しかも、アイゼルの私室に自由に出入りできるのはノクスだけ。

専属の使用人さえも、決められた時間にしか出入りできない。

だから朝起こしに行くのは、必然的にノクスの役目となる。

今日も侍女にアイゼルが起きていないことを伝えられ、頼まれたのだった。


(まあ……俺じゃなきゃいけねぇ理由は、他にもあるけど)


そんな事を考えながら、ノクスはアイゼルの部屋の前に立ち、扉を叩く。


「殿下、起きてますか?」


返事はない。

予想していたことなので、躊躇いなく扉を開ける。

魔法制御のかかったこの扉は、指定された者にしか開けられない仕様だった。

だから戸締まりという概念はない。


高級だが華美ではない部屋に足を踏み入れ、上質なベッドに近づく。

少し離れた位置で立ち止まると、声をかけた。


「殿下、朝です」


しかし、反応はない。

だが寝息も聞こえない。

多分、起きている。


(ほんっと面倒なやつだな……)


一呼吸置いてからノクスは更に近づき、ベッドの傍らに立つ。

そして再び言葉を投げた。


「……いい加減起きてください」


その声にようやく反応し、アイゼルはゆっくりと上半身を起こすと、気だるそうに前髪をかきあげた。

ガウンの前が僅かにはだけ、鍛えられた体躯が惜しげもなく覗く。

寝具にこもっていた微かな香りが、空気に混じりふわりと広がった。


普段は冷気を思わせるような"凛とした男"が、寝起きだけはわずかに柔らかい香りを纏う。

洗い立てのリネンと、肌の温度が混ざった淡い匂い。

近くにいると、かすかな体温の余韻まで伝わってくる。


(……俺じゃねぇといけない理由が、これなんだよな……。女が見たら卒倒するだろ)


ノクスは呆れた表情を浮かべながら思う。

いや、この無防備な色気は女どころか——


(……男でも危ねぇよ、これ)


……正直、死人が出るレベルかもしれない。


無論、ノクスは無反応だ。

だからこそ、彼でなければならなかった。


「今、何時だ?」

「7時半です。夜中まで働くのも程々にしてください」


意識はしていないものの、何となく目のやり場に困りつつ、起きたならばと部屋を出ようとする。

……が、その直後、唐突に腕を引かれた。


「!?」


突然のことに反応できず、そのまま視界が反転する。

背中には、柔らかく滑らかなシーツの感触。

視界に映るのは高い天井と——見下ろしてくる、アイゼルの顔。


「……これは、どういう状況ですか?」


いわゆる"組み敷かれてる”姿勢に思い切り顔をしかめながら問いかけると、アイゼルは満足そうに微笑みながら言った。


「護衛のくせに、主を置いて部屋を出ようとするからだ。少しくらい待てないのか?」

「普通に引き止めてください」

「貴様の嫌がる顔が面白い」


悪びれない返答に、ノクスの眉間のシワが深くなる。

反応するほど喜ぶのを知っているが、無反応ではいられなかった。


アイゼルに「そっちの気」がないことは知ってる。

これが本当に冗談で、ただの悪ふざけであることも。

それでも簡単に押さえつけられることは、男としてプライドが傷つく。


そんなやり取りの最中だった。


「ノクス様?殿下はお目覚めに……」


専属侍女の一人が、タイミング悪く様子を見に来たのである。

うっかり半開きになっていた扉から、中の様子を目撃し、真っ赤になりながら咄嗟に踵を返した。


「申し訳ございません!何も見ておりませんので!」

「おい待てって!違ぇから!!誤解だ!!」


ノクスの叫びが届いているのかいないのか、侍女は走り去ってしまう。

最悪だ……とぼやくノクスに対し、アイゼルは涼しい顔でベッドから降りた。


「扉を閉め忘れたのか?不用心にもほどがあるぞ」

「……」


確かにそれは自分の落ち度だ。

普段ならそんなことはしないはずなのに、何故今日に限って……。


連日の公務で、思っていた以上に疲れが出ていたのかもしれない。


「まあ、少し騒がれる程度だろう。気にするほどではない」

「いつもながら、何であんたは平然としてられるんですか!?やっと前の噂が下火になったのに、また妙なのが流れますよ?!」


頬にキスしたり姫抱きで運んだり、誤解を招く行動のせいでしばらく消えなかった噂を思い出す。

せっかく誤解が解けたというのに、また新たな火種が——と頭を抱えた。

何事もなかったように手早く支度を進めるアイゼルに文句を言うが、彼は手を止めることなく淡々と答える。


「事実無根なのだから、堂々としていればいいだけだ。丁度いい女除けにもなる」

「除けてぇのはあんただけだ!俺はいい迷惑なんだよ!」


思わず敬語を忘れて怒鳴った後、その勢いを失うように項垂れた。

何が悲しくて、男と噂にならなければならないのか。

しかも王城内で、最も影響力のある相手と。


落ち込むノクスに対し、相変わらず落ち着いた口調でアイゼルは問いかけた。


「なんだ、女に囲まれたいのか?」


的はずれな言葉に一瞬固まったが、一旦落ち着こうと軽く呼吸を整える。

そして、ようやく声のトーンを戻して答えた。


「そこまでは言ってません。けど、俺はあんたみたいに大勢の女が寄ってきませんから、そんな必要ねぇだけです」


自分で言ってて悲しくなるが、事実だった。

ノクス自身は能力は高いし容姿もそれほど悪くないのだが、鋭い目つきと不機嫌そうな態度のせいで近寄りがたいこともあり、あまり女性が寄り付くことはない。

加えてアイゼルが横にいたら、目立たないのは必然だった。


「有象無象が寄ってきても意味はないぞ」

「言い方ってもんがあるでしょう……」

「事実だ」


話しているうちに支度を終えたアイゼルが扉に向かおうとしたので、ノクスもその後ろにつく。

朝からどっと疲れてしまったが、これからの仕事を考えたら休んでもいられない。


「……ですが、あんたはそろそろ妃を決めないといけないのでは?婚約者すらいないでしょう」


ふと口をついたノクスの言葉に、アイゼルは僅かに眉をひそめた。

そして小さく息を吐くと、呟くように言う。


「それくらいわかっている。だが適した女がいればの話だ。まだ焦る歳じゃない」


本来なら幼少期に婚約者がいてもおかしくない立場にもかからわず、十六歳の今もアイゼルの傍に立つ女性はいない。

世継ぎを残すために婚姻を結ぶ必要があることは理解しているが、優先順位が低いと流してばかりだ。


本来、皇太子の婚約は皇妃が社交を通じて整えるものだった。

だがアイゼルが五歳の頃に皇妃が亡くなり、その役目を担う者はいなくなった。

皇帝もまた婚約に関心を示さず、「気に入った者を選べばいい」とだけ告げている。


国内外問わず多くの求婚者がいるが、彼が認める女性はまだ現れていなかった。


「適した女って、例えば?」

「国益になる女だな。皇妃は外交も行うから、社交性と語学力が高いことが最優先だ。あるいは、私の目に叶う者がいれば」

「前者はともかく、後者はハードル高すぎます……」


容姿も頭脳も武力も兼ね揃えた彼の目に叶う女性など、果たしているのだろうか。

そもそも、女性の好みなんて聞いたこともない。

どんなに美しい女が寄ってきても、表情を崩したことがない男だ。

……まあ、自分の顔を見慣れていたら、相手を美しいと思うのは難しいのかもしれないが。


「貴様こそ、女に興味があるようには見えんが」

「誤解を招く言い方やめてください。好みじゃねぇ女にいちいち反応しないだけです」

「誰かを可愛いと思ったことはないのか?」

「………。……ない、ですね」


一瞬だけ、あの時の“柔らかい光”が脳裏をよぎった。


淡い色の髪が揺れた瞬間。

目が合った時の、反則みたいにまっすぐな瞳。


——違う。あれはノーカウントだ。


思わず浮かびかけた記憶を、ノクスは慌てて振り払う。

妙な間はあったが、アイゼルはそれ以上追求しなかった。


「さて、今日は午後から会談がある。午前中に書類は片付けるぞ」

「了解です」


"側近”として返事をしながら、ノクスは思った。

アイゼルが妃を娶るのは、まだまだ先になりそうだ——と。



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