眠る資源と、埋もれた才【中編】
少女が自分の家だと示した場所は、小さな宝飾店だった。
数ヶ月前に視察に来た時には無かった気がする。
最近開業したばかりなのだろうか。
ノクスが店の扉を開け、アイゼルが中に足を踏み入れた。
「お母さん!」
「リリア!遅かったから心配——……!?」
振り返った母親が、その光景を見て固まる。
娘を抱き上げている人物に見覚えがあったからだ。
皇族の象徴である青銀の髪とアイスブルーの瞳、そして息を呑むような美貌。
遠目でしか見たことがなくとも、見間違えるわけがない。
他に類を見ないその姿に、母親は完全に言葉を失った。
しかし、アイゼルは動揺する母親に構わず近寄ると、淡々と告げる。
「先程転んでしまい、足を怪我したようだ。手当を頼む」
「は、はい!その、お手を煩わせて申し訳ございません!皇太子殿下……っ」
何度も頭を下げながら、母親は震える腕をそっと娘に伸ばす。
リリアは名残惜しそうにしながらも、アイゼルにお礼を言って母親の腕へと移った。
気にするな、と短く伝えた後、彼は店内を見渡す。
「少し見ていく。構わないな?」
「はい、ごゆっくりと……!その、あまり高級なものは置いておりませんが……」
萎縮していると言うより、色香に当てられたように赤い顔をしながら、何度も会釈した。
そのような反応に慣れているのか、あまり気にすることなくアイゼルはゆっくりと歩きながら並べられた品々に目を向ける。
子供向けの可愛らしいものや、婦人が好みそうな銀細工のアクセサリーなど。
良く磨かれた小さな宝石が埋め込まれているものも多い。
その途中——彼は、一つの装飾品の前で立ち止まる。
それは、宝石のついたよくあるデザインの指輪だった。
しかし、その宝石はただ磨かれただけではない。
非常に精巧な細工が施されていた。
アイゼルは懐から薄手のハンカチを取り出し、包むようにその指輪を手に取る。
台座に留められたそれは、決して純度の高い高価な宝石ではない。
それなのに、細かく精密な加工の効果なのか、高級品にも劣らない輝きを放っていた。
アイゼルは指輪を丁寧に戻すと、リリアの母親を振り返る。
娘の手当をしながらも、アイゼルの様子をずっと気にしていた彼女は、突然目が合って飛び上がりそうなほど心拍数を上げた。
「——この宝石を加工した職人に会いたい」
アイゼルの言葉に、母親はさらに動揺する。
「え!?あ、その、それは私の夫が加工したもので……今は裏の工房に……」
「案内してもらえるか?」
「は、はいっ!」
断ることなど出来るはずもなく、母親は店の裏口を開ける。
リリアもついてきたそうだったが、母にここで待つように言われ小さく頷いた。
その様子を見て、アイゼルはノクスに視線を移す。
「貴様はここに残れ」
「は?何で……」
「店内とはいえ、一人にするわけには行かないだろう。護衛しろ」
その言葉に、ノクスは気まずそうにリリアを一瞥したあと、すぐにアイゼルを見て言った。
「……俺、怖がられてるんですけど?あと、あんたの護衛は……」
「工房に行く間だけだ。問題ない」
アイゼルは今度はリリアに向き直り、目線を合わせると落ち着いた声で言う。
「心配はいらん、あれは見た目が怖いだけだ。強いし頼りにしていい」
「だから一言多いんだよ……」
ごく小さなそのぼやきは、空気に溶けて本人の耳にしか届かなかった。
リリアはまだ不安げにしているものの、しっかりと頷き、それを見たアイゼルは彼女の母親と共に工房へと向かった。
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工房の扉を叩くと、中から短い返事が返ってきた。
母親は静かに扉を開けると、恐る恐る声を掛ける。
「あの、あなたに会いたいという方が……」
「なんだ急に。今は仕事中だぞ」
「その、それが……」
言いにくそうにしている彼女の姿に、リリアの父親と思われる男性が、不思議そうに首を傾げた。
アイゼルは扉の前まで歩み出ると、静かに、しかし通る声で言う。
「仕事中に失礼する。貴殿の腕を見込んで、依頼したいことがある」
その声と姿に、父親の背筋が一気に伸びる。
さらに慌てて立ち上がると、即座に深々と頭を下げた。
「皇太子殿下……!?こ、このような作業場にいらっしゃるとは思わず、申し訳ございません!!」
「構わん。急に訪ねてきたのはこちらだ。顔を上げろ」
恐る恐る顔を上げる父親に、アイゼルは小さな黒箱を手渡す。
その中を確認した父親は、驚愕し目を見開いた。
「これは、まさか……魔晶石では……!?」
「そうだ。これの加工を頼みたい」
「しかし、こんな高価なものを、俺——いえ、わたくしなどが……」
触ったことすら無い貴重な石を手にして、父親の手元が震える。
「自分の腕を卑下するな。……あの技術は確かなものだ」
氷のような瞳にまっすぐに見据えられ、緊張で父親の喉が鳴った。
そして、一度呼吸を整えると、まだ震える声のままで答える。
「分かりました。——お受けいたします」
緊張と不安はありながらも、はっきりと頷いた。
皇太子の頼みだから断れないというだけでなく、腕を見込まれたからにはやりたいという気持ちが強いようだった。
それに魔晶石を加工できる機会など、先にも後にも二度とあるかわからない。
——職人の血が、騒ぐ。
「店にあった指輪と同じような加工をしてもらおうと思うが、もしこの魔晶石に適した加工を思いついたら、自由にやってもらって構わない。職人の感性に任せる」
アイゼルは紙とペンを取り出し、簡潔に何かを書き込むと父親に渡した。
そこには納期と、仮に失敗したとしても責任を問わない旨、そして報酬額が書かれていた。
それは公的な契約書ではないものの、皇太子自筆の署名が入っているため、十分すぎる効力を持つ。
「こ、こんなに……!?」
報酬額を目にした父親が、驚愕と畏れが混じった声を震わせる。
しかし、アイゼルは当然のように淡々と告げた。
「職人の時間を使うのであれば、これくらい当然だ。私の目に適う仕上がりならば、追加報酬を支払おう」
父親は興奮の余韻を残したまま、深々と頭を下げた。
不安はあるものの、早くやってみたい。そのような高揚感が混じり始めていた。
「全力で、やらせていただきます……!」
「頼んだぞ。納期前に一度使いを寄越す。その時に進捗を聞かせてくれ」
「はい!」
それを伝えると、アイゼルは踵を返す。
近くで聞いていた母親は突然の依頼に呆然としていたが、すぐにアイゼルの背を追って店へと戻った。
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「ノクス、城に帰るぞ」
店に戻るなり、アイゼルはノクスに声をかけた。
「話、終わったんですか?」
「ああ。戻って仕事の続きだ」
魔晶石の計画を更に詰めることにしたのだろう。
どこか機嫌の良さそうなアイゼルに、ノクスはため息をつきつつも頷く。
すると、リリアがアイゼルに近づき、遠慮がちに見上げながら聞いた。
「また、会えますか……?」
その問いかけに、アイゼルは表情を柔らかくすると、そっと頭を撫でながら答える。
「視察に来た時には、必ず寄ろう」
それを聞いて、リリアの顔が明るくなる。
彼女はアイゼルにお辞儀をした後、少し悩み、母親の背に隠れた。
そして、おずおずとノクスにも手を振る。
驚いた顔をしているノクスに、アイゼルは尋ねた。
「仲良くなったのか?」
「——二、三言、話しただけですが……」
それだけだとしても、ずっと無言ではなかったことを少し意外に思う。
アイゼルは軽く目を細め、小さく笑みを浮かべた後、改めて親子に礼を言って店を後にした。
※アイゼルたちが去った後
リリア「……お城で働くには、どれくらい勉強したらいいのかな」
母親「えっ!? ど、どうしたの、急に……」
リリア「だって……殿下のお嫁さんになるには、まずお城に行かないと」
母親「!!!!???!?!?!?!?!?
(お、お嫁さん!? 無理無理無理!!
あのお方は……うちみたいな小さなお店とは“別世界”の存在なのよ!?
リリアが可愛いがってもらえたのは本当にたまたま……!
ああ、でも……あんなに優しく頭を撫でてもらって……嬉しかったのはわかるけど……!
いやでも本当に無理だから! まずお母さんの心臓がもたない……!!)
母親大パニック。




