眠る資源と、埋もれた才【前編】
アイゼルが十七歳の誕生日を目前とした頃、皇帝代理の仕事をすることが増えていた。
半年ほど前から属国との関係が悪化し、皇帝が不在になることが多くなったためだ。
ただの制圧だけなら、騎士団などの軍事力だけで問題ない。
アイゼルが最前線で指揮を執りながら戦った経験も少なくないが、皇帝はあくまで国に腰を据え、戦場に出ることはなかった。
しかし、ここしばらくは皇帝自ら出向くことが増えている。
本来なら、国家元首が前線に赴くのはあまりにも危険で、軍も強く止めるべき判断だ。
だが——グレイシャ帝国皇帝に限っては例外だった。
おそらく武力的な制圧だけではなく、直接姿を見せることで“圧力”をかけるためだろう。
あの暴君の恐ろしさは世界中に知れ渡っている。
彼に逆らうことが、即ち“死”と同義であることを、大陸の誰もが理解していた。
皇帝が前に立つだけで、敵対勢力の士気は一瞬で崩れ落ちる。
従わせるための最も確実な方法——そう判断したからこそ、自ら危険地帯へ踏み込むのだ。
歯向かう気をこれ以上起こさせないための、見せしめの意味もあるのだろう。
そのため最近は、ほとんど「殿下が皇帝なのではないか」と錯覚されるほど代理で仕事をしている。
成人してからは皇帝の仕事の補佐に入ったり、実地で学ぶことも多かったので業務は滞りなく行えるが、忙しさは段違いだった。
当然、彼の側近であるノクスの仕事も増えていた。
執務机に並べられた大量の書類を手早く分類している時、ふと一束が目に入る。
『魔晶石採掘計画書』
表紙には、そう書かれていた。
魔晶石は世界的にも貴重なもので、採掘場所は限られている。
帝都近くに採掘できる山があったはずだが、採れる数は少ない上、最近はあまり立ち入られていないと聞いていた。
魔晶石は魔力許容量が多いので、優れた魔道具を作る材料になる。
それは軍事力強化には重宝しそうだが、同時に扱いの難しさもよく知られていた。
困難とされる理由は、まず魔晶石に魔力を込めるには優れた付与魔術適性を持つ魔術師が必要だということ。
また、高度な加工技術も求められる。
このように手間がかかるうえ、それがなくてもグレイシャの軍は強大な勢力を持つことから、現皇帝はそこに時間を割くことを重要視していないようだった。
なお、魔道具自体は、魔晶石がなくても作ることは出来る。
普通の宝石や水晶にも魔力を込めること自体は可能なため、生活レベルの魔道具であればそれでも十分だ。
城に配置された温暖効果のある魔道具は、すべてそのように作られている。
だから、魔晶石の採掘計画という文字が、何だか奇妙に感じられた。
そんなノクスの様子に気づいたのか、アイゼルが口を開く。
「以前、父上に大陸の土壌調査の許可を取ったのを覚えているか?」
「はい。軍事施設や訓練場に適した土地を調べるためと言って……」
基本的に代理で行える仕事は現在行っている政策に対することのみで、新たな試みは許可されていない。
しかし土壌調査だけは、軍事目的という名目で許可を取っていた。
だが本当の目的は、資源の発掘。
以前の視察で、山脈付近で魔力を感じることがあり、気に留めていたのだ。
その結果、魔晶石が発掘できる山が多数あることが判明した。
ただし、この大陸の山は凍土が多く危険なので、採掘前に慎重に調査を行う必要がある。
また、一度に多く採掘しすぎると魔力のバランスが崩れて災害が起きる危険があるため、量も調整しなくてはいけない。
アイゼルは、静かに窓の外へと視線を移す。
遠くの山脈を見るような、国の未来そのものを見据えるような眼差しだった。
「我が国は資源が乏しいと言われているが、魔晶石の採掘が軌道に乗れば、それだけで一つの産業になる。あとは加工できる職人がいれば、さらに価値は上がるのだが……」
そのままでも価値はあるが、微細な加工が施された魔晶石は更に質が上がる。
見た目の美しさから、装飾品としての価値も見込めるだろう。
「まあ、それは追々考えるとしよう。そろそろ視察の時間だ」
国を上げての産業にするには皇帝の許可がいるため、今はまだ計画段階だ。
焦る必要はない。機は必ず来る。
そう考え、署名を終えた書類の山を、丁寧かつ迅速に片づけていく。
どんなに忙しくても視察を欠かさない。それだけ市政を重視しているのだ。
各都市には転移の魔術式が配置されており、移動は容易い。
ただし、これは登録している人間だけが使える特別なものだ。
無論、皇族であるアイゼルとその側近であるノクスは登録対象である。
「時間が惜しい。行くぞ」
「はい」
ノクスが手をかざすと、手元に杖が現れる。
それを地面に向けると同時に、足元に転移の魔術式が現れた。
目標座標を定め、更に魔力を注ぐと、光の粒子が彼らを包む。
次の瞬間、二人の姿はその場所から消えていた。
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本日の視察地は、帝都から離れた山沿いの村だった。
それなりに住民はいるはずだが、あまり外に人はいない。
「居住地だけでも、雪と寒さに対する結界が張れれば良いのだが……」
アイゼルが呟いた刹那、ノクスは足元に衝撃を感じてバランスを崩しかける。
振り返ると、そこには幼い少女が尻餅をついていた。
どうやら、ぶつかって転んだようだ。
「……子供?」
その声に反応して顔を上げた少女は、ノクスの顔を見た瞬間に肩を震わせる。
そして小さく「ご、ごめんなさ……」と震えることで呟いた後、涙を流し始めた。
「お、おい!?」
「完全に怯えられたな」
動揺するノクスを尻目にアイゼルは少女の側によると、身を屈めて目線を合わせ、声色を和らげた。
「大丈夫だ、こいつは目つきは悪いが悪い人間ではない。怒ってないから安心していい」
「……フォローする気あります……?」
妙に目つきの悪さが強調された気がして、ノクスが思わずぼやく。
しかしアイゼルは聞き流すように少女に手を差し伸べると、その身体を軽々と持ち上げた。
「怪我をしているようだ。家まで送ろう」
「はっ、はい……」
抱き上げられた少女は、さっきとは打って変わって真っ赤になり、涙も乾いていた。
完全にアイゼルに見惚れている。
その差に思うところが無いわけではないが、今更気にしても仕方がない。
——子供に泣かれたのも、初めてではないからだ。
「家はどこだ?」
「あそこの角を曲がって、その先に……」
「わかった」
抱えられながら、少女はアイゼルの顔をずっと見つめている。
アイゼルは成人してから背が随分と伸び、雰囲気もかなり大人びた。
芸術品のように整ったその顔立ちに少年の面影はもうなく、浮き世離れした麗しさを纏う青年へと変わっていた。
見惚れるな、という方が無理である。
「……私、大人になったらお兄ちゃんのお嫁さんになりたい」
完全に一目惚れされていた。
そして小さく呟かれたその言葉を、アイゼルは馬鹿にすることなく、代わりに優しく微笑む。
「そうか。しかし私と結婚するならば、かなりの勉強が必要だぞ」
「お勉強頑張れば、なれるの?」
「努力次第だ」
「いやいやいや、何で真面目に答えてんだよ……」
ノクスが呆れた声を出したが、アイゼルは振り返らない。
その背に宿る威厳は、幼い恋心すら静かに受け止めていた。




