248:英雄的行動
ゴゥゴゥと強風に震える、強化ガラス。
その向こうには、夕焼けに染まる空と山脈が見えた。
私・エルナ=バイヤーは、何故か空を飛ぶ魔物の背中に乗って神王国へと向かわされていた。
「なぁ……なんでぇ……こんな事にぃ……っ」
高高度の大気の寒さで震える口唇から、思わず愚痴が漏れた。
地平線のように横切る稜線には、白い雪が積もっている。
怖々と下を向けば、ゾワッとする程に地面が遠く、ほとんど緑のない不毛な山岳地帯がどこまでも広がっている。
時々、視界の端で砂煙や火花が散っているのは、おそらく巨大魔物の縄張り争いだろう。
ズドォーンッ!と、ずいぶんと離れた地表から雷鳴か爆発みたいな音が響く事もある。
―― 空の上から見下ろす景色は、見るからに『国境の外』だった。
つまり、人間の住む領域ではない場所。
強大で凶悪な魔物が闊歩する、どこの国も領土にしたがらない人外魔境の地。
ほとんど、『世界の果て』の光景だ。
「い、意味がわかんないよぉ……」
それもこれも全て、バイヤー家が仕えるイルクナー家令嬢にして、私の乳姉妹であるクリスタのせいである。
主家令嬢・クリスタ様が、生来から患っていらっしゃる向こう見ずで後先を考えない暴走癖が、またも発症あそばされたのだ。
「クリスタのぉ、ばかぁー……っ」
私・エルナは、当人がいる右側座席を見て文句を零した。
だけど、当の本人にはそんな声は届いてもないだろう。
ビュービューと吹きすさぶ飛行音のうるささもあるが、それ以上に、本人の様子が普通ではないのだから。
我が乳姉妹様は、まるで湯上がりのように上気したピンク色の頬をしている。
「……フフッ。 ウフフ……ッ、もう、ダメェ……。
いけませんわ……もう、旦那様ったらぁ……っ」
きっと彼女の頭の中には、『囚われの姫と白馬の王子』が出てくる童話のような、ロマンチックな物語が流れているに違いない。
「なんでぇ……なんでぇ、わたしがぁ……巻き添えになるのよぉ……っ」
私・エルナは、そんな他人のロマンス劇に、端役として強制参加された事が全くもって納得いかなかった。
▲ ▽ ▲ ▽
『剣帝』様のお弟子さん達は、異常だった。
しかも、事前の予想というか。想像を遥かに超える次元で。
『お食事中すみませぇ~~~~ん!
試し斬りの押し売りで~す、ヤラレ役お願いしま~すっ』
『な……なんだ、テメーは ―― ガァッ!?』
急に廃墟へと突入すると、そこに隠れていた悪人面をいきなり、やたらと短い模造剣で殴り倒し始めた。
『な、な、な、何考えてるんですか……ぁっ』
『え、新しい武器のならしだけど?』
黒髪のお弟子さんは、私・エルナの抗議に軽く答えて、すぐさま殴り込みを再開する。
しかもなんか、今になって思い返すと『他国の工作員』とか『黒ずくめの仲間』とか『炎罪の民』がどうこうとか、色々おかしな事を言ってた気がする……。
『―― え!? えぇ! ええぇ!? ど、ど、どうしよう! ねえ、どうしたら良い?』
私は、抗議というか、常識的な指摘を全く取り合ってもらえず、困惑して周囲を見渡す。
『ま~た兄弟子が暴れてる……』
『お兄様の事です、その内に飽きて戻ってきますわ。それよりリア、お腹すきました』
『ねえねえ見て、花の王冠つくったー。 こういうの、懐かしくない?』
『フオォ~~! そういうのリア初めて見ましたの! すごいですわ、器用ですわ、シゥイ天才ですわ~っ』
『えぇ~、そんな事ないよ、うふふ~。 それじゃ、一緒に作ってみる?』
『あ~……、俺、そっちで素振りの練習してるから』
他のお弟子さん達は、のんきな様子。
女の子2人なんか、廃墟の敷地の端の草むらに座り込んで『草花の王冠作り』なんかを始めてしまう。
『……え、えぇ……っ』
どうも、この子達にとっては驚くような事ではないらしい。
日常茶飯事というか、見慣れた光景らしい。
なぜだか急に、ヤクザ者らしき不逞の輩がたむろする場所に殴り込んだのだが……。
しかもそれは、他国の工作員らしき特殊な入れ墨をした者が混じっている、敵対組織の非合法な隠れ家らしいのだが……。
(―― なんでみんな、普通の顔してくつろいでいるのよぉ~~っ!?)
私・エルナみたいな小心者からすれば、少年少女の豪胆さは理解不能な程だ。
むしろ、ちゃんと状況を理解しているのか、疑わしく思えるほどだ。
―― そうやって、私が落ち着きなくウロウロしていると、黒髪のお弟子さんが戻ってきた。
『フイィ~……、おまっとうさん。
昼メシ前に、いい汗かいたぜ』
しかも、魔剣士でもない人間が、7~8人ほどの人間を鋼糸か何かでグルグル巻きにして、ズルズルと引っ張ってくる。
再度言おう。
―― 魔剣士でもない『未強化』の人間が、だ。
―― 7~8人ほどの気絶した大人をズルズル引っ張ってくる、のだ。
目の前の起こっている事が、まるで理解できない。
成人男性の体重が平均70~80kgだとすれば、優に500kg以上の重量をズルズルと引っ張ってきている事になる。
きゃしゃで小柄で、一見すれば少女然としている少年だけに、その体重の10倍くらいを引きずり回している事になる。
まるで現実味がない。
奇術か何かとしか思えない。
『ぅ、ぅう……こ、これって夢……?』
私・エルナとしては、常識なんてモノを遙か彼方に投げ飛ばされた光景に、目眩しかない。
すると隣から、まるでヤカンの蒸気が抜けるような吐息。
『―― フゥ~……ッ』
声の主は、私と同じメイド服の着た、乳姉妹にして上司のクリスタだ。
貴族の娘でありながら、幼い頃から武勇譚に憧れてきた彼女としては、街中に潜む他国の間者をあっさりと叩きのめす、この小柄な豪傑に感じ入るものがあったんだろう。
『貴方様は、いつもこの様な事を、されているのですか?』
クールな美貌のメイド騎士は、努めて冷静な声を出す。
しかし、その表情はまるで『憧れの先輩の活躍に見入る士官学校の女子生徒』みたいだった。
▲ ▽ ▲ ▽
私・エルナにとって、『夢か幻か』と疑うような出来事は、まだまだ続く。
新米の弟子と紹介された少年少女2人が、常人とは違う姿形をしていたのだ。
彼ら2人が冒険者用の安物の鉄兜を脱げば、そこに肉食獣の耳と、草食獣の角が生えていた。
『―― ……っ』
私・エルナは、
―― (まるで、おとぎ話に出てくる『人に化けた魔物』じゃない……っ)
と、恐ろしさと忌まわしさで、小さく身震いまでした。
何にせよ、このまま昼間の街中で話す状況ではない。
すぐさま、場所を冒険者ギルドへ、その貸し出し個室へ、と移す。
そこで語られたのは、私・エルナのような凡人の想像を遥かに超えた、驚愕の事実。
『俺たちは ―― 俺とシゥイは「咎の民」なんだ。
北大陸の西側の、神王国の近くに先祖代々隠れ住んでいた……』
『隠れ里には、私達は「古代魔法文明の生き残り」だって、言い伝えがある……。
本当かウソか知らないけど』
そのままの流れで同席させられた私・エルナと上司クリスタの2人は、
―― (古代魔法文明の生き残り!?)
と、驚きのあまり、思わず顔を見合わせた。
冒険者ギルドの防音処理がされた部屋とはいえ、驚きの声を抑えるのに必死だった。
すばやく二人で目配せして、窓が開いていなか、ドアが閉められているか、盗み聞きする気配がないか、と気を遣ったくらいだ。
―― つまり、『古代魔法文明の生き残り』が居た、というのはそれくらいの大事なんだ。
その事実が明らかにされれば、世界中を巻き込む戦争を引き起こしても、おかしくはない。
何故なら、古代文明の最盛期に比べたら、現代の魔導技術なんて『子供の玩具』程度の水準なのだから。
彼らの身柄を欲しがる国や組織なんて、掃いて捨てる程に居るだろう。
有能な権力者や為政者であれは、この少年少女の2人について、即座に存在の抹殺を指示するかもしれない。
魔導技術の発展。
あるいは、古代魔導の再興。
それらは、魅惑的を通り過ぎて、人間社会の滅亡原因にすら成り得る劇薬だ。
なにせ、竜を支配する程の栄華を極めた古代魔導文明は、魔導技術が発展しすぎたせいで滅んだ、と伝えられているのだから。
私・エルナが、考え事をしていた内に、話が進んだらしい。
『そんな事言ってないでしょ! わたしはただぁ ――』
獣の耳を生やした少年と、獣の角を生やした少女は、にらみ合っていた。
私・エルナは、上司クリスタの合図を受けて、用意していたお茶を全員に配膳する。
『―― まあまあ、お2人さん落ち着いて』
当然、飲んだり食べたりする瞬間というのは、会話が止まる。
話す声が止まれば、感情の起伏も多少落ち着く。
また会話の途中に別の事が挟まれば、話題の転換もしやすくなる。
こういった事を上手く利用して会談の流れをコントロールするのは、貴族にとっての必須技術だ。
―― それからの話は、……ごめんなさい。
あんまり思い出したくない、かな。
ただ聞いているだけでも悲鳴が出そうになるくらい、ひどくて、むごい話だった。
生きたままの人間を斬り刻み、魔物の肉体とつなぎ合わせ、強力な生命を作り出す。
そんな、古代魔導技術の伝承。
それが本当かどうか確認するために、神王国と<四彩>の『緑』が行った人体実験。
それこそ、あの場に居合わせたのが『本当の侍女』であれば、話の途中でトイレに駆け込んで戻していたくらいだろう。
領主騎士として魔物と戦い、時に仲間の重傷や死も見てきた私たち2人だって、話の凄惨さに青ざめたくらいだ。
▲ ▽ ▲ ▽
『貴方様の意気込みはわかりました。義侠心も』
そう感じ入る声で進言したのは、上司クリスタ。
―― 私達はようやく、お弟子さんたちが、あのおとぎ話に出てくる『人に化けた魔物』の様な姿をした少年少女を保護した理由が解った。
正義、だ。
人間として正しい行いと、仁義の心だ。
まさに、魔剣士の皇帝たる流派。
このお弟子さん2人は、まだ未熟で年若い少年少女に見えても、『活人剣』であり『人類守護の剣』たるべくして、魔剣士の正道を歩んでいるのだ。
例えそれが、どれ程に険しく、為しがたい、苦難の道であっても。
―― だからこそ、私の乳姉妹・クリスタは諫言した。
着込んだメイド服が一層似合うような表情で。
彼ら剣帝流一門が、絶世の勇士であり、茨の道と知りながらも正道を突き進む、騎士として敬意をもって礼を示すに相応しい相手だと解ったから。
だからこそ、諫めるような言葉を、あえて口にする。
熱く血をたぎらせる義挙の空気に、冷たい正論を投げかける。
『しかし、相手は大陸の反対にある遠方の国。
一体どうなさるのですか?』
一介の騎士として、上司クリスタはこう問いかけた。
もはや、個人でどうにかなる問題の程度ではない。
国家なり、組織なり、大きな権力と金銭による後ろ盾が必要となる。
いくら『剣帝流』が、時の皇帝陛下に寵愛を受けた帝国第一の流派だとしても、それだけで国家の方針を動かすのは難しい。
いや、はっきりと、それだけでは無理だ。
熱い想いのままに駆け出したとしても、すぐに断崖絶壁にぶち当たる。
無数の問題が浮かび上がり、熱意だけではどうにもならず手詰まりとなる。
―― だから、何かしらの方策はあるのですか?、と。
『大丈夫だって。
俺だって、ちょっとは考えるんだからっ』
黒髪の男の子から返ってきたのは、軽い答え。
少し、大丈夫かな?、と不安になるくらい、あっけらかんとした声だった。
そして、銀髪の女の子は、私・エルナが描き始めていた簡易な地図をのぞき込んでくる。
『神王国ってどこにありますの? よく聞きますけど……』
そうだよねー、と思いながらも軽く説明する。
大陸の反対側にある国なんて関わりがなさ過ぎて、士官学校の生徒さんでもうろ覚えだろう。
『えーっと、北大陸の反対側なので……、だいたいこの辺ですね。
ここが帝国で、これが ……――』
だから、現実がよく解るように、細かな日数を言って聞かせる。
彼らが、いかに難しく簡単ではない選択をしているのか、それがはっきりと自覚できるように、詳細な旅路を示してあげる。
私たちには、私たちの仕事があり役目がある。
だから、彼らを(その行動と目的が、いかに正しく立派な事であっても)手伝う訳にはいかない。
私たちに出来る手助けといえば、まだ若く未熟な彼らに、大人として厳しいながらも忠告をしてあげる事くらい。
―― しかし、私・エルナは、まだまだ、まるで解っていなかった。
この黒髪の男の子と、銀髪の女の子。
『剣帝流』のお弟子さん2人が、どれ程に常識外で規格外なのか。
▲ ▽ ▲ ▽
そう、簡単な事だった。
帝国に密やかに侵入している他国の工作員が居るなら、彼らに問いただせば良い ――
―― ただそれだけ、なんだから。
そして、彼らから『侵入の方法』を奪い取れば良い ――
―― ただそれだけ、なんだから。
あまりに簡単な方策だ。
簡潔で、明解で、確実な方策だ。
―― もしも、それが本当にできるのであれば!
一般人に紛れ込んでいる工作員を見つけ出す?
そして、警戒して潜んでいる隠れ家を探し出す?
さらに、密入国の手段という敵の機密情報を聞き出す?
そんな事が今すぐできるなら、誰が苦労するものか。
領地を守る騎士や、治安維持の衛兵が、年単位でする仕事だ。
莫大な人員と時間がかかって、はじめて達成する、一大成果だ。
(そんなデタラメな事を、本当に簡単にやらないでよぉ~~!?)
つまり、本職の工作員が待ち構える隠れ家まで、簡単に見付けだすだなんて。
さらに、暗殺術を修めた魔剣士数人を、簡単に叩きのめすだなんて。
その上、密入国の手段である『大型の鳥型魔物』を奪い取り、簡単に従えるだなんて。
あまりに簡単に、その日の内に『神王国』へ向けて出発するなんて。
(そんなムチャクチャな事なんて、普通の人間に想像できる訳ないじゃない!?)
人助けにせよ。
悪党退治にせよ。
圧倒的な武力にせよ。
もはや、英雄的、ではない。
英雄、そのものなのだ。
帝国最強流派『剣帝流』。
その言葉の意味を、思い知らされた。
―― その、あまりに『簡単』に常識外れを繰り返す『英雄』の在り様をすぐ傍で見たのが、悪かったのかもしれない……。
「―― ああ! ああぁ~~……っ!!
さすがは、我が殿方っ! 身も心も全て捧げて、お仕えいたしますぅっ!!」
「………………」
(……もうダメだ、この乳姉。 どこかに飛んでイっちゃってる……っ)
メイド服姿の主家の令嬢クリスカ。
なんか、熱湯風呂から上がったばかりみたいなピンク色の顔して、内股でモジモジしながら、おかしな事を口走っていた……。




