249:新たなる神話
私・エルナ=バイヤーの乳姉妹でもある、主家令嬢クリスタ=イルクナーは、少し変わった女性だった。
幼少の頃から、おままごとより武術の稽古を好み、華麗なドレスより無骨な武具に見とれ、色恋話より英雄譚にときめく様な、男の子のような趣味・嗜好の持ち主だった。
だから、『剣帝流』のお弟子さん達がする英雄的行為に、ひと一倍感動したのは理解できる。
―― だが、今現在、私・エルナまで鳥型魔物の背に乗っている事に、まるで納得がいかない。
「ねーさんの、バカァ~……っ」
私・エルナは、うるさい風の音に紛れるように、何度目かの乳姉妹への文句をこぼす。
「だからって、私まで巻き込まないでよぉ……っ」
―― まったく理不尽すぎるよ。
何故か上司クリスタが同行する決意をして、何故か自分・エルナがそれに巻き込まれたんだもん。
本当に、『何故?』、『何故?』、だよ。
その理由を問いただしても
―― 『仕方ないだろう。剣帝流にお仕えする事が、我々の任務だろう?』
とか、意味不明な返答しか返ってこないし。
いくら部下が、
―― 『違うでしょ!』
―― 『剣帝流道場 ―― じゃなかった、興武館の運営のお手伝いだよね!?』
―― 『そういうのに不慣れな、剣帝のおじいちゃんを補佐する事が任務だったよね!?』
と、何度言っても何回抗議しても、まるで聞き入れてくれない。
「やだよぉ……、せっかく<帝都>に帰れると思ったのにぃ……。
実家、帰りたいよぉ……」
私は鼻をすすりながら、なんとなく手元の地図に目を落とす。
出発がきまった後にあわてて購入した、北大陸全体が描かれた簡易な地図だ。
冒険者ギルドが、他国へ移動して仕事を請け負う冒険者のために売っている、簡易化された周辺国家の見取り図の様なものだ。
それには、帝国の<金鉱島>を出発して神王国へ到着するまでの予定進路が、赤矢印で書き込んである。
「―― ん……? あれ、これって……?」
そう、簡易化された地図だから、すぐに気づけなかった。
「あれ……、なんか……。
日没の位置と、目印の山の位置が、ズレてない?」
気づけば、ゾッと血の気が引く。
慌てて地図にかぶりつく。
目印にしていた山が、別の山だったとすれば、今現在、私たちはどこを飛んでいるの!?
(迷った!? ううん、それくらいなら、まだ良いよ。 もしも、進路が北に寄りすぎているとしたらっ)
私・エルナは半ば確信をもって、地図と進路を見直す。
そして、右隣の座席に居る上司の袖を、何度も引っ張った。
「ねーさん! ねーさん! ねーさん!」
「なんだ! 急に!? どうした!」
すると、上司クリスタは私の普通ではない様子に気付いた。
空を飛ぶ音がうるさくて会話しづらいから、話がしやすい様に上半身だけ身体を寄せてくる。
「まずい! まずいよ、ねーさん!」
「だから! どうした!?」
「さっき鳥型魔物が雨雲に突っ込もうとして、何度も方向転換したよね!」
「ああ! それで! 結論を言え!」
「進路、間違えてるぅ! あの目印の山、藩王国の山脈じゃない!」
「なんだと!?」
「あれ! 多分、もっと北! 私たち多分、北にずれてる!」
「待て! 『もっと北』だと!? この山岳地帯は、まさか ――」
「―― うん多分、台地央国の方へ向かってる!」
「台地央国に隣接する山脈! まさか、ここは<ラーウス山脈>か!?」
「早く進路変こぉ ――」
私・エルナがそう言いかけた瞬間、ガクン…ッと身体が傾いた。
籠形座席の鉄柵に捕まっていないと振り落とされそうなくらいの傾斜で、急上昇をしている。
何も知らない鳥型魔物たちが山越えの風に乗って、山脈の上を目指し始めたのだ。
▲ ▽ ▲ ▽
(うわわわぁ……っ。 まずい! まずいよぉっ)
私・エルナは、激しい動きに声をあげられる状況じゃなくて、内心で悲鳴をあげる。
(日の高い頃に何度も方向転換したから、いつの間にか向かう方向を間違えちゃったんだっ。
よりによって、<ラーウス山脈>の方へ……!?)
―― 世界最大の存在であり、遥か上空を渡り続ける<雲龍>は5種5体が存在する。
―― その<雲龍>5体のいくつかは数百年ごとに仔を産み落とす、といわれている。
「くっ! このぉ……っ」
横の席では上司クリスタが手綱を引いていた。
なんとか鳥型魔物を右隣の個体(つまりは剣帝流のお弟子さん達の方)に寄せようとしているが、今ひとつ上手くいっていない。
―― <雲龍>は超絶の『個』であるせいか、自身の仔すら省みない。
―― 故に産み落とされた仔はこう呼ばれる、『堕とし仔』と。
私・エルナと上司クリスタが、そうこうしている内に、最悪の状況に直面する。
<ラーウス山脈>の中央にある三角岳。
それに長大な巨体を巻き付けた格好で、休眠している災厄的存在。
その瞳を守る瞬膜が開き、瞳孔が広がって、目の色が鮮やかに変わる。
(動いた……っ。
まさか、目覚めたの……!?)
私・エルナは恐怖のあまり、言葉どころか息すら出ない。
―― 当然の事として、親の庇護なく産み落とされた仔の命は長くはない。
―― 満足に知恵も能力も育たないまま、飢えに狂って地上を食い荒らし、やがて空高くへ還る事なく死に絶える。
―― しかし運が強いのか、長く生き延びる仔も希にいた。
ズ・ズ・ズ・ズ……ッ、と城壁じみた巨大な蛇身が動き始める。
そして、城門の様な巨大な頭部が持ち上がる。
すると、右隣から上司クリスタの悲鳴が聞こえてくる。
「マズい、近づき過ぎたんだ!
眠っていた『七ツ胴』に感づかれたっ」
―― 生まれ落ちて約150年の間、北大陸を縦断する<ラーウス山脈>を根城としている『堕とし仔』。
―― ソレは、頭の先から前腕までを『頭首』とすると、その七つ分ほど前腕から下の『胴』が長い事から、『七ツ胴』とも呼ばれる。
つられるように、私・エルナも悲鳴をあげた。
「やっぱり<ラーウス山脈>!
台地央国の隣とか、ここ『堕とし仔の巣窟』じゃない!? もおヤダぁ~!!」
▲ ▽ ▲ ▽
北大陸を縦断する<ラーウス山脈>の主・『七ツ胴』。
ソレにとって、今までの休眠状態は、一種の仮死状態だったのかもしれない。
クマやヘビが冬越しするためにする『冬眠』の様に、極限まで生命活動を抑えていたのだろう。
パッと見た目では、長大で巨大な人工構造物と勘違いしそうな竜体に莫大な魔力がみなぎり始めた。
私・エルナは、その魔力の光の強さに、思わず顔を引きつらせる。
まるで、日暮れを前に松明が列をなして灯される様な光景。
魔力感知能力の『第三の目』ではなく、普通の目ではっきり光を感じる。
それ程に、すさまじい魔力の量だ。
「ひぃ……っ」
その長大で巨大な竜体を内側から輝かせる魔力量は、領主騎士という<五環許し>の魔剣士であっても数万人分に相当するだろう。
脅威力5の大型魔物と比べても数千倍以上、そんな桁外れの魔力量まで膨れ上がっていく。
すると、右隣の上司クリスタが、呆然とした声を漏らした。
「これが、生きている『堕とし仔』……っ。
ここまでの存在かっ!?」
こうなれば、凡人であっても、魔剣士であっても、あるいは強大な魔物であっても、同じだろう。
どんな存在でも、この圧倒的な存在と格の違いを理解させられる。
だから、私たちの下も、ビクリと地震のように揺れた。
大人の人間でもひと呑みという、この巨大な鳥型魔物でも、その視線を受けただけで身震いしたみたいだ。
どちらも魔物だとしても、あまりに体格が違いすぎるのだから、仕方ないよね。
まるで、小鳥の雛の巣に、大蛇が侵入して大口を開けているような物なんだから。
何者であっても背を向けて一目散に逃げ出すような、死の化身が目を覚まし、鎌首を持ち上げているんだから。
『―― グゥラアアァ~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!』
超大な巨竜の咆哮が夕空を震わせた。
それは、もはや音というより、爆圧に近い。
ビリビリビリィ……ッ!と、あらゆる物が震えた。
私たち、空にいる全てを金縛りにする。
人間も鳥型魔物も、全て動きを止めた。
騎乗している鳥型魔物<雷雲巨鷹>の羽ばたきが止まったせいか、ゴウゴウとうなっていた風の音すら止まっている。
だから、時間すら止まった ―― そんな錯覚すら覚えた。
『―― リアが一番槍ですわぁ~~~~~! トリャァ~~~~!!』
「……は?」「……え?」
思わず、右隣の上司と声がそろった。
…………なんか、いま、飛んで、いった?
山の頂にある城門のような、超巨大なワニの様な顔面が、慌てたように左に動く。
―― まるで、思いがけず顔に飛んできた石弾か何かを、避けた様に!?
「……は、はいぃ?」「……な、なんだ今のは?」
私・エルナと上司クリスタが、顔を見合わせる。
そして、20m以上ありそうなワニの様な顔面が、『なんだ今の?』とばかりに後ろへ振り返る。
『……ガァッッッ!?
―― オオォ~~ッッッ!!』
怒りのような声が、また大気を震わせる。
超巨大な鎌首を振り回わされ、大きく竜顎をあけて山肌に噛みついた。
ゴゴゴォ……ッ、と局所的な土砂崩れが起きる。
「え、何……?」
「……なんだ、いったい何が起きている?」
私・エルナと上司クリスタは、困惑しながらも声をひそめて話し合う。
いや正確には、堕とし仔『七ツ胴』は、ヘビの様に長い自身の胴体の途中に噛みついたみたい。
まるで、意味が解らない。
さらに、何度も何度も、場所を変えて自身の胴体に噛みつき続ける。
そして、その度に、ゴゴゴォ……ッ、ズドドォ……ッ、と山の表面で小さな土砂崩れがいくつも発生する。
「何? いったい何なのっ」
「わからんっ、だが今がチャンスだ。
何かに気を取られている内に、少しでも離れようっ」
「そ、そうね! 逃げ出すチャンスよっ」
私たちの間でそんな風に話がまとまる。
上司クリスタが鳥型魔物の首元につながる手綱を引いて、動くように指示を始める。
▲ ▽ ▲ ▽
騎乗している鳥型魔物が、ようやく正気にかえったのか、バタバタと翼を動かし始めた。
その瞬間、思わずビクッとする程に大きな声。
―― 『おい、コレ持っとけ!』
男の子の声と同時に、私・エルナの元へと何かが飛んできた。
慌てて受け取ると、それは鞘に入った<短剣>。
木製の鞘に付いたベルト通し用の金具輪には、細い鋼糸が通されている。
「―― え、何これ?」
そんな私・エルナの疑問に、何故か手元から男の子の声が響いて、答える。
『ソレ、絶対に離すなよ!
あと、落ちないように、座席のフェンスにしがみついておけ!』
年下の男の子からの、有無を言わさぬ強い口調の指示だった。
私・エルナが言われるままに従うと、またも空気が震えた。
『―― グオオォ~~~~~ッッッ!!』
山脈中央の高い山に居座った堕とし仔『七ツ胴』が、苦しむように頭を振り回し、最後に頭を跳ね上げた。
ブォン……!という音が響いて、何かがこちらに飛んでくる。
ソレをクモの巣? ―― あるいは、投げ網? ―― みたいな物が広がり、空中でキャッチする。
途端に、私・エルナが持たされていた<短剣>が、グンッ!と引っ張られる。
言われるまま座席横の鉄柵にしがみついてないと、そのまま落下するくらいの勢いだった。
「ビ、ビックリしたぁ……っ」
手元から伸びる細い鋼糸の先を目で辿れば、剣帝様のお弟子さん2人が乗る、右手の鳥型魔物<雷雲巨鷹>へと繋がっている。
さらに、もう1組が乗る鳥型魔物(たしかルゥキという名前のちょっと違った種類)との間にも、細い鋼糸が伸びている様だ。
「なん、だったの……?」
私・エルナの疑問に答える様に、黒髪のお弟子さんはシュルシュルと細い鋼糸を巻き上げている。
そして最後に、銀髪の女の子を魔物の騎乗用座席まで引き上げた。
「―― はぁっ!?」
「まさか!!?
あの子が飛んでいったの!? 『七ツ胴』の所まで!!」
黒髪のお弟子さんが急に始めた、謎の作業。
その内容が、うっすらと予想がついて、冷や汗が出る。
―― 銀髪の子が、魔物へと突撃
―― 噛みつき攻撃を躱しながら、胴体をあちこち攻撃
―― 最後に巨大な頭に張り付くが、魔物が頭を振った事で投げ飛ばされた
―― そして、黒髪の子は、投げ飛ばされた少女を回収するために、鋼糸の投げ網を使った
私・エルナは、ゾワゾワゾワァ……ッ、と鳥肌が立つ。
隣に見る上司クリスタの横顔は、血の気が引いて青白いくらいだ。
「うそでしょ……っ」
「あの子たち、正気なの……っ」
それは、もはや勇敢どころか、蛮勇を超えて、無謀に近い。
例えば、竜巻。
例えば、雪崩。
例えば、火山の噴火。
そういう自然の脅威に対して、突撃している事に等しい。
『七ツ胴』とは、<雲龍>の『堕とし仔』とは、そういう存在なのだから。
▲ ▽ ▲ ▽
『リアちゃん、ああいうのに一人で向かって行くの、やめような?』
『でもお兄様! 鳥さん達を食べようとした、悪い子ですわよ?』
この細い鋼糸を伝っているのか、黒髪少年と銀髪少女のやりとりが手元から聞こえてくる。
『それに、大した装甲ではありませんでしたわ!
ジャ……………ァデンのトカゲに比べたら、柔らかいですわよ?
時間をかけたら、リアひとりでも、なんとかなりそうでしたわ!』
『―― うん、今さっき、大ピンチを兄ちゃんに助けられたの忘れてるね?』
『妹ちゃんを助けるのは、お兄様の役目ですので!』
『まあ、ともかく。
今は退治するヒマないし、もうそろそろ日も暮れるし、先に行くよ?』
『見た事のない珍しい魔物でしたのにぃ……。
狩れないのは残念ですわ~』
『まあ、帰りがけにヒマだったら寄ろう。
それより、リアちゃんの2年生の新学期に間に合うか、の方が心配だけどな』
私・エルナにとっては、
―― (これって幻聴じゃないの……?)
と疑うほどに異常な会話だった。
隣席の上司クリスタも同じような感想らしく、震える声でなんとか絞り出す。
「い、意味が、わからない……」
「うん……そうだね……」
まずもって、『珍しい魔物だから狩る』という考えが理解できない。
魔物退治を専門とする冒険者だって、そんな異常な考えをしている者は居ないはずだ。
基本的に、人間よりも魔物の方がはるかに強い。
だからこそ、人間は知恵と技術を使わなければならない。
魔物の種族ごとの習性・特性・生態を研究し、対策をきちんと用意し、作戦通りに討伐する。
それが、魔物退治の常識のはずだ。
「剣帝流って、おっかないね……」
「そ、そうだな……」
私・エルナと上司クリスタは、お互いに引きつった顔で、こそこそと話をする。
すると、私の持つ<短剣>に付いた細い鋼糸から、また『剣帝流』のお弟子さんたちの声が響いてくる。
『さて、なんかウチの妹弟子が余計なちょっかい出して、魔物を怒らせたみたいなので』
『違いますわ。あのヘビモドキったら、最初から鳥さんを食べる気でしたわよ?』
『怒らせたみたいなので! 仕方なく兄弟子の俺が責任を取ります!』
私・エルナと上司クリスタは、顔を見合わせる。
「責任って……?」
「どういう意味だ……?」
続いて響いてきた声は、予想外の答えを告げてくる。
『そういうワケで、俺が「殿」をするので、他は先に行っちゃって?』
その言葉を最後に、細い鋼糸だけが引き戻され、シュルルル……ッと離れていく。
「し、しんがりって、まさかっ」
「まさか囮になるおつもりですか!
お止めください、我が殿方ぃ!」
私たちが慌てて後方を向いた瞬間、ちょうど山脈を越えたらしい。
4匹で編隊飛行していた巨大な鳥型魔物のうち1匹だけが、スー……ッと後方へ離れていく。
よく見れば、鳥型魔物のの長大な翼に鋼糸が巻き付いていて、羽ばたきを抑えているようだ。
『ガアアアァ~~~~~~ッッッ!!』
超えたばかりの山脈の稜線に、巨大な『三本指の手』がかかる。
そして向こうから、超巨大な竜頭が持ち上がってくる。
堕とし仔『七ツ胴』が、すぐ後ろまで迫ってきたんだ。
私たちが騎乗している脅威力4の鳥型魔物<雷雲巨鷹>が、荷車を丸ごと空中にさらう程に大型だとしても、追いかけてくる巨影はその5倍は優にある。
城壁の門のような、超巨大な頭部であり顎だ。
その大顎が開かれて、遅れて最後尾を飛ぶ4匹目の鳥型魔物へと追い迫る。
あまりに巨大すぎて距離感が狂うが、もう丸呑みにされるまで、1分ほどの猶予もないはずだ。
「うそうそうそっ! こんなの絶対に無理だよぉ~~!!」
「クソ! 何か! 攻撃魔法の<魔導具>は!? 何かないのかっ」
私たち2人は大声をあげて焦るが、しかし騎乗している鳥型魔物は逃げるのに必死。
どんどん最後尾の1匹と、『剣帝流』のお弟子さん達と距離が離れていく。
『―― グゥラアアァ~~~~~~~ッッッ!!!!』
またも聞いた者全てを金縛りにするような、爆圧の咆哮が空に響き渡る。
しかし、それに対抗する様に鳴り響き、逆にかき消してしまう程の甲高い音が響き始めた。
ィィィィイイイ……ィン!
ィィィィイイイ……ィン!
ィィィィイイイ……ィン!
ィィィィイイイ……ィン!
ィィィィイイイ……ィン!
ィィィィイイイ……ィン!
ィィィィイイイ……ィン!
ィィィィイイイ……ィン!
「あおい……光……?」
「まさか、アレは……!?」
甲高い音が、フ……ッと消失。
ギャリィン!!と、金属かガラスが強く擦られたような異音。
そのわずかな合間に、不思議と黒髪の少年の声が耳に届いた。
―― 『秘剣・三日月:四ノ太刀・八重裂』、と。
一瞬だけ、青い魔力の輝きが水平に大きく広がり、すぐに消える。
ドボォン……ッ!と、赤い体液が盛大にまき散らされた。
まるで、堕とし仔『七ツ胴』がその超巨大な口から火を吹いたのではないか、と思うような光景だった。
大開けにした大顎の両端と、舌から鮮血を噴き出したのだ、と私・エルナが解ったのは堕とし仔『七ツ胴』の頭が、山脈に力なくもたれかかってからだ。
迫っていた超巨大な竜頭が、巻き戻されるように、山脈の稜線の向こうへと消えていく。
そして、1分か2分ほどして、大絶叫が上がる。
『―― グゥ、ガァ~~~~ッッ!!
グゴォ! グゴォオ~~~~~ッッッ!!!
ガァ!! ガァアア! ギガァ~~~~!!』
さらに、ズドン!ドガン!ドスン!と、まるで遠雷のような地響きか地鳴りが響いてくる。
「く、苦しんでる……?
苦しんで、暴れているの……?」
私・エルナがおそるおそると推測を言う。
隣席から、こらえきれないとばかりの笑い声が上がった。
「は、ハハハ、アハハハハハ!!
―― りゅ、りゅ、竜殺の撃剣! まさに、竜殺の撃剣だ!!」
上司クリスタは、窮地を脱したストレスの解放もあって、狂った様に笑っている。
その向こう側で、ようやく追いついてきた鳥型魔物<雷雲巨鷹>の姿が見える。
そして、騎乗している黒髪の少年は、気負い一つない表情で、ヒラヒラと手を振って無事を知らせてきた。
▲ ▽ ▲ ▽
私・エルナ=バイヤーにも、ようやく理解できた。
上司であり乳姉であるクリスタ=イルクナーが、『剣帝流』のお弟子さん達に異常に執着する理由を。
彼らは、英雄ではない。
そんな、安っぽくありふれた存在ではない。
彼ら『剣帝流』の撃剣は、新しい時代を斬り拓く。
今まで不可能とされてきた事を、全て覆して、世界そのものを塗り替える。
千年先にも語り継がれるだろう。
そんな人物が本当にいたのか、と疑われるだろう。
しかし、偉大なる変革をもたらした足跡は、世界に刻まれる。
あるいは、神王国を興した半神半人『剣神』の様に、後世において崇拝の対象となる存在。
これは、後に神話として語られる物語なのだ。
私たちは今、新しい神代の到来を目の当たりにしているのだ。




