第24話「白紙白夜」
夕日が遠くの雲に反射して、大きな雫のように見えた。頭上に薄っすらと広がる夜空から、今にも零れ落ちてしまいそうなくらいのとても大きな雫。あと少しでこの瓦礫の世界に夜が訪れる。太陽は雫のようにすぐには落ちないが、ゆっくりとその身を地平線に沈めていく。太陽とは反対側の空に、星が薄っすらと見えていた。もうすぐ夜になるというのに僕達3人には泊まるところが無かった。正確に言えば、今日泊まるはずだったところが消えたのだが…。それは仕方がない。僕達はトボトボと長い影を背後に揺らしながら夕日に向かって進んでいた。
「このままじゃ、今晩寝れるところ見つからないっすよ」
カズがうなだれながらそう言った。
「誰が今日、野宿しないって言った?誰も言ってないだろ?じゃあ、野宿するかもしれない事くらい、旅人なら容易に想像がつくはずだ」
カイラのその言葉が、とんでもない屁理屈だと僕は思いたかった。疲れていたので、その会話に入ることまではしなかった。正直、聞いてるだけでも疲れてしまいそうだった。
「そんなのおかしいっすよ」
カズの言うとおりだと思ったが、会話に入る余裕はない。夕日が眩しい。本当に僕は疲れ切っていた。日が沈む。たったそれだけの事が、僕の意識を地平線の向こう側まで一緒に巻き込んでいってしまいそうだった。
「にしても砂漠、見えないっすね」
カズが俯きながらそうつぶやいた。僕の意識がその言葉に寄りかかる。僕達は砂漠に向かって歩いていた。虚像のアクタが、前に住んでいたと言っていた集落。その集落が砂漠を超えたところにあるらしかった。300年も昔の、しかも虚像が言った記憶に頼り切るほど僕達には宛がなかった。
「見えねぇな」
カイラが遠くを見ながらそう言った。集落どころか砂漠さえ見えなかった。それもそのはず。僕達は砂漠の位置も分からずに太陽が見える方にずっと進んできただけだった。それでも、誰も何も言わなかった。誰も砂漠の位置を知らないからだ。
「今日は野宿するしかなさそうですね」
僕が声を振り絞ってそう呟くと、風の音しか聞こえなくなってしまった。そのままついに、日が沈んでしまった。地平線の向こう側に太陽が隠れて、辺りが一気に暗くなっていった。真っ暗な瓦礫の世界は星と月だけが明かりの代わりになる。
「どこで野宿するんすか?」
カズがカイラに向かってそう言った。このままだと、2人共ずっと歩き続けそうな気がしていたから、そのカズの言葉に僕は少し安心した。
「そうだな…どうしようか…」
カイラはそう呟いて足を止めた。
「はぁー疲れたー」
僕はそう言いながらしゃがんだ。何となく見回した外の景色の中に明るい光が見えた。北の方にある山際から光が漏れて見えていた。最初は星かと思ったがそれにしては明るかった。
「カイラさん!向こうに明かりが見えません?」
その明かりにはチラチラとした動きがあった。誰かが焚き火をしているのではないかと僕は思った。
「ほんとだ!全然気づかなかった!」
カイラはかなり驚いてそう言った。
「行くんすかー?」
カズは怠そうにそう言った。
「行くしかねぇだろ!明かりだぞ!」
僕もカイラの言葉に賛成だった。他に頼る宛もない。
「行きますよ!」
僕はカズにそう言ってから立ち上がった。予想以上に疲れていたからか、立ち上がる時に物凄く体が重かった。
「いくぞ!」
カイラがカズを急かした。
「行くしかなさそうっすね」
カズも行く気になったようだ。僕達は明かりに向かって進んでいった。その方向の空には天の川が見えた。それは僕たちの行く手を照らしてくれているようだった。明かりはまだ瓦礫の山を超えた先にあるようだ。山を超えるのはきつかった。残りの体力を振り絞って僕達は進んで行った。瓦礫の山を登りきって、光の方を見た。山を少し降りたところに火があるのが見えた。その下で薪がごうごうと燃えていた。火の側には一人の老人がすわっていた。髭もじゃの口元に病的な細さの老人が一人、火を見ながら瓦礫の上に座っていた。その目は閉じているのか開いているのか分からないくらいに瞼が垂れ下がっていた。
「誰かいますね。話しかけてみますか」
「そうだな。そうするしかなさそうだ」
カイラはそう言って、山を少しずつ降り始めた。僕とカズはカイラの後に付いていった。僕達は老人の近くまで進んだ。段々と火の明かりで辺が照らされていった。カイラは老人に正面から話しかけた。
「すまないが、砂漠までの道のりを教えてくれないだろうか」
カイラの質問の仕方は腰が据わったような感じだった。老人は驚きもせずにゆっくりと口元だけを動かした。
「名を名乗れ」
「カイラだ」
「他の2人は?」
老人はちゃんと目を開けて見ているのだろうか。何故か僕とカズの存在に気がついていた。
「ナギトとカズだ」
「カズと…ナギト…そうか。ワシの名はオウガイだ。砂漠への道を知りたいのじゃな?」
「そうだ。教えてくれないだろうか」
「よろしい。お主らには特別、教えてやろうぞ」
オウガイはやっと両目を開いた。その目の色は綺麗な青色だった。
「砂漠は長い年月をもって少しずつ動いておる。お主らが今ここにいるじゃろ。瓦礫の上に。実は、ここも砂漠だった時代があったのじゃ」
「え?砂漠って動くんですか?」
僕は驚いて聞き直した。
「そのとおりじゃ。動くのじゃ。じゃからワシも今どこに砂漠があるのか分からん。」
「えぇ。分からないのか?」
カイラが落胆しながらそう言って、オウガイが話を続けた。
「そう焦るな。この火を見ろ。風になびいているじゃろ。この風は随分と昔から同じ方向に吹いているのじゃ。所謂、恒常風という風じゃ。風に吹かれて砂は動く。もう分かるじゃろ。どこに向かえばいいのかくらい」
「風の吹く方向…なんだな。分かった。ありがとう」
カイラがそう言うとオウガイが口を開いた。
「今夜はここで休んで行くかの?」
今からカイラが言おうとしたことをオウガイが先に言った。
「あっ。そう、そうしてくれると助かる」
カイラが頷きながらそう言った。
「食べ物は無い。じゃが、この火を見てるだけで、案外あっという間に時は過ぎるものじゃよ」
そうオウガイに言われて、僕とカズとカイラは火を囲んで座った。火を眺めていると、急に風が強く吹き始めた。
「お主らの行く先に、光あらんことを」
オウガイがそうっと小さな声でそう呟いているのが聞こえた。次の瞬間、強い風に吹かれて火が消えた。一瞬、強い光が目の前に現れて、それから朝焼けが見えた。オウガイがいなくなっていた。
「あれ?寝てた…のか?」
カイラがそう言ってキョトンとしていた。
「火を見てただけっすよ。寝てないっすよ」
カズはそう言ってあくびをした。
「オウガイさんがいなくなってますよ!焚き火の跡も無いですよ!」
僕は辺りを見回しながらそう言った。明らかにおかしかった。
「オウガイも焚き火も消えたな。とりあえず、夜が過ぎたのは良かったが」
カイラがそう言ってから、カズが鼻をほじり始めた。暢気な感じがバカっぽく見えるが、その落ち着きっぷりは見習うものがあった。
「朝になったし、進むか」
カイラが疲れた様子を全く見せずにそう言った。
「全く休めてないじゃないっすかー」
「まだ、足が痛いですよ」
僕とカズの嘆きをカイラは完全に無視して進もうとしていた。
「風の吹く方向に進めばいいんだよな」
そう言いながらカイラは背伸びをした。




