第23話「嵐の後で」
途中からカイラの視点になります。
「ナツ......のことについて.......話してもいいか」
集落を抜けて、まだ息が上がったままでカイラはそう呟いた。いきなり竜巻に襲われて僕はそのことを忘れていた。カズもきっとそうだった。それでもカイラはすぐに説明しないといけないと思ったのだろう。僕は頷いた。空には晴れ間がさしてきていた。竜巻の残り風が僕の頬を優しく掠めていった。
私はナツとダザイの家を後にした。
「ナツ、大丈夫だから落ち着いて」
怯えているナツが心配だった。きっと父親の焦っている様子に驚いたのだろう。
「大丈夫......だよ。ごめんね」
「なんで謝るんだ。ナツは謝らなくていいんだよ」
私がそういうとナツは泣き始めた。
「お父さん、恐かったよな。大丈夫。何かあったら私達がいるから」
父親が怖いのは私にも分かった。私の父親も狂っていた。私はナツを強く抱きしめた。ずっと離さないくらいに強く抱きしめた。この子が私と同じようにならないように...。ナツの涙が少しずつ収まってきた。ナツは私の耳元で震えた声のまま呟いてきた。
「違うの。私が...私が全部悪いの」
「ナツは悪くない...」
そう言い聞かせて、私はナツを抱きしめ続けた。何故ナツが謝る必要があるのだろうか。その理由が見つかったところで、きっと大人の都合だ。そんなに酷いことがありえるのだろうか。もしあったとしたら私はこの世界の全てが大っ嫌いになりそうだった。その代わりに私はずっとナツを抱きしめているつもりだった。
「ねぇ、離して!」
いきなり強くなったナツの口調に少し戸惑った。私は自然とナツから腕を解いていた。嫌がられてしまっては、抱き締めてもいられない。
「どうしたの?」
私はナツを落ち着かせるようにそう言った。
「私の...話を...聞いてくれる?」
ナツは躊躇いながらそう言った。
「聞くよ。どんなことでもいい。聞いてあげるよ」
私はすぐにそう言った。
「実はね。昔にね」
ナツは俯きながらそう言ってしばらく時間が過ぎた。ナツはその間に一度だけ私と目を合わせて話を続けた。
「この集落に売られたの。お父さんとお母さんに売られたの」
そう言っていたナツの声は震えていた。私はその意味が分からなかった。アクタは父親じゃないのだろうか。
「だからね。私、お父さんとお母さんを見たことがないの。寂しかったの」
私はナツの声を1つずつ頭の中で咀嚼していった。突然の内容に追い付けなかったが、動揺しないように話を聞いた。
「アクタは私を買い取った人だったの。アクタには妻なんていないわ。いるのは私だけ...。この集落には私とアクタとその兄弟のダザイだけ...。少なくとも私が物心ついた頃からずっとそうよ」
ナツの口調が段々と強くなってきていた。言いたかったことを吐き出しているのだろうか。私はそれでもかまわなかった。ナツの心の拠り所になりたいと思っていた。すると突然、ナツが笑い声を上げた。10歳の少女といえどどこか気味が悪かった。
「実はね。この集落はね。全部ハリボテなの。私があなた達に見せている虚像なの」
「ど、どういうことだ?」
私はナツの言葉を真に受けることができなかった。
「見ててね」
そう言ってナツは近くの廃墟に向けて右手の人差し指で円を描いた。その廃墟は一瞬で竜巻に覆われて消え去ってしまった。
「ほらね。全部嘘なの。私が寂しくて、友達が欲しくてついた嘘なの。私、150年も待ってたのよ。誰か来ないかなって」
「150年!?生きてるのか?」
「あ、そうだった。私、死んでるのよ。生きたように死んでると忘れてしまっちゃうのよね」
そう言ってナツは寂しそうな顔をした。その目には150年前の景色が映っているのだろうか。
「この集落は私の記憶と理想が入り混じってできているの。アクタとダザイもそうよ。ダザイは記憶、アクタは理想で出来上がっているわ」
ため息をついてナツはつづけた。
「でもね、理想は段々と記憶に飲み込まれちゃうの。本当のアクタは乱暴な人なの。私は何度も暴力を振るわれたわ」
「じゃあ、この集落は虚像なんだな?アクタもダザイもそうなんだな?」
私はナツの言ったことをもう一度、確かめた。
「そうだよ。私が150年間守り続けてきた虚像だよ。アクタがもうすぐ私の記憶に飲み込まれて壊れそうだけど、誰かを待ち続けて作った...虚像なんだよ」
「じゃあ...」
私の言葉がナツに遮られた。ナツはうつむいて肩を震わせながら叫んだ。泣きそうになるのを必死に堪えているようだった。
「でも...ね。私、寂しかったんだよ。寂しくて寂しくて...。ずっと誰かと一緒にいたくて。昨日の夜にあなた達に会った時に、わざと酷い話をして初めて人の優しさに触れて...。嬉しかった。だから、もういいの。だから...もういいのよ」
ナツが泣きながらそう言うと、辺りに強めの風が吹き始めた。私はナツを抱きしめた。その間、涙が止まらなかった。
「離してよ...」
ナツが私の耳元でそう呟いた声はとてもか弱かった。私はナツを絶対に離したくなかった。守りたいと思った。そう思うことに生き死にはもはや関係なかった。それからしばらくして、ナツが声を震わせながら叫んだ。
「離してよ!」
少し腕を緩めた時に強い風が吹き、私を押し倒した。すると、ナツは私から少し離れてから叫んだ。
「私は今から竜巻になってこの集落を消す。もう虚像はいらない。だから、あなたは仲間のところに行って早く逃げて。私が竜巻になったらいつまで私でいられるかわからないから。急いで」
次第にナツを中心にして風が巻き上がっていった。私はナツに何かしてあげれただろうか。そう思って私は叫んだ。
「本当にいいのか?私はまだ何にもしてあげれて...」
またナツに言葉を遮られた。
「うん。も...ういいの。本当に...それで...いい...の。ありが...とう」
そう言ってナツは段々とその体を風にとかしていった。すると風は一段と強くなっていった。その風で私の涙はすぐに乾いてしまった。
僕とカズはカイラの話を聞き終えた。するとカズがいきなりカイラに質問した。
「じゃあ、なんでナツを殺したなんて言ったんすか?」
カイラはすぐに答えた。
「お前らなら、私がナツを殺したことにしないと探しに行きかねないからな。私でさえきっとそうだから...」
少しだけカイラの声が震えていた。僕は心のとても深いところでその話を受け止めた。どんなに深いところにとどめても僕の涙腺は溢れかえりそうだった。できるだけ深く、できるだけ大切に。そう思っていると涙が頬を伝って落ちた。一滴の涙がこんなにも重いことを僕はその時、初めて知った。




