第21話「裁き」
アクタのシナリオは真っ黒だった。その全ての文字がアクタが望んだ事なのだろうか。もしそうだとしたら、アクタの精神はとっくに崩壊しているはずだ。アクタはシナリオに何かをまだ書き込もうとしていた。その手は震えていた。
「アクタ!やめろ!お前は異常だ!」
ダザイがアクタを止めにかかった。しかし直ぐに振り払われてしまった。ダザイは床に倒れこんだ。明らかにいつものアクタではない。
「お前ら!止めてくれ!」
カズは微動だにしなかった。僕が止めにかかろうとするが、アクタはすでに勢いに任せてシナリオに書き込み始めていた。その文字を読んだ瞬間、とてつもない恐怖が僕を飲み込んでいった。
『人間を殺す』
単純にして、もっとも恐ろしい文字列をシナリオに書き込んだ男が目の前にいた。男は直ぐに立ち上がって、台所にあった包丁を手に取った。
「逃げろ!お前ら!」
ダザイは床に倒れたままかすれた声でそう叫んだ。一向にカズが動きそうになかった。僕はカズの肩を揺すった。
「早く目を覚ましてください!早く!」
「ハッ!…すまん!目開けたまま寝てたっ。え……。後ろっ!」
僕が振り向くと同時にアクタは包丁を振り下ろしてきた。辛うじて僕はそれを避けた。すると、玄関のドアが開いた音がした。
「アクタ!私の仲間に何してんだ!」
カイラの叫び声が背後から聞こえた。
「……」
アクタは何も言わなかった。その大きな体で力いっぱいに床から包丁を引き抜いた。
「わぁぁぁあああああ!」
カイラは叫びながらアクタに向かって走り出した。
「えっ?!」
「カイラさん逃げてください!!」
カズはカイラがアクタに立ち向かったことに驚いていた。僕はカイラが逃げるように叫んだ。しかし、そのままカイラはアクタに飛びかかった。カイラの手元から光るものが見えた。それは恐らく刃物だった。次の瞬間には一筋の鋭い光が見え、アクタの腕から血が出ていた。
「もう一度動けば、貴様の首が飛ぶぞ」
着地したと同時にカイラがそう言うと小刀がアクタの首もとに突きつけられていた。カイラの挙動はとても早かった。
「殺す!殺す!」
アクタが狂ったようにそう言って、包丁を持った腕を振り上げたその瞬間だった。
「動いたら殺すって言ったよな?」
地獄の底から聞こえてきたかのようなカイラの声は、僕でさえ恐怖を覚えた。鋭い光の筋がカイラの手元からアクタの胸元に飛び込んでいった。それは一瞬だった。アクタは血が止まらない胸元を押さえてその場に倒れこんだ。カイラは倒れこんだアクタをじっと見ていた。
「カイラさん.......殺したん......ですか?」
カイラが人を刺したことが信じられなかった。確かにカイラは強気な人間だが、人を殺したりはしないと思っていた。
「正当防衛......だ」
カイラがそう呟いた。僕はその言葉を頭の中で何度も繰り返した。落ち着きを取り戻すと、虫の羽音のような断末魔が聞こえてきた。血で塗られた床ばかりに目をとられて、その声を聞き逃しそうだった。かすかなその断末魔はナツの事を呼んでいた。
「ナツ...ナツ...」
こんな最後になってしまった人間でもやはり子供のことは愛しいらしかった。




