第15話「欲」
アクタ
ナツの父親。
ナツ
10才 女
可愛げがあるが、どこか大人びている。
「人間は時々、貪るように欲を満たしていくことがあると聞いたことがある。それはどんな世界の形でも、消えることがない人間の特徴だと思うんだ」
アクタは僕達にお茶をいれながらそんなことを呟いていた。人間の欲望は仕方がないことだと言っているようだった。
「ナツ、3人にこれを持っていってくれ」
ナツはお盆の上にお茶の入ったカップを乗せて、僕たちに運んできてくれた。全員がナツにお礼を言いながらお茶を受け取った。
僕達3人は、あの後にアクタへの自己紹介をすませた。カイラとカズはナツの母親の死体が無かったことに戸惑っていたが、それはアクタが説明してくれた。それから、僕達はナツの家に入れさせてもらった。ナツの家もやはり瓦礫でできていた。雨漏りをしているらしく、鍋や桶が所々に置いてあった。家の中でポタポタと音が聞こえてくるのが少し面白かった。家具も全て瓦礫でできていて、僕達は瓦礫でできたちゃぶ台を前にして座っていた。やっと、落ち着ける場所を見つけてひと安心していた。アクタは僕達の反対側に座った。ナツはお盆をちゃぶ台に置いて、アクタの隣に座った。
「ところで、この集落にはなんで来ようとしてたのかな?」
アクタの質問にカイラがすぐに答えた。
「高い塀がある集落で私が聞いた。西側に集落がある話を聞いてここに向かった」
「それは変な話じゃなかったか?」
「いや、よく聞いていないから分からない。すれ違う時に聞いたくらいだったから……」
「そうか……。多分だが、それは悪い噂だ」
「なんでそう思うんですか?」
僕はアクタにきいた。
「そうだな。それは少し長い話になるかもしれない」
そう言ってアクタはナツを撫でていた。ナツはもう眠たそうだ。
「君達は人の欲望について考えたことがあるか?」
「欲望っすか……。いきなり哲学的っすね……」
カズはカズなりに考えているようだった。
「ないな」
カイラはすぐにそう言った。ちなみに僕は全く考えたことがなかった。
「まぁ……それが普通かもしれない。結論から言うと、この集落はその欲望に取り憑かれている。話が変わるが、君たちもシナリオを持っていると思う。しかし、それはかなり慎重に書かないといけない。そのことは知っているだろう?」
「はい!わかります。自分の好き勝手に書いたらいけないと祖母から教えられました」
僕の祖母がよくその話をしていたことを思い出した。
「それは何故か分かるか?」
アクタはとても落ち着いて話を進めていった。
「えっと……ですね」
それはなかなか思い出せなかった。
「狂うんだよな。確か……」
カイラが独り言のように呟いた。
「狂う……。なるほど。そうとも言えるな。その狂い方は人によって違うが……。例えば、人を殺したり精神異常になったりする。そして、その中には自殺も含まれる。」
そう言うと、その場が静かになった。皆が同じ事を考えているのが分かった。ナツはアクタの隣でいつの間にか眠っていた。ナツを撫でながらアクタは話を続ける。
「そういうことだ。私の妻はシナリオを好き勝手に書きすぎたんだ」
そう言って、アクタはナツを起こさないように静かに立ちあがった。そしてアクタは奥の部屋から1枚の紙を持ってきた。
「これは妻が書いたシナリオだ」
目の前には何も書かれていないシナリオがあった。
「真っ白じゃないですか」
僕はそう言った。
「シナリオは消すことができるんだ。だから、妻が何を書いたのかは分からない。しかし、ここに書かれていたことが何であろうと、それは欲に駆られて書かれたものでしかないわけだ」
アクタがそう言うと、しばらく誰も何も言えなくなった。
「あ、あのー……さっきか……」
カズの言葉を遮って、アクタが話を続けた。
「突然だが、私は行商人をやっているんだ。そのせいで月に一度くらいしか帰ってこれないんだ。今日も偶然、帰ってきただけなんだ。そしたら、妻の死体があって、ナツは何処にもいないわけだ。何故そうなったのか聞かずにはいられないだろう?」
木の葉に掴まっていた水滴がついに落ちてしまうように、アクタの目から涙がこぼれ落ちた。感情的になってしまうのも仕方がないと僕は思った。
「僕達に何かできることは無いですか?」
僕はアクタの助けになりたいと思った。
「妻がシナリオに書いたことが何なのか。それを書いた原因が何なのか。この集落の中から私と共に探し出してほしい。この集落はどこかおかしい気がするんだ。今日の昼間、人が外に一人もいなかったんだ。1ヶ月前とは様子が全く違うんだよ」
それはナツも言っていたことだった。僕とカイラは頷きながらアクタの話をきいた。カズは何か言いたそうに見えた。くだらないことを言いそうだったので、カズには何もきかなかった。
「分かりました。僕達が探します。絶対に見つけてみせます」
僕はアクタの目を見てそう言いきった。
「ありがとう」
アクタがそう言うと、しばらく静かになった。隙間風が部屋の中にはいってきて、家が軋む音がきこえてきた。外ではまだ雨が降っていた。家の屋根を雨が叩く音がする。すると突然、カズが申し訳なさそうに静かに言った。
「あのー。本当に申し訳ないんすけど……シナリオってなんですか?」
そう言えば、カズにシナリオの話をしたことがなかった。




