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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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9/45

誰が為の合コン

 7年前、10月――

 当時、大学3年生だった俺は、自称親友である長谷川淳(はせがわ・あつし)に誘われ、合コンに参加した。

 正直、最初はあまり乗り気ではなかった。

 だが、つい先日の妹の発言が脳裏に蘇る。


『彼女の1人や2人くらい、連れてきてよねー』

 2人ってなんだよ。

 そう思いつつも――

『まぁ、どーせ女心の分からないおにぃじゃ無理か〜。彼女はね、つくっ……』

 そんなことをムカつく顔で言われたので、持っていた菓子パンをねじ込んで黙らせたのであった。


 少しムキになっていた部分もあったのだろう。

 まぁ、1番の理由は、腐れ縁とはいえ、愛想のない俺と幼少期から付き合ってくれている淳からの頼みだったからだ。

 淳は人当たりも良く活発なため、一見すると遊んでいるように見える。

 だが、女性との交際にはきちんと筋を通す男だった。

 それに加えて、周囲への気配りもできるヤツで、昔からグループの中心にいるような人物だった。

 そのときの合コンも、俺以外の男性メンバーに後押ししてやりたいヤツがいるからと、頼み込まれたものだった。


『可愛い子が来るから、お前もお持ち帰りしていいぞ?』

 そんなことを耳打ちしてきた淳に、呆れたのを覚えている。


◇


 当日は、男女5人ずつ。

 会場は、半個室になっている少し小洒落た焼肉店だった。

 隣り合った2つのテーブル席。

 中央の仕切りになっているカーテンを取り払い、10人での会食となった。


 男性陣は、淳の集めたメンバー。

 女性陣は、淳が後押ししようとしている男を好きな女の子が、中心になって集めたらしい。

 つまり、淳自身も女性陣のまとめ役とは面識があり、2人の仲を取り持とうというわけか。

 もともと合コン自体に乗り気でもなかった俺は――

「空気に徹するか……」

 盛り上げるのは得意でもないし、別に俺まで騒ぐ必要もないだろう。

 だから、この場でいかに彼らに快適に過ごしてもらうか。

 それに徹することにしよう。


 そうして俺は、1人で謎の使命を背負い、合コンへ臨んだのであった。

 ハラミの美味しいお店であることを願って。


◇


「それじゃー、皆様今日はお集まり頂き〜」

 淳が中心となり、進行していく。

 今回の合コンの発端となった2人。

 名前をよく覚えていなかったので、とりあえず田中君と佐藤さんでいいだろう。


 俺は、通路側の端の席を確保。

 左隣には、田中君。

 その隣に淳。

 あとは……マイケルと小島だな。

 うん。


 田中君の向かいには、佐藤さん。

 ほかの女性陣については……すまん。

 マジで覚えていない。

 君たちは悪くない。

 全部、俺が悪い。


 全員の簡単な挨拶が済み、食事が始まる。

 メニューを見ていた俺はほとんど聞いていなかった。

 そしてコースの料理が、次々と運ばれてきた。

 ただし、ドリンクだけはこちらから注文しなければ出てこない。

 俺は隣に座る田中君を、軽く肘で小突いた。

「…………?」

 緊張して動きがぎこちない田中君を、できる男に仕立て上げるためのパスだ。


 意図を察したのか、田中君は小さく「ありがとう」と言い、片手を上げて返す。

 そして店員さんを呼び、佐藤さんやほかのメンバーの注文を取りまとめて伝えていた。

 その隙に、俺は手早く肉を網へ並べる。

 みんなが食事をしやすいよう、場を整えておいた。

 そう。

 誰にも気づかれず、空気のように。

 我ながらなかなかの手際だっただろう。

 一流のハンターじゃないと見逃してしまうね。

 そして焼き上がった肉の取り分けは、田中君へ任せる。

 これで、佐藤さんとの接点も自然に作れる。

 その甲斐あってか、場は和やかな雰囲気で進んでいった。


 2人が良い感じになってきたところで、佐藤さんと目が合う。

 さすがに、でしゃばりすぎたか?

 そう思ったが、ここまで来たのだ。

 この際、最後まで世話を焼かせてもらおう。


 隣を見る。

 田中君のグラスとご飯が、もうすぐ空になりそうだった。

 俺はそれらへ視線を落としたあと、佐藤さんを見る。

「…………」

 佐藤さんは意図を汲み取ったのか、小さく微笑むと店員さんを呼んだ。

 もちろん、田中君の分を追加で注文するためだ。

 意中の相手を互いに気遣い、良い雰囲気になっている。

 我ながら、良い仕事をしたと思う。

 淳よ。

 正直、合コン自体は退屈で仕方ない。

 だが、美味しい肉に免じて、俺をこの場へ連れてきたことは許してやろう。

 代わりに、ここは奢ってもらう。

 心の中で、そう決めたところだった。


◇


「ちょちょちょ!」

「なんだよ、うるさいな……」

 突然、雛乃が話に割って入ってくる。

「えっ!? だって、なに? 元カノとの話でしょ? いつになったら出てくるの? てか、田中君と佐藤さんはともかく、マイケルって誰よ!」

「仕方ないだろ。名前を覚えてないんだから」

「かーーーっ! おにぃ、話下手すぎ! 栞ちゃんと違って、全然進まないじゃん!」

「うるせぇな。今、大事なところだっただろ?」

「田中君と佐藤さんにとってはね!」

「なら、いいじゃねぇか」

「ふふっ……」

 隣で聞いていた栞ちゃんから、思わずといった様子で笑いがこぼれる。

「なんで笑ってるの、栞ちゃん?」

「いえ、その……私は面白いですよ? 相澤さんのお話」


 そう言って、優しい笑顔を見せてくれた。

 なら、話した甲斐があったというものだ。

 これから、少しだけ胸糞の悪くなる話をする。

 その前に、少しくらいは気を紛らわせてやらないとな。

 そう思いながら、コーヒーをひと口。

「じーーーっ」

 隣から、雛乃が訝しげな視線を向けてくる。

 あと自分で音にするのはどうなんだ?

「おにぃってさ、回りくどいよね」

 そう言って、そっぽを向く雛乃。

「何か言ったか?」

「なぁーんにも! 早く続き、聞かせてよね」

「へいへい」


◇


 田中君と佐藤さんが盛り上がったところで、俺は1度、手洗いのため席を立った。

 席へ戻る途中、反対側のテーブルへ目を向ける。

 真ん中に座る淳はともかく、端のマイケル……いや、小島が、中央の女性2人と盛り上がっていた。

 その結果、女性陣の端に座る女の子が、1人でつまらなそうにスマホをいじっている。

 席へ戻り、田中君が取り分けてくれたのであろう肉に、軽く塩を振って口へ運んだ。

 うん。

 良い肉は、やはり塩に限る。


 そんなとき、ふと淳と目が合った。

 どうやら淳も、先ほどの孤立した女の子が気になるらしい。

 主催者も大変だな。

 そう思いながら、小さくため息を吐く。

 すると淳は、俺に向かって両手を合わせた。

 すまん。

 そんなジェスチャーをしたあと、全体に対して席替えを促す。


「ここで1度、席替えしたいと思いまーす!」

「うぇーい、ぱちぱちー」

 淳だけの拍手が、控えめにこだまする。

「そうそう! 気になる子がいたら、今のうちに連絡先を聞いちゃってくれよな! ほれ、男子! 恥ずかしがるな! あっ、女子はキモかったら全然断っていいぞ!」

 女子1人を除いて笑いがどっと起こる。


 そう言っておちゃらけながら、お互いが一歩を踏み出しやすいように場を温める。

 こいつのこういうところに、俺も何度となく救われてきた。

 そう思いながら、最後の一仕事をするため席を移動する。

 今度、1杯奢らせよう。

 そうして最終的に、俺は端の席で、先ほど孤立していた女性と向かい合うことになった。


 榊原美麗。

 栞ちゃんの実の姉。

 今にして思うと、ある意味、運命の相手だったのかもしれない。

 席を移ってからも、彼女は終始ほとんど喋らなかった。

 それでも、俺が肉を管理し始め、食事が行き渡るようになると、幾分か機嫌を持ち直したように見えた。

 隣の小島は、向かいの……キャサリンとの会話に夢中で、こちらの様子には気づいていない。


 参加者に酒が回り、みんながそれぞれの会話に夢中になってからは、最低限の供給だけは続けつつ、後半に運ばれてきた良い肉をこっそり独り占めしていた。

 だがな、小島?

 俺がじっくり育てた最高傑作のハラミを、あろうことか奪い去り、ビールで流し込んだだろ。

 顔と名前、覚えたからな?

 そう心の中で小島へ呪詛を唱えながらも、次々と運ばれてくる良質な肉を、好みの焼き加減で堪能していく。

 これくらいの役得はあってもいいだろう。

 そう思っていたところで、不意に向かいの美麗と目が合った。

 すると彼女は、突然こちらへ顔を近づけ、耳元で囁く。

「ねぇ。今からここ、抜け出さない?」

 まぁ、少し名残惜しいが、肉は食べるだけ食べた。

 それに、帰りたがっている人間をこの空気の中へ留めておくのもよくないだろう。

 俺自身、正直なところ、肉と淳がいなければ苦痛でしかないからな。


 そう思い、1度周囲の様子を窺う。

 特別、こちらを気にしている様子はなかった。

 淳だけは気に掛けているようだが、俺に任せるということなのだろう。

 まったく、人使いの荒いヤツだ。

 心の中で悪態をつく。

「そうだな。ちょっと待ってくれ」

 そう言って淳へメッセージを送り、俺たち2人分の会計を送金しておいた。

 メッセージを開いた淳が、再びこちらへ両手を合わせる。

 別に、お前が謝ることではない。

 そう思ったが――貸しにはしておこう。

 そうして俺は美麗とともに、店を出た。


◇


「はぁーーーっ!」

 隣を歩く女性が、声を上げながら大きく伸びをする。

 長いプラチナブロンドの髪を靡かせ、モデルのようなプロポーションを通行人へ見せつけていた。

 先ほどまでは誰からも相手にされていなかったが、見た目だけなら間違いなく、あの中でも群を抜いていた。


「アンタ、名前は?」

「相澤恭佐」

「ふーん。見た目どおり、なんか暗いわね」

 どうやら、俺の名前は認知されていなかったらしい。

 それと、暗いは余計だ。

 まぁ、かくいう俺も、彼女の名前を聞いていなかった。

 人のことは言えない。

「まぁ、自分でも明るいとは思ってないよ」

「あっそう。名は体を表すって、こういうことを言うのかしらね」

 名前を知らなかったくせに、適当なことを言ってないか、この人。

 他人を見下すような態度。

 普通なら、怒りの1つや2つ覚えてもおかしくない。

 そう思ったところで、合コン会場での彼女の様子が頭をよぎる。


「ああ……」

「何よ?」

「いや、なんでもない」

 そういうことか。

 彼女がつまらなそうにしていた理由に、ようやく合点がいった。

 見た目だけなら、間違いなくあの場で1番の美人だった。

 佐藤さんも確かに可愛かったと思う。

 それに、ほかの女性陣も総じて容姿のレベルは高かった。

 それでも、好みの違いこそあれ、10人に聞けば大半が彼女を選ぶだろう。

 それなのに、先ほど俺たちが抜け出すときには、誰1人として気に留めていなかった。

 おそらく、最初は話しかけられていたのだろう。

 そして、この調子で返していたに違いない。

 そりゃ、誰も近寄らなくなる。

 俺も淳のお願いがなければ、自分からは話しかけないだろう。

 挨拶を交わして、まだ数分。

 その美しさを台無しにして余りある性格の悪さが、すでに透けて見えていた。


 そんな彼女に対して、俺は――

「そっちは?」

「はぁ? 急に何よ」

「いや、名前。聞いてないし」

「なっ……アンタ、本気で言ってんの?」

 なぜか、目を見開かれた。

 どこかで会ったことがあっただろうかと、記憶を探ること3秒。

 うん。会ったことないわ。

 全然知らん。

「んーー、悪い。全体の挨拶、ほとんど聞いてなかったから。そこはまぁ、お互い様ってことで」

「そうじゃないわよ。マジで知らないの?」

「はぁ……まぁ、初めましてですし?」

「うっそ。信じらんない」

 彼女は、呆れたように額へ手を当てる。

 何か、おかしなことを言っただろうか。

「むしろ、なんであの場にいたのよ」

「いやまぁ、人数合わせ?」

 付け加えるとしたら、焼肉に釣られて?

「だとしても、やる気なさすぎでしょ」

「それはまぁ、否定できない」

「はぁ……こんな扱い初めて。マジ最悪なんですけど」

「いや、俺に言われてもな」

 そう返すと、彼女は不満そうに頬を膨らませながら、こちらを睨んだ。

「美麗!」

「ん?」

「私の名前よ、ちゃんと聞いときなさいよね!」


◇


 そうして、なんやかんやあって、居酒屋へ行って飲み直し、なんか知らんがホテルに連れ込まれて……


「おにぃさぁ……」

 妹が、心底呆れたようにため息を吐く。

「なんだよ」

「なんだよじゃないよ! まったく! 前振りのほうが長いじゃん! 後半、なんやかんやでまとめちゃってさ!」


「いや、マジでつまらないしな、その辺。ずっと合コンの愚痴を聞かされてただけだし」

「あー、確かにそれはあんまり聞きたくないかも。ってか、そうじゃなくて! 私、聞いてないんだけど!」

「何を?」

「おにぃが、女とホテルに行ってたなんて!」

「なんで、いちいち妹に報告するんだよ」

「しろよ!」

「なんでだよ!」

 あー

 急に、馬鹿馬鹿しくなってきた。

 とりあえず、その後について簡単に説明しないとな。


「まぁ、そんなこんなで身体の関係を持ったからには、責任くらい取らないとなと思ってだな」

「真面目かよ……」

 そう言って、雛乃が少し不貞腐れる。

 栞ちゃんはというと、なぜか顔を赤くしていた。

「それで、家に呼ばれるようになってな。そのときに、栞ちゃんと知り合ったんだよ」

「そ、そうですね……」


「リビングで勉強してるのを見かけたとき、何かに悩んでるみたいだったから、少し教えてあげたんだよ。それから、家にお邪魔したときに、たまにアドバイスしてた」

「ふーーんっ」

 雛乃が、じとーっとした目で俺を見つめる。

「それで、おにぃはどうして別れちゃったの? 栞ちゃんとおにぃの話を聞く限り、我儘そうだし。喧嘩でもしたとか?」


「いや? 別に喧嘩になったこともないな」

「うっそ、マジ?」

 まぁ、確かにムカつくことはたくさんあったのかもしれない。

 でも正直、相手へ伝えようと思うほど、特別な感情も湧かなかった。

「それに、別れたのは俺が振ったからじゃないしな」

 俯きながら聞いていた栞ちゃんが、勢いよく顔を上げる。


「そうなんですか!?」

 少し意外だった。

 この話に、ここまで食いついてくることもそうだ。

 なにより、美麗から別れたときの話を聞かされていなかったのだろうか。

 ……そっか。

 昔から、仲が良いようには見えなかったもんな。


「そ、家に呼ばれたときにな。『もう来なくていいよー』ってさ」

「はぁー!? 何それ! うっざぁ!」

 ガンッ。

 雛乃がマグカップをテーブルへ叩きつける。

 おい。それ俺のお気に入りだぞ。


「おにぃはさぁーー、結局そのお姉さん――美麗って人のこと、どう思ってたの?」

「んー……正直、責任以上のことは感じてなかったのかもな」

「うわーどっちが悪いのか、よく分かんなくなってきたな、これ」

「あっ、あの……その、お姉ちゃ……姉は、どうして相澤さんと別れたんでしょうか?」

 栞ちゃんから改めて聞かれるとは思っていなかった。

 一応、栞ちゃんの家族だった人だし、気を遣ってぼかしてはみたが、説明は避けて通れないか。


「浮気だよ」

 可能な限りへらへらと伝える。

「え!おにぃ浮気したの⁉︎」

「してねぇよ相手だよ」


「浮気……?」

「いや。正直浮気なのかすら、分からないけど」

「何それ。ちゃんと説明して!」

 雛乃。

 なんでお前がキレてるんだよ。

 昔、言わなかったっけ?

 そう思ったが、とりあえず説明することにした。


「別に男がいたんだよ。来いって言われて家へ行ったらさ、男とピーーしてるところを見せつけられて。そのまま終わり」

「うーーわっ! 何それ! 聞いてるだけでムカつく!」

「そうなのかもな」

 やれやれといった調子を装い、重くならないように努める。

 淳のときは、めちゃくちゃ謝られちまったからな。

 そして、自分のことながら、大して興味がない。

 本気でそう思っていた。


「そんで、おにぃはノコノコ帰ってきたの!?」

 なぜか雛乃が腹を立てていた。

「なんだよ。それ以外に何かあるのか?」

「かーーーーっ!」

 言葉にならない怒りを、雛乃が1人でどこかへ放出している。

 その一方で、栞ちゃんの顔は青ざめていた。


「栞ちゃん?」

「…………っ」

 一瞬肩を震わせ、栞ちゃんが顔を上げる。

「ごめんなさい……」

「いや、栞ちゃんが謝ることじゃ……」

「いえ、謝らせてください。それに、少し思ってたんです」

「……何を?」

「どうして、何も言わずにいなくなっちゃったんだろうって……」

「…………」

 それこそが、俺にとって唯一の心残りだった。

「姉があんな感じなので、振られてしまうかもとは思ってたんです。でもまさか、姉が裏切っていたうえに、そんなことをしてたなんて……」

 きっと、色々な感情が混ざり合っているのだろう。

 悲しみ。

 怒り。

 そして、失望。

「ごめんなさい。言いたくないことを聞いてしまって……それに、黙っていなくなったなんて思ってしまったことも……」

 そう言って、栞ちゃんが頭を下げた。


「いいよ。栞ちゃんが謝ることじゃない」

「いいえ。謝るべきなのは、お姉ちゃんのはず……それなのに……」

 栞ちゃんは唇を噛み締め、怒りを堪えているようだった。

「でもさ、案外悪いもんでもなかったと俺は今思ってる」

「どうしてですか?」

 きょとんとして、栞ちゃんの身体から力が抜ける。


 「あいつと付き合ってなかったら、こうして栞ちゃんと再会することもなかっただろ?」


「…………」


「それにずっと気にはなってはいたんだよ。栞ちゃんのその後。試験とか、色々とさ」

「なんとなくだけど、家族仲が良いようには見えなかったから、特にね」

 向き合ってくれている栞ちゃんの前だからだろうか、素直な気持ちを吐露してしまっていた。


「おにぃが栞ちゃん口説いてる……」

 じとーっとした圧を感じる。

「口説いてねぇよ」

「そうやってムキになってるところが、怪しいんですぅー」

「お前なぁ……」

「あー! 今、お前って言ったー!」

「うるせぇな!」


 そんなやり取りを眺める栞ちゃんの頬は、少し赤く染まっていた。

 再会したときには感じられなかった温もりを、少しずつ取り戻しているように見える。


 そして、その表情は――

 どこか憑き物が落ちたように、穏やかだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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