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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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平和な昼下がり

 本来なら、休日の長閑な昼下がり。

 しかし――


 涙を流す者――(演技)

 目の前の現実を受け止めきれず、絶望する者。

 そして、状況を打開することを諦めた者。

 三者三様。

 混沌と化した光景が、そこには広がっていた。


「私とは、遊びだったのね……そうなんでしょ!?」

「…………」

 いつまで続ける気だ?

 さすがにそろそろ、栞ちゃんのメンタルが心配になってくる。

 どうしたものかと、あたりを見渡す。

 ふと目に入ったのは、先ほど転んだ拍子にソファから落ちたらしいクッション。

 ちょうどいい。

 俺はそれを掴むと――

 いまだ1人でふざけ倒している女の顔面めがけ、思い切りぶん投げた。


「ひでぶっ!」

 世紀末を彷彿とさせる断末魔を残し、クッションは見事に顔面へクリーンヒットした。

 その隙に、俺は栞ちゃんの肩をぽんぽんと叩く。

「…………?」

 困惑しながら振り向いたその顔は、今にも泣き出しそうだった。

「…………」

 ちくり、と胸が痛む。

 妹の悪ふざけが過ぎたのはもちろんだが、強引にでも止めなかった俺も悪い。

 ちゃんと謝らないとな。

 そう思い、事情を説明しようと栞ちゃんの耳元へ顔を寄せる。


「あのな、栞ちゃん。気にするな。あいつは俺の――」

「おにぃ! なぁにすんのっ! 大事な妹の顔を傷物にする気!?」

「…………」

 お前は栞ちゃんの心を傷物にする気か?

 そうツッコミを入れたいところだったが――まぁ、ちょうどいい。

 本人が自白してくれた。

「えっ?」

 栞ちゃんが固まる。

「おに……いも……うと?」

 情報を処理しきれず困惑する栞ちゃんへ、改めて説明する。

「そう。不本意ながら、あいつは俺の妹。不本意ながらね」

 大事なことなので2回言わせてもらう。


「はーい♡ おにぃの愛する可愛い妹、相澤雛乃ちゃんでーす! ヒナって呼んでね♡」

日曜朝に変身する少女が如くポーズを決める雛乃。

「…………っ」

 ぞわっ。

 俺の中の全細胞が、一斉に震え上がるのを感じた。

 めっちゃ鳥肌。

「えっ? あの、じゃあ……彼女も……浮気も?」

「「ナイナイ」」

「…………」

「…………」

 ものの見事にハモった。

 ……死にたい。


 そして、ようやく我に返ったのか、栞ちゃんが自分の置かれている状況に気づく。

「…………あ」

 ゆっくりと視線を下げる。

 俺と目が合った。

「…………」

「…………」

「きゃあああっ!? ご、ごめんなさい!」

「い゛っ……!」

 慌てて飛び退く栞ちゃん。

 最後の最後まで、俺の腹の皮を巻き込みながら。

 痛い。

 とにかく痛い。

 今日1日で、人間の皮膚について随分と詳しくなれた気がする。


「雛乃」

「なぁに?」

「それよりお前、まずは栞ちゃんに言うべきことがあるだろ」

「…………」

 一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、目を逸らそうとした雛乃だったが、やがて栞ちゃんへ向き直る。

 そして――

「てへっ♡」

「…………」

 一方、当の被害者はというと――

 魂が抜けていた。


「よし、雛乃。少し俺と話をしようか?」

「…………」

「まず今すぐ、そこに座れ。もちろん正座な?」

「……はぁい」

 しょぼくれた雛乃が、素直にその場へ正座する。

 悪いことは悪い。

 そういうときは素直に反省できるところが、コイツのギリギリ救いのある部分ではある。


「おにぃ……」

 真剣な表情で挙手する。

 姿勢だけは一丁前だな。

「なんだ」

 短く、冷たく返す。

「その……大変申し上げにくいのですが……」

「早く言え」

「クッション敷いてもよろしいでしょうか?」

 前言撤回。

 残念ながら救いはない様だ。


「お前、反省する気ねぇだろ?」

 それを聞いた我が妹は、カッと目を見開いた。

「ありますぅ! ありまくりますぅ! フローリングさんが痛そうだから配慮してあげてるんですぅ!」

「…………」

 聞いた俺が馬鹿だった。

 無視して話を進める。

「見ろ、お前のせいで、栞ちゃん魂抜けちゃってるよ」

 そう言って、ぽけーっと虚空を見つめる栞ちゃんへ視線を向ける。

「だって……」

「ん?」

「おにぃが悪いんじゃん! 連絡ずっと返さないから……」

 先ほどまでのふざけた様子から一転。

 雛乃が、少しだけしょぼくれる。

「ああ……」

 そういえば。

 昨夜、スマホの電源を切ったことをすっかり忘れていた。

 テーブルの上に置きっぱなしだったスマホを回収し、電源を入れ直す。

「…………」

 通知、15件。

 着信、3件。

「…………」

 そうか。

 これだけ連絡して、それでも折り返しがなければ――

 心配の1つもするか。

 ふと、今朝見た夢が頭をよぎる。

 高熱を出して寝込んだ俺のそばで、泣いていた小さな雛乃。

「…………」

 確かに、少し悪いことをしたな。

 そう思い、妹へ謝ろうと向き直る。


「…………おい」

「なに?」

 こいつ――

 ちゃっかりクッション敷いてやがる。

 やっぱなし。

「それよりお前。なんで家の暗証番号知ってんだよ」

 まぁ、心当たりは1つしかないが。

「おかーさんに教えてもらったー」

「…………」

 有事の際に備えて、念のため母に教えていたのが裏目に出たようだ。

 母を責めても仕方ない。

 今回ばかりは俺が悪い。

 いや。

 やっぱり、こいつ――雛乃が全部悪い。


「お前な。せめて呼び鈴くらい鳴らせよ」

「おにぃーさぁ、その『お前』って言うのやめない? モテないよー?」

 じとーっとした目で圧を掛けてくる。

「心配するな。お前にしか言ってないから」

「ドキッ!」

「自分で言ってんじゃねぇよ。気持ち悪い」

「おにぃは妹の扱いが雑すぎやしませんか!? ヒナには、ひ! な! の! って、かわいーい名前がちゃんとあるんですぅ!」

 そう言って、頬を膨らませる雛乃。

「…………」

 いちいち小芝居を挟むな。

 鬱陶しい。

 乱されたペースを整えるように、1つ深呼吸。

「なぁ雛乃」

「なぁに?」

「23にもなって恥ずかしくないの?」


 そう。

 こいつは、これでも立派な社会人。

 社会人2年目なのだ。

 しかし、当の本人は――

「お母様に頂いたこの命……」

 すっ、と胸に手を当てる。

「恥じることなんて、1つも――ない!」

 キリッ。

「…………」

 あー、腹立つ。

 うるさい。

 ウザい。

 鬱陶しい。

 彼女を表す言葉を、心の中で並べていく。

 意味が重複していようが、まだ足りない。

 母親譲りの整った顔が、話をするたびに台無しだ。

 母よ。

 貴女は、とんでもないものをこの世に産み落としてしまわれましたよ?


「とにかくだ」

「はい」

「1度きちんと、栞ちゃんに謝ってくれ」

 そこでようやく、栞ちゃんも再起動を終えたようだった。

「あ、あの! すみません! 私、色々と誤解してしまったみたいで……」

「いや、栞ちゃん」

 俺はそれを途中で制止し、雛乃を睨む。

「謝るのはこっちだから」

「うっ……」

 雛乃が小さく呻く。

 そして今度こそ、栞ちゃんへきちんと身体を向けた。

「その……栞さん」

「は、はい」

「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎました」

 今度こそ、ちゃんとした謝罪。

「い、いえ! 私も勝手に勘違いしてしまって……」

 まぁ、そうなるよう仕向けたのは、100パーセント目の前のこいつなんだけどな。

「…………」

 ちなみに、俺に対する謝罪はないらしい。

 それが雛乃なりの、せめてもの抵抗なのだろう。

 まぁいい。

 寛大な俺は、そんな姑息な妹と張り合うつもりなどない。

 つもりはないが――

 今度から、お菓子を買い与えるのはやめようと思った。


◇


 栞ちゃんの誤解が解けたところで、改めて現状を雛乃にも説明するため、それぞれ腰を落ち着ける。

 俺と栞ちゃんはソファへ。

 もちろん雛乃、お前は床だ。

「なんでヒナだけ床なの!?」

「反省中だからだよ」

「横暴! 暴君! オルフェーヴル!」

 うるさい。

 話が長くなりそうなので、ひとまず飲み物を用意することにした。


「栞ちゃん、何飲む?」

「あっ、私はお水で大丈夫です……」

「ヒナはねー」

「お前に水道水以外の選択肢があるとでも?」

「ひどい!」

「日本でよかったな。水道水飲めるぞ」

「そういう問題!?」

「そんなことより、栞ちゃんは遠慮しなくていいからね」

「扱いの差!」

 床から何やら聞こえるが、無視する。

「その……では、昨日と同じものを……」

「りょーかい」

 軽く返して、キッチンへ向かう。


 ケトルに少量の水を入れ、スイッチを押す。

 その間に、牛乳を温めておく。

 カップにココアパウダーを入れ、沸いたお湯をほんの少し注ぐ。

 スプーンでよく練り、滑らかになったところへ温めておいた牛乳を注げば完成。

 最初から牛乳だけで作るより、このほうが粉が残らないし、熱くなりすぎない。

 昔から変わらない、俺なりの作り方だ。

 自分用のコーヒーと、2人分のココア。

 3つのカップを持って、リビングへ戻る。


 ――コト。

 まず、栞ちゃんの前へ。

 続いて、床に座る雛乃の前にも置いてやる。

「…………」

 雛乃が、少しだけ目を見開いた。

 そしてカップを両手で持ち、ココアをひと口。

「……変わらないなぁ」

「ん?」

「なんでもなーい」

 何やら呟いたようだが、声が小さくてうまく聞き取れなかった。

 表情を見る限り、満足したらしい。

 そんな雛乃の様子を見ていた栞ちゃんと、ふと目が合う。

「…………」

「…………」

 しかし次の瞬間、栞ちゃんはさっと顔を逸らしてしまった。

 まぁ……先ほどまでのことを考えれば当然か。

 年頃の女性だ。

 あんな状況から我に返れば、そりゃ恥ずかしくもなるだろう。

 そう自分に言い聞かせながら、俺もコーヒーに口をつける。


「…………」

「…………」

「…………」

 静かな時間。

 先ほどまでの騒がしさが、嘘のようだった。

 けれど、不思議と居心地は悪くない。

「……やっぱり」

 その静寂を破ったのは、栞ちゃんだった。

 ココアをひと口飲み、カップを見つめながら小さく呟く。

「ん?」

「その……このココア……」

「ごめん。美味しくなかった?」

「いえ! むしろ、その逆で!」

 思った以上に食い気味で否定された。

「おにぃのココアは特別、なんだよ♡」

 代わりに答えたのは、雛乃だった。

「お前に聞いてない」

「いいじゃーん」

 口調こそ、いつものふざけた調子だったが、その表情はどこか懐かしむように見えた。

 どうやら今回は、からかっているわけではないらしい。

「特別って言われてもなぁ……」

 ありふれた市販品のココアを、少量のお湯と牛乳で作っているだけなんだが。

 まぁ、褒められるのはこそばゆいが、悪い気はしない。


「……お2人は、仲が良いんですね」

「ん?」

 栞ちゃんが俯いたまま、両手でカップを包み込む。

「…………」

 雛乃は、何も言わなかった。

 ただ、先ほどまでとは打って変わった穏やかな表情で、栞ちゃんを見つめている。

 その横顔を見て、少しだけ驚いた。

 こいつも、こういう顔ができるようになったんだな。

 いつまでも、俺の後ろをついて回っていた小さな妹ではない。

 そんな当たり前のことを、今さらながら実感する。


「…………」

 やがて栞ちゃんが、カップを握る指に少しだけ力を込めた。

「……聞いてくれますか?」

 静かな声だった。

 けれど、先ほどまでとは明らかに違う。

 何かを決意したような声。

「私の……」

 1度、言葉を止める。

 そして――

「いえ。私たち家族の話を……」


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