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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ
過去から未来へ

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55/59

世界の中心の隣でモブは嘆く。

「おにぃー! 見て見てー!」


 休日の昼下がり。

 リビングのソファでくつろいでいると、雛乃が騒がしくスマホを突き出してきた。


「んー? どした?」

「じゃじゃーん! この間の栞ちゃんとのツーショット、めちゃ伸びてるー!」


「……へぇ」

 画面には、浴衣姿の二人が並んで写っていた。


 先日の花火大会で撮影した写真だ。

 雛乃は満面の笑みでピースサイン。

 その隣では、栞ちゃんが少し照れくさそうに微笑んでいる。


 うん。

 いい写真だと思う。

 自分の娘なら、つい他人に自慢したくなるくらいには上手く撮れていた。


「ほらほら! いいねもこんなについてる!」

「お前、こんなの投稿してたのか」

「そりゃするでしょ! こんな可愛い二人が浴衣着てるんだよ? 知られなかったら世の損失だよ!?」


「そこまでかよ」

「事実なので!」


 まったく。

 こいつの自己肯定感は一体どこから湧いてくるんだ。

 俺にも少し分けてほしいものだ。


「でも、栞ちゃん可愛いでしょ?」

「……まぁ、似合ってるんじゃないか」

「ふーん?」

「なんだよ」

「べっつにー?」


 雛乃がニヤニヤと覗き込んでくる。

 なんだ、その顔は。

 腹立つな。

 後でこいつのところだけトリミングして保存しておこうと思った。


 俺は話題を変えるように、もう一度スマホへ視線を落とした。

 そして、あることに気づく。


「……おい」

「んー?」

「俺も映ってんじゃねーか」


 写真の右端。

 二人の少し後ろで、屋台の袋を持った男が見切れていた。


 俺だ。

 しかも、絶妙に間抜けな顔をしている。


「へーきへーき! 誰もモブなんて見てないからー!」

「誰がモブだ」

「だって世界の主役は私と栞ちゃんだもーん!」


 ソファから蹴り落としてやろうか?

 モブにはモブなりの世界ってもんがあるんだよ。

 そんなことを考えながら、妹をソファから蹴り出す準備を整える。


「暴力反対! 妹を大切にしろー!」

 そう言いながら、雛乃は俺の隣にべったりと擦り寄ってきた。

 ……本当に蹴り落としていいだろうか。


 いや、やめておこう。

 こいつは落としたところで、ただでは起き上がらない。

 余計な心労が増えるだけだ。


「それよりお前さ」

「なーに?」


「花火大会で寝るやつなんて、初めて見たわ」

「えー? だってさー」


「お前が行きたいって言い出したんだろ」

「花火は見たかったよ? でもさ? どーん、ぱらぱらーって聞いてると、なんだか眠くならない?」


 確かに。

 一定のリズムで響く花火の音には、リラックス効果があるのかもしれない。


 いや、実際あるかは知らないが。

 まぁ俺自身、あのときはリラックスする余裕なんてなかったのだが。


「もったいねぇな」

「いいのいいの! 楽しかったし!」

「……そりゃ良かったな」


「それにさー」

「ん?」


「……ううん。なんでもなーい!」


 なんだよ。

 言いかけたなら最後まで言え。

 そう思ったが、雛乃はすでにスマホへ視線を戻していた。


「うわ! またいいね増えた!」

「はいはい。良かったな」

「お兄ちゃんも押していいんだよ?」

「押さねぇよ」

「もう! 恥ずかしがらなくていいんだぞ♡」


 そんな他所様に紹介することが憚られる妹を無視し、ソファに身体を預ける。

 窓の外では、蝉が相変わらず元気に鳴いている。

 まだまだ夏は終わりそうにない。


 目を閉じると、あの日の光景が浮かんできた。

 夜空いっぱいに広がる光。

 腹の底まで響く音。

 隣から聞こえた、楽しそうな声。


 そして。


『私、お二人に会えて、本当に良かったです!』


 あのときの栞ちゃんは、本当に嬉しそうだった。

 俺たちと一緒にいることを、あんなふうに喜んでくれるなんて。

 正直、思ってもいなかった。


 いや、嬉しいとは思ってくれているだろう。

 それくらいは、普段の様子からもわかる。


 ただ、あの笑顔を見たとき。


『……綺麗だ』


 つい溢れた言葉。

 もし、あの先があったなら。

 俺は何を口にしていたのだろうか。


 ……あー。

 やめよう。

 あれは完全に事故だ。

 そもそも、あの言葉に続きなんてなかったはずだ。


 そう思ったときだった。


「……さん?」


「…………」


「恭佐さん?」

「……ん?」


 目を開けると、栞ちゃんが不思議そうにこちらを覗き込んでいた。


 ふんわりと香る、あの日と同じ匂い。

 ドクン、と心臓が脈打つ。


「あ、すみません。何度かお呼びしたんですけど……」

「え? ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


「そうだったんですね。お疲れですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」


「そうですか? それなら良かったです」

 栞ちゃんは安心したように微笑むと、俺の前に麦茶の入ったグラスを置いた。


「冷たいもの、持ってきました」

「ああ、ありがとう」


「いえいえ!」

 栞ちゃんは自分のグラスを持ち、向かいの椅子へ腰を下ろす。

 その何気ない動作を、俺はなんとなく目で追っていた。


 ……いつもどおりだ。

 栞ちゃんは栞ちゃんだし、俺は俺。

 こうして一緒に暮らしているのも、昨日今日始まったことじゃない。


 なのに。


「……恭佐さん?」

「え?」

「やっぱり、何かありました?」


 しまった。

 また見ていたらしい。


「いや、本当に大丈夫だよ」

「そうですか……?」

「うん」

「でも、何かあれば遠慮なく言ってくださいね?」


 栞ちゃんは少し心配そうに笑った。


「夏風邪というのもありますから、気をつけないとですから」


「……ああ」

 掃除も、洗濯も、料理も。

 俺が疲れて帰ってきた日には、温かい食事を用意してくれる。

 くだらない話にも笑ってくれるし、どうでもいいことでも一緒に楽しんでくれる。


 気づけば、そんな毎日が当たり前になっていた。


「……いつもありがとう」

「……え?」


「いや、なんとなく」

「えっ? あ、はい……?」


 栞ちゃんは目をぱちぱちと瞬かせた。

 それから、少し慌てた様子で姿勢を正す。


「こ、こちらこそ! いつもありがとうございます!」

「はは。なんだよ、急に」

「それはこっちの台詞ですよ!」


 珍しく、栞ちゃんが頬を膨らませた。


「おにぃー!」

 横から、間延びした声が飛んでくる。


「なんだよ」

「私には?」

「何が?」


「いつもありがとう、は?」

「……お前の場合は迷惑かけた分で相殺だ」

「なんで!?」

「さっきの写真だよ」


「まだ言ってるー! いいじゃん! おにぃとか、どうせこそこそ画像保存したりしてんだから!」


 雛乃が大げさに肩をすくめる。

 栞ちゃんはそんな俺たちを見て、くすくすと笑っていた。


 ……まったく。

 相変わらず騒がしい妹だ。

 けれど、そんなくだらないやり取りを笑ってくれる人がいる。


 それだけで、いつもの休日が少し違って見えた。


     ◇


 とあるバー。


「若いっていいなぁー!」


「なになに? どしたの急に?」


「えー? ちょっとこれ見てよー」


 仕事終わりの女たちが集まるテーブルは、今日も賑やかだった。


「見て見て! この子たち、浴衣めっちゃ似合ってない?」


「ほんとだー! 若いねぇー!」


「私もこんなキラキラした青春送りたかったー!」


「わかるー! もう一回大学生からやり直したい!」


「私は高校生からがいい!」


「欲張りすぎでしょ!」


 きゃはは、と笑い声が上がる。


 美麗はカクテルのグラスを傾けながら、適当に相槌を打っていた。


「美麗はいいよねー」


「……何が?」


「男なんて掃いて捨てるほど寄ってくるんだから!」


「別に、そんなことないけど」


「出たー! 美人の謙遜!」


「嫌味にしか聞こえなーい!」


「はいはい」

 面倒くさい。

 そう思いながらも、美麗は薄く笑ってみせた。


「はぁー。私も花火行きたかったー」


「社会人つらたん〜。誰か私を養って〜」


「それ毎回言ってるじゃん!」


「だって働きたくないんだもーん!」


 くだらない会話。

 いつもの顔ぶれ。

 いつもの飲み会。

 美麗は退屈しのぎにスマホを手に取った。


 何気なくSNSを開く。

 流れてくるのは、知り合いの近況や、どうでもいい広告。


 料理の写真。

 旅行の写真。

 恋人とのツーショット。

 どれも似たようなものだ。


 指先で画面を滑らせる。

 そのとき。


「…………ん?」

 美麗の指が止まった。

 画面に映っていたのは、浴衣姿の女の子が二人。


 片方は明るい笑顔でピースサイン。

 もう片方は、少し控えめに微笑んでいる。

 ……見覚えがある。


「……栞?」

 思わず、小さく呟いた。


 画面を拡大する。

 間違いない。

 丁寧に整えられた髪と、いつもより少し華やかな化粧。


 以前の栞は、化粧なんて最低限だったはずだ。

 それが今では、誰かに見られることを意識しているように見えた。


 しばらく顔を見ていなかったが、見間違えるはずもない。

 自分の妹だ。


 ……何やってんの、あの子。

 家を出ていったきり、ろくに連絡も寄越さないくせに。

 ずいぶん楽しそうじゃない。


「美麗ー? どうしたの?」


「……別に」


「なになに? 知り合い?」


「……まぁね」

 適当に答え、もう一度写真へ目を落とす。


 隣の女の子は知らない。

 友達だろうか。

 それにしても、ずいぶん仲が良さそうだ。


 ……ふぅん。


 美麗は画面を閉じようとして。

 ふと、写真の端に目を留めた。


「…………え?」


 右端。

 二人の後ろに、男が映り込んでいる。

 屋台の袋を手にした、冴えない顔の男。

 背景に紛れてしまいそうなほど、小さく写っている。


 けれど。

 その顔を、美麗は知っていた。


「……恭佐?」

 指先で画面をさらに拡大する。


 少し画質が荒くなった。

 それでも。

 見間違えるはずがない。


 かつて、自分が付き合っていた男。

 その男が。

 なぜか、自分の妹と同じ写真に写っている。


「…………」

 美麗はしばらく黙って画面を見つめた。


 栞。

 恭佐。

 そして、知らない女。

 三人で花火大会?

 ……どういうこと?


「ねぇ、美麗。聞いてるー?」


「……ん?」


「だからさー、次の休みどこ行く?」


「あー……ごめん。ちょっと待って」


 美麗はスマホを持ち直した。

 写真をもう一度確認する。

 何度見ても、そこにいるのは栞と恭佐だった。


 偶然?

 それとも。


「…………ふーーん」


 美麗はグラスを置いた。

 そして、写真の中で楽しそうに笑っている妹を見つめる。


「……なんか、ムカつく」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。

 画面の中では、三人が夏の夜を楽しんでいた。


 その写真が誰の目に留まったのか。


 モブは、まだ知らない。

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